北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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灰色の記憶(5)

 その南国の島々は透き通る海に囲まれ、今が戦時であるということすらも忘れてしまうほどに美しい場所であった。俺が今まで歩いてきた廃墟とは違う、自然の美術館の一角に降り立った時の景色は未だ忘れたことはない。

 俺は呉から安全な航路で目的地に向かうため、大回りしながら船で一週間からそれ以上には揺れていた。地に足つける感覚が土地が新しくなったのも相まって少し新鮮だった。移動途中で何度か泊地に寄っていたのだが、どれもすでに前線と呼べるものではなくなっていたのが多く、俺の聞いた様相とは異なっていた。そうして降り立ったこのトラック泊地も同じ印象だ。民間人も明るい顔をしている。外の世界が俺とは遠い存在になっていた何よりの証拠だった。

 真夏の日差しはとても強かった。しかし俺のこの地で何かを成し遂げるという気概も同時に高かった。事前に言われた本部のある島へ向かうために、民間船から一度降りて別の桟橋に向かう。そこに迎えがいると伝えられていた。

 汗を流しながらスタスタと歩いているとすぐに見えた。小柄なボートが一隻、着岸されている。

 

「椃木君だね。待っていたよ。」

 

 その横に立っていた、初老に満たないくらいの日に焼けた男がそう言って手招いている。俺は一瞬疑ったが、その船は特徴的な錨のマークが付けられていてそれですぐに判断することができた。迷わず握手を交わして俺は船に乗り込んだ。

 

「君、内地からの人なんだって?」

 

 男は俺のことに興味津々だった。

 

「……一応。」

「若いのにすごいねぇ。歩いている時も活気に満ち溢れているような顔をしていたよ。」

「どうも。」

 

 そんな会話をしながら俺はパラオという地域からおおよそ直線でやってきて、最初に現れた島々の方角へと進んでいた。水曜島だったか、木曜島だったか、とにかく安直な名前だと思っていた。少なくとも遠目で見たときに人がいるとは言い難い、そんな場所だった。泊地がチラッと見えたような覚えもあったが、それでもわかりづらかった。

 

「あそこら辺一帯が鎮守府としての機能を持っているんだよ。人気から離れている土地の空いている場所に本部があってね。さっきいた場所にはちっちゃい支部が集まっているんだ。あっちの方が活気はあるけど、機能は本部の方がすごいんだよ。」

「そうなんですか。初めて聞く運営方針です。」

 

 小さい支部を集合させているのは優秀な民間人を多数運用するために、無理をして行われている方式だと俺は教わっていた。実際本土の方は一人の人間が一鎮守府を治めていることが多かったわけだからそれと比べると規模が見劣りしているとも言える。

 

「内地も荒れていた時期があったなぁ。僕も従軍したものさ。佐世保の奪還……かな。それに投入されてね。」

 

 俺が知らない戦闘を彼は経験していた。陸軍にいた頃の記憶が少し薄れてきていた俺にとってはそれは既に興味の対象としての価値を失われていた。

 

「そこにいた上官がこれまた優秀な人でね。女性だったんだけれども。」

「珍しいですね。」

「だろう? 彼女は本当に強かった……。君と同じくらいのなりをしていたよ。僕が傷を負って後方へ送られた後も活躍していたようだったからね。」

「はぁ。」

 

 そうして二時間ほど話に勝手に花を咲かさせられていると船はこじんまりとした浜から突き出た桟橋についた。彼は手慣れた様子で着岸させる。

 

「ここから道に従って歩けば本部さ。途中の野生動物には気をつけなよ。蛇とかいるから……。嘘じゃないよ?」

「忠言、ありがとうございます。」

 

 俺はお礼の言葉と軽く体を倒して彼と別れた。そうして振り返ると、そこには外から見てわからないであろう道がその熱帯特有の森の奥へと通じていた。海の潮にさらされて常に湿っている足場から乾いた砂の道へと足を進める。まだ昼前のことだった。

 あまり整備のされていないのか、道なのか道じゃないのか判別のできないところをしばらく通っていると、少し開けた場所に出た。味気ない出会いだった。眼前に広がる施設群の数々は自然の中に調和していない、不自然なものだ。俺は直感的にここが泊地本部だと悟った。地図に書いてあるところを歩いているのだから間違いようがないのだが、旅というものをしていなかった俺にとっては満足感の得られる体験だった。

