北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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老兵の旅立ち(3)

 佐世保から借り受船を利用し丸二日。呉からの大返しを経て瑞鶴らは北の母港の地を数日ぶりに踏みしめていた。

 

「ふぅ……、疲れた」

 

 体をぐっと伸ばし切って、川内が岸から港の広場へと歩く。先には金剛や榛名、第六駆逐隊などの面々が控えて今後の指示を待っている。最後に遅れて瑞鶴が輪に合流すると、提督が話を始めた。

 

「船内でも散々、告知はしたと思うがこれから数名を連れて南方に向かうことになる。明日には名簿を公開して明後日には出発する。いいな?」

「予定が早すぎデース。私たちはまだ知らされていた分まだいいデスガ、単冠湾(こっち)は今から知るのが大半ネ」

「重々承知している。ただそう言ってられる時間がないんだ。何せ()()()でこっちに来てるからな」

 

 親指で船を指す。五十嵐からのお墨付きとはいえども、単独で動いている現状は提督にとって向かい風であった。無線での通信を無視してまで戻ってきた──ある種、上官に対する命令違反の反動がどれほどの行為なのか。瑞鶴にひやりと心配が浮かぶ。

 

「別に今日決めて明日出発でも良いんじゃない? まだお昼時でしょ」

 

 呑気な口調で川内が一言はさむ。足元の石ころを蹴りながら退屈そうに話を聞く態度は失礼ともとれたが、提督の急な舵切りと比べれば甘い。

 

「事情説明と心の準備があるだろ。そのための二日だ」

「別に強引に連れて行けばいいっぽい!!」

 

 川内の意見に賛同すると言わんばかりに夕立が声を上げる。収拾がつかなくなると踏んだのか、提督はため息をついて言い放つ。

 

「分かった分かった。事情説明は選んだ後、連れて行ってからだ」

「決まり〜」

「待ってください。流石にそれは容認できません」

 

 雑な進行に呆れて、しかし冷静にピシャリと秘書艦として赤城が割り込む。弛んだように見えた空気がすっと締まった。

 

「南方へ行く人員を選抜するのであれば相応の理屈がなければ全員からの納得は難しいですよ」

「言いたいことはわかるんだがな……」

「焦りがあるのは理解しています。ただ、もう少し丁寧に事を進めてください」

 

 金剛や阿武隈が深々と頷く。

 

「……焦ってるか」

 

 静かに呟く姿は平素のひえびえとした表情とは一転してわずかに悲哀が満ちていた。抜け落ちない喪失の色が心の奥から滲んでは顔の底へ隠れる。細まった目が閉じる。沈黙が続いた後に提督はゆっくりと口を開いた。

 

「すまん。指示を何回も変える。このまま広場に向かってくれ」

「最初から決めてたんだ」

 

 時雨の言葉に首を縦に振る。その瞳に宿る真っ直ぐな意思が場にいる全員を動かした。装備類の搬入もままならないまま重要な任務に移る。機敏な作戦進行に疑いようもなくついていく。瑞鶴は黙って最後尾で背を追った。

 

「全員集まったな」

 

 提督の喋る声が曇り空へ通り抜けて、整然と並ぶ単冠湾の艦娘らの間を撫でる。突然、予定よりも前に帰港したかと思えば広場へと総員集合させる。忙しない司令官に抱いた戸惑いが、そのまま猜疑の視線として青年へと向けられていた。

 

「今後の活動について知らせがある」

 

 凛々しくも繊細な表情で淡々と話を続ける。

 

「次いで連絡が来るとは思うが、俺が南方に特務指揮官として着任することになった」

 

 ざわめきの波紋が辺りへ伝わる。多少、止まる箇所があると言えどもぴたりと静まることはなかった。

 

「……とはいえ後継として北部地域に他所から引っ張ってくることは難しい。だから少数で行くことにした」

「人員を置いていくということ?」

 

 加賀が提督が伝え切る合間に間髪入れず割り込む。艦隊の大部分を残し旅立つことへの反感の念がこもったような冷めた声色だった。

 

「あぁ、北部海域の維持と定期的な掃討は今後も重要な仕事になる。それを放棄するわけにはいかない」

「後継が見つからないというのは海域に詳しい艦隊がいないからかしら?」

「そうだ。数年も担当している艦隊は大湊以北にしか存在しない」

 

