北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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鎮魂の海(2)

 フィリピン海へしばしの別れを告げて、内海を通ってスリガオを抜ける。数日かけて静かな内海を駆けたことで、一同はパラオまでの道のりの折り返し地点まで到達していた。

 

「長い旅って……疲れるわね」

「遠征は大体こんなもんでしょ。北から来たっていうのが一番大きいとは思うけど」

 

 出発からおおよそ半月。嫌になるほど実施した警備任務で瑞鶴の気力は母港にいた時と比べて萎んでしまっていた。早朝から夕方まで緻密な連絡を搭乗員と取りながら周囲警戒にあたる。瑞鶴のペアは決まって川内だった。変わらぬ日常に近い退屈さが命を預かる重みと共に肩へとのしかかる。

 

「異常はありませんでしたか〜?」

 

 瑞鶴がげんなりしている中、不意に背後から近づいてくる声が耳に入る。視線をやると、パラオ所属の駆逐艦娘──皐月が軽快な歩調で瑞鶴らの元へとやってきていた。

 

「えぇ、特には。潜水艦(した)は大丈夫そう?」

「こちらも異常なしです!!」

 

 元気よく報告をしたかと思えば後方へと下がっていく。素早い行動に警備を任されたことへの意識が滲み出ている。

 

「喋る暇もないのね」

「護衛なんだから当たり前でしょ」

「あだっ」

 

 軽く川内からデコピンを受ける。生身からの一撃といえど艤装を背負っていては痛い。恨み文句がついて出る。

 

「川内だって警護対象攻撃してるくせに……」

「あ〜聞こえない聞こえない」

 

 大袈裟に耳を塞いで川内は周囲へ目を配る。彼女はしばしば瑞鶴のことを揶揄いつつも仕事に徹していた。輸送船団の速度を計りながら無線で提督らに連絡を取る。

 

「ちょっとペース早いけど大丈夫?」

 

 帰ってくる返事に頷きながら懐に無線機をしまう。そのまま一度、空を仰ぎながら体を伸ばした。重いため息が漏れてくる。

 

「どうだって?」

「『台風が発生しているから迂回路を使う』だってさ。その分日程に影響が出るから速度出さないといけないらしい」

「燃料とか大丈夫なの?」

「さぁね。弾薬より燃料多めに積んでるって言ってたような気もするし、あの人が行けるって判断したのなら行けるんだよきっと」

 

 不明瞭な答えに瑞鶴も唸るほかなかった。遥か遠くの海は雲こそあれど台風のような大きな黒い塊とは言い難い。もしも今、瞳にわずかな面積で映っている白い雲が台風としてそりたつ外縁の雲だというのであれば話は別だ。

 

「……念には念をってことよね」

「いや、数百キロ先で見える雲なんて明らかにヤバいでしょ」

「そうなの?」

 

 呆れた顔で川内は話す。

 

「うんと遠くに離れた雲が見えるってことは、それだけ雲が縦に発達してるんだから中に入ったらまずいってこと。波の対策が貧弱な輸送船だと沈没か遭難が関の山よ」

「北の海って大きい雨雲に馴染みがないからさ。イメージつかなくて」

「気持ちは分かるけど……、暴風雪の時とかあったじゃん。あれと同じ」

 

 思わず苦い記憶が瑞鶴の脳裏によぎる。艦載機も出せないまま強い風と高波に襲われ、視界を雪に取られた地獄の哨戒。無意識の身震いが瑞鶴を襲った。

 

「南の海ってめちゃくちゃ怖いじゃない」

「南国のバカンス気分でいたら痛い目見るに決まってるでしょ。そもそも対深海戦線の最前部に近づいてるんだからね?」

「それは分かってるって」

 

 トラック泊地はソロモン諸島への玄関口とも称されているブイン、ショートランド泊地等とは異なり孤立した立地をしている。パラオ、マリアナよりもより東へと飛び出た彼の地は中部海域攻略の心臓部として度々、激しい襲撃にさらされながらも常に太平洋の楔石として存在していた。

 

「……にしても全く音沙汰ないわね」

「同感。この規模で動いてたら通商破壊作戦とかで潜水艦の一つや二つ普通は来るんだけどなぁ」

 

 双方の間で共通する違和感が索敵する感覚を研ぎ澄ませる。いつ敵が来てもかしくない──漠然とした意識がたるんだ空気をピッタリと締める。

 

「ねぇ」

「瑞鶴も感じた?」

「うん」

 