 そのまま進んで広場の方向に出ようとすると、倉庫横で艦娘らしき面々に遭遇した。呉で見慣れていたから見間違えようがなかった。

 

「不審者!?」

 

 トラック泊地での受けた第一声はこうだった。愛用していた作業着を着ていたのだからしょうがない。新品だった錨を胸にあしらった服も今は色がくすみ、しわも増えていた。だが提督服はまだ未熟であった俺に渡されていなかったし、陸の服なんて今更着るものでもないと思って呉の宿舎に置いてきていた。そもそも戻れるのかは怪しかったはずなのだが、俺はどうせ呉に戻ってくるだろうと思って残してきてしまったのである。

 

「どうする。一旦警察に……。」

「ここにはいないだろう。」

 

 俺のことは蚊帳の外である。しかしこのまま行こうかと足を進めようとすると阻まれる。

 

「通さないよ。」

 

 人通りも少なくはない道で一瞬にして騒ぎが大きくなりすぎたのか、徐々に見物人が集まり始めていた。俺自身、艦娘に詳しくないためにどうすればいいのかわからない。不審者というレッテルだけが一人歩きしつつあった。他の艦娘からの怪訝な視線が痛い。

 

「とりあえずここに来た目的を教えてもらおうか。」

 

 緑髪の三日月の髪飾りをつけた娘が話しかけてくる。目の前にいる二人の背は小さく、見た目もそれ相応にやや幼いために俺は返答に困った。ただ、その時間が伸びれば伸びるほど立場が弱くなってしまう。

 

「君たちの提督に会うためなんだけど……」

 

 しょうがなしに口調を優しくして対応する。だが、その眼光の鋭さが和らぐ気配はなかった。

 

「何のためにだ。裏の桟橋から来たみたいだが……、あそこは演習場に出るための場所で部外者が立ち入っていい代物じゃないぞ。」

 

 あの男という呆れの言葉が喉から出かかる。別に彼がここの泊地関係者だとは決まってはいない。俺がそう思い込んでいただけだ。これでもし関係者だったとしたら対応に問題があるわけなのだがとにもかくにも、俺はまずこの状況を打破しなければいけなくなってしまった。

 

「真の目的はなんだ。もしや暗殺か?」

 

 問い詰められている様子はさぞかし滑稽なのだろうと思いつつ、俺はもう一度繰り返す。誠実さを見せれば少しは改善するだろうと思っていた。

 

「だから君たちの提督に会うためだって。それ以下でもそれ以上でもないよ。」

「あって何をする。」

 

 これ以上の情報漏洩はできなかった。というのも、出発前に鶴峰には俺がトラック泊地に行くことを知っている者は渡し役と本部にいる水上進(みなかみすすむ)という人間しかいないと伝えられており、またそれ以外での人事異動の話についてはしてはいけないとも釘を刺されていたからだ。

 

「本当に話をするだけ。新参者なんだからここの主人(あるじ)に挨拶するのは道理にかなっているだろう?」

 

 俺の指摘に納得を少し得たのか拍子抜けのような顔をする。とはいったものの疑いが晴れたわけではなかった。

 

「目的はいい。だがなぜ提督服ではないんだ。確かに新しく泊地の傘下に入る者で挨拶に来る人間はいるが、大抵は表の道から案内人を連れてやってくる。お前はその真逆だぞ。」

 

 その通りだった。一部の情報にツッコミどころがあったにせよ、客観的に見て彼女らから見て俺の見た目は異質であっただろうしそのやってきた道も疑われて当然のルートだったわけだ。そろそろ場を取り繕うことが難しくなってきた。困り果ててため息が出たその時、待ち人はきた。

 

「まさか、裏口からくるとは思いもよらなかったよ。表で待っていたんだけどね。」

 

 青年は俺の見覚えのあった人間だった。あの時、呉で出会った提督だ。顔を見て俺のことに気づいたのか驚いた声で反応する。

 

「君だったのか、ここの用心棒って。」

「えっ?」

 

 全員の視線が一人に集約する。

 

「ここだと話しづらいだろうし、とりあえず執務室まで案内するよ。」

 

 その言葉に甘んじて俺は周囲の目を一身に受けながらも歩み出した。第一印象なんぞどうでもいい。ここで俺は何かを成すのだ。その野心だけを燃やして俺は突き進んだ。

 歩いている時水上は俺と知ってやたらと話を振ってきた。横にいる秘書官らしき艦娘が何も喋らないのが少し気にはなったが、俺も躊躇わずに色々と答えていた。

 

