ブルーアーカイブ Day After Day   作:燃え殻の灰

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大変長らくお待たせしました。
相変わらず各キャラの口調や呼び方が安定していませんがご容赦ください。


アビドス編 エピローグ
エピローグ1 お金より価値がある物


 

 

 

ハウンズ移動拠点スピリット・オブ・マザーウィル

 

多目的室

 

 

 

 スピリット・オブ・マザーウィルの一室は、艦内とは思えないほど落ち着いていた。厚手の防音パネルが遠くの機関音を丸くし、天井の照明は暖色に抑えられている。

 窓──というより観測用の強化ガラスの向こうには、夜の空と薄い雲の流れが見えた。

 室内の中央には折り畳み式の大きな卓。卓の上にはすき焼き鍋が並び、熱源の上で静かに湯気を立てている。甘辛い割下の匂いが広がり、肉とネギと春菊の色が、戦いのあとに残る硬さを少しずつ溶かしていった。

 壁際には簡易の給湯器と炊飯器。炊きたての白米の匂いが漂い、空腹を刺激する。

 

「良い匂いですね。ハンドラー、お腹がそろそろ限界です……!」

 

 ヒヨリが我慢できなくなったのか、よだれを垂らす勢いですき焼き鍋を見つめていた。

 

「少し待て。全員、飲み物は持ったか?」

 

 全員が飲み物を持っていることをウォルターは確認すると、軽く咳払いをして言葉を続けた。

 

「それでは改めて、全員の無事と作戦成功を祝して──乾杯」

「かんぱーい!!」

 ハウンズ──ジナイーダ、サオリ、ミサキ、ヒヨリ、アツコ、アズサ。さらに便利屋68──アル、ムツキ、カヨコ、ハルカ。

 それぞれがグラスを近づけ、楽しそうに声を上げる。

 乾杯が終われば、限界だったヒヨリとジナイーダが、すき焼きと大盛りご飯を交互にかきこんでいく。ヒヨリがお肉を口へ運び、小さく息を吸い、熱さに目を細めた。次の瞬間、顔がほどけた。

 

「はふぅ、幸せです!」

 

「……はふっ、はふっ。お肉が甘い。春菊に巻いて食べると、さらに美味しい」

 

「二人とも、凄い勢いで食べてるな。追加しないと無くなりそうだ」

 

 言葉は淡々としているのに、箸の動きは早い。ヒヨリも負けじと箸を進め、二人の鍋の周りはあっという間に空になっていく。

 ガツガツと食べていく二人を見て、即座にアズサが袖をまくり、割下を少し足し、箸で具材の位置を整える。手つきは慣れていないはずなのに、不思議と段取りが良い。誰かのために動くときの彼女は、妙に頼もしかった。

 

「アズサさん、ありがとうございます。けど、なんか手慣れてますね……?」

 

「さっき端末で手順を調べた。やはり事前準備は大切だったな。うん、お米の炊き具合も完璧だ」

 

 ヒヨリの茶碗が空になると、アズサは炊飯器の蓋を開け、湯気に顔をゆるめた。しゃもじで白米をよそい、ヒヨリの茶碗に山を作る。次にジナイーダにも同じくらい──いや、ジナイーダには少し多め。

 

「……ありがと。アズサは食べないの?」

 

「食べているぞ。二人のペースが速いだけだ。ほらジナイーダ、大盛りにした」

 

 二人が食べ進める度に、アズサが鍋へ肉を落とし、割下を足し、ネギや春菊、しらたきを整える。いつの間にか、彼女は「この卓の世話役」になっていた。

 そんなことをしながらアズサも食べているが、二人のペースほどではない。どちらかと言うと、ジナイーダとヒヨリが食べているのを楽しそうに眺めている。

 ふーん、と思いながら、ジナイーダは春菊を巻いたお肉を箸で持つと、アズサの口元に運ぶ。

 

「……はい、アズサ。あーん」

 

「そ、そんなことしなくても食べられるけど」

 

「……ごはんを持ってくれたお礼。ほら、あーんして」

 

