北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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証明

 茜色の空が覆う夕暮れ。単艦演習の有終の美を飾るべくして空母部門決勝戦の火蓋は切って落とされた。無機質なブザー音が鳴ると同時に索敵機を六機、放射状に繰り出す。

 

─飛龍よりも厳しい戦いになるかもしれないのよね

 

 瑞鶴は江田島側の位置からの始まりだった。先に位置を選択した敵は柱島方面のどこかにいるということになる。

 

─新型機じゃない分、艦載機の子達の負担は減るけど問題はそこじゃない

 

 舞鶴の加賀、もとい鋼鉄の仮面は瑞鶴よりも“空気が読めない”艦娘として名を馳せていた。演習であろうと、実戦であろうと戦い方を変えず、かといって容赦も一切しない冷酷さはまさに鋼。加えて表情の変化にも乏しいことから仮面があるかのようと称されたのだ。しかし裏返せば、それだけ己と搭乗員の腕に自信があると言うことでもある。

 

「『未改造艦』……かぁ」

 

 道場で言われた言葉が未だに瑞鶴の心に残っている。未熟者扱いされた衝撃、母港の加賀と違って尖った対応はこたえた。強い言葉はへこむはへこむ。

 

─絶対に負かしてやるんだから

 

 悔しさ、恨み、怒り。負の感情をバネにして瑞鶴は集中力を高める。索敵機及び警戒網からの報告を一言一句聞き逃すことのないよう、黙り込む。数分の間、報告を待ち続ける。

 

─どう?

 

 不発。順々に問うが結果は芳しくなかった。電探上では捉えたが海に存在が確認できず、空だと特定しても見透かしたように撒かれてしまう。そんな状況の繰り返しだ。五機分、聞いたところで対話の相手が警戒態勢に入っている艦戦隊に切り替わる。

 

─そう簡単にはしっぽを掴ませないか

 

 配置換えをしようかと考えたとき、瑞鶴はふとあることに気がついた。

 

─何機出したっけ、私

 

 六機を放射状に飛ばした。今、応答したのは五機。一機不足している。この短時間で忘れるわけがない。

 

─報告を催促した時刻的に……

 

 奥に行けば行くほど索敵機同士の間隔は広がっていく。加えて最高速で素早い索敵を命令したのだ。最外の二機は戦闘区域の関係上、途中で方向転換するとはいえ接敵しないとは言い難い。真ん中付近の一機落とされたとするならば抜けができている。距離を詰めるだけの隙はある。

 

─いや、でもそうしたら私の哨戒部隊が見つけ出すはず

 

 外側に広くとった小隊は異常を感知していなかった。何かがおかしい。そう思った矢先、航空機の電探が持つ察知能力についての加賀からの忠告を思い出した。

 

『零戦は水平方向でしか敵を探知できないから、(ダミー)戦術には気をつけなさい』

 

 上下方向へ詳しく分析ができない──五二型に搭載された電探はあくまでも二次元空間を映し出す。対象がどの地点にいるのかの正確な三次元的座標を取り出すことは不可能であり、細かい調整は搭乗員の目視に委ねられる。

 

─いや、まさか……

 

 嫌な予感。攻撃隊は手元に残してある。しかしあくまでも先手が取れた場合、もしくは同時発見が前提だ。

 

─どこ

 

 辺りを見渡す。ピリピリとした感触が頬を撫でる。奇襲の予感。土壇場の勘が働いた。

 

─襲うとしたらどこを狙う

 

 敵の気持ちになれ。相手が油断した瞬間はいつ生まれるか。知略を巡らせ試行を繰り返す。精読した先に答えの可能性は存在する。

 

─安心した瞬間よね……奇襲がないと()()()()()時の

 

 心に綻びを作ればすぐにでも加賀は攻撃を仕掛けるだろう。長年の経験に勝るものはない。瑞鶴は咄嗟の判断で攻撃隊の発艦態勢に入った。上空へ艦載機を増やして厚みを作る。待ちという選択肢を自らで潰すため、積極的に瑞鶴は指示を飛ばす。

 

─電探に一つしか表示がない場所をしらみつぶしに行きなさい

 

 攻撃隊を一時的に散らばらせ、索敵だけに集中する。数分もせずに発見の報が舞い込んだ。位置は正面、直掩機との交戦状態に入るという報告がある戦闘機小隊から送られる。

 

─雷撃隊は直行、警戒陣の子たちは半分護衛に回って!!