 十数分、フィリピンが遠くに望める海を航行し、船団は南東へと舵を切って台風を避けるべく海を突き進む。緊張の糸がピンと張ったまま、一列になって駆けていた。

 

「確実に()()気がする」

 

 敵の気配。野生の第六感とも言うべき感覚が襲撃の予感を伝える。水面のわずかな違いに経験のセンサーが反応した。

 

「加賀さんが動いたら多分、当たり。それまでは敵を探すことに注力ね」

「オッケー」

 

 川内からの指示を受けて索敵機の展開範囲を大きく広げる。不明機による被撃墜確率は増えるが情報が得られるのであれば万々歳。意識を搭乗員の方へと向けてくまなく海域に目をとおす。

 

「水上艦じゃない……ってことは」

「当たり。潜水艦ね」

 

 耳に意識を向けていた川内が言葉にすると同時に爆雷の射出音が後方からも聞こえてくる。

 

「次弾装填。爆雷投下準備!!」

「了解!!」

 

 パラオの水雷戦隊を率いる鬼怒が統率をとる。それに従った五人の駆逐艦がそれぞれ潜水艦を没するべく攻撃を行った。川内も今回ばかりは魚雷ではなく爆雷を指に挟み込み、いつでも取り逃した敵を沈められるように待機している。精神を研ぎ澄ましているのか目を瞑っていた。

 

「見つけた」

 

 川内が爆雷を投げ込んだ地点に一際大きな水柱が上がる。同時に主砲でやってくる魚雷を撃ち抜いて処理する。いつ見ても鮮やかな戦闘技術に瑞鶴は舌を巻いた。

 

「川内って潜水艦も相手にできるんだ」

「だって……私、軽巡だけど」

「夜戦のイメージしかないし」

 

 額に手を当てため息をつく。

 

「私が夜戦バカって言いたいの?」

「事実じゃない」

「引っ叩いてもいいかな」

 

 引き攣った笑顔で握り拳を作る彼女の殺意に瑞鶴はすぐさま後ろへと引いた。

 

「海の上で喧嘩しないでよ」

「種を蒔いたのは瑞鶴のくせに」

「デコピンの仕返しよ」

 

 文句を言いながらもきっちり引き下がる大人の対応に内心、胸を撫で下ろす。時々、川内も有言実行をすることがあるため瑞鶴も報復に警戒せざるを得なかった。

 そんな中、大急ぎの様子で鬼怒がやってくる。後ろには皐月が同伴した。

 

「そっちに漏れた潜水艦ってやれた?」

「二隻? 沈めたけど」

「良かった〜。旗艦の方に特攻して行ったから焦ったよ」

「へ〜、珍しい」

 

 川内が鬼怒からの報告を受けて声を上げる。物珍しそうにする反応に瑞鶴は口から疑問の語句が飛び出した。

 

「そうなの?」

「本来、潜水艦って独自に動くことをしないんだ〜」

 

 後ろに待機していた皐月が瑞鶴へと間近に迫ってくる。パラオからの寄港ついでのスリガオから同伴ということもあり、瞳はこの場にいる唯一の正規空母である瑞鶴へ興味に満ちていた。先ほど報告を交わし合ったというのもあり、瑞鶴も積極的に話しかけた。

 

「自分で考えないってこと? 流石に弱すぎじゃないそれ」

「う〜ん……統率を取る役がいないって方が近いかな。ソロモンに強力な個体が割かれてるっていうのもあるけど」

「案外、敵も余裕がない……のね」

 

 瑞鶴は不意に呉の一件に対する敵としての戦略的評価が頭に浮かんだ。深海棲艦側からしてみれば海軍の中枢にいる大将を討ち取ったという戦果は、海軍によって戦線が後退の一路を辿っている現状では千載一遇の一手なわけだ。その主犯である隻眼のレ級はその価値を何らかの形で認識していたという事でもある。別れ際に見せた不気味な笑みの意味を、今に至るまで瑞鶴は考えないようにしたが既に自己の中で解釈は固まってしまっていた。してやられたという感触が弓を握る力を助長させる。

 

「話は変わるけど、パラオって襲撃にあったことはある?」

「ちょっと」

 

 禁句だと言わんばかりに川内が割り込んでくる。瑞鶴は冷たく制止し、皐月の目を見つめた。首を傾げながら彼女が答える。

 

「沢山あるよ。島だからさ、日常茶飯事なんだよね。時々、防衛戦自体が一つの作戦になることあるし」

「先月は大変だったよ〜。主力が少し欠けてる中に姫級がきたんだから」

 

