北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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隻眼の亡霊

 秋季演習も八割ほどの日程を終えて盛況の様子も徐々に落ち着いてきた頃、赤城と瑞鶴は露店で得た飲み物と共に最後の演習戦である水雷戦隊部門の試合観戦に耽っていた。

 

「あっ、一人沈めた。川内……ぶっつけ本番なのによく勝てるなぁ」

「これで散り散りになると夕立さんが加えて暴れますからね。即興で作った艦隊にしては隙がない気がします」

 

 画面上で動く川内らは準決勝の相手である佐世保の面々に対して優位な立場にあった。積極的に海上を動き回って敵を発見した後に、夕立と共に川内が散開し時雨中心の本隊が魚雷で足場を無くした所を狩る。絶え間なく攻める戦術は華々しく、破竹の勢いで突き進む存在であったことも相まって会場も熱気を帯びる。

 

「やはり夕立さんの動きは二つの艦隊の中でも浮いてますね。一人だけ砲撃の精度が段違いです」

「撃沈数はこの水雷戦隊部門内で最高でしたっけ」

「えぇ。同じ艦隊で良かったと心の底から思いますよ」

 

 見境なく相手を喰らっていく夕立を警戒目標と設定し、佐世保の水雷戦隊の面々が動きを修正する。砲撃と雷撃を絡めた集中砲火を浴びせることで正面突破を試みるが、緩急をつけた蛇行に難なく小破でいなされる。

 

─ダメージコントロールが上手い……

 

 瑞鶴は夕立の持つ技術の高さに感心せざるを得なかった。爆風をどこに当てるかを考え、そのイメージ通りに動く正確性。舞鶴の雪風との対戦では見えづらかった点が経験を踏んだからこそはっきりと分かってくる。他の艦娘という比較対象がいるからこそ細かな意識の差が可視化できた。

 

「これで半分ですか……」

 

 赤城が告げる先で夕立と川内が巧みな連携でまた一人落とす。旗艦をすでに仕留めた現状、勝利は必然だった。しかし仕上げに取り掛からんと時雨や響が本隊から独立して動き出す。代わりに戻る二人が砲撃でそれを援護する。乱れた海の模様が整然としていく。夕暮れの茜色が色褪せる。

 

「混戦模様を一気に塗り替える一手。これは考えてますね」

「えっと……そうなんですか」

「直に分かりますよ」

 

 赤城はそう言って静かに視線を止める。瑞鶴も倣って飲み物を口につけながら成り行きを見守った。

 

─どうするつもりなのかな

 

 時雨と響は息のあった航行で別動隊としての役割をこなそうとしていた。直線的な航路で魚雷をばら撒いて敵の側面から圧力をかける。そこへ川内らがタイミングを合わせた砲撃を入れることで簡易的な十字砲火を実現する。瑞鶴がパッと見て思いついた戦術はこうだ。

 

─艦隊戦っていうんだし、奇想天外なことはしないと思うんだけど

 

 ゆっくりと時間をかけて時雨と響は大回りの展開を試みる。対する佐世保の艦隊は一時的に生まれる人数の優を押し付けるべく、川内ら本隊から離れながら別動隊を引きつけるような航路を取った。三つの軍団が各々の意思を持って揺れ動く。

 

単冠湾(こっち)は勝ってるのか」

 

 そんな中、背後から低い声で話しかける存在が現れる。瑞鶴は振り返るまでもなく誰かを理解していた。だからこそはっきりとした返答で言葉を突き放す。

 

「まだ勝敗は決まってないです」

「そうか」

 

 隣に座る顔に浮かぶ表情はいつにもなく険しさが薄く、目尻は下がっている。西日の残穢がまだ明るかったのも相まって不意に重なる南方の景色が眩しく瞳を照らした。

 

「珍しいですね。艦隊戦なんて普段は見ないでしょう」

「用事が済んで暇なんだ」

「はぁ。尻拭いは誰がしたんだか、忘れないでいただきたいものですね」

 

 赤城の小言が提督を騙し打つ。苦笑いでその場を取り繕う他ない姿は瑞鶴の脳裏にやけに深く焼きついた。

 

─愛想笑いじゃない……気がする

 

 顔の影に隠れている苦しみや悲しみを部分的に共有したからこそ、瑞鶴は一人の青年の核心へと迫れる。漠然とした直感が瞳を掴む。

 