「呉で会った時と同じ服装をしているね。」

 

 最初に会った時と異なり、気さくに話しかけてくる彼には不思議と引き込まれる魅力があった。

 

「あの時はまだ見習いみたいな立場でしたからね。」

 

 意外そうな表情で水上は問いかける。

 

「君の上司からは『経験豊富な歴戦の兵』って聞いたんだけど……。過剰評価というやつかな?」

 

 俺は答える術に困った。鶴峰が仕込んだ情報なのかは定かではないが、想定してなかった質問だった。

 

「そういうわけでもないんですけど——どういえばいいのかちょっと分からないです。」

 

 とりあえず言葉を濁す。俺の過去をことごとく知られる前に、話を変えたかった。水上もそれ以上の追求はしなかった。

 裏口と呼ばれている道から広場へと出て、そこから立派な庁舎の方へと向かう。俺が見落としていたのか案外目立つ位置にそれは立っていた。防衛上不利ではないのかという思いは起こったが、その視点を建てた人間が持っていたのかは不明だ。

 中に入るとコンクリートの床打ちをされた簡素な作りの広間が出迎える。本土の方と比較してあまり豪勢でないのは当たり前といえば当たり前なのだが、それでもこの離島諸島とも呼べる場所では十分な作りをしていた。

 見惚れる暇もなく、正面の階段を登って二階へと進む。向かって左に曲がった奥の部屋が執務室なのだと水上は言っていた。

 

「とりあえず、今日は仕事はしなくていいよ。まだ土地に慣れていないだろうからね。」

 

 着いてすぐに水上は話を始めた。向かい合わせに椅子に座ると、横からお茶が出てくる。手際がいいなと感心しつつ、俺は話に意識を傾けた。

 

「あんまり何を任されるかについての話は聞いてないのかな?」

「はい。」

 

 事実、俺は何も聞いていない。出会った当初に水上が発した「泊地の用心棒」というものも初耳だった。まずは情報を得るに越したことはない。水上は資料を取り出して、それを見ながら俺に必要な情報を的確に伝えてくれた。

 

「一応、君はここの防衛任務を行う手筈になっているようだね。提督としての仕事はなくて主に警備につくようなんだけど……」

「全く知りませんね。」

「そうだよね。」

 

 ため息を吐く様子も見せずに水上は少しの時間、考えにふける。己の中での結論が出たのかすぐに顔を上げた。

 

「まぁ考えても仕方がないし、ゆっくりしていってよ。僕はこの後に予定があるから案内は別のものに任せよう——」

 

 水上はそう言って名簿を取り出して確認作業を行う。いつの間にか執務室内には俺と彼以外はいなかった。

 

「少し放送をかけるから待ってね。」

 

 そういって彼は立派な机へと向かい送受話器を取り出してマイクのスイッチを音にして何かを喋っていた。外でその内容が聞こえるが、防音室に近いこの部屋ではその微かな音波しか聞き取ることはできない。こんな時に防人の能力が聴力にも影響があればとも思ったが、得られなかったものにとやかく言う筋合いは俺にはない。素直に座って待っていた。

 

「とりあえず呼んでおいたよ。君もある程度見ているはずだから少しは気も和らぐと思う。」

 

 全く見当もつかなかったが水上は少し自信があるようで、笑顔で語りかけてくる。「ありがとうございます」と軽く礼を言った後、待ち続けていると、ドアが雑に開けられた。音が響くので俺は咄嗟に振り返る。そこに立っていたのは呉で見た少女だった。顔に浮かぶ表情は引きつっている。

 

「本当に私が案内役なの。」

「だって、彼と一緒に歩いていただろう。」

 

 あまり話したくない内容だったのかそれ以上の文句は続かない。代わりに扉枠に寄りかかって眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌な雰囲気を醸し出していた。俺でも近づきたくないと思った。

 

「それで、やるの——」

「いいわよ。でも何か対価をくれなきゃ嫌。」

 

 水上が皆までいう前に言葉は遮られる。俺は名前を思い出すために頭を使っていたから、無論返答する人間は彼女の提督の水上である。

 

「椃木君と仲良くなれるんだからいいじゃないか。友達第一号だよ。」

「それ、冗談でいってるの?」

 

