ネムガキってツインテリボンに髪飾りと案外オシャレさんでかわいいね。
「公安局、ですか。」
夜のシャーレ跡地に現れたのは、『月雪ミヤコ』。
連邦生徒会長直属の部隊として作られた特殊部隊、『SRT特殊学園』の新入生。
...いや、もう新入生とは言い難いかな?
「久しぶりだね〜。子ウサギ公園立て篭もり事件以来?」
「...そうですね。」
懐かしい。
連邦生徒会長が失踪し、所属があやふやになって解体の決定したSRT特殊学園。それに反対した1年生部隊の『RABBIT小隊』が、D.U.の子ウサギ公園を占拠したのだ。
公安局も警備局も返り討ちにあって...
最後に残った、数合わせのように召集された生活安全局で、先生はよくやったものだ。
「キミは今もSRTだよね?みんなは元気してる?」
そう聞くと、彼女は俯きながら答える。
「SRTです。でも、今RABBTに居るのはミユだけで...」
「...え?」
...2人だけ?あれから何かあったんだろうか。
確かRABBIT小隊は目の前の彼女と『空井サキ』、『風倉モエ』、『霞沢ミユ』の4人で構成されていた。
「その...理由を聞いても?」
「モエは...きっと、カイザーの銃火器規制に反発してのことだと思います。サキは...」
彼女は、言葉を1つ飲み込んでから、呟いた。
「...分かりません。彼女は何も言わず、居なくなりました。」
「...そっか。」
もう一度、シャーレ跡地を見上げる。
何もかもがあっという間に感じるけれど。時間相応に、周りの人たちは変化していっている。
「そちらは、どうですか。生活安全局から公安局への転科は...」
「んー、まあ常識的に言えば栄転なんだろうけど...今の公安局は、何の力もないからさ。」
道中で買ってきた缶コーヒーを啜る。
「 いや、以前も力はそんなになかったかな?キミは知ってるでしょ。カンナ局長の時も、公安局は上に逆らえなかった。」
「それは...」
生活安全局にいた頃は知らなかったけど、仮にも局長の立場になったから分かる。
今も昔も、公安局の裁量はごく限られた部分しか残っていない。
......
「...あの横領事件。カンナ局長がしたことだって思ってる?」
「......」
先生が危篤になってから数日後。
公安局に業務上横領と贈賄の嫌疑ありとのことで捜査の手が入った。
カンナ局長は逮捕状の発行後逃走。
コノカ副局長と、その場に居合わせた生活安全局のキリノは局長の逃走を手助けしたとして犯人隠避罪に。
3人とも、逃走後行方知れずだ。
「3人は、今どこに居るのかなぁ。」
「......分かりません。」
私が聞いたのは全てが終わった後だった。
生活安全局にある、私のお菓子箱。
そこに放り込まれていたカンナ局長の手帳。
今の私にはそれが全て。
「はい。」
「...?ドーナツ...」
袋からもう一つ、グレーズド・ドーナッツを取り出す。
「2つ買っちゃったんだ。1つ食べてよ。」
「...ありがとうございます。」
2人して、甘いドーナッツを頬張る。
「キミはどうして、今のSRTに居るの?」
「それは...」
彼女は遠くを見つめながら、口を開く。
「先生がテロで意識不明になって、思ったんです。カイザーのように一般市民から銃火器を回収して...平和を守る機構だけが武器を持つようになったら。」
「先生はこんなことにならずに済んだんじゃないかって。」
先日のニュースが頭をよぎる。
『先生の意識が戻らなくなってから、100日が経過した本日──病院から緊急発表がありました───』
「思ったんです。」
「向けられれば1発で自分を殺せる武器をたくさん抱えて、公園に立て篭もる私たちは...キヴォトスの外から来た先生の目にどう映ったんだろうって。」
「......」
─────────
『そ、速報です!シャーレの建物で爆発事故が!』
叫ぶアナウンサーと、報道ヘリの音。
『崩落の危険があるため、カイザーPMCによって周囲は封鎖されております!先生の安否に関する情報はまだ入っておりません!』
黒煙。
『危険ですので近寄らないように!繰り返します───』
─────────
「あの日から、頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなくて。」
「......」
「それで、先輩について行ったんです。」
RABBIT小隊の先輩...