 鬼怒が補足と言わんばかりに情報を付け加える。軽い物言いに瑞鶴は返す言葉が見当たらなかった。

 

「えっと……そんな簡単にやってくるの?」

「南洋諸島はどこも同じですよね?」

 

 皐月が鬼怒に問いかけると深々と頷きながら口を開いた。

 

「比較的大きい島が連なってるリンガ、ブルネイ、タウイタウイの方とか南方戦線になってるラバウル、ショートランドみたいなソロモン付近は哨戒が盛んだから襲撃も未然に防げるんだよ」

「けど、パラオとかトラック……マリアナとかもかな。島としてちっちゃい所は広く構えられないから狙われやくてさ」

 

 単冠湾とはまた違う辛さがある──瑞鶴はそう感じた。そして今後、トラック泊地に訪れるにあたって苦労する箇所でもあると容易に想像がついた。

 

「ってなると海だけの防衛じゃキツくない? 防衛戦なら基地航空隊とか陸からの砲撃支援もある感じ?」

「もちろんあるよ。南洋群島(こっち)でも特殊なのは防人っていう陸専門の兵隊さんがいることかな」

「防人? 聞いたことないな、それ」

 

 皐月の発言に川内が首を傾げる中、瑞鶴は口をつぐむ。ある意味では単冠湾側の禁句に近い言葉に閉口するほかなかった。

 

「陸に特化した艦娘って言えばいいの? とにかく強いんだよ」

「陸戦に長けてるのか〜。本来は上陸戦とかに使うつもりだったのかな」

「知らない。ただもう何回も助けられてる」

 

 深海棲艦を殺すためだけに改造された人間なのだから当然と言えば当然。瑞鶴は喉から漏れそうになる文句を押さえ込みながら会話の顛末を眺めた。一方的に情報を持っているからこそ、下手なことを言えば勘のいい川内には必ず疑われる。飛び交う言葉に慎重に耳を傾け、様子を伺う。

 しかしそんな瑞鶴の苦労もつゆ知らず、川内は未知の存在に対する興味をパラオの二人にぶつけていた。

 

「兵装は? 強力なの使ってるんでしょ、多分」

「う〜ん、別に話したことはないからなぁ。普段、どこにいるのかも見当つかないんだ」

「隠してるってことか〜。余程、知られたくないのかな」

 

 防人はすでに古い()()であるとは、その運用が盛んだった時期に生まれていない彼女らには知る由もない。瑞鶴が提督のことを知るために記憶を読み解かなければ理解できなかった複雑な出自はパラオで島嶼防衛に従事している当人からしてみればデリケートなものになっているのは瑞鶴でも容易に想像ができた。

 

「知られたくないというよりも、人目を避けてるって方が近いんじゃないかな」

 

 皐月が神妙な顔持ちで口をひらく。

 

「一度だけその人を知ってる地元の人に話を聞いたことがあるんだけど、どうやら僕らが着任して建造される前から既に防衛に携わってるみたいでさ」

「えっ、じゃあ超古参兵ってこと。相当強い人じゃん」

「うん。でもずっとパラオを守ってきた割には住民の人には顔すら見せないらしいよ。『ありがたい人だけど交流がないから寂しい』って」

「人目を隠す理由がよく分からないな……」

 

 川内はお得意の洞察をするべく顎に手を当て思慮に耽る。特に興味も湧かなかった瑞鶴は話に耳を傾けながらも護衛の仕事を全うするために搭乗員と綿密な連絡をとっていた。考えても仕方のないことは首を突っ込むべきではない。

 

「そういえばなんだけど」

 

 鬼怒が話を切り替えて川内に話題を持ちかける。

 

「何?」

「"南方の"レ級が本土近海に現れたって本当?」

 

 今までの空気が凍りつく。言葉を選びあぐねている川内の目線が泳ぐ。事情を知らないのであろう鬼怒がきょとんと無邪気な表情で首を傾げた。

 

「本土近海というか……もはや本土に出たっていえばいいのかな、あれ」

「秋季演習の海上に出たのよ」

 

 目を丸くした鬼怒と皐月から質問が飛んでくるとは思いつつも、代わりに瑞鶴が淡々と事実を告げる。

 

「演習してる時に出たってこと!?」

「いや、秋季演習自体が閉会になるって頃」

「本土で主力がいるからこその慢心ってやつかな〜。パラオの方は留守の間に来ると思って警戒してたから特に被害もなかったかも」

 