 とうとう頭がダメになったかと言わんばかりのやれやれ具合で彼女(ずいかく)は肩をすくませる。水上はそれならばといった様子で切り札を使ったようだった。

 

「今回ばかりはそういう対価を求めるのはダメだ。もしやらないんだったらあの時の話を——」

「それだけは勘弁してってば!!」

 

 彼女(ずいかく)はそれ以上は言わせないとばかりに執務室に乗り込んでくる。話の筋が何も読めなかった俺は椅子にただ一人残されるだけだった。とりあえずすぐに分かったのは俺が恐るべき力で廊下へと引っ張られているということだけ。そうやって無様に引きずられる最中、手を振る水上の目の奥に何かがあったような気がした。

 執務室の両扉は勢いよく閉められ、すぐに二人きりの状態になる。それがロマンチックと形容できるのかどうかはわからないが、色恋ごとに馴染みのない俺にとってはただ頭の痛い状況だった。

 

「貴方、名前は。」

「椃木。」

「下の名前も。」

「鷹牙。」

「っそ。」

 

 大層なものも持ち合わせていなかった俺は、会話に困っていた。水上が上手に話を振ってくれていた頃はまだ良かったが、今は俺自身が何か仕掛けないといけないために少々面倒だった。

 

「えっと、瑞鶴……さ」

「さんづけはやめて。気持ち悪いから。」

 

 出鼻から挫かれて俺は顔を心の中でしかめた。またとんでもないものを寄越してきたなと思いつつ、会話を行うために奮闘する。

 

「じゃあ。瑞鶴。とりあえず……俺はどうすればいいんだ。」

「知らないわよ。」

 

 まだまともに艦娘と接したことのない俺は、少し前での騒動での時のことも相まって口調には注意を割いていた。そのような配慮から言葉を逡巡した結果に対する返しはこうだった。正論と言えば正論なのかもしれないが、俺には余る。

 

「……ま、まぁさっき言われた通りに案内してくれないか。ついていくから。」

「元からそのつもりなんだけど。」

 

 女心はわからない。俺はすでに対話を拒否されているのかもしれないという思いに苛まれた。瑞鶴はそのまま何も言わずに階段を先に降りていく。その背姿を追って俺も意を決して足を踏み出した。

 

 

 

 施設紹介はお粗末なものだった。話もせずにブラブラと連れてかれては名称だけを教えられる。呉に勤務していなかったら恐らく俺はこの時点で詰んでいた。当の彼女の様子は常に腹の居所が悪いと言ったもので、あまり目を合わせることもなかった。少々気になったのは周りの反応だ。水上が放送をかけたのもあって出会う艦娘からの視線は多かった。それを意を介しているのかほのかに頬が赤い。

 

「これで終わり。もういい?」

「あぁ、助かった。」

 

 形式上の礼ではあったが、それを伝えると瑞鶴は「ならいいけど」と一瞬ほっとしたような表情を見せた。もしかしたら緊張であのような態度になっていたのかもしれないという憶測が脳裏に浮かんだが、その前にそれ以上の会話をすると彼女にも悪いと思って俺はすぐに立ち去ろうとした。やることはないが、水上の元に戻ることはできないし適当に探索をするつもりだった。

 

「あ、ちょっとどこに行くのよ。」

「へ?」

 

 思わず変な声が出てしまう。まさか呼び止められるとは思っていなかった俺は首を後ろに捻った。

 

「どうせどこも今の時間じゃ忙しくて相手にされないわよ。」

「じゃあ、瑞鶴が暇を潰してくれるのか?」

 

 俺は無意識にそう返答していた。彼女は言葉が喉につっかえているのか、すぐに答えはこない。

 

「俺はまだここに来て数時間程度しかいない人間だ。早く慣れなきゃいけないからな。顔も覚えたいし。」

 

 何年いるのかもわからない。もしかしたらここで提督になるのかもしれないし、一度本土に戻ることになる可能性だって皆無ではない。この先の未来のための投資は今から始めないと後悔することになる。俺はまだ誰にも報いていない。

 

「そんな生き急ぐような真似、しなくてもいいんじゃない。」

 

 決意を済ませて前に向かって歩き出そうとしていた俺の足はその言葉で止まった。

 

「どうしてそう思うんだ。」

 

 すぐに俺は勝手に理由を聞いていた。自分でも驚くぐらいに声は低く、少し震えていた。瑞鶴はその反応に戸惑う。

 