「むう……あ、あーん」

 

 ジナイーダの押しに勝てないと判断したアズサは、観念したように口を開けて食べさせてもらう。それを満足そうに見たジナイーダも、すぐに自分のお肉とご飯を口に運ぶ。

 少し頬が赤くなるアズサだが、すぐに気を取り直してすき焼きを楽しむことにした。

 二人のお世話をしながら食べるアズサと、そんなアズサに時折あーんしてあげるジナイーダ。そんな彼女たちを見ながら、楽しそうにヒヨリもお肉を口に運ぶ。

 

「幸せですね……幸福ですね……」

 

 

 

 

 そんな三人を少し離れた場所で眺めながら、談笑しているアルとサオリ。

 

「今回の依頼を受けてくれて助かった」

 

「べ、別に構わないわよ。ウォルターさんの依頼だし、きっちり報酬も払ってもらったからね!」

 

 照れるアルのコップにジュースを注ぎながら、サオリは口元に小さく笑みを浮かべていた。やはりアルには、人を惹きつける不思議な魅力がある。

 

「けど、これでサオリたちもカイザーPMCに狙われなくて済むのよね?」

 

「ああ。カイザーPMCは解体され、今後はフライトナーズという組織が、カイザーコーポレーションの軍事部門となるらしい」

 

「ニュースでやってたわね。先生とも繋がりがあるようだし、一安心ね。……って、グラスが空じゃない。ほら、サオリにも注いであげるわ」

 

 こういう細かい所に気が付き、さり気ない優しさを見せるから、アルは慕われているのだろうとサオリは思っている。しかも、ハウンズがカイザーPMCに狙われることがなくなって喜んでくれる。

 

「本当にアルは人が良いな」

 

「な、ななな……! なに言ってるのよ急に! 褒めても何も出ないわよ! ……ほら、お肉追加するから食べましょ!」

 

「そういうところだぞ?」

 

 せっせと鍋にお肉を追加するアルに、サオリはさらに笑みを深くする。本当に良い友達だというように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、カヨコとミサキは静かに、しかし二人でゆっくりと話しながらすき焼きを楽しんでいる。

 

「ミサキ。この前貸したCDは聞いた?」

 

「ん……ああ。聞いた。結構、良かったかな」

 

 物静かな二人だが、時々カヨコが好きなバンドのCDをミサキに貸しているのだ。カヨコの口元が、ほんの少しだけ上がる。

 

「そっか。社長やムツキは、あんまり聞いてくれなくてさ」

 

「それを私に勧めてくるのは、どうなの?」

 

「…………」

 

「ちょっと黙らないで。冗談だから」

 

 気まずそうにするカヨコに、言い過ぎたと慌てるミサキ。やはり慣れない冗談は使い物にならないな、と内心でため息をこぼしている。

 ミサキは少しだけ肩の力を抜いた。そこから鞄を膝に引き寄せ、鞄の中から小さなケースを取り出した。ゲームソフトのパッケージだ。表紙には派手なキャラクターが描かれている。

 

「それじゃ、カヨコはこれやって。……最近、部活の双子に勧められて、面白いらしい」

 

「へぇ。多人数プレイが出来るんだ。題名……『大乱闘オリンピアブラザーズ』?」

 

 どうやら操作キャラをステージ外に吹き飛ばせば勝ちになる、カジュアルな対戦ゲームのようだ。パッケージには「ちょっとお手伝いをね!」と言いながらビーム砲を発射しているキャラがいる。

 

「ハウンズみんなでプレイしてるけど、上手なのはハンドラーくらいでさ。ジナイーダなんて、人を掴んで道連れにしたりするし」

 

「ウォルターさん、こういうの上手いんだ。ちょっとイメージが湧かないね」

 

 ジナイーダは道連れ戦法の使い手だし、サオリは操作方法が今一よく分かっていないし、ヒヨリは単純に弱い。ウォルターとアズサが比較的上手な部類になる。

 ちなみにアツコは、ワイワイガヤガヤギャーギャーと騒いで遊ぶ皆を見る方が好きらしい。

 あのウォルターがゲームで遊んでいる姿を想像して、カヨコはクスクスと笑う。それにつられてミサキも小さく笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その向こう側では、ハルカが小さな箱をアツコへと手渡していた。

