北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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今回は相当苦戦したのでちょっと短めです……。


証明(3)

「──栄誉を称え、『黒狼の鶴娘』の名をもって表彰す」

 

 年相応の皺が深く刻まれた顔が柔らかく笑みを含み、一つの勲章と共に純白の服に飾られた腕が伸びてくる。力強い筆跡の文字の示す勝利の証が瑞鶴へ手渡される。

 

「……ありがとうございます」

 

 迎える拍手の代わりに撮影機が取り巻く環境が、公の改まった場がいまいち苦手な瑞鶴の体を緊張で硬くさせる。ぎこちない動作で書状と勲章を受け取った壇上から降り、振り返った先に整然と並ぶのは“五府”の面々。矢矧や飛龍など細かく見ていけば知り合いはいるが、瑞鶴は落ち着かなかった。自然と心臓が早く早くと歩く足をせきたてる。

 

─こんなの場違いじゃない……

 

 表彰されるのは決勝で勝った艦娘だけ。誰も付き添いはおらず、ぽつんと用意された席に一人座る。単冠湾の仲間も同伴なのだと思っていただけに、どこか裏切られた気分だった。膝の上に置いた手のひらに力が少しだけ加わる。

 

「さて……次は艦隊戦について、改めて確認したい」

 

 そうして空母部門の式が終わると、今度は秋季演習会後半戦とも呼べる艦隊戦についての説明が始まった。大将の代わりに実行委員の一人なのであろう人間が口頭で軽く規則を読み上げる。

 

─そういえば今まで艦隊戦についての話……一度も聞かなかった気がする

 

 艦娘単独の強さを測るのが単艦演習ならば、艦隊戦は個々人がいかに艦種としての仕事をこなし力を発揮するかが問われる。ある意味では最も実戦的であり、発展段階にいる瑞鶴にだって慣れ親しんだ種目のはずである──にも関わらず提督から第二遊撃部隊で出るという話などは聞かなかった。

 

「──健闘を期待する」

 

 再び壇上に登った長い海軍大将の言葉が締められ、明日からの日程が同時に明かされて会が閉幕する。荘厳な雰囲気で包まれていた呉の講堂内の空気が緩み、まばらに立ち上がる者も現れていよいよお開きかとなった時、瑞鶴は不意に肩を叩かれた。

 

「おめでと!!」

 

 飛龍の声が咄嗟に耳に入る。視界に映り込む表情は屈託のない笑顔だ。剣城たちが退室する姿が背後にあった。

 

「ありがとう」

 

 優しい返事をして、瑞鶴は彼女からの軽い抱擁を受け入れる。数秒の沈黙の後に飛龍は体からぱっと離れて口を開く。

 

「いやはや……まさか有言実行しちゃうとはねぇ。流石に決勝戦は応援せずにはいられなかったかな」

「決勝戦って、最後だけじゃない」

「だって準決勝までは私だって勝ってたんだもん。いじわる言わないでよ」

 

 頬を膨らませてプンスカと怒る飛龍の顔に、瑞鶴は不覚にも吹き出しそうになる。しかし同時に今までの戦いが流れるように脳裏によぎった。つい二時間前に決着がついたと思えないぐらい、遠く感じられる記憶は強く鮮やかに残っている。

 

─本戦……勝ち抜いたんだもんね

 

 翔鶴、大鳳、飛龍、加賀。南方や本州の選りすぐりの空母と渡り合えたという実感は湧かない。けれど瑞鶴は勝った。

 

「羨ましいなぁ〜。なんかちょっとかっこいい名前貰えてるじゃん」

「いやいや、絶妙に噛み合ってないでしょ」

「うわっ……名付けられた立場なのにそんなこと言っちゃうんだ」

 

 飛龍の大袈裟な反応はいつも通り。しかし対する瑞鶴は不思議にも言葉に詰まっていた。

 

「どうかしたの?」

「なんでも」

「ふ〜ん」

 

 まじまじと見つめられて瑞鶴は尻込みする。猜疑の眼差しを向ける飛龍は一言つぶやく。

 

「瑞鶴、嬉しいんでしょ」

「えっ?」

「勝った時、全然喜ばないから変だなって思ったのよ。なんだか気が抜けたような感じだったし」

 

 安心。瑞鶴が試合後に初めて持った感情は歓喜とは程遠かったのは事実だ。

 

「時間が経ってから実感してるのよ」

「そうかねぇ。何か隠し事でもあるんじゃないの?」

 

 鋭い質問に口が止まる。バツが悪そうに飛龍は続けて話す。

 

「……深入りはしないけど、何かありそうなのは分かってるわよ」

「やっぱり分かる?」

「戦ったからね。ちょっと尋常じゃない熱意がこもってたし、もしかしたら何かあったのかな〜って」

 

 第六感が優れているとはまさに飛龍のことを言うのだろうと瑞鶴はしみじみと感じていた。なんでもとまでは行かなくとも大抵のことが見抜かれているような、そんな感触が徐々に起こってくる。

 

─でも……これで提督さんは辞めなくて済むんだよね

 

 駆逐艦、軽巡洋艦、航空母艦。三つの部門で優勝を獲るという条件は赤城の敗北というイレギュラーがありながらも達成した。故に提督が職を追われる筋合いはない。

 

「瑞鶴?」

 

 飛龍が首をかしげて問いかける。突如として無言になった相手にきょとんとした表情を見せる。

 

「…………」

「えぇっと、大丈夫?」

 

 瑞鶴は考え込んでいた。秋季演習の中で建てた自らの目標はなんだったのか。今一度振り返るために。

 

─提督さんとの思い出作り……、自分が強くなるため……?