 加賀は思いの外、トラック泊地へと向かう任務に対して好意的ではなかった。瑞鶴から見ても判別しやすいほどに放たれる怒気が提督の視線を泳がせる。説明不足に不満なのか、はたまた因縁の地へ赴くことへ抗議の意思があるのかどうかは不明だ。

 

「どうせメンバーはもう決まってるんでしょ。この際、もう言ってほしい」

 

 一人、強い口調で川内が意見を切り込んだ。注目の矢が再び提督に集まる。軽く首を回して提督は答えた。

 

「……それもそうだな。今から南方に行く者を発表する」

 

 選抜の基準も明かされないままのメンバー発表。自然と不満が噴出してもおかしくない──にも関わらず静寂に包まれた広場に芯のある言葉が響き渡る。

 

「駆逐艦、夕立、時雨」

 

 歓声は上がらず沈黙の空気が辺りに散らばる。緊張の糸がピンと張った空間に続けて宣告がくる。

 

「軽巡洋艦、川内」

 

 長い溜め。告げることを悩んでいるのか、今なお誰を選ぶのか決めかねているのか判断し難い時の空白がその場を凍り付かせる。重い空気が瑞鶴の肺に流れてくる。思わず飲み込んだ唾が背筋を伸ばした。

 

「正規空母、加賀、翔鶴、瑞鶴」

 

 広場の主役が切り替わる。その対象は加賀でも瑞鶴でもなく、翔鶴だった。

 

「待ってください提督。適任は私の他にいるはずです」

「俺に言わせれば瑞鶴の姉妹艦であるという条件に該当するのは翔鶴だけなんだがな」

「それは……」

 

 翔鶴の息がつまると同時に単冠湾の面々の顔が瑞鶴の元へと向いてくる。疑念が半分、羨望が半分。そんな色だった。様子を見て提督が根拠をつけて加える。

 

「緊急時だから伝えきれなかったが、今回夕立、阿武隈、瑞鶴は秋季演習の個人戦で優勝している。実力としては申し分ない」

「……そう、それなら私は提督の案を支持するわ」

 

 信用に足る事実が現れたことで周囲の目は和らいだ。瑞鳳や村雨は目を丸くしていたが、大きく騒がれることもなく事は進んだ。

 

「出発は明日、選抜された者は各自それまでに荷物を整えておくように。残る者の対応はこの後伝える」

 

 六人が解放されて、他は留まる。ほっぽり出された各員は宿舎へと向かった。

 

「どういう基準で選んだんだろ」

「川内さんと夕立だし夜戦の強さじゃない」

「それだと空母選んだ意味ある?」

 

 提督の意図を読み取ろうと川内は選ばれた理由について時雨と話していた。

 

単冠湾(ここ)は水雷戦隊と機動部隊に長けた人が多い。だからその構成で選んだのでしょう」

「ありきたりだけどねぇ……。わざわざ選んでるし何か理由はあるとは思うけども」

 

 気にするだけ無駄だと言わんばかりに加賀は一人先を歩いていく。やや後ろに残されるのは五航戦。瑞鶴側からの話は一時、弾んだ。

 

「瑞鶴、秋季演習で勝てたのね。おめでとう」

「ありがとう翔鶴姉!!」

 

 姉との約二週ぶりの再会。懐かしい感覚が襲ってくる。明瞭な戦果を携えた瑞鶴の気分は一時的とはいえ高らかだった。浮ついた心を抑えようとするがかえって上擦った声が漏れ出てしまう。

 

「妹が強くて私も誇らしいわ」

「翔鶴姉だってもう赤城さんから一人前って随分前に認められたじゃん。私よりももっと早く」

 

 搭乗員に実力が備わっていた瑞鶴と異なり、翔鶴には母艦である彼女自体に圧倒的な感覚(センス)が伴っていた。たとえ航空隊の能力が劣り単体としての働きが落ちようとも、艦隊における価値で勝つ。全体の盤面を俯瞰して戦況に対して的確な部隊運用を行う彼女へ赤城は教えることは少ないと語ったのだ。

 

「……それでもまだ追いつけないわ」

 

 微笑みながら空を見上げる。視線を下ろした先には加賀の姿があった。

 

「瑞鶴が秋季演習に行っている間、艦載機の特訓をしてもらったの。だけど──」

 

 次の言葉は瑞鶴には容易に想像がついた。提督の使命に返事を渋った理由。秋季演習前からも何度もこぼれてきた彼女の欠点は姉妹としては対照的である。

 

