北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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今回は若干短めです


鎮魂の海

 台湾沖南東数十キロ。鵝鑾鼻(がらんび)が遠のいていく中、民間船を護衛するべく艦娘が四方に展開する。芋蔓式に別の輸送船団がやや後方につき、大規模な船団として行動する様は晴天の照らす海が真に安全でない証。台湾地域所属の駆逐艦娘が深く青い水の底に潜む敵を見逃さまいと水中探信儀(ソナー)で睨む。

 対照的に空を見上げるだけで仕事のない瑞鶴の髪を靡かせる涼しい風は、わずかな湿気を帯びて北からの空気を届けていた。

 

「ん〜!! 船旅も悪くないわね」

「まさか輸送船団の先導で護衛の手間が省けるとはね。お陰様でこっちも楽になって助かった」

 

 川内がデッキのへりに寄りかかりながら話す。その手に握られる飲料は透き通った青色に炭酸の気泡が散りばめられている。高雄(カオシュン)に寄港したついでに得た束の間の娯楽であった。

 

「やっぱ正規空母が三人もいる所は人気なのね」

「当然でしょ。護衛として一番、頼もしいだろうし」

 

 空に拡散する烈風の部隊が悠々と艦隊周辺を巡回する。六人中二人がペアを組んで警戒任務を実施し、一時間ごとに交代することを繰り返す。堅牢な体制を前にして、敵性勢力が現れることは未だなかった。

 

「そういえば、この船団の警護で本来の日程がズレるみたいなことを時雨から聞いたんだけど本当?」

「パラオまでは全体的に遅れる方向らしいよ。どうしても輸送船に速度合わせないといけないからね。もう連絡はしたって提督は言ってたけど」

 

 瑞鶴からの問いに川内は肩をすくめて返答する。単冠湾からはるばる数日。想定外の荷物によって膨れた航路はトラック諸島への遅刻を余儀なくさせていた。船団の護衛自体、必要である仕事のため誰も文句をこぼすことはなかったが、やや急ぎで向かっている最中であるだけに提督や加賀は少々複雑な表情であった。

 

「東の方は油断すると台風とかできて地獄の旅になるって聞くし、私的にはありがたいなぁ」

「空母は暴風雨には無力だし、そうだろうね」

 

 遥か遠くの海に見える高い積乱雲を眺めながら瑞鶴は眼下の海に視線を投じた。中型ながら馬力のある船はその本来の力を持て余しながら白い波浪を立てて先頭を突き進んでいる。幾度もの細かな縦揺れは体に馴染んで心地よいリズムを刻み、浮遊感を与えてくれた。

 

「川内ってフィリピンぐらいまで行ったことあるの?」

「あるよ。タウイタウイまで支援艦隊で入ったことがあって。移動がすごく面倒くさかったなぁ、あの時」

「支援艦隊ってことは……まだ制圧されてなかったとか?」

「えっと……確か西方の遠征攻略の手伝いだったはず。時期的に南方に注力されてて西方がおざなりになってたんだよね。一ヶ月くらい過ごしたから結構覚えてる」

「へ〜」

 

 トラック泊地の青年が提督になることを決意する前、そして単冠湾に再び着任してから以外を知らない瑞鶴にしてみれば、この空白の期間は興味をそそられる存在だった。南方という新天地に行くからこそ知りたい。そんな好奇心が瑞鶴の口を開かせる。

 

「南方の海ってどうだった?」

「正確には南西か西方な気もするけど……まぁ、綺麗だったし穏やかだったかなぁ。雨が来ると最悪、あと風土的にジメジメしてる」

 

 嫌な記憶を思い出したかのような苦い表情が川内に浮かぶ。

 

「そういえば提督がついてきてたな、あの時。どデカい虫を引っ付けてきて本気で蹴りを入れたのを思い出した」

「提督がわざわざついてきたってこと?」

「そっ。理由は忘れちゃった」

 

 提督が西方や南西に陸軍時代に従軍した聞き覚えはない。瑞鶴は提督がわざわざ随伴したその意図がいまいち理解できなかった。

 

「おっと、噂をすればなんとやら」

 

 川内がそう口にすると瑞鶴は背後に人の気配を明瞭に感じた。ゆっくりと、しかし力強く踏み締める足音が近づいてくる。

 

「休憩か。警護任務も疲れるだろう」

「二時間も休みあれば平気平気。昼は空母がついてくれるし高雄(カオシュン)の護衛もいるから」

「そうか、ならいいんだが」

 

