北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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灰色の記憶(6)

 静かな浜辺がどこにあるのかは知らなかった。島にきて一日も経っていないのだから当たり前ではあるが、少し焦りすぎていたのかもしれない。もう少し聞けばよかったなと後悔しつつ俺は瑞鶴と別れた地点まで戻ってきていた。どの方向に向かったのかをここから推測する。足跡などが残っていればよかったのだが、生憎地面は砂利ではない。

 

「…………」

 

 虚空を見つめて数分、俺は突然艦娘に話しかけられた。

 

「お困りですか?」

 

 振り返ると紅白の衣装をきた銀髪の女性がそこに立っていた。鼻の下を伸ばすような人間が出そうな容姿だった。

 

「えっと……、人を探しているんですけど。」

 

 俺の返答に対して彼女はニコッと笑って答えてくれる。

 

「ここから森に続く道がありますから、そこに行けばいいと思いますよ。」

 

 内面が見透かされているのかと俺は一瞬心臓がキュッとなったが、後々彼女が瑞鶴の姉であることを知って色々と納得した。

 礼を伝えて俺は目の前にあった道へと踏み込んだ。いつ作られたのかが分からない砂利道は、所々に蜘蛛の巣を張っていて到底この道を使っているとは思えないほどに枝や草が溢れていた。鬱陶しい枝葉をナイフで落としながら道を切り開いていく。

 やや蛇行する道は海岸線に沿っているというよりは小高い山を避けるために作られたもののようだった。勾配の浅い道を何度か登ったり降ったりを繰り返す道の横には壮大な海が広がっている。島のどこの部分にあたるのかの見当はつかなかったがこの道が静かなのは耳でわかる。

 

「こんな場所があるのか……。」

 

 しばらく歩いた先の景色は俺が桟橋についた時とは異なった、南国らしさを持った綺麗な砂浜と木々だった。俺がいかに不潔な人間かを考えさせられるほどの白い地面と透明な水は、使命に駆られていた俺の焦燥感を目の前の静かな海原のように穏やかなものに変質させた。

 花緑青色の海に少し見惚れていると背後から声が聞こえる。

 

「どうしてここにいるのよ。」

 

 振り返るとそこには瑞鶴が太い幹に寄りかかりながら枝に座っている姿が見えた。バランス感覚が優れているのか枝と幹に上手く体をフィットさせている。

 

「あ〜……。歩いてたらここに来てたんだよ。」

 

 咄嗟に出てきた、はぐらかような俺の答え方に疑いを持った目で瑞鶴は問い詰める。

 

「あの道にだからといって入るわけないでしょ。何か吹き込まれたわね。」

 

 はっきりと本心を伝えればいいものを、俺はどうも言葉が出なかった。決して意地を張っているわけではないのだが、申し訳ない思いや羞恥心に近い感情が逆に躊躇いを生んでいた。

 

「それで、何の用? まさか、さっきの話を蒸し返しに来たわけじゃないでしょうね。」

 

 今の彼女は強気で挑戦的に見えた。先ほどは不意に俺が機嫌を損ねたことや、一応来客であるという立場から下手に出たが、今回は負けないつもりなのだろう。だが、俺自身は瑞鶴と争うつもりはないわけだから杞憂とも言える。

 

「すぐ俺の話の腰を折ろうとする……。」

 

 俺がわかりやすいのか。それともここの泊地にいる者たちが水上のように人の内面を知れる一種の能力を持っているのか。真相はわからないがやりづらい。

 

「で。」

 

 瑞鶴に急かされることの少々の苛つきを感じながらも、はっきりと言葉を伝える。

 

「さっきはすまん。怒るつもりはなかったんだが、語気を荒げてしまって。」

 

 思いもよらない謝罪の言葉だったのか、瑞鶴はその場で固まっていた。

 

「……意外と真面目なのね。」

 

 満更でもない顔で何かを呟いている様子だったが俺にはこれぐらいしか聞き取れなかった。用は済ませたので俺は帰ろうと道を引き返す。ここも暇つぶしには悪くはないが、それは無駄な時間だと感じる自分自身への嫌悪感が勝っていて立ち去りたかったからだ。

