「あの…綾小路君…ちょっといいかな?」
恋のマイアヒを踊っていたところを話しかけてきたのは確か櫛田とかいう生徒だった。
少し挙動不審に見える。何か深刻な悩みの様だ。
俺は人の悩みとかは得意な方なので、
「ああ、いいぞ。どうかしたのか?」
と何事もなかったかのように問いかける。
「あ、なんか忙しそう?だったのにごめんね。実は勉強会のことで相談があって…」
櫛田が話す内容はこうだ。
中間試験の結果次第で退学があるからと皆で勉強会を開くことにした。
勉強が得意な人は苦手な人を中心に勉強を教えることにする。
見返りとして、今回の試験でクラスポイントが入るなら教えてもらった人は勉強料を支払う。入らないときは、間もなく訪れる体育祭や各種イベントでお返しをする、といったものだった。
見返りがあるならとDクラスの優等生グループは積極的に参加することとなった。
そして櫛田の力なのか、テストで赤点が危ぶまれる人たちも全てこの勉強会に参加させることに成功した。初めのうちは良かったのだが…
「須藤君と堀北さんがどうしても衝突しちゃって…彼、あんな態度だけど男子人気は結構あってね。彼が離脱すると多分仲のいい友達も離脱しちゃうの。それがよりにもよって当落線上の生徒ばかりで…」
なるほど。確か須藤といつも一緒にいるのは池とか山内、本堂とかいうモブだっただろうか?
話したこともなければ興味もないので顔も少しあやふやだった。
「堀北さんも意外?と辛抱強く教えてるけど、須藤君、よくこの学校に入れたなってくらいの学力しかなくて…しかも本人にやる気なくてさ。段々勉強会の空気も悪くなるし…どうしようって思って」
「ふむふむ。…そんな内容でどうして俺に相談を?俺は別に成績良くないぞ?」
「あ、なんか平田君に相談したら、綾小路君に相談したらどうかって言ってきて。私も具体的にどうしたらいいか分からないから藁にも縋ろうと思って」
「はあん…」
堀北が何も言ってこないのは自分で何とかしたいからということか?
それともこの櫛田自身が俺に近づきたいからかどっちかなのだろう。
「その須藤っての、退学にしたらいいんじゃないのか?勉強なんてやらされるものじゃないと聞くし」
「そ、それはダメだよ!せっかくクラスメイトになったのに…そんな冷たいこと言わないで」
「やる気があって頭悪いとかならいざ知らず、やる気ないのは難しいだろう。それに、今回を乗り切っても期末もあるしこれから試験だらけだぞ?どこかで脱落するだろう。それなら早いほうがいいかもしれないだろ?」
「……正直、同じこと言ってる人いたんだよね。でもさ、退学者が出るとペナルティ出るみたいで…そしたらクラスポイントも下がっちゃうよ?嫌じゃない?」
なるほど。
使えないからといって簡単に切り捨てられないようになっているということか。
「つまり、俺に須藤がやる気になるようにするにはどうしたらいいかを考えてくれってことか?」
「うん!!そうなの!お願いできる?」
「よし、分かった。断る」
クルリと踵を返して帰ろうとする俺を必死の形相で食い止めた櫛田。
「まてコr…ちょっと待ってよぅ。今の流れで帰ろうとする?もう少しクラスのこと考えないとダメだよ!」
「なんか今…一瞬般若が見えなかったか?」
「…気のせいだと思うよ。ねえ、綾小路君。もう一度言うよ。真剣に考えて。でないと…」
どことなく怖そうな雰囲気で櫛田。
そういってももう中間まで時間もない。今さらやる気を出しても中学以下の学力をどこまでもっていけるか疑問が残る。勉強させるにしてもまずこの中間を乗り切るのが先だ。
やる気があるないではない。やらないと他のメンツはいざ知らず、須藤は退学間違いなしだろう。…と、そういえば…。
「俺の手元にはこんなものがある。とりあえずこれで中間試験を乗り切ったらどうだ?」
「…これは…紙飛行機?…って、テスト用紙を紙飛行機にしてたの!?誰のやつ?」
「ひろった。でも俺には必要ないから紙飛行機にして飛ばそうとしていたところだ。ちょうどいいから櫛田に託そう」
「いやいや、ひろったって…ひろったもの渡されても困るんだけど…」