 

「……あ、あの……アツコさん。これ、受け取って……ください」

 

 ハルカの声は、いつもよりまっすぐだった。胸の奥から押し出すような誠実さがある。

 アツコは箱を開ける。中には淡い色の花が組まれていた。小さな花束ではなく、花器に生けたフラワーアレンジメントだ。白い花が中心で、ところどころに薄紫。全体が柔らかく、しかし芯がある。

 

「綺麗……。こっちは小さなガーベラ。これはリンドウかな」

 

 アツコの声が、ほんの少し揺れた。ハルカは慌てて言葉を重ねる。

 

「前にアツコさんに教えてもらった花を育てたんです。最初は枯らしそうで……でも、ちゃんと水をあげて、日当たりも……い、色々と勉強しました!」

 

「ふふ。そっか。うん、よく育ったね。結構育てるの難しい花だったけど、ハルカは凄いね」

 

 アツコが花に指を近づける。触れずに、温度だけを確かめるように。

 ハルカは頷き、目を伏せた。

 

「……それで、アツコさんをイメージしてフラワーアレンジメントを作ってみたんです。お礼したくて。それで、フラワーアレンジメントの資格も取ろうかなって……ちゃんと形にしたいから」

 

アツコは花器をそっと抱え、微笑んだ。自分が教えた花を友達が丹精込めて育て、さらにこんな素敵な贈り物にしてくれたのだ。とても嬉しいのだろう。

 

「ありがとう。ハルカ、すごく嬉しいよ」

 

「良かった……!! まだまだ育てたい花もあるんです。だから、またアツコさんに教えてもらえたらなって」

 

「そっか。それなら次は、どんな花にしようかな」

 

「次はもう少し鮮やかなお花が良いです。今度はアツコさんだけじゃなく、アル様たちにも渡したいので!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターは目を細めて、それぞれの様子を少し離れた位置から見ていた。彼は食べてはいるが、量は控えめだった。年齢もあるが、それ以上に、楽しそうにしているハウンズや便利屋68の面々を優しい眼差しで見つめている。

 やはり友人とは良いものだ。掛け替えのない友情を築き上げていく彼女たちの姿が、ウォルターにとって何よりも嬉しいのだろう。

 そんなウォルターの隣にムツキが滑り込む。足音を立てない、猫のような動き。

 

「ウォルターさん。ねぇねぇ、ちょっといい?」

 

「どうした。スイーツも準備はしてあるぞ」

 

「さっすがウォルターさん! けど、ちょっと違うんだー」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるムツキに、ウォルターは首を傾げる。

 

「追加報酬の話~。今回さ、結構派手だったじゃない? 便利屋的には、追加って欲しいなぁって」

 

 なるほど、と内心でウォルターは頷いている。確かに便利屋68は期待以上の働きをしてくれた。何より追加報酬のことも前もって話していた。

 

「安心しろ。撃破対象に応じて追加報酬は支払う。お前たちは期待以上の働きもしてくれたしな」

 

「その追加報酬なんだけどさ。私の分はいらないから、別なお願いしてもいい?」

 

「別な願いだと? まぁ、内容によるが……言ってみろ」

 

 ムツキは少しだけ口角を上げ、指を立てる。

 

「それじゃ、私のこと、『ムツキ』って呼んでほしいなー!」

 

「……ん? いや、待て。報酬がそれでいいのか?」

 

「そうそう! 私たちとウォルターさんって結構長い付き合いじゃん? それなのに、いつまでも苗字呼びは嫌だなーって!」

 

 確かにウォルターは便利屋68の面々を名字で呼んでいた。それはウォルターなりの一種の線引きであった。しかし、そんな線引きなどムツキには関係がないようだ。

 その瞬間、アルが聞き耳を立てたのか、椅子を引いてこちらへ来る。カヨコも、ハルカも一緒だ。

 