「……どうかしたのか?」

 

 突き刺す視線に居心地の悪さを感じたのか、提督が顔を向ける。思わず瑞鶴の面は逆へ背く。

 

─あ……あれ

 

 優勝してから祝宴に連れ回されて以降、難なく喋れていた。距離も近かった。滞りのない関係へと変わった。ただの生理的反応と位置付けてもいいが、瑞鶴の喉につっかえたカタマリは残っている。たった一つの出来事が身体のどこかを狂わせたのはまがいことなき真実だ。

 

「大丈夫か?」

 

 顔を覗き込もうと身を乗り出しながら、瑞鶴へ呑気に問いかける彼からは殺気のかけらはなかった。その落ち着いた黒色の瞳に、ふと脳裏に中津原から聞いた昔の提督像が浮かぶ。

 

『誰かを──殺したい』

 

 腹を渦巻く蝮はまだ生きているのか。提督の顔から判断は不可能だ。たった一瞬を切り取ることに価値はない。

 

─ちゃんと聞かなくちゃ

 

 提督と向き合うために。瑞鶴がこの秋季演習最後の課題に乗り出した、その時だった。

 

「っ……? この時間に緊急回線?」

「明日には秋季演習も終わりだから事務連絡では?」

「いや、そんなはずは」

 

 焦った様子で襟元に耳を傾ける。瑞鶴は初めて提督が予想外のことで取り乱す姿を見るなと感じながら映像に視線を当てたままだった。何も違和感をその時点では感じていなかった。ただ一人、提督が小型の無線機から流れる音声に耳を傾け、真剣な眼差しで待機する。

 

「……は?」

 

 第一声。厳格であるはずの緊急無線で提督が発した言葉はたった一語だった。折り返す間もなく切られたのであろう通信機のプツンという音が微かに瑞鶴の耳に入る。誰しも何かがあったと勘付かせる程度には、切羽詰まった雰囲気が彼にはあった。

 

「どうしたんです」

 

 異様な返事に違和感を覚えたのであろう赤城が怪訝な顔で素早く問う。答える前に提督は立ち上がって席から出口へ向かっていた。

 

「『瀬戸内海に数隻の深海棲艦の侵入』。艦種は不明。呉からもう緊急で出てるらしいが詳細は全く不明だ」

「重大事案じゃないですか!! すぐに私たちも出撃しないと──」

「ダメだ。夜間機を持ってない空母が行って何になる」

「夕暮れ時ですよ。それにこれは演習じゃない」

「言いたいことは分かるが生憎それを色んな泊地がやり始めたら設備がパンクするんだよ。だったら今は民間人の避難経路の確保が先だ」

 

 一瞬の口論に瑞鶴は未だ状況の把握が追いついていなかった。凄まじい速さでかけて出ていく提督の背中をぼけっと見るだけ。赤城に強く袖を引っ張られて初めて脳が現実に追いつく。

 

「聞きましたね。こんな有事のために私たちがいるんです」

「で……でも映像は変わってないですよ!!」

「当たり前です。知らせでもしたらすぐに混乱が起きますから」

 

 冷静に語る目に笑みはどこにも含まれていなかった。仲間が海の上で危険にさらされるかもしれないという身勝手な考えが捨てられた彼女の機械的な対応を前にして、瑞鶴が思考が止まる。赤城はその動揺を正確に察知していた。

 

「川内さんたちは自分の身くらい守れます。今、大事なのは民間人です」

 

 淡々と告げて動く彼女についていく。頼りになると盲信していた己の勘はとうにガラクタに成り果てていた。今、信じるべきは眼前にいる赤城だけ。瑞鶴は経験からそう判断した。

 

─母港だったら動けてるんだろうけど……

 

 瑞鶴はあくまで戦闘での対応に特化してきた。民間人へどう接するかなど学んだことは一度もない。一度北方で襲撃には出会った。しかしその処理はあくまでも現地にいた提督らがやったことだ。

 

「っ……これはひどい」

 

 二人が観戦用の屋内会場から外に出ると、正にサイレンが鳴り人々の恐慌が発生していた。通りに溢れた人々は数名の有志艦娘による誘導がなければ均衡が崩れる脆さを含んでいる。到底、扱い切れる量とは言い難い。

 

─これで避難経路って……どこにも逃げ場ないんじゃ

 