「えっ、何か気に触ることでも言った……?」

 

 先までの威勢は何処へやら。瑞鶴は俺の機嫌を伺ってるのか言葉を選んで話しているようだった。突如として姿を見せた心のうちに潜む無情な影は俺の口を操る。

 

「瑞鶴が言い始めたんだろ。どうしてだ。」

 

 相手は艦娘だ。だがそれ以前に乙女でもある。我ながら大人気ない真似をしている自覚はあっても問いたかった。体がその感情の高ぶりを拒否しなかった。

 

「お前は、俺の()()()()()()()?」

 

 その後ろに続く文言は既に決まっている。だんだんと俺の凄みは増しているのか、瑞鶴の声は細かった。

 

「その……なんか…………、ごめん分からない。」

 

 軽率な理由でこんな言葉が出てくるわけがない。違う。こいつは何もわかっちゃいない。俺の深部にたどり着くような存在じゃない。

 

「何も……知らないくせに。」

 

 一種の拒絶反応を示す俺に彼女は余計に萎縮する。これ以上醜いことをしても意味がない。重たい空気が思わず口から漏れ出る。俺の奥底に残っていた少量の良心は言った。

 

「……まぁいい。変なことを言うのはやめてくれ。」

「うん。」

 

 俺はその場を離れることにした。整理のつかないこの悪意に似た感情をいち早く収めたかった。怒っているのではない、何かもっと負の方向にいった憎悪とも言えるような感情がそこにはある。天を支配しその光を撒き散らす太陽が今は鬱陶しく、同時に眩しかった。

 そうして一度瑞鶴と別れた俺は一度広場の方へと戻ってきていた。まだまだ泊地は休憩モードとは呼べない忙しそうな様相を示している。休むものも少ない。だが、かといってあてもなくほっつき歩いているわけにもいかなかった。遠目でジロジロと見られることを気にしない人間であれば問題はないのだろうが、まだ真面目だった俺は逃げるようにして海の方へと向かった。

 表口とも呼ばれていた桟橋に俺はやってきた。浜と岩壁が交錯する右側は何もされていない。対照的に左側は地形が均してあったりして、上手く出やすいように工夫してあった。島の入り江のような場所に立地しているおかげで守りやすそうではあった。どこも大体は湾内に建設するものなんだなと思いながらぼんやりとしていると、どうやら帰投しようとしてそうな一群が向かってくるのが見えた。

 

「あれ、椃木君じゃないか。どうしてここに?」

 

 水上の声だった。振り返ると今度は艦娘が横についている。秘書艦だったかなんだか。泉佐野に渡された本に全て載っているのだが手元にはない。容姿から名称を頭に思い浮かべながら答える。

 

「暇になったので。」

「……もしかして瑞鶴が何か失礼でもしたかな?」

「そういうわけじゃないです。」

 

 あの娘は何も悪くはない。案内をしただけで十分な働きだ。問題は俺の中にある。水上は安心した様子でまた話しかけてくる。

 

「ここから見るみんなはいつも凛々しいんだ。僕なんかよりもずっと。」

 

 それは俺に言ったものなのか、はたまた独白なのかはわからない。どっちとも取れるような言葉だ。だからこそ俺も一つ聞いた。

 

「いつもここに来るんですか。」

「そうだね。帰投する子たちを迎えに行くために来てる。……まぁ頻繁には来れないけどね。」

 

 その横顔は優しい表情だった。俺の心の中とは大違いだ。逆に言えばそれが提督になれる素質なのだろうとも一瞬思えた。恐怖の感情を瑞鶴に抱かせてしまった俺が情けなかった。寛容になれない俺の浅ましさが垣間見えて自分自身に反吐が出る。

 

「多分、あの子は静かな浜辺にいると思うよ。」

 

 水上は突如としてそういった。しかしそれは俺の欲しい言葉だった。十分な情報だ。

 

「君も案外わかりやすいところがあるんだね。」

「漏れてましたか。」

「底の見えない後悔っていうのかな。そういうのが感じられるよ。」

「……鋭いですね。」

 

 どこまで見ているのかもわからないその目は今は恐ろしくはない。人のことを理解する能力も立派な才能だ。俺は挨拶を済ませここに順応するために、そして彼女に言葉を伝えるために踵を返した。

 

 




今回、長くなる可能性が大です
なんとか少ない話数に抑え込むつもりなので文字数が増える可能性がありますがご了承ください。
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