北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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証明(2)

 彗星に攻撃命令を出して数秒、高高度からの彗星による襲撃を察知したのか加賀の数少ない烈風が動きを変える。電探上には映るが姿の見えない敵に対してしきりに探し回る。眼前の敵の表情が変わる。

 

「やっと隠し種を明かしたわね」

 

 加賀がそう言い放つや否や、今までの好戦的な手を見せ続ける選択から一気に守りに入るかのように瑞鶴との距離を取り始めた。同時に流星などの攻撃機の襲撃の素ぶりがピタリと止む。溜めを作っていた気配が完全に消え去る。

 

─気づかれた……というよりも待たれてたか!!

 

 辛抱が甘かったことを痛感し、奥歯がキリキリと鳴る。加えて激しい制空権争いを繰り広げているであろう地点からも徐々に誘導されて遠ざかりつつある現状に、加賀の狡猾さを改めて瑞鶴は感じていた。立ち位置の操作。演習だからこそ発生する駆け引きの要素の一つだ。

 

─この人、判断力が半端じゃない

 

 海上における盤面全体の掌握を大雑把に目指す瑞鶴に対して、局所局所における進退を基軸に駆け引きで勝ろうとする彼女の戦術は実に合理的。その行動を補完する決断力は感心せざるを得ないほどに洗練されている。一種のごまかしを用いて立ち回る己とは異なり、きちんと戦術に沿った動きを完遂する加賀はまさに猛者と呼ぶにしてふさわしかった。

 

─“最新”の手練れはやっぱり違う

 

 戦場における嗅覚。艦載機という手足を使って戦うからこそ求められる軍師としての才能は実戦でしか養えない。まして過去に三度も港を守り抜き、第一線で警戒に当たり続けている防衛の専門家とも呼べる相手に守りに入って勝てる見込みがあるかと言われれば──怪しい。

 

─彗星隊は攻撃を続行、直掩機は援護にまわって

 

 被害は覚悟している。ここで大事なのは勝利への道筋を一つでも残すこと。一度失敗したからといって即時に敗北が決まるわけではない。

 

─零戦と流星が烈風を釘付けにしている以上、防空能力が衰えているのは確かなはず

 

 将来的に合流できれば心強い状態ではある。だが仮に彼らが敗北した場合、劣勢に立たされるのは瑞鶴だ。考えづらい事態であっても瑞鶴にはどこかひっかかっていた。まだ見ぬ未来に期待して自滅するなら現在(いま)に集中した方がよい。

 

─まずは護衛をどうにかしないとよね

 

 烈風と流星。母艦の統制を受けて立ちはだかるこれら二つの艦載機を突破して瑞鶴は攻撃を通さなけらばならない。側面や裏から回って上手く隙をつければ話は早いが、加賀はしっかりと死角に対して直掩機を放っている。堅牢な構えは至極厄介であった。ただ撹乱するためだけに突っ込ませるだけでは零戦を無駄に消費するだけだ。

 

─上からなら……突破口はある

 

 加賀の築く警戒網が着々と完成していく中、遙か上空から予定通り彗星が急襲する。加速を十分にすませた弾丸のごとき速さに加賀の艦載機の反応は明らかに遅れた。

 

「っ!!」

 

 危険を察知したのか、加賀が空を見上げ回避行動に移る。空気を分つ機体の翼からは線が流れている。このままでは到底、防御を間に合わせることは難しい。加賀は自身の上空を抑えられないように動きながら狙いを外すために蛇行運動を繰り返す。だが瑞鶴の狙いは頭上ではなかった。

 

─運はまだ残ってたわね

 

 おおよそ十五機。各機体、機種を上げる瞬間に航空爆弾を投下する。限界まで引き上げた最高速が導き出す強い遠心力が爆弾を魚雷の如く水平に飛ばした。

 

「これは……」

 

 加賀がその爆撃機が行う特異な軌道を見て速度を落とす。急降下からの投擲を想定していた彼女は無駄な行動をしていたのだ。しかし瑞鶴にとっては好都合だった。ギリギリまで近づいた彗星が一斉に航空爆弾を繰り出す。同時に、加賀も合わせて動こうとする。

 

─遅い

 

