第1話
「―――こんなに早く、貴方と二人きりで話せる機会があるなんて…船でのバカンスというものも、悪くはないですね」
時が流れ、期末試験を乗り切った1年生たちは現在バカンスに訪れていた。
学校側が準備をした豪華クルージング船での船旅。
周囲には空も海も含め青しかない世界。そんな世界を初めてみる俺はずっとデッキに出て海を眺めていた。
たまに飛び跳ねる魚や、波の音、潮の匂い。その全てが新鮮で美しいと思う。
クルージング開始当初こそ、デッキに出る生徒が多かったものの、日差しの強さからか今は疎らだ。数人の生徒が、デッキに出ては客室に戻ったりを繰り返している。
櫛田や平田、堀北も海を眺めていたが飽きもせずに眺めているのは俺一人。
そんな中、一人の小柄の女子生徒が俺に話しかけてきた。
「初めは休もうかと思ったのですが…思い切って参加して正解でしたね」
長い髪をかき上げながら話す。
杖を片手に俺の隣に足を運び、手すりに手をかけ、
「初めまして。私は、坂柳有栖と申します。以後お見知りおきを」
坂柳と名乗る女は嬉しそうに目を細めながらそう言ったのだった。
綾小路が朝霧海斗みたいな感じだった時の話 3章1話
「…………知り合いじゃないよな?」
正直、見かけたことがない生徒だった。
高度育成高校はその特性上、他クラスの生徒とはあまり知り合う機会がない。
現在全ての授業はクラス単位で受けているため、この坂柳と名乗る女も見たことがなかった。
初めましてというこの言葉とは裏腹に、俺との会話を待ちわびていたかのようなセリフに違和感を覚えたのだ。
「知り合いではありません。私が一方的に知っているだけですので」
「……ストーカーか?もうストーカーはお腹いっぱいなんだけどな…」
「フフ、そんな事件があったようですね。貴方が解決なさったのですか?」
外部に漏らさぬようにしている事件を当たり前のように知っている目の前の女。
俺の警戒心を高めさせるには十分ではあった。
俺はなぜ知っているかとは問いかけず、坂柳の言葉を無視し海を眺める。
「ご心配なく。私は特別な生徒です。別に貴方の周りの生徒や担任の教師から情報を仕入れたわけではありませんよ。私の父はこの学校の理事長を務めておりますので」
理事長の顔とかは知らないが、確かに名前は坂柳だったと記憶していた。
チラリと坂柳の顔を見ると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「……なるほど。俺の事を知っているのは先日の事件があったからということか」
「いいえ。貴方の事はもっと前から知っています。私は、貴方の…そうですね。ファンとでも呼べる存在なのかもしれないですね」
「――もっと前から知っている?」
坂柳と名乗る女に見覚えはない。
が、この言い方からすると入学する前から知っているのかもしれない。
理事長ということは…佐竹の関係者か?
「ちなみに俺の事をどこまで知っている?」
「そうですね…実はほとんど分かっていない、というところが本当のところです。例えば入学初日に全額ポイントを消費したりとか、草食べたり虫食べたり魚を釣ろうとしたり鳥を取ろうとしたり追加されたポイントは即日消費してしまったり…あ、今月のポイントは流石に使ってないようですね。まあ今日は8月の初日ですものね」
…………。
「あ、ストーカーではありませんよ?あくまでも、調査をしているだけです」
「……なぜ俺を調査する?」
「それはもう、貴方の事を知りたいからです」
「――それは世間一般ではストーカーと言われるものなんだ」
坂柳は何故か嬉しそうにニコニコと笑う。
佐倉の気持ちが少しわかった。ストーカーされるのは気分がいいものではないんだな。
「でもどうしても分からないことがあって…見ているだけではやはりどうしようもないので、直接聞きに来ました」
「スリーサイズは秘密だぞ」
「そんなことではありません。それにそれは既に把握してます」
「なんでだよ!?」
「企業秘密です。私が知りたいのは――――ホワイトルームのことなのですから」
* * * * * * * * * * *
―――ホワイトルーム。
俺が4年ほど前にいた機関のことだ。
その機関の目的は不明。だが、俺たちは誰よりも優れた人を育て上げられるために作られた。
正直、あそこにいても楽しかった記憶はない。
ただ、機械のようにカリキュラムをこなすだけの場所。
確かに俺はそこにいた。俺以外の者もいたが、俺の記憶の中に目の前の坂柳の姿はない。
「私の父は様々な教育機関に顔が効きます。その機関の内の一つに、ホワイトルームがあった。そしてそこで教育を受ける貴方を見つけた。だから貴方は私を知らないかも知れないですけど、私は貴方を知っています」
「……なるほど。それで、俺に聞きたいこととは?」
「ホワイトルームにいたことは否定しないのですね?」
「別に隠してないからな」
本当に隠していない。
別に知られて困ることではないし、やってはいけないことをしていたわけではない。
ただ、少し変わった教育機関にいた、というだけの話。
「私が知りたいのは…ホワイトルームが原因不明の爆発を起こし閉鎖したこと。そして、行方不明なはずの貴方がなぜここにいるかです。別にここにいてもいい。嬉しいことです。でも、私はホワイトルームが爆発しなくなったと言われた日から貴方を探していました。……一体、どこにいたのですか?」
この女がなぜ俺をここまで探していたのかは分からない。
ホワイトルームで見つけただけでここまで俺を探すものなのだろうか?
