北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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鎮魂の海(3)

 荒れた雨天の海上を力強く進む船団の先頭、中型船の船内の一角で提督と加賀、そして瑞鶴の三者を交えた談合が開かれようとしていた。

 

「わざわざ目的地に到着する前に呼ぶとは、なんの要件かしら」

「荷造りしたいんだけど……」

 

 やや文句を垂れ込める二人に提督は落ち着いた様子で口をひらく。

 

「トラック泊地についたら何をするかを決めようかと思ってな」

「何をするかって……だって指揮官として着任するんじゃなかったの?」

「その指摘はごもっともなんだが……そうじゃなくてだな」

 

 瑞鶴からの懐疑の視線に当てられて苦笑しつつも提督は海域の地図を取り出した。トラック諸島が大きく描かれた図には印が複数ついている。一際目立つ赤色で囲まれた島には、びっしりと書き込みがあった。

 

()()()()()()()()を決めたいんだ」

「本庁舎でしょう。まずは着任の挨拶をするべきですから」

「……そうだな」

 

 言葉を噛み潰すような表情をしたかと思えば、提督は首をうなだれる。やけに暗い表情の提督に、思わず瑞鶴は疑問を投げかけた。

 

「えっと、提督さんは何をしたいの?」

「まぁ……はっきり言ったほうがいいか」

 

 ポツリと告げたかと思えば、改まった態度で提督は座り直す。その瞳に宿る覚悟の炎に思わず瑞鶴の視線は釘付けだった。

 

「墓参りをしようと思ってる」

「……トラックの皆はあなたにとって特別だものね」

 

 加賀は提督の重みある発言にそう返して沈黙する。荒波と雨の飛沫が窓にびっしりと水滴を垂らしていた。

 

「この地図には反映されてないんだが、パラオの者に聞いたところ本庁舎は移転したようでな。元あった場所はどうやら放置されているらしい」

「手付かずのままってこと?」

「流石に残骸は片付いてるはずだ。ただ新しく建物は作っていないようだな」

 

 墓参り──提督が放った言葉の重みを瑞鶴は背中にずっしりと感じると同時に、そこに自分自身も眠っているという事実が不思議な感触として手に残った。

 

「墓標はしっかり残ってるかしら」

「……さぁな。加賀は俺が養成期間にいる間に行かなかったのか」

「もちろん行ったわ。任務で滞在するとなった時には欠かさず訪れていたもの。ここしばらくは全く行けてないけれど」

 

 加賀も提督も心なしかその声色は暗かった。過去のトラウマが抉られる話題であるが故のため息が溢れる。瑞鶴が口を挟む余地はそこにない。時の鎖が三人の足に絡みついていた。

 

「瑞鶴はここにいるが、他の皆はまだあそこで眠ってるんだ。ちゃんと供養しなきゃな」

「えぇ、本当に」

 

 静かな空間に船の駆動音が満ちる。外の雨はますますその勢いを増している。瑞鶴は単冠湾を出発し、太平洋沿岸部を再び下っていった頃が不意に思い起こされた。

 

─あの日も雨だったっけ

 

 南方へ急行する航路をとっている道中、立ち寄った宿毛で提督らは鶴峰大将の葬儀が行われたことを知った。当然、参列は不可能であったわけで瑞鶴らはそのまま南へと下った。

 

─提督さん、気にしてそうだな

 

 鶴峰大将は提督にとっての恩人だと聞く。その葬儀に参加できなかったことへの負い目を、義理深い提督が無視するわけがない。宿毛を発った翌日、雨が風と共に襲う中デッキで立ち尽くす提督を瑞鶴はただ船の中から眺めるだけだった。トラック諸島での墓参りが彼なりのその贖罪であることは、今の瑞鶴にしてみれば容易に理解できた。

 

「そういえば、トラック泊地の新しい本部の人とは連絡は済んでいるのかしら。何をするにしてもまずはその人を通すはずよ」

「普通にまだだ。大将が事前に通告していれば御の字だろうな」

 

 提督の返しに加賀は顔をしかめた。

 

「急に押しかけて大丈夫かしら。最悪、書類を持ってもう一回にだってなるはずよ」

「大将からの手紙を出せば通してくれるだろうよ。あれは個人的な内容が多いとはいえ、立派な命令状だからな」

「そう。ならいいけれど」

 

 会話も一息ついて、二人の視線が瑞鶴に向く。これからトラック諸島に着くという意識からくる無意識の視線が刺さった。

 

「瑞鶴はだいじょうぶか? 一応、()()見たんだろ」

「んっと……多分」

 

 何を心配しているのか、瑞鶴にはいまいちピンと来なかった。元々、腹を括ってこの場にいる。強固な意思は瑞鶴の心の揺らぎを完璧に抑え込んでいた。

 

「瑞鶴は一度まっさらになってるのだから平気でしょう。問題は……私たちよ」

 

 加賀の指摘に提督は視線を落とした。

 