 

 もう半分は待機。瑞鶴は最後まで警戒を解かなかった。不慮の可能性を潰す。その一点に勝負(フルベット)する。

 

─奇襲の本質は『意識の外側からの攻撃』……つまり

 

 他に考慮するべきものが何もなく、そこに来ると相手が待ち構えている状態では絶対に不意は突けない。しかし何かをしようと動くタイミングは違う。

 僅かな空白は駆け引きにおいて狙うべき地点だ。たった一手がこと()()()()勝敗を分ける。当事者にとって一瞬であっても、正確に飛べる航空機と高い熟練度をもつ搭乗員が揃えば母艦の成したい行動など簡単に実行できてしまう。再三の()()があったら特に。

 

─受け手に回るのは荒く見れば防衛戦……何かを守る行為に隙はできずらい

 

 逆に加賀にとって待ちは遅すぎる。故に今、来なければ負けると瑞鶴は踏んでいた。事実としてこちら側が攻撃隊を送っている以上、対応する必要がある加賀は今、不利な立場にある。このまま一方的に押し込む展開に入ればいくら瑞鶴が戦術的に未発展の領域にいたとしても勝敗は覆らない。

 

─あくまでも誘い出すための餌なんだから

 

 速度を第三戦速へ落とし、瑞鶴は虎視眈々とその機会を待つ。波がしばし静まり返ったかと思えば、砕ける衝撃が突き上がる。

 

─きた!!

 

 右舷後方からくるプロペラの推進音。乾いた銃声が辺りに鳴り響く。回避運動に念のため入りながら振り返ると流星の小隊が肉薄してきていた。それを咎めるようにして零戦が狩る。発見から撃墜、海中に没するのを見届けるまでわずかな時間で行われる空戦は綺麗だった。

 

「よし、この調子で……」

 

 じわじわと削っていけば勝てる。そんな漠然とした勝利への見通しが立った時、冷たい声が進行方向で響く。

 

「これだから五航戦は好かないのよ」

 

 静かだがよく通る声は数日ぶりなのにも関わらず、瑞鶴の背筋を凍らせる。近寄らせた覚えのない存在に頭は一種の拒絶反応を起こしていた。

 

─いつの間に……!?

 

 音もなく航行するのは不可能。接近を許すほど瑞鶴も注意散漫ではない。辺りは最低限、見渡したはずだ。そこで瑞鶴は加賀の背後で微かに動いているのが見える艦載機の存在に気がついた。

 

─意識を奇襲に向けすぎたんだ

 

 激しい回避運動をしたから敵がどこにいるかの方向を見失った。そんな未熟じみた話はとうに瑞鶴は卒業している。今、加賀が近くにいるのは彼女自身が動いたと同時に瑞鶴も前進していたからだ。彼女はずけずけと言い放つ。

 

「舵も切らずに特攻なんて、論外ね。艦載機の無駄遣い」

 

 表情も変えずに淡々と攻撃隊を繰り出し、接近戦へと持ち込んでくる。素早く力強い弓は正確に屠るべき相手の元へと艦載機を解き放つ。

 対する瑞鶴は距離をとる素振りを見せながら上空の戦闘機隊を駆使して空を握ろうと指示を出した。鋼鉄の意志を持つ流星改も、精鋭の部隊に阻まれると易々とは進めない。形勢不利と見ると攻撃よりも離脱を優先した。

 

─純粋な艦載機の勝負は御所望じゃないと

 

 戦闘機と雷撃機ではいくら機体の性能が向上したといえど差がある。攻撃を躊躇うのは予想通りだった。瑞鶴は浮いた時間で正確な戦況の把握に努める。情報は戦いを制する──頭に浮かぶ言葉が思考の回転を上げる。

 