テスト用紙を見て驚く櫛田。
そう、それは2年前の同時期の小テストと中間試験の問題用紙だった。
肝心なのは、小テストの内容が2年前と今年、つい先日行ったものと同じだということだ。
「…え、これ、まったく一緒!?ということは…?」
「去年も同じ問題だったらしいぞ。でも、今年も一緒とは限らない。中間だけ変えてくる可能性だってある。だけど、範囲は同じなんだろ?やっておいて損はないだろうな」
「……なんでそんな肝心なものを捨てようとしてるのよ!しかも紙飛行機!?」
「落ち着け櫛田。その紙飛行機の名前は…」
「名前何てどうでもいいの!! 綾小路君だってテスト点数そんな良くないんでしょ!?」
何となく櫛田の顔がニコニコから少しずつ怖くなっていってるのが気になるな…。
「まあ待て。俺は平均点くらいはとる自信がある。もし過去問通りに出たら満点をとっちゃうだろ?さらに平均点も上がり退学者が増える危険性もある。かといってみんなに配ったとして、安心して勉強してないところにテスト問題が別だったら目も当てられない状況になると思わないか?」
「確かに…それは…そうだけど」
「だからおまえに託すんだ。勉強会は続ける。んで、テスト何日か前に一昨年の過去問という名目で何回か解いて答え合わせでもしたら満点は無理でも50点は取れるだろう?50取れば平均以上は間違いないから退学はない。どうだ?」
「……それなら…確かに。うん」
「心配なら当落線上組のみにテストさせたらいい。勉強できる奴が満点連発したらそれこそ平均点が上がる恐れがある」
テストをまじまじと見つめる櫛田。
まあ、テストが同じでも違っても俺にはどうでもいいこと。
あの男がなぜこれを俺に託したのかは分からないが、処分に困っていたので良かった。
「……これ、私がもらってもいいの?答案もらったの綾小路君なのに手柄貰うみたいで…」
「仮に俺が持ってソイツ渡したとして、誰がやる?櫛田だから意味があるんじゃないか?結局は俺じゃなく櫛田の手柄なことには変わりない」
テストを両手にプルプルと震える櫛田。その表情は歓喜に満ちているように見える。
クラスメイトが退学にならないようになるための重要なアイテムだ。嬉しいとは思う。
俺は今度こそ踵を返して「じゃあそういうことで」と歩き始めたのだが…
「ちょっと待って。まだ肝心なお願い事、聞いてもらってない」
何となくキャラが違って見えるのは気のせいなのだろうか?
綾小路が朝霧海斗みたいな感じだった時の話
須藤という男のやる気を出させないことには俺のプライベートポイントが減る恐れがある。
それは、ピッツァを始めとした料理が作れなくなる可能性がある。
ピッツァに拘ると思われがちな俺だが、本当に好きなのはエビフライだ。
つまりピッツァを経由しエビフライにたどり着くにはそれなりの時間とお金が必要となる。
ま、俺にとって男一人のやる気を出させるなど簡単も簡単。
簡単にシミュレーションしてみた。こんなもんだろう。
~シミュレーション中~
『おい、須藤。連れション行かないか?』
『おう、いいぜ。今すぐ行こうぜ』
『フ、そう焦るな』
トコトコトコ←トイレに移動した
『さてと…』ポポポロン
『いや~漏れそうだったから声かけてもらって良かったぜ…』チロン
『そうだろうそうだろう。ところで、どうだ?』
『どうだって何が……!!これは…かなり大きい!!マイケルくらいあるじゃないですか!?』
『さて、どっちが上か分かったか?』
『ゴ、ゴクリ…』
須藤は首を垂れるしかなかったのだった……
~シミュレーション終了~
「ま、こんなもんだろう」
完璧なシミュレーションを終え、俺はクラスの扉を開ける。
そして須藤の前に近づき
「おい、須藤。連れション行こうぜ」
「え、嫌だよ。さっき行ったばっかだしよ」
「………………」
隣で櫛田が頭を抱えたように見えたが、俺は気にしなかった。
「まあ、とりあえず付いてこい」
「んで、なんだよ。なんでトイレに行ったのか分かんねえけど、俺に何か用か?」