 

「えっ……それだけ!?」

 

 瑞鶴は淡々としている俺の態度に驚いたのか体を動かしたようだった。その瞬間、ミキッという音が静かな空間に鳴り響く。振り返ると、瑞鶴が枝の根本付近ではなくやや外側に行ってしまったことで枝がしなり、アンバランスな状態となっていた。いきなり不安定な足場になったことで他の枝を掴もうにも、移ろうにもその場から動けないのか瑞鶴はジッと止まっている。幸い高さが二メートルくらいしかなかったため怪我はしなさそうであったが、俺は少し心配になった。

 

「大丈夫か?」

「う……、多分……大……丈夫。」

 

 バランスを取りながら軽く飛び降りようと瑞鶴が踏ん張った瞬間、バキバキと枝の繊維が裂けていく。手を幹に預けていないために前か後ろ側に倒れ込みそうなのがすぐに判断できた。俺は枝の耐久が下がっていくのを目で捉えていたため、すでに地を蹴っていた。足場は砂浜じゃない。防人の運動能力と瞬発力は発揮できる。

 

「やばっ……!!」

 

 とっさに瑞鶴も不格好な受け身を取ろうとするが、斜めに体勢を崩されているため空中制御ができない。どこに落下しそうかを見極めてそこへ滑り込む形で地面と体の間に割り込んだ。砂利の擦れる痛みが背中や腰付近を這い回る。

 

「っ……。」

 

 顔面に枝と葉が容赦なく落ちてくる。それを手で受け止めて顔を守りながら、瑞鶴が落下の衝撃を受けないように徹する。軽いとは言えない衝撃が下腹部から太腿あたりを襲った。こんなことをした経験は一度もなかったが、やり切った。

 

「……痛く……ない?」

 

 俺が下敷きになっているのに気づいていないのか、すぐに立ち上がる音が聞こえる。俺は少し間、体の痛みで動けなかった。すぐに瑞鶴が慌てた声色で心配してきた。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 顔の上のものがどかされる。

 

「あぁ、なんとか。」

 

 念のために目を瞑りながら立ち上がると、頭と何かが衝突する。「いった……」という声が聞こえたかと思えば、罵声を浴びせられた。

 

「どこ見てんのよ!!」

 

 鈍い痛みを感じながら俺は立ち上がる。目の前に映るのはおでこを抱えてうずくまっている瑞鶴の姿だった。

 

「すまんすまん。」

 

 土で汚れた服を仕方なしに軽く払って脱ぐ。内側に通気性の良い服を着ていて正解だった。そもそも暑いこの地に二枚は似合わない。

 

「えっ、ちょ。」

 

 瑞鶴が後ろで何かぶつぶつ言っているのを無視してさっさと俺は来た道を引き返すことにした。最初に出会った時にも思ったが、彼女と一緒にいると運が悪いような気がしたのだ。

 

「とにかく……もう用事は済んだんだ。じゃあな。」

 

 淡々と足を進める。今度は呼び止められることもなかった。別にそれでよかった。

 そんな時、一瞬茂みの中がきらりと光った気がした。俺がその方向に視線を送り込むとガサガサという音が鳴り出す。

 

「誰かいるのか。」

 

 迷わず茂みに突っ込んだ。

 

「あっ……。」

 

 そこにいたのは別の艦娘のようだった。カメラを持って固まっている。

 

「いやぁ、お日柄も良いことで。」

「……はぁ?」

 

 まったくもって意味がわからない。まず何をしていたんだという疑問の方が先に出てくる。

 

「あっ、べ……別に、盗撮してたわけじゃないんですよ。風景撮ってただけで。」

「あぁ、そう。」

 

 俺はさっさと振り返って帰り道に戻る。関わる必要性が感じられない。まず一旦一人になりたかった。

 

「何も……言われない……。はっ!!」

「青葉……!!」

 

 背後では瑞鶴と青葉と呼ばれる艦娘が何やらまた一悶着を起こしそうな雰囲気があったが、俺はそこに介入することも傍観することもせずにそのまま放置した。後で二人を見つけた時に青葉が瑞鶴から走って逃げていたのは分かった。