─さっきの小隊が襲撃の第一陣だったとすれば、戦力には余力があるはず

 

 本陣にしては軽すぎる。事実、奇襲が失敗した加賀は反撃を盾に立ち回っている。第一陣を陽動に利用し、母艦が動くことで状況の打開を試みたのだ。瑞鶴にも非があったとはいえ危うく裏を掻かれるところだった。

 

─でも戦闘機を割いてきてないあたりこっちの攻撃隊に大体の烈風は吸われてるはず

 

 瑞鶴は母艦への攻撃は命令していない。弾薬を空捨てしてもいいから制空権を優先しろと指示を出した。この接敵の早さを鑑みるに恐らく加賀は瑞鶴の意図を汲んでいる。

 

─考え方は同じ……か

 

 磐石に制空権を取るか、先を急いで判定を取るか。勝利への筋道をどう辿らせるかは個人の勝手だが、相手を越えるために得意なところを押し付けるのは共に同じだ。

 

─私なりの勝ち方で打ち負かしてやるんだから

 

 加賀の策にまんまと引っかかる筋合いはない。瑞鶴はひたすら守りに徹して制空権の取り合いを主張する。速度に緩急を持たせて艦載機を食いつかせては削った。

 

「…………」

 

 無言で攻撃を続けていたかと思えば航空隊を撤収する。加賀の攻撃の変化を瑞鶴は機敏に感じ取った。

 

─修正が早い

 

 瑞鶴の防御網を突破するために護衛機を捻出しようと加賀はタメを作っていた。直掩機はあえて温存しているのか、矢筒にはまだ数本の矢が残っている。あくまでも余力を作った上での行動。下手に対応しようとすれば手痛い反撃を受ける可能性がある。

 

─決定打に欠ける状況では強引な攻めはかえって強い巻き返しを招く

 

 心の中で教わった言葉が浮かんでくる。重なる影は僅かにずれていても、見た目は同じだ。艦載機で対話を繰り返すようにして経験を積んだ日々が自然と脳裏に流れる。

 

─耐えるのよ……まだ

 

 再補給の隙を見せようものなら一気に攻め潰されてしまう。母港での訓練の記憶が洗練した思考を呼び覚ます。安全策を取り続ける選択を瑞鶴は続けた。

 

─焦りは禁物

 

 半円を交互に描くようにして様子を伺いながら加賀からの仕掛けを待つ。しかし全く攻撃は来なかった。ただ彼女の視線が常に瑞鶴の瞳を不気味に貫き続ける。稀有な戦況は心理戦を引き起こす。

 

─なんでこんなに警戒されてるのよ

 

 物量に任せた飽和攻撃や波状攻撃が飛んでこない状況を瑞鶴は訝しみつつあった。“一航戦の加賀”であったら一番理想的であるはずの戦型が全く現れない。

 

─もしかして私の攻撃隊に相当戦力が持っていかれてる……?

 

 岩本隊だけならまだしも流星改まで制空権の取り合いに参加しているとなれば加賀も烈風を大方回さねばならない。いくら搭載数があるといえども数はたかが知れている。あの矢がもしも戦闘機でないのであれば、話は変わる。

 残したカードが一つ。場に出さないまま温存した手を瑞鶴は実行するべきか迷っていた。

 

─高高度に待機させた彗星は今のところバレていない

 

 頭上からの急降下であれば対応は難しい。速度が極限まで高まった機体に戦闘機は追いつけないからだ。仕込みが済んでいる以上、どうねじ込むかは瑞鶴の裁量次第になる。

 

─あとは命中精度が保証されていれば指示したいところなんだけど……

 

 生憎、手元には数機の艦爆しか残していない。それもあくまで注意を引くための囮だ。

 

─均衡が崩れるまでは長丁場になるかもしれないわね

 

 加賀に無理攻めの気配はない。瑞鶴からの仕掛けもあるにはあるが効果が薄い。双方の睨み合いだけが艦載機を通して行われる。ぽつぽつと増える双方の損害は未だ致命的と呼ぶには程遠かった。

 

─……となると戦局の転換点は向こうで起きてる制空権争いか

 

