ネムガキ...
「局長...」
気づくとそこに立っていたのは、公安局の後輩ちゃん。
どうやってここを突き止めたんだろうか。
「うちが教えたっすよ。」
副局長がひょっこりと顔を出す。
「公安無線が騒がしいなーって思ってたら、彼女がずっと呼び掛けてたんで。こっそり教えちゃいました。」
「そっかぁ...全く、後輩ちゃんは私の居場所を見つけるのが上手だねぇ。」
公安局の彼女たちにも、申し訳ないな。
ただえさえ役に立たないぐうたら局長が、しまいには仕事をほっぽり出してこんなところに居るんだからね。
「えっと、私が言うのも何ですけど...カイザーの罠とかは思ったりしませんでした...?」
「前に君のことは見たことあったんすよ。キラキラした目で局長のことを見てて...あんな目する子に悪い奴はいないって思っただけっす。」
それだけ言い残すと、副局長は踵を返して部屋を出た。
「...えっと。」
「......」
よく考えれば私は裏切り者かな。
災厄の狐を通し、公安局を捨てようとしている。
「...後輩ちゃん。私は...ちょっともう、戻れそうにないんだよね。」
「......っ」
だいたい私が1人行ったところで何か変わるだろうか。
ここでキリノやカンナ局長と一緒に居た方が、私は...
「引き継ぎの資料はもう作ってあるから、もしSRTのクーデターが成功したらそれ使ってね。彼女たちが失敗したら...うん、もう解散した方が安全───」
「局長、これ!」
彼女は突然、後ろ手に持っていた何かを差し出した。
「...!?」
それは、もう見ることはないと思っていた──
「ま、マスタードーナッツの...ボックスセット...!?」
目に突き刺さるようなピンクの箱。間違いようがない、私の大好物だ!
「で...でも、マスタードーナッツは立ち退きで...」
「公安局に引き上げる最中、たまたま店主さんに出会ったんです。それで、局長に渡してくれと。」
恐る恐る受け取って、中を開ける。
イチゴにチョコに...ホワイトチョコが全部2つずつ。
「あと...これも。氷は溶けちゃいましたけど...」
プラスチックのカップに入ったアイスコーヒー。
これがいつもの、私のセット。
「......」
「店主さんから、局長の話を沢山聞きました。」
ボックスセットを持つ私の手を、彼女の手が優しく包む。
「何度もカイザーの横暴から救ってくれたと。商店街にいた他の店の人も、みんな公安局長に助けられたと。」
「......っ」
「貴方のしてくれたことは忘れない。いつか必ず、また戻ってくると、そう言っていましたよ。局長。」
ピンクのドーナッツをひとつ手に取って、齧る。
優しい甘さとイチゴの香りが通り抜けていって...ほんの数週間前なのに、数年越しのドーナッツのように心をくすぐる。
「私...」
「局長はずっと戦っていたんですね。私、知りませんでした。」
いつのまにか流れていた涙を、彼女が拭った。
「あなたは公安局長として、その立場に相応しい働きをしています。私が保証します!だから...!」
「戻ってきてください局長!公安局の皆も、待っています!」
「...っ」
振り返る。
目を閉じて、身じろぎもしないカンナ局長とキリノ。
...局長。
私は、カンナ局長の後釜として相応しい働きができてるなんて思えない。
でも...それでも私が立っている立場は、公安局長なんだ。
...キリノ。
逮捕された時、咄嗟に局長の手帳をお菓子箱に入れたのはキリノだよね。あの箱の場所、キリノしかしらないし。
1番側でぐうたらな私を見ていたキリノが、私に託した。その意味を、ちゃんと考えなきゃいけない。
「...はぁ、もう...」
「局長...」
ハンガーに掛けていた制服を、もう一度手に取る。
「みんな人使いが荒いんだから...!」
───────────────────
「時間がありませんので、正面突破で行きます。カイザーを倒しながら全館に中継できる設備を抑え、証拠資料を流すことを最終目標としましょう。」
最低限の装備を纏って、突撃の準備をする。
私もミユも弾薬等の装備が足りていませんが、そもそもカイザーの銃規制のせいで外では補給ができません。
質は落ちるでしょうが、戦闘中にカイザーの装備を奪うなどしてどうにか賄うしかないでしょう。
「とはいえ、資料を突きつけても賛同する連邦生徒会職員がいなければ揉み消されるだけです。人が足りなそうな場合は救出を優先、場合によっては矯正局まで行く必要もあるでしょう。そこからは現場判断になります。」
「りょ、了解...!」
時間は限りなく少ない。
公安局長の話によれば、カヤ連邦生徒会長代行は既に追放されている。連邦生徒会から元の職員が追い出されていくのも時間の問題です。
この戦いが、SRTや連邦生徒会...いえ、キヴォトスの
運命を大きく左右するでしょう。
「では...RABBIT小隊、突入します!」
──────────────────
「つ、着いた...!着きましたよ!」
矯正局の扉にIDカードをかざすと、数秒の後ゆっくり扉が開いた。
「それで、リン行政官の場所は分かるのですか?」
「勿論です!」
ぶち込んだの私なので!
