四半期の961プロの決算が出た。
しばらく平行線だったのが、一気に上がっている。詩花と玲音が稼いでいた時よりも、四割増しというところか。
新しく育って来たアイドル達が、それぞれAランクからBランク相当まで育ち。それぞれが活動を本格的に始めた事。
幾つかのユニットが始動したことで、961プロの株なども市場で極めて好調のようである。
勿論この辺りは、ノウハウがある玲音のスタッフが色々手を貸しているのだろう。
詩花が有望な新人を育てれば。
それだけ玲音は楽しく戦える相手が増える。
利害が一致しているのだ。
更に言えば、あの765プロのトッププロデューサーと玲音は懇意にしているらしい。
恐らくだが、765プロのトッププロデューサーの口にする、業界の熱量を上げるという言葉。
それに対して、玲音が面白がっているのは間違いない。
本当に自分と戦える相手を求めているような奴だ玲音は。
だからこそ、もっと熱量が上がって。自分に対抗できるアイドルが出てくる事は、好ましいのだろう。
あらゆる利害が一致して。
このクーデターは起きたのだ。
もう、それについてはどうでもいい。
ただ、静かに様子見をするだけ、である。
メールが来る。
詩花からだった。
「パパ。 新しくユニットを組む三人のPVができました。 色々な方面から意見を募っていて、パパにも意見を聞きたいの。 聞かせてほしいな」
無言で、PVを見る。
意外と悪くないユニットだ。
かなり個性的な三人組だが、個性的過ぎる面子を集めると良くない場合もある。
いわゆる交通渋滞などと呼ばれる状況で。
個性が互いの良さをつぶし合ってしまうのだ。
だが、これはよく考えられて、個性を組み合わせている。
765プロのトッププロデューサーの入れ知恵でないのだとしたら。詩花もよくやっているじゃあないか。
メールで、かなり良いユニットだがと始めた上で。
だめな所を全部指摘しておく。
黒井と同じ意見を出す人間は少ないかも知れないが。
駄目出しをするくらいで良いだろうと、黒井は思っていた。
メールで返事がすぐに来る。
「765プロのトッププロデューサーさんと意見が殆ど同じね。 パパも勘が戻ってきているのではないかしら」
流石に無言になるが。
そうか。
見抜いている奴は他にいたか。
だが、あの怪物が相手だったらどうしようもない。全盛期の自分でもかなわないと素直に認められる程の辣腕だ。
苦笑すると、黒井は相変わらず与えられている個室から出る。
いずれにしても、もうアイドルの育成に関わる事はない。
テレビ番組などの関係者に対するコネはあるが、それを求められることもない。
今日も原石探しだ。
飼っていたパパラッチの一人から。零細事務所のあるアイドルが問題を起こしたらしいと言う話が来ている。
問題の内容にもよるのだが。
事務所の名前だけでぴんと来る。
ろくでもない事務所の一つで、アイドルが全く定着しないところで有名な場所だ。
プロデューサーもチンピラ上がりのクズで。
昔の黒井だったら、その場で面罵していたかも知れない。
よし。
丁度良い機会だ。
いっそのこと今日はそのまま乗り込んで、良さそうなのがいたら根こそぎ引っさらって行くか。
先に詩花に連絡を入れておく。
詩花もその事務所のことは知っていたらしく、必要な場合はスタッフを寄越すと言ってくれた。
GOサインが出たなら動くだけだ。
すぐに電車に乗って現地に出向く。
高級社用車を乗り回してイキリ散らしていた最近の事が、ずっと昔に思える。
こうやって自分の足で何もかも稼いで。そして人材発掘にいそしむのが、なんと楽しい事か。
なんだか悪夢を見ていたようである。
だけれども、不祥事を起こした事務所から。根こそぎ有望なアイドルを引っさらおうなどと考えている事からも。
黒井の本性は変わっていないとも言える。
だが、もうそれでいい。
事務所に着く。
小さなビルの三階を借りているが。一目で分かるほどに駄目だ。
アポを入れて、事務所に行く。
社長は明らかにスジ者。プロデューサーも、この様子だと関係者だろう。
だが、そんなのは幾らでも相手にしてきた。
事務所で応対をしてくる社長。昔の黒井よりも、更に醜悪な笑顔を浮かべていた。
「これはこれは。 この間首になったという黒井元社長ではありませんか」
「はっはっは。 人事に降格されましてな。 確かに社長ではなくなりましたが、テレビ局関係者などのコネはそのままです。 報道関係もね」
「……」
この業界関係者なら、今の黒井の言葉が何を意味するか何て一発で分かる。
露骨に鼻白む零細企業の社長に。
黒井は身を乗り出した。
事務所に入る前に、目をつけていたのが何人かいる。どれも磨けば光るアイドルばかり。こんな肥だめに放置はしておけない。
もうじき、詩花がスタッフを回してくる。
此処からは大人の時間だ。
どうせ相手も汚い事をしているのだ。徹底的に叩き伏せて、有望な原石は此方で確保させて貰う。
痛い所くらい、業界通な黒井は全て知っている。
話をすると、見る間に零細企業社長は青ざめていった。
詩花にはまだこういうことはやらせられない。
だからこそ。
今まで培った技術で、黒井がやっていく。
腐った事務所にいても、原石は磨けば輝くものだ。
ここにある原石は根こそぎもらう。
そして、やがては黒井ももとの地位に戻る隙をうかがう。
その隙は出来れば見せないで欲しいが。
だが、ずっと隙を狙い続ける。そういう人生なのだから。
(終)
もう流石に四十の坂を越えると、人間簡単に変わる事はありません。
黒井社長もそれは同じですが、それでも少しずつ変わろうと考えはじめたそんな世界の物語です。
楽しんでいただけたでしょうか。