「待ちなさい。ムツキだけズルいわよ! ウォルターさん、私も名前呼びにして!」

 

「確かに。私も追加報酬は、それでいいかな」

 

「あ、あの……わ、私も……名前で呼ばれたら……嬉しい、かも……」

 

「くふふー。さぁさぁ、ウォルターさんどうするー?」

 

 四人の視線が一斉にウォルターへ向く。

 ウォルターは、胃のあたりが重くなる感覚を覚えた。戦場で銃口を向けられるより、こういう無邪気な圧の方が厄介だと、彼は知っている。知ってしまった。

 ウォルターは苦笑し、息を吐いた。

 

「そんな報酬でいいのか……?」

 

「そんな報酬、じゃないわよ、ウォルターさん。あのハンドラー・ウォルターに名前を呼ばれるなんて、すっごく箔がつくじゃないの!」

 

「って、アルちゃんは言ってるけど、単純に名前を呼んでほしいだけだと思うよ?」

 

「ちょっとムツキ!?」

 

 照れるアルを見ながら、ウォルターはさらに笑みを深くする。そんなウォルターに気が付いたのか、顔が赤いアルは気を取り直して言葉を続けた。

 

「何よりも、ウォルターさんに名前を呼んでもらえるっていうのは、お金より価値があることなの」

 

 まっすぐなアルの言葉に、観念したようにウォルターはため息をこぼす。

 ウォルターは一瞬、卓の方を見る。ハウンズの面々も、自然とこちらを見ていた。

 ジナイーダはいつもの無表情でサムズアップしている。サオリは柔らかい笑みを浮かべ、ミサキは「諦めたら?」というように肩を竦めていた。ヒヨリはワクワクした様子で見ているし、アツコは花器を抱えたまま微笑む。アズサも楽しそうに見ている。

 どうやら味方はいないようだ。

 ウォルターは観念したように視線を戻した。

 

「やれやれ……アル」

 

「ふふ、ええ。何かしら、ウォルターさん!」

 

 やった、というように嬉しそうなアル。

 

「……ムツキ」

 

「はーい。なになにー?」

 

 声が跳ねる。ムツキはそれだけで満足そうだ。

 

「……カヨコ」

 

「よろしくね、ウォルターさん」

 

 カヨコも小さく微笑みを浮かべている。

 

「……ハルカ」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 ハルカは背筋を伸ばし、顔を真っ赤にした。ムツキが「かわい~」と囁く。

 ウォルターは最後に、もう一度息を吐いた。

 

「これでいいか」

 

「うん、最高!」

 

 ムツキが両手を上げる。アルも慌てて咳払いして誤魔化す。カヨコは肩をすくめ、ハルカは照れたまま花器を見ているアツコの方へ逃げた。

 

 そんな皆を見て、ジナイーダはもう一度グラスを上げる。

 

「……せっかくだし、もう一回乾杯しよう。私たちとアルちゃんたちの明日が、さらに良くなるように願って」

 

 その言葉に、誰も笑わなかった。代わりに、全員が静かに頷く。

 サオリがグラスにジュースを注ぎ、ムツキはアルと腕を組んで二人で楽しそうに笑っている。アズサもヒヨリにグラスを手渡し、乾杯を待っている。

 カヨコとミサキも顔を見合わせて小さく笑い、グラスを手に持ち、アツコは花器をテーブルの端に置き、ハルカの肩にそっと手を置いた。

 ウォルターもグラスを持ち上げる。彼の手は戦場で震えたことがない。だが今、わずかに温度が上がっているのが分かった。

 

「……乾杯」

 

「乾杯!」

 

 グラスがまた触れ合い、今度の音は少しだけ大きい。

 窓の向こう、夜の雲が流れていく。彼女たちは進み続ける。歪みも傷も、消えてはいない。それでも支え合い、そして笑い合える友人たちがいる。

 歪んでいても、綺麗な世界は、確かにここにあった。




これ以降、ウォルターはアル達を名前呼びすることになります。
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