 たった一度──穏やかな波が広がる水面を飛び魚のように跳ねて爆弾は目標へと突き進む。何個か衝撃で爆発するものもあったが、十は正常に機能している。より速く投げ出された爆弾は単に急降下で投下するのとは異なり軌道が読めない。

 

「反跳爆撃。そんな装備……どこで」

 

 言葉上でしか聞いたことのない戦術が耳に入る。瑞鶴は思わず心の中で突っ込んだ。

 

─そこまで大層なものじゃないっての

 

 原理は同じでも正式な採用は見送っている。瑞鶴はあくまでも発想を利用しただけだ。専用に作られた兵器でなければ理想通りに攻撃を実行することは不可能。だから危険を冒してでも投擲するタイミングを遅らせた。

 同時に起こる爆発。沢山のぼる水柱、そして被弾の合図に瑞鶴は期待を寄せる。できれば中破までは欲しかった。

 

「……ふぅ」

 

 息を整えて現れる加賀は未だ飛行甲板に対する損害は軽微なようだった。ダメージコントロールが上手なのか、単に運よく生き残っただけなのかは分からなくとも致命傷を避けたのは確かだ。

 

─流石にしぶといか

 

 目を細めて瑞鶴は再補給を行うべく彗星を呼び戻す。けれど加賀の烈風と流星がすかさず阻んだ。黒い尾を引いた機体が増える。背後を取られてきっちりと落とされて数が一気に減らされる。

 

「逃すわけないでしょう」

 

 初めて彼女の感情が見えた瞬間だった。憤りにも捉えられそうな険しい顔つきで彼女は瑞鶴を見つめる。少々、瑞鶴は清々しい気分だった。

 

「やっと鉄皮の仮面が剥げたわね」

「生意気な口もせいぜいそこで留めておきなさい。さもないと─」

 

 弓を構えて矢を放つ。たったその二つの動作が数秒で終わる。機械的とも言える所作は道場で見た美しさとは別物。今まで出会ったことのない冷たい空気が辺りを走る。

 

「貴方を叩き潰す(しずめる)

 

 思わぬ殺しの宣告に瑞鶴は背中に戦慄が巡った。はっきりと言葉として伝えられるのと態度から滲むのとでは圧が違う。

 

─まるで別人じゃない

 

 明確に攻撃する意思を持って流星と彗星がやってくる。ここで烈風が直掩機として控えている可能性は消えたが、瑞鶴の敗北が排除されたわけではない。速度の緩急を使い分けながら回避を試みる。

 

─直掩機は死角を常に警戒して!! 正面は私がどうにかする

 

 何度も切り抜けた修羅場が判断を後押しする。集中して耐え続ければ勝機はくる。

 流星が右舷前方から三機、後方で数機の爆発音。頭上から風切りの音がいくつか聞こえる。瑞鶴は少し悠長に円形に航行していただけなのに囲われた。

 

─部隊展開早すぎでしょ

 

 距離が近いとはいえ行動に移し攻撃にこぎつけるまでが他の追随を許さないほどに素早い。

 

─だけど

 

 加賀が反撃に意識を傾けたときこそ好機は舞い降りてくる。

 

─守りから攻め合いに乗ってくれたんだったらやりようはある

 

 赤城に対して加賀は守りからの反撃で勝った。もっというなら相手の全力を敢えて引き出し、その弱点を突いて自分なりの戦術を貫き通した。だが瑞鶴にとって、加賀が攻撃を急いでいるこの状況は準決勝で目の当たりにした光景とはまるで違う戦況だ。同じ展開に落とされてしまえば勝ち目は薄まるが、土壇場の対応力が問われるのなら瑞鶴も自身の強みを使える。

 

─あとはいい加減、どこかでやってるんだろう制空権争いに終止符がつきさえすれば

 

 勝負は決まる。

 

─まずは攻撃を凌ぎ切らないと

 

 瑞鶴はひとまず距離を取ることに注力した。最高速は翔鶴型の方が上回っている。先に損害を与えて装備的な差も皆無な以上、離脱して有利になるのであればそれがいい。

 

─卑怯かもしれないけど、戦略的価値を考えたら正しい行動のはずよね

 

 直線的な動きにはなるが瑞鶴は一気に機関一杯に引き上げて攻撃隊本隊との合流を試みる。朧げながらも方角を把握していたおかげで苦労はしなかった。

 背後に迫る駆動音が機銃と爆発で塗り替わる。瑞鶴も機銃で前方にこようとする加賀の攻撃隊に対して威嚇射撃を繰り返し、一気に戦場を抜け出す。遠ざかる加賀の姿に一旦は胸を撫で下ろした。

 

─瑞鶴よ、聞こえる?