 

 

 

 

 次の日の朝、俺は執務室で具体的な仕事内容について水上から聞いていた。朝礼がないことに驚いたが、後々聞いた話では重要な連絡の時にしか行わないと言うことだった。ならば俺の存在は大して重要じゃないのかという疑念は湧いたが、そこは黙っていた。

 

「––––という感じだ。できそうかい?」

 

 内容は呉と大して変わらない。俺が独り立ちできるのだと思って来たが、どうやら鶴峰はそういう風には考えていないのが感じられた。悔しさがあると同時に自分への厳しさをまた課せるような気がする。そんな考えを頭に思い浮かべながら話を聞いていた。

 

「問題ありません。」

 

 昨日の一件の後、俺は自身の休息場所兼仮の自宅を水上から教えられた。坂の上の一角にぽつんと立っているその小屋は、綺麗な海と泊地がよく見える場所で、艦娘の宿舎と反対の位置だった。完全に一人でいられる時間が作れて、俺には十分すぎるほどの代物だった。

 

「そういえば……。」

 

 水上は何やら少しにやにやしながら新聞のようなものを取り出した。

 

「これはここだけで発行している新聞なんだけどね。」

 

 何か嫌な予感がする。朝ここまでやってきたときに向けられたあの視線の原因がそこにあるような気がした。

 

「君もなかなか隅におけない人じゃないか。」

 

 見せられた紙面にはこう書かれていた。『秘密の浜辺で恋する乙女!? 瑞鶴の意外な一面やいかに––––』、思わず俺は二度見した。題名よりもそこに掲載されていた写真に目が行った。ちょうど俺が下敷きになっていた頃、瑞鶴のどのような反応を示していたのかが分かる写真だった。

 

「僕の人選は間違っていなかったようだね。」

「とんだ誤解です。本当に。」

 

 俺の弁明を水上は冗談半分で受け止めているようで、すでに手遅れであるということを俺は確信した。ただ、心配なのは俺よりも瑞鶴だった。こんな何処からともなく現れたぽっとでの人間に助けられたばっかりにこんな目に遭うとは。気の毒だ。

 

「これは一年後が楽しみだ。」

 

 何に期待しているのか、水上はそう言って俺を外に出した。最悪の知らせを最後の最後に告げて仕事に移らせるなんて鬼畜の所業なのではないかとも思えたが、存外俺はどうでもいいと思っていたのか支障はきたさなかった。強いて言うならば居心地が悪かったことぐらいだろう。

 

「あれって。」

「そうよ……あの人よ。」

 

 そんな会話を何度小耳に挟んだかわからないが、とりあえず俺は巡回業務を行った。その時間は一度も瑞鶴と青葉の姿は見なかった。

 一周から二周終わると次は泊地の主な施設以外の警戒にも移る。裏口の方は特に入念に行って欲しいとのことだった。守衛がいる場所もあるが、それでもカバーし切れないらしい。これは基本的に艦娘とも出会わなかった。人通りが少ない場所を見て回るのだから当たり前だ。

 それらが終わると大体昼になる。正確には昼までそれを行うからなのであるが、俺は退屈になることはなかった。昼食は食堂のほうは彼女らの領域であるから赴くつもりはなく、呉の時から決まって携帯していたおにぎりなどを頬張っていた。俺の寝所の近くは標高の境目のようなものがあり、崖を軽く登って見ると丘のようなものがあった。そこの木々の中からは、いい眺めが見れた。俺だけの空間だった。

 午後も同じような作業を繰り返して業務は終わる。味気ないと言えば味気ないのだが、そんな物も積み重なれば記憶として価値のあるものとなる。呉の時も実際そうだった。鮮烈な日々を送った()()()()とは違って質素で地味なことをしていたが、それがかえってこの先大義をなすための気力になると思うのだ。

 全ての仕事を済ませて俺は一度執務室へと戻った。報告をするためだ。これをもって仕事は完遂される。

 

「ありがとう。これで終わりにしていいよ。」

 

