ネムガキ好きかい?
「辞令だ。
「......」
生活安全局。
ヴァルキューレ警察学校において、成績に難ありとされた生徒が配属される局だ。
重大な事件に駆り出されるようなことはほとんどなく、地域の日々の安全を守るために働く。
成績が向上するようであれば、他の局に転科することもあるらしい。
「準備を済ませておくように。」
もっとも、私に関しては転科なんてする気もない。
性格は違うけど気の合う仲間達と一緒に、のんびりとやっていければそれで満足なのにね。
「......」
既に誰も居なくなった生活安全局のスペースで、荷物を纏める。
電気を消して、部屋から一歩足を踏み出す。
さっき手渡された辞令書を開き。
真っ暗な部屋をもう一度眺めた。
『合歓垣フブキ 本日付けで公安局 局長に任命する。』
────────────────────
「はぁ......」
目の前に山積みとなった書類にインク溜まりを作りながら、大きくため息を吐く。
これを綺麗に仕上げたとしても、誰も見やしない。この紙ペラ1枚で何の問題が解決するというのか。
特にこの世界では、こんなもの少しの役にも立たない。
学園都市キヴォトス。
実銃に手榴弾、戦車に戦闘ヘリの飛び交うこの地では、大小に関わらず常に何かしらの事件を抱えている。
そんな中でもここ半年ほど、犯罪率の増加が著しい地域。
それが連邦生徒会管轄の『D.U.(District of Utnapishtim)』と呼ばれる地域だ。
「...はい、こちらヴァルキューレ警察学校公安局───」
D.U.はどの学園にも属さない地域。それゆえ治安維持の手が届きにくい。
そのため、連邦生徒会は2つの手段を取った。
「はい、はい...かしこまりました。それでは実働部隊の方に───」
1つは連邦生徒会長の命で動く、『SRT特殊学園』。
2つ目は...
今私が在籍している『ヴァルキューレ警察学校』だ。
「え?...ああ、はい...わかりました。こちらで処理します...」
警察組織としての教育を受けることのできるこの学校。
その中でも、重要事件と深く関わる権利を持った部署...それが『公安局』。
でも────
「はい。では
その公安局の
「......はぁ。」
あの日からずっと。
毎日毎日申請書と電話の中継ぎばっかりで、現場仕事はろくに舞い込んでこない。
こんなの、私が憧れて入った公安局の仕事じゃ...
「局長?この申請書、ハンコ必要みたいで...」
頼みの綱である、我らが上司の机には...書き置きが1つ。
「...ああ、もうっ!」
『糖分補給してくるねー。 by局長』
──────────────────
「おいおい!どうなってんだこの店は?まともなドーナツひとつ出せねぇのかよ!」
「やっぱ作ってるやつが悪いよな!意地汚い性格が味に出ていやがる!」
「ひぃぃ...!」
とあるD.U.の大通り。
以前は人通りも多く賑わいのあったその道は、今や閑散として通りすがる人々も俯いてばかり。
「聞いてんのか!いい加減に諦めてなぁ!」
そんな静寂の中に響く怒鳴り声は、一層と鮮明に鳴り渡る 。
「か、勘弁を...!」
「そろそろ実力行使に出たっていいんだぞ──
「まぁまぁお兄さんたち。そんな怒ってもしょうがないって〜。」
ぽんっ...と、いつのまにかそこに居た誰かが、怒鳴るロボットの肩に手を置いた。
「あ...?何だお前は?」
「私?私は...ほい。」
少女はポケットから身分証を取り出す。
「...!ヴァルキューレ公安局だと?」
彼らは一瞬顔を見合わせた後...
「はははっ!今や我々カイザーセキュリティの雑用係に成り下がった公安局が、俺たちに一体何のようだって?」
「......」
威圧するように詰め寄るロボットを意に介すことなく、彼女はにこやかに話を続けた。
「そんな熱心にお仕事したって意味なくない?どうせ期日になったら上層部が命令出すだろうし、今やったって一銭にもならないって。」
「俺たちに指図しようってのか?お前の態度を上に報告すりゃあな、公安局なんて一発で──
「あ!」
彼らの話を遮るように、少女が大袈裟にひとつ声を上げる。
「そういえば。今日久しぶりにカイザーの配給が、こんにゃくじゃなくてプリンだったらしいよ?お兄さんたちはもう貰った?」
「な、なに!?プリンだと!?」
「珍しいよね。でも人気だろうし、もたもたしてると無くなっちゃうかもね...」
少女が他人事のようにそう呟くと...