 

 赤城から明かされた危機の印象が強すぎて打ち消されていたものが、背負いすぎて見えなくなっていたものが新しく形を変えて蘇る。

 

─そもそも私って何のために単冠湾の一員として戦ってきたんだろう

 

 不意に浮かんでしまった命題が足元を固めていた地盤をボロボロと崩す音がする。瑞鶴は提督と加賀の持つ悲惨な過去を塗り替えるために頑張ろうとしていた。だがそれはあくまでも今は亡き“トラック泊地”で過ごした記憶を持ったからだ。自発的に持った目標とは言い難い。

 

─あれ、あれ……

 

 頭の中が混乱する。頑張ると決めたはずなのに、現れた問いへの答えは闇の中にいた。手を入れても感触の不確かな空間は底無しだ。

 

「瑞鶴? お〜い……聞こえてる?」

 

 飛龍の言葉が頭の中をただ通り過ぎる。考えても考えてもぐるぐると渦巻くだけ。瑞鶴は仕方なく見切りをつける。

 

「うん、大丈夫」

 

 笑って誤魔化す以外の術はない。誰にも相談不可能な問題は自分の力で解決する。瑞鶴なりの提督や加賀への配慮だった。他人の秘密を易々と明かすほど軽い艦娘(ひと)柄ではない。

 

「よかったよかった。突然黙り込んじゃうから何事かと思ったわよ」

「ごめん」

 

 飛龍は呑気に「いいのいいの」と手を軽くふっている。瑞鶴は少しだけ孤独になりたくなった。自己の問題と向き合うために、優勝してからの心の整理をつけるためにもちょうどいい。

 

「少し外に出てきていい?」

「不思議なことを言うわね。どうせ出なきゃいけないのに」

「海を見たくて」

「……そう言うことね。だったら私も提督にご飯奢ってもらおっかな」

 

 瑞鶴の返答を聞くや否や、飛龍は一人で扉へと向かう。

 

「ありがと」

「いいってことよ」

 

 察しがいいと助かるなと思いつつ、ゆっくりと背中を追いかける。呉の講堂から海はさほど遠くはないはずだ。瑞鶴は深呼吸して服の襟を正した。先に飛龍が喧騒に満ちる場所へと出ていく。

 

─こんなのじゃだめ

 

 秋季演習の単艦部門で勝ったぐらいで“彼女”に追いつけるわけがない。提督の傷はもっと深い。

 

「あの人の隣にいても恥じない艦娘でいないと」

「随分と意気込んでくれてたんだな」

「へ?」

 

 軽快な着地音と共に背後から発せられる声は疑いようもなく聞き馴染みがあった。思わず振り返る。

 

「提督さん……!?」

「表彰式、すごい緊張してたな。ガッチガチだった」

「ど、どうしてここに」

 

 状況が未だにつかめていない瑞鶴は一瞬、思考が停止する。提督が先んじて説明する。

 

「俺の体についてはある程度知ってるだろう。二階でこっそり見ていた。それだけだ」

「じゃ、じゃあ……途中まで同伴してたのって」

「忍び込むためだが」

 

 平然ととんでもないことを言い出す提督に瑞鶴は文言が詰まる。

 

「別に俺のくだらないことなんてどうでもいいだろう。せっかく瑞鶴が優勝したって言うのに……悩んでちゃ祝えない」

「…………」

 

 今までの言動、表情を全て見られていた。その事実に瑞鶴は少々気恥ずかしくて顔が赤くなるのを覚えた。そんなことも露知らず、提督は続ける。

 

「俺のことは気にするなって言っただろ。帰ったから考えればいいんだ」

「で、でも」

「気を張りつめすぎてもいいことないぞ。赤城だってそうだったろ」

 

 あれは大部分が提督のせいなのではと瑞鶴は挟みたくなったがグッと抑える。提督の言い分も瑞鶴は理解していた。過去に引っ張られてしまうのは別に提督と加賀だけではない。

 

「いいんだよ。諦めもついたし何より今を大事にしたいんだ」

 

 嘘偽りのない真っ直ぐな瞳。瑞鶴は視線が吸い込まれる。

 

「……どうかしたのか」

「あっ、何でもない」

 

 慌てて顔を瑞鶴は逸らした。咄嗟のことで首がグイッと回る。

 

─こ……こんなことになると思ってなかった

 

 もしもここが堤防の静かな場所だったら。変な想像で体温が上がる。きゅっと締まる心臓の音は緊張とは異なる未知の色を示していた。

 

「ほら、いくぞ。俺がいたのがバレると後が面倒だからな」

 

 提督が先を歩いて扉を開ける。微笑む彼の顔に一寸の影が残っていると瑞鶴には思えない。いつにも増して輝いているように見える外の景色は綺麗だ。()()()()雰囲気にだって近かった。だが──。

 

─本当にこれでよかったのかな

 

 現時点で秋季演習の中で建てた目標は十分達成した。依然として取り残された課題や問題はあるが満足のいく時間を過ごせているのは確かだ。けれども同時に瑞鶴の心の奥底には何か引っかかっていた。

 

「どうした? いくぞ」

 

 提督が急がせると照明の電源が落ちる。上手くいっているからこその漠然と不安。瑞鶴は喉に溜まったものを飲み込んで、足を踏み出した。




 びっくりするぐらい遅れてすいません。割と真面目に最近遅筆が加速して頭を抱えているのでどうにかしたい……。一応色々落ち着いてきたのでなんとか投稿頻度を戻そうとは画策してます。まずは一週間半からですかね。
 多分、来週が二章の最終話になると思います。ぜひお楽しみに。
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