「あ、あの…その…ご、ごめんなさい。わ、私どうしても綾小路君に聞きたいことがあって…」
翌日のケヤキモール内のカフェ。
今日は休日ということもあり、店内は客でにぎわっている。
少し周りからチラチラと視線を感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
俺の記憶では、佐倉という女性はとても印象に薄い雰囲気をしているはずだったが、目の前にいる女性は印象が薄いどころか人の目を引く外見をしていた。
眼鏡をはずして軽い化粧、髪型、服装を変えるだけで人は変わるものだな、と思った。
櫛田から会う時間、場所まで指定されこのカフェにやってくると、フラフラとこの佐倉が姿を見せたのだ。
俺は了解も拒否もしていない。そもそもスケジュールの確認すらされていないのだが、最近皆の俺への対応が少しずつおかしくなっている気がする。
せめて誰と待ち合わせるかくらいは教えてくれてもいいのではないか?
普通に櫛田が来ると思っていたので、正直少し驚いた。
「あの…」とか「その…」とか中々話すことが出来ないのは、堀北が言うようにコミュニケーションが苦手だからなのだろうか。
しかし…デカい。
何がって言われてもデカいもんはデカい。
俺のキャラではないが「お、おっぱいございます!」とか言ってしまいそうになる。
「……えっ!? お、おっぱ…?」
間違えて口に出してしまっていた。
「いや、気にしないでくれ。最近歌を作っていてな。ワンフレーズ口ずさみたくなったんだ」
「あ、そうなんですね…ビックリしました」
全く言い訳になっていないんだが、相手もテンパっているようでなぜか納得する。
「それで、何か俺に話があるのか?」
「あ、ハイ、そうなんです。あの…綾小路君は私のこの姿を見て見覚えとかってありますか?」
…?変な質問だが、見覚えはなかった。
俺の知り合いか?俺の知り合い何て、限りなくいる可能性が低いのだが。
「すまん、覚えがない。昔会ったことあるか?」
「あ、いえ…会ったことというかその…あの…私…実はアイドルなんです」
なるほど。スタイルといい美貌と言い確かにアイドルをしていてもおかしくないが残念ながら俺はアイドルというかそもそも芸能界に詳しくない。
というか、アイドルだからみんなが知ってると思ったら大間違いだと突っ込もうと思ったが、
「あ、綾小路君もアイドルなんですよね!?」
予想すらしていなかった彼女に発言に俺は思わず言葉を失ったのだった。
綾小路が朝霧海斗みたいな感じだった時の話 2章 4話
興奮する彼女は一度言葉を発するとバッと話し始めた。
なんでも俺のスナップ写真を見て、その洗練されたポーズと表情に衝撃を受けたとのこと。
まるで挑発するかのような目線。乱れた服装は怪しさと芸術性を感じさせる。
何より、カメラマンと一体になって撮ったであろうその写真の完成度の高さに驚愕したとのことだった。
これは絶対にプロだと確信し、SNSを初めとして色々調べてはみたものの、俺の名前や活動の実態などは見えない。
芸能活動を続けていきたい自分にとって、表情や色気の出し方、雰囲気の出し方などはとにかく知りたかったものの一つ。
何も出来ない自分が唯一皆に褒めてもらえることが芸能活動だった。
「でも私はお芝居もしたことないし、歌も下手だし…それでも芸能界に憧れてたから、この学校に入ったんです」
なるほど。就職先や進学先はどこでも選べるので、自分が理想としている形で芸能界に入りたいということなのだろう。
「…でも、勘違いだったってことに気が付いたんです…。芸能界に入れたからって、実力がないと生き残ってはいけない。だから…」
「イケメン過ぎるこの俺に話を聞いてみたくなったと?」
コクンと頷く彼女。
最近毒がある人間ばかりと話していたせいか、俺の発言全てスルーし好意的に受け止めてくれる人を見ると非常に新鮮に感じる。
「悪いが、俺はアイドルじゃない。写真も、通りすがりの人が撮っていったものだ。色んな人の写真を撮ってるようなので、多分趣味だったんだろう」
普通に盗撮だったのだが、それには触れないで話す。
少なくとも撮られた俺が気が付いているので、盗撮と言っていいのかは微妙だしな。
「……どうりで調べても出ないハズですよね…ごめんなさい。もしかしたら同じ境遇の人がいるかもって思ったら嬉しくなっちゃって…」
いきなりどんよりと暗くなる佐倉。
化粧をしたり服装を変えても、この暗さはそこまで変化がないようだ。
「佐倉はそもそもどんなアイドルになりたいんだ?」
「…どんなアイドル…ですか?初めて聞かれました」
詳しくはないが、アイドルと言っても色々なタイプがあるだろう。
テレビに出て話をしたり、写真集を出したり、そんなのが俺のアイドルというイメージだ。
その中でもどんなことがしたいのか、というのは個人的に興味があった。
「考えたこと…なかったです。私、昔からグズでのろまで…何もできなかったんです。綾小路君は話しやすいから話せてるけど、苦手な人の前だと話すことすらできなくて…」
「はあん…」
「ありがちな理由ですよね。カメラの前だと、話すことも笑顔になることも出来たんです。そんな私が、誰かに褒めてもらったり必要とされてるのが嬉しくて…」
佐倉は一度話し始めると饒舌になるタイプのようだ。
「どんなアイドル…みんなに喜んでもらえたらってザックリしすぎですよね」