ずらっと並ぶ牢屋をまっすぐ駆け抜ける。嫌がらせで奥の方にしたのが仇となって遠いです...!
確かここの角を曲がれば...
居ました!制服の上からきっちり見えるあの豊満なバスト、見間違えるはずがありません!!!
「リン先輩...!」
「...!アオイに、不知火室長...?」
不思議そうな表情でこちらを見つめるリン元代行。
「リン元代行!この私、不知火カヤ連邦生徒会長代行が助けに来て差し上げましたよ!」
「は...?」
さらに眉間に皺を寄せる彼女。
「さあ今すぐそこから出て、自らの派閥に声をかけるのです!私の派閥と組めば、カイザーを追い出すくらいの戦力にはなるはずです!さあ!!!」
「ところでカヤ代行。」
何ですかアオイ室長?
「早く鍵を出してください。」
「......?」
カギ...?
.........
「持ってませんが。」
「...守衛室等にも寄らず駆け出したので、持ってるものかと。」
...それは、確かに。
災厄の狐ではないのですから、矯正局の格子をぶち破るなど私たちにはできませんね。
「...えーーーっと。」
「......」
リン元代行が、こいつらコントでもやっているのかといった目で見てくる。
「おい、居たぞ!こっちだ!」
「ひぃ!ど、どうしましょう!?何かないですか財務室長ぉ!?」
「何の準備もなく引っ張られてきたのに、あると思うかしら?」
もう逃げ場はありません!ここは矯正局の端も端...こ、こうなったら...!
「ろ、籠城です!遅い来るカイザーをしばきながら、運良く鍵を落とすまで!」
「連邦生徒会支給のハンドガンで?どう考えても弾丸が足りてないわ。」
「あの、お2人は本当に何をしに此処へ...?今どういう状況ですか?」
2人とも黙りなさい!超人にできないことなどないのです...!
「ふふ...これはこれは。よく戻って来たものだな。」
「!?こ、この声は...っ!」
矯正局の暗がりから、複数の兵士を連れた1人のロボットが現れる。
「せっかく逃げ出せたというのに...カヤ連邦生徒会長代行?」
「ジェネラル...っ!」
コイツはカイザーPMCのトップにして、この私を襲撃し監獄に閉じ込めかけた張本人です...!
...ん?この香りは...
「そ、その手に持っているコーヒーは!!!私が大事に大事にしまっておいた、輸入でしか手に入らない最高級コーヒーじゃないですか!!!???」
「ん?ああ、よく分かったな。生徒会長室に保管されていたから拝借させてもらった。味はまあまあだな。」
ゆ、許しません...!あまりにも邪悪!生かしておけるものですか!
「ジェネラル!あなたのような下劣で品性のない悪党に、私たち連邦生徒会は負けません!必ずや正義の鉄槌をあなたに下してやります!!!」
「...お前がそれを言うのか。」
「あなたがそれを言うんですね。」
「うるさい!」