ブルーアーカイブ Day After Day   作:燃え殻の灰

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お待たせしました。


エピローグ3 新しい日々へ

 アビドス砂漠。

 

 

 かつてカイザーPMCがアビドス砂漠に秘密裏に建築し、ホシノが囚われていた軍事基地は新しい姿に生まれ変わっていた。激戦の痕跡は既にほとんど残って……否、黒い鳥(先生)による一方的な蹂躙での痕跡が残っていない。と言った方が正しいだろう。ホシノ救出直後の基地は瓦礫やら破壊された兵器群で凄まじい光景だった。

しかし今では崩れ落ちたコンクリートは撤去され、砕けた鉄骨も綺麗に片付けられ、代わりに真新しい建物が整然と並んでいる。

基地全体を囲む高い外壁や監視塔。多数の最新機材を揃えた整備棟に大型格納庫。訓練施設や通信施設等。そのどれもが新設されたばかりで、淡い灰色の外壁が太陽の光を反射していた。

そして基地正門。

そこには大きく刻まれた二つの紋章がある。青く刻まれた《S.C.H.A.L.E》の文字。

そして翼を大きく広げた《渡り鴉》のエンブレム。

かつてアビドスを支配しようとした基地は、今ではS.C.H.A.L.E直属部隊《ネスト》専用基地として、新たな役割を担っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地内。

 

 第一大型格納庫、その一角では、白衣姿の整備員達やネスト開発部門の隊員達が慌ただしく動き回っていた。

 

 工具の音が響き、モニターへ表示される数値を見て話し合いデータを入力する隊員達の騒めき。整備用ドローンの物資や材料を忙しなく運んでいた。訓練とは違う熱気を感じられ、誰もが忙しそうに働いている。

そんな格納庫の中央の簡易整備用ハンガーの中で、ホシノはゆっくりと右手を握った。

 

「んー……」

 

 ギュッと手を握り、そしてゆっくり開く。腕を伸ばしたり曲げたりと、何度か動作を繰り返していた。

 

「このくらいかなぁ」

 

今度は屈伸したり、軽くジャンプして見せる。

ホシノが装着しているのはモスグリーンに塗装された試作装甲。肩から腕の部位と腰から脚の部位。それぞれ最低限の装甲だけで構成された軽量型パワードスーツだった。

胴体部分は制服が見えるほど装甲が少なく、必要最低限しか覆われていない。しかし、その軽装さとは裏腹に関節部へ組み込まれた人工筋肉がホシノの動きへ自然に追従している。

 

 

「うんー……動きやすいねぇ」

 

 肩を回しながらホシノが小さく笑う。歩いても違和感は無く、腕を振っても重さは感じない。それに自分の身体の動きを阻害せずに動けるし、タイムラグもない。まさに自分の身体の延長線上の様に動かせる。現状は満足できる仕上がりの様だ。

 

 すると近くの整備台から、白衣姿で頭に大きなゴーグルをつけた小柄な少女がこちらへ歩いてきた。

 

「まだテスト段階なのー。これからもっと最適化して動きやすくなるのー」

 

 両手に端末を抱えた少女が、いつもの間延びした口調で言う。

 

「まだまだ課題が山積みなのー。けどホシノが小まめに確認してくれるから助かるのー」

 

「うへぇ、これからもっと動きやすくするとか、おじさんの身体がついていかないよ、キサラちゃん」

 

 ホシノは笑って少女――阿弥陀キサラに装甲に包まれた手を振る。見た目こそ幼いが、キサラはネスト開発部門の長であり、その知識量はネスト内でも群を抜いている。

彼女は各種装備や兵器開発を担当する技術者であり、新たな兵装に関わる研究者としての一面もある。噂では山海経でやばい研究をしていたのが先生に見つかり、ネストに引き抜かれたとかなんとか……。

まぁ、研究者、そして開発者としては一級であることは変わらないし、何よりも先生から潤沢な研究費が出るので、ネストでの生活を満喫している。

 

 

「そもそも先生の提唱した人型兵装は、まだまだ実用段階じゃないのー」

 

 キサラの端末に映し出される各種数値。出力や反応速度。人工筋肉の負荷や関節部の摩耗率。その全てのデータを確認しながらキサラは続ける。

 

「その試作型【シルエット】も、まだまだテストが必要なのー」

 

「そうなんだ。今でも結構自在に動くんだけどね~」

 

「今はまだパワードスーツの延長線なのー。本格的な人型兵装にするには問題が山積みなのー。ブースターも搭載して三次元戦闘も可能にする予定なのー」

 

「うへぇ、三次元戦闘なんてしたら酔っちゃうかも~。おじさん見ての通り小柄で非力なんだよ~?」

 

「何言ってるのー。非力で小柄ならショットガン二挺持ち(ダブルトリガー)なんてしないのー。そもそも先生やジナイーダの二挺持ちも理解できないのー。しかも拳銃とかじゃなくてジナイーダはショットガンとガトリングだし、先生はライフルやマシンガンとかだし、時々バズーカを持ってる時あるのー」