 思わず口に出そうになるが、余計に混乱を招く真似は避けたい。素直に赤城の指示を待つ。

 

「瑞鶴さんは沿岸部に行って何が起きてるのかを確認してきてください。双眼鏡を使えばギリギリ視認できるはずです」

 

 明確な目標ができたのは状況把握から数分後だった。赤城から手渡された物を持って人混みをかき分けながら堤防を目指す。何度も押し返されそうになったが、瑞鶴もめげずに前へ進んだ。

 

「ここよね、堤防って」

 

 空が暗くなり闇に沈む中、着いた先で眼を凝らす。移動している艦娘の艦隊が見えはしたが、肝心の敵はどこにも見当たらない。

 

─どこにいるんだろ

 

 そう思った矢先、やや遠くの海上から轟音が起こる。双眼鏡を即座に向けると線香花火の残像のような煌めきが消えていた。暗闇に流れる微かな軌跡が空と海に同化したであろう小島に放物線上で突き刺さる。

 

「何……あれ」

 

 連続して命中し、炸裂する弾薬は艦娘が放ったとは考え難い威力だった。赤橙色の燃える島が周囲の近海を明るく照らす。

 

─確かあそこって艦娘待機場所じゃ

 

 背筋に走る妙な悪寒。足を踏み出したくとも装備が倉庫の中では海の上はただの水だ。傍観するだけの現状に拳へ力が入る。

 

─勝手な憶測で判断してはダメ

 

 経験の浅い瑞鶴が出る幕ではない。口の中でそう繰り返して平静を保ちながら観察を続ける。砲火が交わっているような状況は未確認。

 

─もう近くまで来てる?

 

 黒色の装甲を持つ深海棲艦は瞳で判断する──夜の肉眼索敵マニュアルで読んだ文章通りに瑞鶴は実行した。闇に紛れた光点を探し出す。

 

─光った

 

 二つ目であろう眼光、複数。色の具合からフラグシップ級だと瑞鶴は推しはかった。動き回っている姿からして艦娘との遭遇を警戒している。

 

─極秘作戦だったってこと?

 

 静かに監視を続けていたその時、たった一つの紺碧の瞳がはっきりと瑞鶴へと向いた。強い光に思わず目が細まる。

 

─な……何……?

 

 視線が重なった瞬間。瑞鶴は体に凄まじい嫌悪感が襲いかかってくるのを肌身に受けた。呼吸が浅く、途切れ途切れになっていく。死よりも意識する強い脅威がそこにはあった。

 

「隻眼の……レ級!!」

 

 北方で打ち倒したはずの宿敵。加賀を傷つけた怨敵。同時に湧き上がる怒りが双眼鏡にヒビを入れる。ほんのわずかに光が細くなる。直感的に瑞鶴は笑ったのだと判断した。

 

「待ちなさ──」

 

 口をついて出たそう言葉を出しかけたとき、敵に察知されたのだと気づく。艦娘は装備がなければ生身と言っても過言ではない。レ級ほどの口径を持つ相手の砲撃を受ければ命は消える。

 

─しまった

 

 背中を向けて全速力で駆ける。再装填の間隙にできるだけ距離を取る。瑞鶴はその一点だけに集中した。そうして一瞬、振り返る。

 

「あれ?」

 

 忙しなく動いていた足がだんだんと遅くなり、やがて完全に止まる。青い光は忽然として消えた。耳鳴りによく似た囁きとともに。砲撃の交わる音だけが海から聞こえてくる。

 

『南方ヘ来イ』

 

 瑞鶴は全身の力が抜けて、ただぺたりとコンクリートでできた道の上に座り込んだ。




 今回も投稿がだいぶ遅れてしまいました。というよりしっかり日曜日に投稿するつもりだったのがここまでくるとは思ってなかった……。本当、書く時間が思いの外取ることができなくてヒイヒイ言ってます。いい加減この悪癖にも落とし所をつけたいところですが新生活が重なると難しい物ですね……。今後は無くなって欲しいところです。
 さて第二章もここで終わりです。まだまだ謎がある感は多いですが区切りがいいですし。このまま第三章も頑張りたい……ところなんですが少し一ヶ月いかない程度のお休みを頂かせてもらいます。この間に色々済ませて戻ってくるのでぜひ忘れずに待っていただけると幸いです。
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