「結局、断ち切れないまま来ちゃったからな」

「戻ってきても、お土産話は当分お預けでしょうね」

 

 二人の間で共有されている糸は瑞鶴には一切見えない。因縁の糸──そう瑞鶴は名付けた。

 

「提督さんと加賀さんって、いつから戦場にいるんですか」

 

 瑞鶴の口が勝手に開いて喋り出す。そんな自身でも驚くほどに自然に出た言葉が空間に現れたのは三人の沈黙が長く続き、雨が一際強く降り出した時だった。二人の目が開く。デリカシーのかけらもない発言だと自覚しながらも、口にしてしまった瑞鶴はその行動を後悔していた。

 

「…………」

「この際、話した方がいいのかしら」

 

 先に加賀が話す。やけになったとは言わないまでも、その目には深い虚無が広がっている。

 

「赤城には話したんじゃないのか」

「ある程度は話したわ。でも……全てじゃない」

「俺も皆に言ってないことは山ほどある」

「お互い様よ」

 

 瑞鶴が知るのは二人がトラック泊地にいた頃である。純粋な好奇心と罪悪感が混在しながらも瑞鶴は改めて過去と向き合う用意を済ませた。

 

「そうね……瑞鶴の質問に答えるのであれば、海軍が反抗作戦に乗り出した時になるかしら」

「反抗作戦?」

 

 聞き馴染みのない時期に瑞鶴は首を傾げた。

 

「まだこの国が九州や北海道すら占領されていた昔の話よ」

「十年以上前……か」

 

 提督の補足に瑞鶴は素っ頓狂な声を上げそうになる。加賀が歴戦の(つわもの)であることは承知していたが、そのスケールの長さまでは掴めていなかった。数字にされることによる衝撃は瑞鶴の冷静さを奪った。

 

「じゅ……十年以上!?」

「えぇ。でもそれは提督だって同じよ」

「まぁな。俺はもう少し前からだったが」

 

 陸軍時代の提督。防人とは何かすら知らない瑞鶴には御伽話のようにすら感じられる時代が絶えず襲ってくる。

 

「瑞鶴だって記憶を全て引き継いでるんだろ。それぐらい驚くほどじゃないと思うんだが」

「そうよ。私がトラック泊地に着任してから一年も経たないうちに建造されたはず」

 

 記憶を遡ってもあるのは初めて提督がトラックに来てからの時間しかない。瑞鶴は初めてその時、失われた時間に気がついた。

 

「いや……私が提督さんと出会ってからの記憶しかないかも……」

 

 その返答に場が凍りつく。

 

「本当?」

「うん」

 

 深刻な表情で問いかけてくる加賀に瑞鶴ははっきりと頷いた。

 

「……加賀」

「言わなくても分かってるわ」

 

 だんだんと重い空気よりも勝る切羽詰まるような空気が二人の間に帯びてくる。一人取り残された瑞鶴はただきょとんとする他なかった。

 

「瑞鶴……墓参りには来てくれ」

「それはもちろん行くけど?」

 

 怪訝な口調のまま瑞鶴はそう返す。

 

「参ったな……」

 

 頭をかく提督の異常な反応に瑞鶴は疑問の雲がぐんぐんと湧き起こる。なぜ、どうしてという言葉が喉に引っかかる。

 

「疑問に感じていそうね」

 

 加賀から振られる声に素直に瑞鶴は首を縦に振った。一瞬の目配せが加賀と提督で行われる。そうしてこのまま加賀は話した。

 

「これは仮説に過ぎないのだけれど」

 

 直感的にくる嫌な予感。

 

「貴女のもう半分は……多分」

 

 話すのが躊躇われるのか沈黙が挟まれる。

 

「言ってください」

 

 瑞鶴の一言が加賀の背中を押した。

 

「貴女に記憶を渡してくれた“彼女”は今、深海棲艦になっている可能性が高いわ」

 

 静かに言い放たれた鋭利な刃が瑞鶴を切り付ける。ガンと頭を殴られるのに近い衝撃が瑞鶴を襲った。

 

「そんな……なんで」

「理由は墓参りの時に話すわ。もう環礁内だしね」

 

 心なしか穏やかな揺れ。加賀は窓の外に目を向ける。因縁の地はすぐそこまで迫っていた。




 今回は無理に引き伸ばさずにあっさりさせました。船旅もこれで終わりです。次話からはいよいよトラック諸島の話に移ります。長い前置きでしたね……。
 さて、宣言通り今までの話の点検を行いたいと思います。期間については第一章よりも範囲が長いので五週間にするつもりです。その間に本来投稿されるべき二話は、全て完了してから投稿すると思います。なので全体の話自体はしっかりと進めるつもりです。
 基本的に話の一部修正が多いと思います。相当忙しい時期に悲鳴を上げながら書いてた部分もあるので、そこら辺はガラッと加筆修正されていることもあるやもしれません。気長にお待ちください。
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