「練度の向上はあまりできなかったわ。個人の強さでどうしても押し返せないの。初めと比べたら艦載機の子達も改善したとはいえ、動けなかった」

「でも艦隊だったら動けるんでしょ?」

 

 個人戦のような一対一は艦隊戦において部分的に起きるか否かだ。瑞鶴にはさほど問題があるようには感じられない。しかし翔鶴の顔はかえって下へと傾いた。

 

「確かに艦隊においては十分働けていると思うわ。哨戒でも困ってないもの……でも、私には瑞鶴のように一人でも艦隊の空を守りきれる自信はないの」

「それは……」

 

 空母単体での実力が欠けていることに翔鶴が引け目が感じていることに瑞鶴は何か声をかけることもできなかった。優秀な戦闘機の搭乗員を持っている側が語りかけたところで根本的な解決ができるとは言い難い。

 

「だ……だけど翔鶴姉は客観的に艦隊を見れるから私と違って海上(せんじょう)で器用に動けるしさ」

「そうね。私自身は戦況を捉えきれてると思ってるわ」

「だったら」

「だからと言って艦載機の子達がついてこれるような指示は出せていないわ。その場で判断して命令しても遅延ができてしまうもの」

 

 一航戦のコンビは赤城が制空、加賀が攻撃に偏重している。だがあくまでもこの偏りはメリハリを持てという提督からの指示であって、普段から各々が独自に判断して行っている万能な動き(オーダー)とは相異なる。翔鶴が目標としているのはまさにこの臨機応変な対応。実行するためには艦載機も母艦も練度を持っている必要がある。そしてどちらの方が大事かといえば言うまでも無い。

 

「そんなに卑下しなくてもいいのに……」

 

 心の淵から溢れた本音に翔鶴は目を細めた。一瞬、険しさと葛藤の刻まれたしわが眉に現れたかと思えば笑いかけてくる。

 

「瑞鶴のいう通りかもしれないわ。けれど次から戦うのは北の海ではないの」

 

 分かってる──喉につっかえた言葉がただの空気として喉から抜けていく。代わりに川内が会話に割り込んだ。

 

「南方は強力な個体がゴロゴロいるからね〜。フラグシップ級なんて普通に出てくるし。支援艦隊の時にてこづったな〜」

「『南方の精鋭は内地の中堅』って言われてる。僕らとそう大差ないってことさ」

「でも夕立は勝ったっぽい!!」

 

 時雨の発言に夕立が反応する。

 

「う〜ん。だからと言って夕立の方が強いとも限らないんだよ。あの秋季演習はあくまでも海軍の演じるパフォーマンス的部分が多いものだから……って聞いてないか」

「ま、本当の南方の精鋭はあの期間でも平気で最前線に出て姫級とかと戦ってるとは聞くし、相当な経験がある()()()叩き上げの艦娘に会えるのは今回が初かもね」

 

 夕立は空を見上げて呑気にも鳥の動きを目で追っている。対照的に瑞鶴は三人の話を聞きながらやや地に顔を傾け考えこんでいた。膨大な実戦経験を持つ叩き上げの艦娘。瑞鶴はそのワードに聞き馴染みがあった。眼前を歩き続ける寡黙な背中に視線が向く。随分と先に進んだ姿は宿舎へと消える寸前だった。

 

「明日、出発だし持ち物整理しないとなぁ。いつ戻れるか分からないんでしょ」

「そうだね。大事なものは持っておいた方がいいかも」

 

 しばし歩いて、新調された宿舎の前に立つ。港が襲われてからだんだんと補修や建て替えを得て綺麗になった外壁は既に汚れが付いている。

 

「日ももう少しで沈むし出発も早そうね」

「あ、そっか……こっちって早いんだっけ」

 

 昼過ぎに着いてから荷物の下ろし作業などで一、二時間。落ちていく太陽が海へ顔を埋めゆく中、五航戦は二人で一部屋の自室へと向かって入り口の扉を開いた。

 

「翔鶴姉は南方の海ってどんな感じだと思う?