 夕暮れ時の彼はやや疲労気味だった。若いのに泊地の本部の提督なのだから激務なのだろう。俺の体力さえあればただの散歩に成り下がる業務と違うのが見てわかる。何か手伝おうかとも思ったが、何も知らない俺に務まる仕事などない。そのまま退出しようとした。すると、椅子の動く音が聞こえてくる。

 

「あっ、これだけ渡さないといけないんだった。」

 

 そうして呼び止められた俺は一通の手紙を渡された。まだ封はきられていない。

 

「君の知り合いからみたいなんだ。仕事も終わったし、読んでみるといい。」

 

 そう言われて俺は一度小屋に戻った。椅子に座って明かりをつけて中から字が書かれた紙を取り出す。差出人が外側の封筒に書かれていなかったため、まずは末尾から見た。明石からのものだった。

 簡単に言ってしまえば、彼女が昇進して偉い立場になったという内容だった。過去の俺よりも五階級ほど上になった彼女がどうやって海の向こうにいる俺の位置を知ったのかは不明だが、とりあえず生きているようで安心した。返信を書こうかとも思ったが、あえてそれはやめることにした。今のみっともない俺は明石とは釣り合わない。

 そんな時、外に人のいる気配が感じられた。朝ぶりの背筋に走る悪寒は、俺が誰がいるのかを確認するのを躊躇わせた。仕方なく立ち上がって外のドアを開けて窓の下ら辺に目を配ると、やはりいた。

 

「何やってんだ、瑞鶴。」

 

 窓の下にしゃがんでいる。初日に引き続きやけに面倒ごとに巻き込まれるなと思っていた俺は本当に関わりたくなかった。最悪帰ってくれと言うことも視野に入れて話しかけていた。

 

「いや、何やっているのかなぁって。」

「俺は昨日のせいで色々と不利益を受けてるのはわかっているんだよな。」

 

 その指摘を受けた瑞鶴の顔は若干暗い。それを見て俺ははっとした。どうして俺は朝は心配していたのに、なぜこうしてあってみるとこんな言葉が出てくるのかがわからない。

 

「それで、何の用件だ。」

 

 今度は俺の番だった。

 

「いや、別に何も。」

 

 そうとは思えない気がした。怒られてしょげているときの顔が頭に浮かぶ。俺が間違って怒りを向けてしまった時と同じ表情だ。

 

「……なんかあったんだな。」

 

 ため息をついて俺は閉めたドアを開ける。この行動に迷いはあったがすでに日が落ちかかっていることを考えれば

 

「どうせ俺はもう仕事が終わったんだ、中に入れ。」

「えっ?」

 

 瑞鶴はキョトンとしていた。よくよく考えてみれば危ないことをしているのだが、俺はそれ以上に困っているんじゃないかという思いが勝っていた。

 部屋の中の彼女は借りてきた猫のようで少々気味が悪かった。先程まで使っていた椅子を引っ張ってきて座らせ、冷えた麦茶を手渡す。

 

「で……どうしたんだ。」

 

 すぐに俺は本題に入ろうとした。しかし瑞鶴はすぐに話始める気にはならないようだった。焦ったくてしょうがなかったが、俺はなんとか沈黙に耐えていた。

 ざっと五、六分たった頃に、瑞鶴は口を開いた。

 

「……何か先に話してよ。」

「正気か?」

 

 来客人なのに面倒だなと思いながら、俺は頭を回した。彼女の興味を引くものなどない。

 

「はっきり言うが俺にめぼしいものなんて何もないぞ。」

「本当に?」

 

 そういって机の上に放置したままの手紙を瑞鶴は引っ張り出す。直感で俺は瑞鶴の目的に気づいた。だが、おそらくそれは副題であり本当に来た目的は違う。しかし俺にとっては死活問題だ。

 

「おい、何やって……!!」

「ふ〜ん。いい雰囲気じゃない。あなたも女性との関係ぐらいはあるのね。」

 

 俺の手を軽くよけながらだから中身をざっとしか読んでないのがすぐにわかる。明石との関係性なんてどうでもいい。問題は俺がまだ読んでいないもう一枚の手紙––––。

 

「何よ……これ。」

 

 しまったと声が漏れそうなほどに俺は動揺していた。部外者には見せてはいけない内容のものが混じっていたのを知っていたからだ。紙の色が赤いからすぐにわかった。

 