トイレには行けたものの、ションはしてないので結局完璧な作戦は失敗に終わった。
「おい、須藤。勉強やる気ないらしいな。真面目にやれよ」
「…ああ!?何の話かと思えば説教か!?よりによって綾小路、てめえ勉強できるわけじゃないし勉強会にも出てねえのによくそんなこと言えるな」
「確かに。その通りだ。じゃあな」
スパーーーーン!といい音を響かせたのは何故か手にハリセンを持つ櫛田。
「綾小路君!真面目にやってよ!」
「いや、俺なりに全力で…」
「全くやる気なかったよ!1秒足りとも粘ってない!」
櫛田の登場に毒気を抜かれたのか、ポリポリとバツが悪そうな須藤。
「桔梗ちゃんには悪いと思ってるけどよ…俺、どうもあの堀北とは相性が悪いみたいなんだ。やる気はあるんだけど分かんねえし、分かんねえからやる気もなくなるしよ…」
「大丈夫だよ、堀北さん、大体みんなと相性悪いもん。むしろ相性いい人いるのかな?ってレベルだし、須藤君が頑張ってるのは分かるもん」
「何気に櫛田も口悪いよな…」
スパン、と口を挟むと突っ込みのハリセンが飛んでくる。
「例えばよ、そこにいる綾小路が俺にバスケで勝てるか?無理だろ?俺にとっちゃ勉強がそれだ。得意なものはいくらでも努力できるけど、苦手なものはできねえ。せっかく入った学校で退学なんてしたくはねえけどさ…」
「須藤君…」
俯く須藤。ハリセンを胸に抱え心配そうな櫛田。叩かれるだけの俺。…めんどうだな。
「例えば須藤、俺がおまえにバスケで勝てればおまえは全力で勉強するのか?」
「あー、悪い。物の例えだったんだ。すまん。それくらい無理だって言いたかっただけだ」
「そしたら須藤よ。賭けないか?俺がバスケでお前に勝てれば、おまえは3年間、苦手な勉強を全力でやる。もしおまえが俺に勝てば、10万ジンバブエドルポイントを渡そう」
須藤の顔色が露骨に変わるのが分かる。
「舐めてんのか、綾小路。俺にバスケで勝てるわけねえだろ?」
「やってみないと分からないだろ?審判は櫛田、いいか?」
「え???いいけど…」
怒りに震える須藤。
とりあえずバスケをやってみたかった俺。
10万ジンバブエドルポイントがいくらなのかが気になる櫛田。
三者三様の考えを持った者たちは、体育館へと向かうのであった。
Side 堀北 学
――来ると思っていた。
鈴音と会った次の日の放課後。
俺は人気のない広場で奴を待っていた。
待ち合わせはしていない。
それでも、来ると確信していた。
「…俺に何か用か、綾小路」
俺の問いに彼からは反応がない。
奴の用事は分かっている。俺はカバンからファイルを取り出した。
「おまえの要件は…これだろう?勝手ながら、調べさせてもらった」
シャッと投げると表情を変えずにそれを受け取る。
「おまえのクラス…Dクラス。例年に比べ、随分と尖ったクラスのようだな。特に学力面。最下層の人間はいくら努力しても中間に間に合わないだろう」
新調した眼鏡をクイッとかけなおす。
…こいつの一撃は、今までもらった誰よりも重たかった。
「おまえは中間試験の際、抜け道に気が付く。これは担任が示唆することもあり、気が付く生徒も多い。しかし、これほどまで早くに気が付き、しかも生徒会長でもある俺のところにくるとは流石だな」
「……おまえは、何か勘違いしていないか?」
「…そうだったな。愚問ということか。確かに、俺が妹のいるクラスに答案を渡すとなると角が立つな」
どこまでも深い読み。
こいつはあくまでも俺が渡した用紙を拾ったということにでもするのだろうか?
相手の目を見る。
どこまでも深い闇のような目。…俺の叶う相手ではない。今はまだ、な。
「おまえが後2年、いや、1年早く入学してくれていたら…いや、言うまい。じっくりとお手並みを拝見させてもらう」
生まれて初めて格上という存在に出会った。
仮に俺が率いても、今の1年Dクラスでは上を目指すことは困難だろう。
しかし、おまえなら出来るのか?綾小路?
他人事を自分事のように楽しみに思う。
そんなこともあるものなんだな、と思い俺はその場を後にしたのだった。
誤字修正しました。
ご指摘ありがとうございます。