「そうだな…まずみんなって言うのは相手は男を指しているのか? それとも女?」
「えと…それも意識したことなかったです、ごめんなさい。でも、多分ファンの方は男の人が多いのかな?」
「それはそうだろう」
俺は佐倉の胸をみつつ頷く。
「学校の方針でこっちからは返信は出来ないんですけど、こんな感じでDM届くんです。内容から多分男の人かなーって」
佐倉は自分のスマホを俺に差し出した。自分のSNSのコメント欄のようで、おそらく男であろう熱烈なメッセージが並んでいた。
――と、その時。新しいメッセージが入るのを俺は見逃さなかった。
新しい通知に佐倉は自分のスマホを見て、顔色をサッと青くさせる。
コメントの内容は『イケメンが嫌いじゃなかったのか?いつもの変装をしないから、ついに俺に会いに来るのかと思っていたのに…この裏切りは許せない』か。
佐倉は不安そうに周囲をキョロキョロと確認している。
今日感じていた視線の中に、殺気が混じっていた。
恨まれることには慣れているが、この学園で恨まれる覚えはなかった…と思っていたが、どうやらこの子が原因だったようだ。
内容的に過激なファンがいたということだろうか?俺には特に関係のない話だし、スルーしよう。
「そういえば佐倉、須藤の件についてなんだけど…」
「あ、そ、そうでしたよね…ごめんなさい。関係ない話ばかりして…」
そう言うと、佐倉はまたまたスマホを操作して俺に写真を見せてきた。
「私…写真撮るのが好きで、何かあると撮る癖があるんです。多分須藤君が帰っちゃう時の写真なんですけど…これで私がそこにいたって証拠になりますよね?」
これは…須藤も悪運が強いというかなんというか。
まさかの写真付きで無罪の証明ができてしまう。まさに悪魔の証明の決定的な証拠だ。
須藤は後姿なのだが、決定的なのは被害者であるはずの石崎は殴られた怪我もなければうずくまってもおらず、ピンピンした姿で須藤の後姿を目で追いかけている姿が映されている。
「これは証言が必要ないレベルの決定的な証拠だな」
「あ、そうなんですね…それなら良かったです」
安心した表情を見せる佐倉。
その写真は櫛田に送ってもらうことにして、俺たちはしばし雑談を続けた後解散することにした。
そしてその日の午後、俺は櫛田と合流すべく、再び同じカフェに腰かけていた。
本日2杯目のコーヒー。何回飲んでもコーヒーは美味しい。櫛田のお金で尚更美味しい。
「まあ、別にいいけど…毎回ご馳走するのは嫌だなぁ…」
そんな櫛田の呟きを俺はスルーした。
「ま、これで事件は無事解決しそうだな。良かった良かった」
「……ハア。なんで私もいちいち奢ってるんだか…」
櫛田には佐倉との会話の内容を簡単に話した。
ここまでの証拠を持っているとは思っていなかったようで、これで主導権はCクラスからDクラスに移る。どうするかは、俺たち次第で虚偽の訴えを起こした相手を罰することも出来るだろう。
はたまたこれを取引の材料につかうのか…俺なら…と考えていた時、ヒラヒラとコチラに手を振りながら歩いてくる女性の姿。
「櫛田さん、こんにちは。今日は…デートかな?」
「あ、一之瀬さん!こんにちは!やだなあ、デートなんかじゃないよ」
一之瀬と呼ばれた女性…どうやら櫛田の友達の様だ。
なるほど…この子も佐倉に負けず劣らずといったところか。
俺のキャラでは全くないのだが、つい「お、おっぱいございます!!」と言ってしまうところだ。
「……へ?おっぱい?」
……また口に出してしまっていた。
「あ、気にしないで。この人ちょっと頭の病気があって…」
「アハハ、噂通りなんだ。あ、綾小路君だよね?私は1-Bの一之瀬帆波。よろしくね」
どんな噂が流れているのか気になるところだ。
「ちょうど連絡しようと思ってたんだ。私たちの方でも探してはいるんだけど…あ、例の須藤君の事件の目撃者ね」
「あ、そのことなんだけどね―――」
「ちょうど目撃者が見つかってな。でも証言してくれるか分からないから、どうやったら証言してくれるのか、作戦会議中なんだ」
櫛田の言葉を遮る。
他のクラスにも目撃者を探すのを依頼していたようだ。
少し不自然に映ったのか、一之瀬は少し目を細めたもののそれでも次の瞬間は笑顔で
「そうなんだ!良かったね!うちも1-Cには嫌がらせ行為されてたから…少しはギャフンと言わせないとね」
「表現が古いな…」
「アハハ、たまに言われる。それで、誰が目撃者だったの?」
ガラッと俺の隣に腰を下ろす一之瀬。
櫛田も頭が悪いわけではない。俺が敢えて彼女の言葉を遮ったことを察したようだ。
しかし、その意図が分かっているわけではなかったようで、少し言葉に詰まる。
「ウチのクラスの佐倉って女子だ。まさか自分のクラスメイトだったとはな」
言葉に詰まる櫛田ではなく、また俺が答える。
その俺の言葉に、一之瀬は嬉しそうに微笑み
「そっかぁ。意外とこういうのって近くの人だったりするよね」
一之瀬がそう言った瞬間、櫛田のスマホがブーッブーッと震える。
着信の様で、お相手はちょうど話が出ていた佐倉だった。
櫛田は「噂をすればちょうど」と一之瀬に断りをいれ、電話に出る。
「あ、もしもし佐倉さん?今ちょうど―――」
『――――助け……!!』
少し離れている俺にも聞こえるくらいの音量で佐倉の悲鳴が聞こえ…切れた。
顔を合わせ困惑する櫛田と一之瀬。
俺は、この流れでどうやったら帰れるかどうかを模索していた。