「どこにいたと言われても…その辺の中学にいたに決まっているだろう?」
「全ての中学を調べましたが、貴方はいませんでした」
「実は海外の――」
「――中学も全て探したけどいませんでした」
…本当に世界中全てを探したのかは分からないが、嘘を言っているようには聞こえない。
なぜ坂柳がこれほどまで俺に執着し探したのかは分からないが、確かに俺は中学には行っていない。なので、坂柳の発言は事実ではあるのである。
「――俺がどこにいた、と言っても否定されてしまうのではないか?」
「いえ、一か所だけ心当たりがあります。ですがそれだとこの学校に入学できたことが矛盾になってしまうのです」
坂柳の目を見る。
コイツはどんな目的なのか、確かに俺を調べている。
確かに、父親が理事長を務めるのなら俺のような存在がこの学園にあっては困るのかもしれない。
かといって、俺は俺でこの学園での生活は割と気に入っている。
退屈かと思いきや、この学園は快適だ。
今回のようにクルーズ船に乗せてくれたり、俺だけでは出来ない経験をさせてくれている。
できれば手放したくはない環境だ。
「ご心配なく。いきなり無理に聞こうと思いませんし、どんな事実があろうと貴方をどうこうしようというつもりはありません。私はただ、貴方のことはどんなことでも知りたいだけなのです」
「どんなことでも…か。いいだろう。誰にも教えたこともない…俺のマイケル君の太さ、大きさをお前だけに教えてやろう」
「興味は尽きませんが…残念ながらそれも存じております」
涼しい顔で言う坂柳。
コイツがどこまでふざけててどこまで真面目なのかが分からなくなる。
本当に知っているのかどうかとりあえず脱いで確かめようか悩んでいると、「勝手に出歩くな」と怒った声が聞こえた。
「あら、真澄さん。撒いたと思ったのに…早かったですね」
坂柳は残念そうに手すりから手を離すと、
「またお話し聞かせてください、綾小路君。今日は本当に楽しかったです」
ペコリと軽く会釈をすると、俺に背を向け小走りで駆け寄ってきた女子生徒の元へと歩いて行ったのだった。
Side 櫛田 桔梗
間もなく、初めての特別試験が始まるらしい。
これまではどちらかと言えば自分との戦い。
テストの点を取ったり、模範的な学生として振る舞いを覚えたり、自分が気を付ければなんとかなるものだった。
しかし、特別試験は違う。
クラス毎に競い合うことをベースとする。
ここでどんな課題が出るかによって、私がどう動くのかが変わってくるだろう。
綾小路君は言った。
『櫛田、多分内通者がいる。口を滑らしたのか俺たちの動揺を狙ったのかは分からないが…内通者は男子生徒、それも須藤と仲がいいグループに所属するみたいだ』
まあそれはいい。
佐倉さんの事件、クラスの面々に違うことを伝えたのは誰が内通者なのかを絞るためのものだったのだろう。
しかし、なぜ内通者がいると睨んだのかは言わなかった。
『――僕は反対だ。犯人探しなんて、しないほうがいい』
少し怖い顔をして平田君が言った。
私一人では誰が内通者なのか分からなかったので、間違いなく違うであろう平田君に相談したらコレだ。
堀北に相談はしにくいし、アイツはアイツでぶつぶつ何かを言っていたので話しかけたくなかった。
誰が内通者か結局分からなかったので結局またコーヒーを奢る羽目になったのに
『男子に内通者がいる以外分からん』
なんて事を胸張って言ってきやがった。
じゃあなんで『聞きたいことがあるならコーヒーくらいご馳走したらどうだ?』なんて言ったのよ!?
正直、綾小路君にしても平田君にしても目立つので、あまり相談事をしょっちゅうすることは出来ない。
特に平田君は軽井沢さんって彼女もいるし、注意をしないといけない。
――ストレスが溜まる。
こういう試験はアドリブが求められるのは分かっているのだが、私はアドリブが得意じゃない。
我ながらトップに立てる素質はないんだな、と思う。
誘拐事件でも表彰されたが、私はほとんど何も役に立てなかった。
佐倉さんにも感謝されたし、クラスの面々は詳しい事情が分からなくても私が学校に貢献したということは知っているようだったので本当にチヤホヤされたし、私の自尊心は保たれた。
――そういえば、佐倉さん。
なんで地味な恰好やめたんだろうか?