「『サーモン海の陸上型への攻撃命令』……って。」

 

 最後の一枚は作戦に関する指令書だった。それは危険極まりない仕事であり、艦娘では遂行しえないものであるのだろう。鶴峰が言っていた。『防人である以上、来る可能性はある』と。軍で名簿を管理しているのだから招集されるのは当たり前とも言えた。唯一の誤算になるのはそれが明石から来たことだった。

 

「ねぇ、本当は何しにここへ来たのよ。」

 

 敵意に近い感情を瑞鶴から感じる。ここまで見られてしまった時点で俺の事情を話さなければ穏便には解決しないだろう。けれどもそのシナリオには抗う覚悟でいた。思い出したくないあの記憶をこんな相手に話したくはない。

 

「俺は提督としての素質を磨くために来た。それ以下でもそれ以上でもない。」

 

 これは本心であり、事実だ。でもそれが心を動かすわけではない。

 

「じゃあ、これは何。なんで陸軍からの手紙があなたに来るの!!」

「それは……。」

 

 答えたくない。心がそれを拒否している。生きる機密兵器のような存在である俺は、初めの頃は艦娘もそうなんじゃないかと勝手に親近感が湧いていた。だが実情は違う。横須賀での一件があって以降、一定の交流の場を設けてイメージアップを目指していた。もう秘密じゃない。けれど俺はどうだ。

 

「確かに私は何も知らないけど、でも隠すのは違うでしょ。あなたは私の浜辺へ来たじゃない。私の踏み入れられたくない領域に。」

「…………」

 

 話すべきなのか話さないべきなのか。それは俺の権利じゃなかった。瑞鶴が失ったものがなんなのかに俺は初めてそこで気がついた。静かな浜辺にいると伝えた水上は別にどこと正確に言っていなかった。それは俺が見つけるからなのではない。瑞鶴が知られるのを嫌がっていたからだ。そうしたらどうしてあの銀髪の女性が教えてくれたのかは気になるが、それは彼女がその良心に従っただけなのであろう。少なくとも俺は瑞鶴本人への許諾など一度も取っていないのだ。

 俺の過去が瑞鶴の個人領域に釣り合うかはわからない。でもどちらも本人にとって知られたくなかったという点では同じだ。ならば答えは一つ。

 

「ねぇ、なんとかいったら」

「椅子に座れ。全部一から言ってやる。」

 

 俺の奥底の悪意は働いていなかった。でも口調はトゲが少しあった。瑞鶴は黙り込んで従った。そうして俺はそこで生まれて初めて全てを吐き出した。抱えていた負い目やその宿命さえも目の前にいる彼女に。涙もすでに枯れ果てた俺にはその記憶はただの呪いだった。過去にしがみついていた俺が話している自身でも感じられた。だからこそ今の俺が新しい事をしようとしていることも再確認できた。活気が湧いた。

 

「……そんなことがあったのね。」

 

 重い話があっても瑞鶴には感情の起伏がなかった。でも俺の辛さを理解していないとも言い難かった。そう俺が信じていたいだけなのかもしれなくてもだ。

 話し終えた俺の心は夜の闇と同じだった。明かりのついていない部屋の中は暗くて既に日没によって何も見えなかった。瑞鶴が立ち上がるのが聞こえる。このまま去るのか。それでもいいが、俺は虚しかった。また孤独になるような気がした。

 だが、その後感じたのは温もりだった。目の前に感じられる人の形に俺は体を託した。何かから浄化される。解放される。ほんの一瞬でも忘れられたこの時間が鮮烈なあの日々を洗い流す。

 

「少しは身軽になった?」

 

 頭の上で聞こえてくる声が今はありがたい。一人じゃない、孤独じゃない。俺は人間の死に触れすぎた。()()()()()()()()()()

 

「あぁ、ありがとう。」

 

 初めて笑えた。愛想笑いという名の虚飾に塗れたものではなく、真贋の笑顔を向けられた。それがたとえ瑞鶴には見えなくてもよかった。暗闇の中で少しの間感じられた光を俺は歓喜を持って心に留めた。