それは、SRT特殊学園に所属していた3年生で構成される部隊。
あの災厄の狐を捕らえたという『FOX小隊』のことだろう。
「それで、わ...私は...」
「えい。」
「んむ!?」
彼女の片手から今にも滑り落ちそうなドーナッツを、口に押し込む。
「手が止まってるよ〜。」
「...甘い。」
しばらくの間無言で口に運ぶ。
最後のドーナッツは、誰が居なくとも甘いままだ。
「...もう、帰ります。ドーナツありがとうございました。」
彼女はドーナッツの包み紙をポケットにしまい、来た道に向かう。
消え入りそうな背中を押して、暗闇へと。
「...あのさ!」
「...?」
駆け寄りながらポケットから手帳を取り出し、彼女に向ける。
「これさ、カンナ局長が残した手帳なんだ。」
「そんな、ものが...」
ペラペラと捲る。目当ての資料は、ここだ。
「シャーレ爆発事故の後、カンナ局長はこっそり色々調べてたみたいでね。その中に気になる資料があってさ。」
爆発事故よりも前。
何の作戦なのかも分からない断片的なカイザーPMCの報告書には、こんな記述があった。
「『先生に向けて撃った弾丸が、あらぬ方向へと曲がった。』...?」
「これの詳細は分からない。もしかしたら弾丸を外したへっぽこ兵士が、出鱈目を書いたのかもしれない。でもそんなことは重要じゃなくて...」
彼女は私の差し出した手帳から目を離さない。
「カイザーは以前、先生に銃を向けている...?」
そう。この記述は、カイザーと先生の関係についての手がかり。
「もしもカイザーが先生と敵対していたとしたらさ。あの日の真相は...どうなんだろうね。」
「...せ、先生は...その活躍が故に不良生徒に狙われて、それで、でも...!」
この事件を受けた連邦生徒会の発表では、ブラックマーケットに身を潜める所属不明生徒の犯行だとされていた。
「事件の日。あの時の連邦生徒会長代行は、元防衛室長の不知火カヤ...だったよね?彼女が代行になった時から、カイザーが連邦生徒会に深く入り込むようになった。」
彼女の震える瞳を見つめる。
「事件現場は、安全のためってことでカイザーPMCに封鎖されてた。」
「そのあと、裏で事件の調査をしていた公安局長に...逮捕状が...」
今話したものは、正直言って大した裏付けはない。
ほとんどがカンナ局長の残した手帳と、推測と、妄想だ。
それでも私は。
「全部偶然って言えばそれまで。それでもさ。」
「...っ」
「知りたいんだよね。本当のことを。」
いつもぐうたらして、のんびり生きていくだけでよかった私。
それでも世の中は待ってくれなくて、今は後悔が胸を渦巻くばかりだ。
知りたい。何があったのか。
知りたい。みんなの行方を。
知りたい。この暗雲を晴らす方法を。
「っ......帰ります。」
「うん。ごめんね、長話に付き合わせちゃって。」
再び彼女は歩き出す。
「...公安局長の逮捕状が出た日。」
「...ん?」
ふと立ち止まって、背を向けたまま彼女は呟いた。
「あの日はFOX小隊が、全員出動していました。」
「...カンナ局長の逮捕に?」
局長1人の逮捕に、SRT特殊学園を動かすなんて...随分贅沢だね。
「公安局長に、副局長。彼女たちも相当な実力者だったと思います。しかし...SRTきっての実力を持つFOX小隊に敵うはずがありません。」
「それは...」
「つまり。彼女たちが犯人を逃すことはあり得ない、ということです。」
「...!」
...それは、確かに。
FOX小隊が4人とも動いたのに、犯人に逃亡を許したっていうのは考えにくい。
それなのに、カンナ局長たちは逃亡後行方不明?
当時は彼女たちの潜伏先を見つけようと、D.U.内や他の学区を探し回ったけど、まさか...
「...ありがとね、教えてくれて。」
「いえ...」
今度こそ、彼女が暗闇に姿を消す。
......
「さっき!武器持って公園に立て篭もった自分たちを先生はどう思ったかって言ってたけど!」
「...?」
「私はさ!信念持って生きてるんだなって思ったよ!」
「......」
久しぶりに出した大きな声が、黒に溶ける。
届いたかは、分からない。
────────────────────
シャーレ跡地からの帰り道。
スーパーマーケットに寄ってから家路に着く。
癪だけど...もうこの近所にはカイザー系列のスーパーしか残ってないので、ここを利用するしかない。
当然の如く割高だし、あとここのドーナッツは油も碌に切ってないし時間経ち過ぎカピカピだしでもう最悪。
仕方なしに幾つかのマシそうな野菜とお肉を仕入れて、玄関を潜った。
「ただいま〜っと。」
「遅いですよ!」
ドアを開けるなり、怒気を孕んだ一言。
我が家からこんな大きな声が聞こえるとは、少し前まで思ってもみなかったよ。
「ごめんって。ちょっと野暮用がさぁ。」
「もうお腹がペコペコなんですよ!この私を誰だと思ってるんですか!?」
無茶苦茶言ってる彼女は、数日前にうちに転がり込んできた珍客。
つい先月まで、キヴォトスのトップに座っていた人。
「それにしたってさ...居候の自覚なさすぎじゃない?カヤ行政官。」