「敵が恐ろしく強いと赤城さんからは聞いてるわ」

「……そうじゃなくて、綺麗とかさ。もっと漠然としたイメージの方を聞きたいの」

 

 外の空も青から紺へと切り替わり、自室の灯りだけがひっそりと荷物整理する手を照らす中、瑞鶴は姉に対して話しかけていた。

 

「戦場に綺麗も何もないでしょう。今も戦っている方がいるのよ」

「そうだけど……。その人たちだってず〜っと戦ってるわけじゃないでしょ」

 

 艦娘だって一人の乙女。常に海に身を置いて深海棲艦と戦っているだけではその精神が壊れてしまう。瑞鶴自身が記憶として所持している物が何よりの証拠だった。

 

「…………」

 

 手を動かしながら考え込む。ついてでた言葉がポツリと室内に響いた。

 

「瑞鶴には案外、馴染み深い海なのかもしれないわね」

 

 実感もなく空に笑って告げる、彼女の静かな吐露が瑞鶴へガツンとした衝撃をもたらした。どういう意味と聞けないまま荷物を持つ手が止まる。

 

「私にはどこまで行っても南方地域という場所が戦場であり、恐ろしい敵がいる海としか見れないの。楽しみに行く余裕なんてこれっぽっちもない」

「……翔鶴姉以外だってそんなの皆んな同じだよ? 誰もバカンスに行く気分で臨んではいないだろうし」

「その通りかもしれないわ。でも私は南方の海を知らないの。まだ北の海も慣れていないのに」

 

 加賀も瑞鶴も()()()()()海。川内や夕立、時雨が戦ったことのある地域。秋季演習に行ってないからこその確執が姉妹の間には確かに存在した。

 

「提督から指名を受けたとしても私は辞退したかった。他の艦娘(ひと)たちに危険が及ばぬよう、迷惑もかけないように」

「自分を過小評価しすぎだよ!!」

 

 大きな声が思わず部屋を揺らす。目を見開いて瑞鶴へと顔を向ける姉に対して、脳裏に重なる記憶が言葉を選ぶ。

 

「翔鶴姉は単冠湾(ここ)に来てから努力を怠らなかったじゃん。赤城さんからだって艦載機面では課題があるとは言われても、褒めてもらえたのに」

 

 指導してくれた加賀の顔が、励ましてくれた提督の姿が浮かんで口を動かす。思いの外、必死な形相に翔鶴は戸惑いを見せていた。

 

「……どうして瑞鶴は私がいいの」

 

 熱く推薦する妹に対し翔鶴は静かに問いかける。純粋な疑問と猜疑の心が入り混じる──そんな探るような言葉だった。

 

「だって」

 

 提督との出会いのきっかけは翔鶴姉のおかげだから。瑞鶴は出かかる文言をグッと堪える。曖昧になった姉の境界線をくっきりとさせて単冠湾の瑞鶴としての返答を伝えた。

 

「部隊として正式に動かないまま長く別れるのなんて寂しいじゃん」

 

 翔鶴は本来、第二遊撃部隊に配置されるはずの存在。しかし昨今の海域情勢が不安定であることと赤城の後任育成のための期間準備という観点から、瑞鳳との交代を一旦取りやめ籍だけ置いたのである。ある意味では宙ぶらりんの采配であり、五航戦姉妹として海に出ることを望んでいた瑞鶴にとっては肩透かしも同然だった。

 

「……そういう物なのかしらね」

 

 納得がいく理由とは言い難い。翔鶴の表情の第一感は曇り一点だった。しかし瑞鶴の心に揺さぶりかける文言も相まってか、それ以上暗い面を被ることもなかった。

 十数分の準備、そして身支度が済んだ二人はそれぞれの布団をかぶって睡眠に入るべくその電気を消そうと手を伸ばす。明日は早くからの出発という提督からの放送連絡もあって日が落ちてからまもなく枕に頭をつけることとなった。

 

「おやすみ、翔鶴姉」

「ええ、おやすみなさい。瑞鶴」

 

 パチンという音と共に闇が部屋に舞い降りる。目を瞑って眠りに落ちようかと瑞鶴が深く呼吸した時、不意に襲う胸騒ぎが目を冴えさせた。翔鶴の規則正しい呼吸の音が静寂の中で耳に入る。

 

「『馴染み深い』……かぁ」

 

 夢の中で生きる海。晴れた日の珊瑚礁は未だこの脳裏に焼き付いている。実際に訪れたことのない彼の地は不思議と親近感があった。存外、翔鶴の的をいた言葉に瑞鶴は感心しながらも目を閉じる。はるか南の褪せた記憶を頭に浮かべながら、意識をそっと手放した。




月火水木と中々満足行くタイミングが合わず投稿が引き延ばされてしまいました。とはいえだんだんと生活が安定してきて、調子が戻ってきたのでどこかで周期を正したい……。次週は船上からお送りします。お楽しみに。
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