 

 攻撃が止んでいる隙に本隊へ意思疎通を行う。視界に味方の機体が映らない現状に焦りが募る。荒んだ音が脳の中が鳴り続ける。

 

─お願い……返答して

 

 移動を続けながら待っていると、突如として意識が繋がった。戦闘がひと段落ついたものの補給が必要であるという報告が舞い込んでくる。

 

─被害は

 

 加賀側の烈風は半数以上撃破、代わりに戦闘機隊の損害が激しく二、三機。流星隊は半分撃墜されたと隊長機から詳細に情報が伝えられ、瑞鶴はホッと胸を撫で下ろした。

 

─これならまだ戦える

 

 加賀も距離を取られたら一部烈風の回収に走るはず。そう推測して合流を急ぐ。

 

─落ち合う地点は

 

 問いかけた時、瑞鶴は静かにやってくる敵機の存在に気がついた。流星小隊。ちょうど直掩機の補給中だったために防空支援は見込めない。

 

─鉄砲玉……!!

 

 念の為で出したのかもしれないが、瑞鶴には効果覿面(てきめん)だ。即座に会話を中断し回避行動に移る。

 

─どこからくる

 

 旋回しながら機を品定めする存在に意識が釘付けになる。補給が終われば追い払えるとはいえ、精神的余裕は削られた。

 

─平気で艦載機を切り捨ててくるから油断が出来ないのは分かってたけど

 

 躊躇いを全く感じさせない彼女の鋭い判断力は瑞鶴に欠落している。非情だからこそ、冷淡だからこそ為せる決断は過去の“自分自身”から学びを得たとしても到底、再現が可能とは言い難かった。

 

─勝ちたい……でも

 

 持つものを全て投資して勝利を掴むのも立派な行為だ。だが瑞鶴の所持している()()は最初から与えられていた贈り物であって努力の末に獲得した力ではない。使うべき力ではない。

 すぐそこに迫る雷撃機の軌道を鑑みて瑞鶴は機銃で抵抗する。進路の先にばら撒いて圧をかけて時間を稼ぐ。足は直前に伝えられた合流地点とは真逆の方向を向いていた。

 

─このまま補給を続ければ確かに展開は有利になる

 

 烈風隊を半壊させた上で瑞鶴側は損害も与えている。不安点は残っているが盤石と呼んでも差し支えはないだろう。物量で攻め合えば敗北を喫するのは加賀の方だ。

 

─……それって本当に勝ったって呼べるのかな

 

 建造されてから今に至るまで己の力で切り開いた道はあるのか。瑞鶴は自身の根幹が揺らぐ感覚を仄かに感じ取っていた。

 

─どこまで用意された(レール)を走ってるんだろ

 

 北方で隻眼が引き起こした一連の騒動を鎮圧し、母港にいる加賀や提督の過去に触れて何とかする。疑問を持たずに実行しようと足掻いてきた。事実、これまでその行為に誤りがあるとは一回も考えたことはない。この秋季演習だって提督の職を守るという点ではその一環だし、赤城や金剛達のことを考えれば正しいとは分かっている。

 

─ずっと縛られてる

 

 己の信念とは何か、美学とは何か。瑞鶴はその時、提督の言葉をふと思い出した。

 

─『忘れろ』……か

 

 叩き込まれた教えも、提督の持つ深い因縁も。瑞鶴が悩むもの全てから目を背けて試合で勝つことだけを考える。冷酷だとか戦術としてとか関係ない。

 

─強敵に勝つためには

 

 瑞鶴は答えを弾き出す前に動いていた。再補給の終わった彗星と数少ない直掩機の零戦を空に上げる。強気で臨む瑞鶴に対して加賀の小隊も突っ込んでくる。

 

─本隊はあとどれぐらい航行できる

 

 捨て身覚悟の一投に間一髪での回避を続けながら再度、攻撃隊と連絡を取る。数分。周囲で爆発音が響く中、返答に瑞鶴はにっこりと笑って一言言い放った。

 

─分かった、なら合流とか補給せずにそのまま戦闘に参加してくれる?