 背中を船のへりに預けて提督は高い空を仰ぐ。連日の手続きと交渉に疲れたのか、今にもため息をつきそうな顔で寄りかかっていた。

 

「そっちの方がお疲れみたいだけど?」

「久々に精神が削られたからな。こうにもなる」

「……まぁ、恩師が亡くなったんだっけ」

 

 珍しく気遣うようにして静かに告げる川内に提督は軽く答える。

 

「鶴峰さんが死んだのもあるが、この大移動だ。嫌な想像ぐらいしたくもなるだろう」

 

 彼の言わんとしている船旅の危険。敵からの襲撃に気を揉む日々に摩耗した心は徐々に提督の余裕を奪っているように瑞鶴には見えた。心なしかあえて目も合わせずに虚な視線を投げている彼の瞳は数日前よりも一層、悲哀と何か暗い塊に満ちている。

 

「護衛を信用すればいいのに。相手だって仮にも軍所属(プロ)でしょ」

「もしもを考えるのが仕事なんだ。簡単に曲げられん」

 

 はぐらかす時に見せる無機質な声色。動かない視線と併せて、瑞鶴は提督の言葉に裏があると直感として得ていた。なぜここまで追い詰められているかの理由。当事者として対処しなければならない現実が降りかかってくる。

 

「大丈夫……なの?」

 

 ぎこちなくとも慣れるために何度も頭の中で繰り返してきた気さくな文言を口ずさむ。珍妙な顔で見つめる川内に対して、提督の反応は薄かった。

 

「どうかな」

 

 歯切れの悪い返答に思わず愚痴の一つを言ってしまいそうになるがグッと堪える。相手は傷心中、追い込みをかけるのは禁物。心を落ち着けて瑞鶴は続けた。

 

「目に隈まであるし……少し休んだら」

「大丈夫だ。これぐらい今まで乗り切ってきた」

 

 本当は休みたいくせに──喉が動かす言葉を押さえつける。彼の苦しむ姿を見たくない。使命感とは異なる感情が瑞鶴の体を突き動かす。強情な提督をどう切り崩せば良いか。両手の握り拳から力を抜きながら瑞鶴は話しかけた。

 

「あのねぇ……移動中でさえ神経質になってたらトラック泊地についてから持たないわよ」

 

 目を丸くした提督が顔を持ち上げる。驚きと疑問に満ちた瞳が瑞鶴のをじっと見つめた。

 

「何?」

 

 あえて不遜に振る舞う。いかにして過去の己が提督を支えたのか──布団の中で深く分析した気持ちを乗せて、瑞鶴は面と向き合っていた。

 

「……いや、なんでもない」

 

 対照的に提督は動揺が体に現れた。普段ならば明瞭な姿勢がやや縮こまり、合わせない視線は甲板の床に突き刺さる。しばし船の波をかき分ける音だけが数分続くと、川内が空になった容器を捨てるべく立ち上がる。

 沈黙を突き破る声が提督の口からこぼれたのは、彼女が去ってからすぐだった。

 

「瑞鶴は意識するか?」

「えっと……、何を」

「トラック泊地の記憶だ」

 

 大事な話。瑞鶴はありのままを話すべく一度、深く呼吸した。

 

「意識するに決まってるわよ。提督さんと加賀さんの大事な思い出でしょ」

「そうか……強いんだな」

「今更、弱気になってるわけ?」

 

 再びふっと目線が上がる。どこか値踏みするかのように静かな視線を向けて提督はその場にとどまり続ける。怖気付く必要は皆無。瑞鶴は一切、目線を澱ませなかった。提督が軽く息を吐いて目を瞑る。うなだれた首の裏に手を回し、しばらく動くことはない。口を開くのを待っていると決心がついたのか、提督は跳ねるように立った。

 

「心配はやめだ。任された仕事に向き合わないとな」

 

 優しく笑う彼の表情に残る一抹のしわが影を作る。歓喜とも解釈できる雰囲気が提督にはこびりついていた。

 

「まずは寝たら」

「瑞鶴のいう通りにするよ」

 

 従順に屋内へと戻っていく。軽やかな足取りはいつになく幸福感に満ちて、活気が漏れている。瑞鶴にはこの明確に変化した彼の面持ちの理由が分からなかった。ただ提督の重荷が少し減ったことだけが実感として湧いてきて、口角を引き上げる。

 

「役に立てたかな?」

「何が?」

 