 そんな時、シャッター音が耳に微かに聞こえた。体が一瞬で反応する。俺は夕日の落ちた外にいた。まだ彼方の水平線に紫色の空が残る時間に目に捉えた艦娘。それは青葉だ。

 

「あっ。」

「流石に取り消してもらうぞ。今の写真は。」

 

 青葉はすぐに逃げる準備を整えて走ろうとする。しかし、俺の方が何倍も早い。陸の上で艦娘には絶対に負けない。

 

「そのカメラを貸してもらおうか。」

「ダメです!! 特ダネは逃しません!!」

 

 取っ組み合いになる形で野原に倒れる。格闘しているとカメラをひょいと持ち上げる存在がいた。後ろから悠々ときた瑞鶴だ。

 

「フィルムを引っこ抜けばいいのよね。まぁ最悪爆撃すればいいんだけど。」

「あ〜っ!! ちょっと返してください、新品なんですよ!!」

「し〜らない。」

 

 しっかりと瑞鶴は抹消すべき記録を取り出した。手に握られたフィルムはこの時点で一発で使い物にならなくなった。念のためと言って瑞鶴はフィルムごと握りつぶす。その瞬間、青葉は抵抗するのをやめた。俺もそれ以上青葉を取り押さえる真似はしなかった。

 

「全く、別に他の子が撮られる分には構わないけど、私を題材にするのはやめてほしいわね。」

「同感だ。」

 

 俺でも恥ずかしい現場なのだ。瑞鶴が感じていないわけがない。青葉は正座して反省している素振りこそ見せてはいるが、多分またやらかすだろう。

 

「フィルム代、払ってください。」

「いいわよ。横にちょうどいい財布がいるし。」

 

 瑞鶴が俺のことを親指でさす。

 

「は?」

「元はと言えば私を部屋に入れたあなたの問題でしょ?」

 

 これには俺も言い返すことができなかった。一応、路銀に加えて金を持ってきて良かったと心の内で安堵する。

 

「……わかった。」

「いいんですか!?」

 

 その返答に青葉の目は輝きを取り戻した。

 

「そしたら、明日にでも買いにいきましょう!!」

 

 次の日も業務があるのだ。だから明日にでもという青葉の期待には応えられない。

 

「俺も仕事があるんだ、せめて休日にしてくれないか。」

 

 そう答えると青葉が何かを思い出した様子で提案を一つ持ちかけてくる。

 

「そういえば、シフトの事を忘れていました……。私が提督に言ってきますよ。」

「もしかしてこのことは結局バレるのか……?」

 

 俺の独り言に青葉は淡々と「そうですね」と無慈悲にも答えてくる。頭を抱えるような事態にため息をついていると、腰に結構きつい蹴りを入れられた。とはいっても、俺はそういうものに慣れていたからなんとも思わなかった。

 

「あなたのせいで私まで恥ずかしい思いをするじゃない!!」

「そんな事を言われてもな。」

 

 青葉が写真を撮ろうとしなければこんな事態は起こり得なかったと思っていた俺にはどうすることもできない。瑞鶴には申し訳ないと思ったのは確かだが。それよりも今、懸念すべきなのは——

 

「一応俺も許可を取る場には参加しよう。」

「分かりました!!」

 

 道中で青葉が口で言いふらす可能性がないわけではない。それを払拭しておきたかった。

 

「それじゃあ、すぐに行きましょう。行動は早くする方がいいですからね。」

 

 声の感じではそんな邪な思いは感じられなかったが、俺はそこは疑い深くすることにした。

 

「分かった。」

 

 瑞鶴だけが残されることになるが、この際どうでも良かった。本当は礼を言うべきなのであろう。実際俺は色々と助かった。しかし、その機会は今はない。

 

「すまんな瑞鶴。時間取らせて悪かった。というか結局話が聞けなかったな。」

「いいよ、別に。」

 

 恐らくもう一時間以上は経っている。軽い文句だけ言って俺は彼女に背を見せ、先行する青葉の方へと急ぎ足で向かった。その時の瑞鶴の顔は見えなかったが、でも多分笑顔で見送ってくれたと思っている。

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