 

 あまりにも扱いの荒い指示に一瞬、空気が凍る。聞き直す隊長機に瑞鶴はもう一度同じ指令を出す。数秒の空白の後に承諾の言葉が来た。

 

─申し訳ないけど、この狂った作戦には必要なことなの

 

 続けて概要を伝えると初めて反対の意向が返ってくる。倫理的に反する。理由は単純だ。

 

─そうね

 

 しかし瑞鶴は硬い意志で真っ向から対立した。勝つためには必要。この絶対的なフレーズに彼は折れる。

 

─頼んだわよ、信用してるから

 

 大まかな地点を指定して瑞鶴は来た道を舞い戻る。加賀と遭遇するのは想定内だった。

 

「わざわざやって来るなんて、いい度胸ね」

「勝算があるので」

 

 明確に顔をしかめて不快感を彼女は示した。未改造と揶揄した相手に勝たれるなどプライドが許さないはずだ。

 

「その減らず口を黙らせてやるわ」

「出来るといいですね。その前に私の方が先に落としますけど」

 

 加賀が弓を構えようと矢に手をかける。その瞬間、複数の駆動音が左舷から聞こえてきた。彼女は視線だけ動かしてため息をつく。

 

「零戦つきの攻撃隊……貴方まさか補給もせずに酷使したの」

「よく分かりましたね」

「本当に愚かな子」

 

 空母として最低の行為なのかもしれない。艦娘として許されざる行為なのかもしれない。だが今、瑞鶴が欲しているものと比べたら優先するべき価値は下の下だ。

 

「そこまでして得たいものなんてただの飾りよ」

「だったら譲ったらどうですか」

「っ……」

 

 絶句する加賀の顔には呆れよりも怒りの方が浮かんでいた。

 

「どこまで逆撫ですれば気が済むの」

「勝つまで」

 

 答えている瑞鶴も何故ここまで冷え切った対応ができているのか分からなかった。正負のない無の感情が支配するとこうも変わるのか。まだ見ぬ己の姿が逆に恐ろしくもある。加賀も瑞鶴の心無い返答に引っ掛かりを覚えたのか、目が細まった。

 

「攻撃隊、発艦」

 

 先制攻撃を受けてはひとたまりもない。加賀は迷わず弓を引いて矢を放つ。真っ直ぐと飛ぶ機体が現れて、瑞鶴へと噛み付く。直撃したら撃沈判定は確実だろう。だがそれに誰も群がらない暴挙に加賀の目が開かれる。

 

「何を考えて……っ!!」

 

 側面から切り込んでくる攻撃隊に魚雷や爆弾を携えたものはいない。しかし接近しているという事実自体がもたらす圧力は計り知れない。加賀の烈風や攻撃を済ませた攻撃機が対応する。機体の破片があたりに散らばる。

 

─沈まなければいい

 

 確実に敵を屠れば損害など無きに等しい。瑞鶴は上空から急降下する彗星に目をむける。垂直に海面へと向かう姿は勇ましい。美しさを感じた瞬間、瞳の映し出す映像が一瞬赤く反転する。体が動くのは沈まないようにするためだけの行動でしかない。視線は一つの爆撃機の最期から離れることはなかった。

 戦闘機隊は心の中にいる“彼女”のものだ。流星隊は母港にいる“彼女”のものだ。この体だって建造した“彼”の望んだものだ。だが彗星隊だけは違う。瑞鶴が唯一己の所有物だと呼べる存在はたった一つだけ。

 

─こわシテ

 

 一直線に加賀の頭上へ彗星が落ちる。騒がしい戦場で見上げる彼女の顔は驚きに満ちていた。刹那、引き起こされる爆発に巻き込まれる。空白の間が衝撃音で埋まる。海面に突っ込む彗星を見届けて、同時に瑞鶴は足元に感じるつき上げる感触に身を任せた。




勝敗が分かりずらいですが、今回はこれで終わりです。次の話は少しまったりしたものになると思います(何せ今回の話は重たい部分もありますし)。それが済んだらいよいよ第二章も終わりですね。お楽しみに。
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