ロボットたちは少し躊躇った後に踵を返した。
「くっ...!おい、急ぐぞ!」
「プリンを逃す訳には...!おい店主!覚えておけよ!」
ドタドタと大通りを走り去っていく彼らの姿が見えなくなるのを確認して、彼女は一つ息を吐いた。
「ふぅ...やあ店主さん。今日も来たよ。」
「あ、ありがとうございます。フブキさん。」
ペコペコと頭を下げる犬の店主に、『フブキ』と呼ばれた少女は頭を掻いた。
「いやぁ、良いって良いって。それよりさ、いつものドーナッツ貰える?」
「は、はい!」
慌ててバックヤードに引っ込んでいった店主を尻目に、テラスの白い椅子に腰掛ける。
「......」
午後2時前後。
向かいの店は、どれもシャッターを下ろしている。
あそこの漬物屋はこの辺りでは有名な店。あっちのコーヒーショップは、ここからでもすぐ分かるような目立つのぼり旗が立っていた。
何もかも、数ヶ月前の話。
「......はぁ。」
「お待たせしました!ボックスセットです!」
ふわりと漂う甘い香り。
つられて振り返ると、ピンクの箱に沢山のドーナツが。
「おおっ、やっぱコレだよね〜。いただきまーす!」
イチゴにチョコに、ホワイトチョコが全部2つずつ。
セットドリンクはアイスコーヒー。
これがいつもの、彼女のセット。
「あぁー、これぞ天国...はむっ。」
明るいピンクのオールドファッションを頬張る。
随分と変化の波に飲まれてきたこの世の中で、唯一変わらない味だ。
気づけば6つもあったドーナツは全て彼女の胃の中。
「ふぅ...ご馳走様。やっぱサボるにはここだね。はいお会計。」
「い、いいですよお代なんて!いつも助けていただいているのに...!」
「まぁまぁ。サボりのついでだからさ。」
財布からお代を取り出して店主の手に握らせると、伸びをしながら立ち上がる。
「さぁて、そろそろ戻ろっかな。後輩に怒られそうだし...」
「あ、あの...フブキさん。」
「ん?」
店主は少し俯いた後、申し訳なさそうに口を開いた。
「実はその...うちも立ち退き、応じることにしたんです。」
「.........そっか。」
「カイザーの締め付けは強くなる一方ですし、お客さんも、もう...」
「...うん、そうだよね。」
彼女は振り向くことなく相槌を打つ。
「ごめんなさい...沢山よくしていただいたのに...」
「ううん、仕方ないよ。えっと...明日は...」
「はい。今日までということで、もう...」
彼女は一言、そっか。と呟いてから振り向いて、困ったように笑った。
「じゃあさ、ボックスセットもう1つと...グレーズド・ドーナッツを2つ。包んでくれない?」
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「見つけたっ!」
「ん?」
いつもの道を駆けること約10分。目的の人物はすぐに見つかった。
彼女行きつけのドーナツ屋への最短ルート。我らが上司のサボりスポットといえばここだ。
「あれ?どしたの?」
「どうしたの?じゃありませんよ!局長のハンコ無しでは出せない書類が溜まってるんです!」
「ありゃー、大変だねぇ。」
これほど真摯に訴えかける部下を前にして、呑気な顔で笑うこの人こそ。
ヴァルキューレ警察学校の元生活安全局所属、そして現公安局長の...
「さっきカイザーセキュリティの部長が来て、局長の書き置きを見るなり鼻で笑って帰りましたよ!?」
あまりにも屈辱的だ。
メモを見た途端ビリビリに破り裂いてしまうべきだったと激しく後悔している。
「ほら、帰りますよ!今日は逃しませんから!」
「もうちょっとゆっくりしても良くない?焦ったって良いことないよー。」
ゴネる上司を無視して、公安局へと引っ張っていく。
「はぁ...」
「......」
...ここまで言いはしたが、気持ちは分からなくもない。
溜まった仕事をこなしたからといって、市民たちが喜ぶことなんてない。
喜ぶのはカイザー共だ。いや、奴らだってどうでもいいと思っている程度の仕事がほとんど。
こんな時。
私の憧れた...尾刃カンナ局長だったら、どうするのだろう。
ヴァルキューレ警察学校入学したての頃、遠目から見た彼女の後ろ姿を思い出す。
残念ながら、会うことは叶わなかった。
「まぁ元気出してよ。ほら、お土産ドーナッツあるからさ。」
残ったものは、サボり常習犯のやる気ゼロ局長。
私の青春は、此処で行き止まり?
────────────────────
「んん〜!あー疲れた。もう1年分くらいハンコ押した気分だよ。」
凝り固まった背筋を伸ばしながら、すっかり夜の帳が下りた街を歩く。
後輩ちゃんに落とされたハンコ地獄のせいで深まった夜の帰路は、人の気配を感じさせない。
「...ボックスセットも今日で終わりかぁ。」
静かな夜道で聞こえるのは...武器の擦れる音だけだ。
「あとこのドーナッツは冷蔵庫に入れて、明日...」
「おいお前!」
ぼんやりと考え事をしながら足を進めていると、進路に立ち塞がる影が現れた。
「昼間はよくも騙してくれたな!結局こんにゃくだったじゃねぇかよ!」
「ふざけたことしやがって!」
カイザーの兵はどれも装備が一緒で分かりにくいんだけど...
この2人は分かる。昼間ドーナッツ屋にケチをつけていた奴らだ。
今日彼らが巡回の当番だということも、調べてある。
「え?ああ、ごめんごめん。勘違いだったかなー。」
街がこんな有様なのに、プリンだのこんにゃくだの...お気楽な連中だね。
ここいらのプリン屋は、あんた達が再開発するってみーんな追い出したくせに。
「お前こんな真似してタダで済むと思ってるのか!?もう一度身分証出せ!昼間は所属しか見てなかったが、名前も見せろ!」
「落ち着きなって。はいどーぞ。」
ぴらぴらと身分証を彼らの前で振る。
「
「あれ、知らない?じゃあ...」
彼らの目線が、ゆらゆらと揺れる身分証を追う。
そして私は、銃の引き金に手をかけた。
「『狂犬』の名前は、一度は聞いたことあるでしょ?」