 ごみを捨てて帰ってきた川内が急に割り込んでくる。慌てて瑞鶴は緩んだ心を取り繕った。

 

「いや、索敵の手助けをしててさ」

「バレバレの嘘をつくのはやめなよ。流石に分かるっての」

「うっ」

 

 苦笑いで腕を組み、海原へと目を向ける。話すことを促しにきている。無言の圧が瑞鶴にかかる。顔を見なくとも刺さる視線が体をギュッと縮めた。

 

「で、実際は?」

 

 沈黙を貫くことに痺れを切らして川内から声がかかる。仕方なく瑞鶴は答えた。

 

「提督さんが追い詰められてそうだったから、それを解消してたの」

「お人好しだねぇ」

「いいでしょ別に」

「秋季演習で何か関係が進展でもしたの?」

 

 思わず向いた目が川内の薄ら笑いを捉える。

 

「図星か。ま、前から怪しかったもんね〜。提督も何かと目をかけてたみたいだし」

「…………」

 

 何ともすんとも言えないまま瑞鶴は固まる他なかった。いつから──頭の中で推察されるような情報を漏らしたことに対する検証が行われる。構わず川内は口を動かし続ける。

 

「いちいち詮索はしないけどさ。ただこれだけは言いたくて」

「何」

 

 川内からの忠告か、咄嗟に身構える。

 

「ミイラ取りがミイラにならないでよ。瑞鶴は時々、周り見えなくなってるから」

 

 案外にも心配をする言い草に強張った筋肉が弛緩する。拍子抜けた瑞鶴は少し落ち着いてから返答をした。

 

「分かったわよ。気を付ける」

 

 言葉を交わして数分。会話が閉じられた中で瑞鶴は川内の言動への違和感を抱いていた。

 

─秋季演習でそんなにバレることしたかなぁ

 

 表彰式後に提督と話した時も、呉からトンボ帰りする前に提督へ覚悟を伝えた時も川内はいなかった。正確に一つ一つの記憶を思い出す。トラック泊地の膨大な記憶を扱ってきただけに再生するのは至極簡単だった。

 

「あっ」

 

 声が漏れる。川内が疑問の眼差しを向けるが、特に問いかけてくることはなかった。

 

─分かったかもしれない

 

 表彰式が終わった後、提督と会話をした瑞鶴は外に出る時にタイミングよく消灯されたことを鮮明に思い返していた。実際はもう少し早く照明が切り替わったとはいえ偶然とは言い難い機だったのは確かだ。

 

─地上で気配を消せてもおかしくないものね

 

 夜戦における強さ。何もそれは夜目の効きを始めとする身体的特徴や航行技術、命中精度などの戦闘面での優越さで決まるわけではない。数度だけ夜の海でも行動ができるために行った訓練で瑞鶴は川内の持つ隠密技術の高さに度肝を抜かれたことがある。提督が会話を聞かれることを是として随伴させたのか、点検する人がいるのではないかという不可解な点があるにしろ、瑞鶴には一つの可能性として提示されていた。

 

「っと、そろそろ交代の時間か」

「もう?」

 

 川内が声を上げ、見つめる方向へ目をやると船の近くへとやってくる翔鶴、時雨の姿が視界に入る。次の寄港地フィリピンまでの片道。幾度もの作業にすでに瑞鶴は順応していた。

 

「艤装とってこないと」

 

 上階から下へ降りて臨時で作った倉庫へと足を運ぶ。同時に海から上がってきた仲間と合流して報告も受ける。

 

「異常はあった?」

「いいえ、特にありません。潜水艦の方も未だ現れてないみたいです」

「翔鶴姉、お疲れ様!!」

「僕も働いたんだけど〜?」

「はいはい」

 

 翔鶴と時雨に対して軽い会話を交わして入れ替わる。動いている船では危険なため、交代の際は必ず一度船団から外れて停止した上で交代を行なっていた。体感、落ち着いた揺れが荷物を抱える姿勢を安定させる。

 

「よっし!!」

「やりますか〜」

 

 二時間ぶりの海。準備運動を済ませて艤装を装着する。青い水面へと足を踏み出し、瑞鶴と川内は大海へと身を投じた。




やっと周期が戻せそうです……あとは書くペースだけ。あともしかしたら今後、投稿時期がバラバラだったところの点検を行うかもしれません。お知らせすると思います。
次の話も少しまったりした時間が続きます。嵐の前の静けさ……なのかもしれませんね。
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