 客観的な立場からの冷静な意見。秋季演習中、南方で戦力が若干不足していたのであろう当事者ゆえの視点に瑞鶴は少し共感が湧いた。決して呉の大将が油断したというわけではないが、少なくとも他の鎮守府、泊地が襲撃の可能性を失念していたのは事実だ。

 

「南方はやっぱり敏感なの?」

「敏感だよ。複数の基地で協力して丸一年中、昼夜問わず持ち回り(ローテーション)組んでるからね」

「そんなに綿密なんだ。本土近辺はそこまで組めないし、ある意味で人手不足なのかねぇ」

 

 川内がぼやくと皐月が今度は疑問を投げかける。

 

「内地の方ってそんなに人いないの?」

「南の方はいるとは思うよ。呉から佐世保にかけては泊地の基地も多いし、何より教育機関があるから」

「じゃあ……横須賀以北?」

「そう」

 

 瑞鶴も関東、東北から北方海域にかけての人員が不足していると軽い愚痴をこぼす提督が脳裏に浮かんでいた。横須賀は規模こそ大きいが岩瀬提督の一人(ワンマン)運用。肝心の北方海域は青森の大湊周辺こそ人員はいるにせよ、北方戦線を維持するという観点においては単冠湾と幌筵島の二拠点のみであることを鑑みれば、南方諸地域と比べ人員が足りないという意見は至極真っ当とも言えた。

 しかし裏を返せば大将がこれらの海域は信用した人材がいるから問題ないと判断した結果でもある。何が正解なのかは瑞鶴には分かるはずもなかった。

 

「鬼怒さ〜ん!! いつまで喋ってるんですか、誘導してくださ〜い!!」

「おっと、喋りすぎちゃったか」

 

 鬼怒が振り返って状況を確認する。奥の方に見える両手を大きく振る艦娘──吹雪の姿が瑞鶴にも明瞭に映っていた。

 

「じゃ、空は頼んだよ〜」

「はいはい」

 

 さっと会釈をして四人は二手に分かれる。業務に戻ろうかとなったその時、聞き慣れた声が耳に入る。

 

「瑞鶴、交代よ」

 

 真後ろへ振り返ると加賀と夕立の姿が目に飛び込んでくる。息を呑む手早さで空に艦載機を放ち散開させる。代わりに瑞鶴の岩本隊らが上空に待機し、母艦への帰還命令を待ち望んでいた。

 

「もうそんなに時間経ってたっけ」

「交代には後少し早いのだけれど、潜水艦隊に遭遇したのでしょう? それで目を瞑ってあげるわ」

「なら、お言葉に甘えて」

 

 夕立に一声かけた上で先んじて川内がその場から立ち去る。瑞鶴も着艦から格納までの一連の動作をして、帰投する準備を済ませた。

 

「あとはお願いします」

「ちょっと待ちなさい……伝えておきたいことがあるから」

 

 別れ際に加賀が瑞鶴を呼び止める。

 

「なんでしょう」

 

 声色からして大して切羽詰まった情報ではないのは予想がついた。軽く加賀が言葉を口にする。

 

「船に上がったら提督のところへ行きなさい。呼んでこいと言われたのよ」

「あっはい」

 

 存外、重要そうな件であったことに戸惑いつつも瑞鶴は船へと戻るべく体の向きを変える。そのまま礼を告げて持ち場を離れた。

 

「何の話かなぁ……。呼ばれるなんて珍しいけど」

 

 川内の背中を追いつつ途中の目的地であるパラオの方角へと目を向ける。直上の晴れた空とは異なり、標高の高い雲がびっしりとした雲がそこにはあった。




 だんだんと筆が乗ってきました。なにぶん忙しい身分になってしまったので以前ほどのペースの投稿頻度には戻せないままですが、投稿時間が大幅に遅れることは少なくなっていくと思います。ちなみに今日は寝坊です。
 また前話でも言及した通り、今度長期的なお休みを取って少し点検作業を行いたいと思います。対象は第一章後半から最新話付近までです。話数がだいぶあるので一ヶ月くらいは期間をいただくかもしれません。詳細は次話でお伝えします。
 さて、いよいよトラック泊地へと近づく予定です。船旅長いなぁと思うかもしれませんが瑞鶴たちも同じくらいの期間をかけていると考えれば妥当に思えてくるやもしれませんね。今回の章も新しい要素があるのでぜひお楽しみに。
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