 瑞鶴はどうにかしてこの場にいる戦闘機で加賀の空を制圧するための主戦力を崩せないか画策することにした。推測が正しければ加賀が戦闘機隊を置いてきた地点では激しい空戦が繰り広げられているはずだ。ここに援軍を押し込めたら勝利へ近づける。

 

─でもリスクが高すぎる

 

 単純に防御網から剥がすだけでは相手の思うつぼだ。かえって激しい流星やまだ見ぬ艦爆の攻撃に身を晒すことになる。しかも残りの矢が攻撃隊だけという確証も薄い。

 

─物量攻撃を耐え切れる自信はないし、そうでなくても私に戦闘機を割く理由がない

 

 赤城が瑞鶴と同じような戦術で負けている。加賀は制空権の掌握がなくとも勝ち切る術を持っている。そんな意識が決断を鈍らせる。

 

「…………」

 

 二人の間で停滞が続く中、空での戦果が芳しくない状況に加賀も思うところがあるのか遂に加賀が瑞鶴と距離を取り始めた。その表情から何も読み取れないが今の瑞鶴の行動を嫌がっているのは確かだ。

 

─戦闘機を保持し続けたのは正解みたいね

 

 しかし仕切り直しを易々と許すほど瑞鶴も消極的ではない。勝負を決めに行くため、大胆に行動を起こした。

 

─再補給の後に攻撃隊の援護にまわって

 

 ここで加賀の戦闘機を枯らす。即座に小隊単位で艦載機の回収と発艦を行う。後退したはずの加賀が察知したのか一気に攻撃隊を瑞鶴に差し向けてくる。その中には数機ではあるが烈風も含まれていた。

 

─反応早すぎでしょ

 

 心の中で文句を吐きながら速力を一気に引き上げて回避運動に移る。命令は継続。つまり正念場は今だ。

 

─攻撃状態に移った敵機だけを狙う、いいわね?

 

 敵護衛機の存在を通告した上で咄嗟に猛攻を耐え抜くための作戦を伝える。母艦である瑞鶴に損害を出さなければ勝てる──見通しがたった状態で瑞鶴に迷う余地は介在しない。

 

「っ……」

 

 頭を空っぽにして敵機の存在だけに集中する。音、風、波。五感を研ぎ澄ませて瑞鶴は足を踏み込んだ。

 

─まずは二機

 

 左右からの挟撃を躱すようにして加速で振り切る。

 

─次は……撃墜されるから

 

 右舷前方で響く爆発音には目もくれず、やってくる艦爆の気配を感じて横へ動く。水面に落ちる爆弾の水柱が高く上がる。

 

─まだ多いわね

 

 零戦と烈風が取っ組み合いを繰り返しながら瑞鶴の頭上を駆け抜ける。複数の機体が入り乱れる形はかえって瑞鶴に回避のしやすい環境を作り出していた。

 

─敵の位置は……

 

 横目でちらりと姿をのぞむ。一向に加賀は詰めることもせずに海の上で立ち止まっていた。

 

─余裕があるじゃない

 

 状況は拮抗しているとはいえ大した態度だ。

 

─この間に制空権争いが終わればいいんだけど

 

 しかし空模様は怪しかった。暗闇が刻一刻と力を強める中、戦闘機の損耗が少し増える。ジリ貧とまでは言わないが、瑞鶴も打開策を起こさねば削り切られる心配がある。

 

─……今、逆に攻めた方がいいかもしれない

 

 一瞬、賭けに出るべきか逡巡する。決定打になるのか、勝算に大きく寄与する行動なのか。様々な可能性を追求した上で、瑞鶴は迷いを振り切り決断を下す。

 

─彗星隊、急降下!!

 

 はるか上空にいる部隊へ命令をかけ、瑞鶴は反転攻勢の指令を出す。快進撃を実行するべく、息を潜めた狩人が動き始めた。




次の話で加賀戦も決着です。ちょっと書き上げるのに相当苦労して投稿時刻が遅れちゃいました。やっと少し忙しさも落ち着きを迎えそうなのでもしかしたら投稿間隔も戻せるかもしれません。その際は連絡します。
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