 

二挺持ち(ダブルトリガー)は嗜みだからね~」

 

「意味が分からないのー。それにその試作型の名前が【シルエット】なのも気になるのー」

 

実際、ホシノも以前までは二挺持ち(ダブルトリガー)などしなかったし、考えもしなかった。しかし、彼女の左ホルスターにはCWG-GS-48(ショットガン)が収められている。

ホシノは腕へ視線を落とす。モスグリーンの装甲は見覚えがある色だ。

 

「……霧と影の人(フォグシャドウ)の機体だからね、だから【シルエット】で良いんだよ」

 

 その言葉にキサラが首を傾げた。

 

「霧と影の人?」

 

「あはは、ちょっとね~」

 

 ホシノは苦笑しながら目を閉じる。あの日、絶望の中で出会った霧と影の人(フォグシャドウ)の名を持つ渡り鴉とホルスの瞳を持つ鋼鉄の巨人。(軽量型AC シルエット)ホルスの瞳を持つ鋼鉄の巨人。

 モスグリーンの装甲と肩へ刻まれたホルスの瞳。そして両手へ構えた巨大なショットガン。それはまるでそこにいるのに幻影の様に、実態をつかめない霧の様な姿。

 先生はその話を聞いたあと、

 

『彼も君と同じホルスの瞳を持ち、可能性に満ち溢れた存在(ドミナント)だったよ』

 

 懐かしむ様に微笑んでいた事をホシノは覚えている。

 

 

現在、ネスト内部では人型兵装【】が進行中である。先生曰く小難しい名前は覚えなくても良いから、略称は覚えてね。との事。

しかし、ACとは別な意味があり、本来はもっと別の姿であることを知っているのは先生にウォルター、ジナイーダ。そして霧と影の人(フォグシャドウ)と邂逅したホシノしか居ない。

現行の技術で何処まで再現できるか、その為の試験的なパワードスーツ。そこから少しずつ技術を積み重ね、発展させていく事が先生の考えだった。

 

「まぁ、のんびり開発だね~」

 

 ホシノが笑い、キサラも小さく頷いた。

 

「急いでも良いものは出来ないのー」

 

「だよねぇ」

 

 そう言って笑うホシノは、ゆっくりと格納庫の大きな窓へ歩み寄った。

 

 そこから見える景色は、カイザーPMCの基地の頃とは比べ物にならないほど様変わりしていた。基地内を忙しそうに走り回る整備班に資材を運ぶ大型車両。

射撃訓練場ではネスト隊員達が訓練を行い、通信塔ではアンテナの最終調整が進められている。それは忙しないのに、どこか温かみのある光景に思えた。

 

「……本当に、せんせぇは凄いねぇ」

 

 ホシノはガラス越しに基地全体を見渡しながら、小さく呟いた。

 

 ここは元々、カイザーPMCがアビドス侵攻の拠点として築き上げた大規模基地だった。多くの兵士や兵器。そして多くの悪意と言う、そんなものばかりが集まっていた場所。

だが今、この場所は先生の手によってまったく別の意味を持つ場所へと生まれ変わっている。ネスト専用基地、そして生徒達を守るための基地。

その変化を目の当たりにして、ホシノは改めて先生という人物の大きさを実感していた。

 

「それにしても、本当に借りちゃうとは思わなかったなぁ」

 

「先生らしいのー」

 

 キサラも苦笑しながら端末を閉じる。

 

「普通だったら更地にするのー。でも先生は『設備が使えるなら再利用した方が早い』って言ってたのー」

 

「合理的と言えば合理的だけどねぇ」

 

「無駄が嫌いなのー」

 

 ホシノは小さく笑った。思い返せば、この基地を借り受ける話を聞いた時、アヤネが珍しく取り乱していた。

 

『せ、先生!? レンタル料の振込額が桁違いなんですが!?』

 

 慌ててシャーレへ連絡したアヤネに対し、先生はいつもの穏やかな口調で答えた。

 

『適正価格だよ』

 

『ど、どこが適正なんですか!?』

 

『土地代に滑走路、格納庫、地下施設を含めれば十分妥当だと思うけど。かなりの面積を借り受けることになるかな』

 

『そういう問題じゃありません!!そもそもあそこってフライトナーズ管轄になるんじゃないんですか!?』

 

 その横の同じように基地の事について話し合いに参加していた支店長――いや、今ではフライトナーズ長官となった彼も腕を組みながら頷いていた。

 

『あんな大規模な軍事基地などいらん。そもそも復興までの費用を考えると馬鹿にならんしな。それを賄えるS.C.H.A.L.E……と言うか先生に任せた方が経済が回る。資材やら燃料費やら、アビドスの経済が一気に回り始めるぞ。それに我がフライトナーズ本社もアビドス市街地に建築する予定だ。後で正式な文章を回すから共有しておいてくれ』

 

『長官まで何言ってるんですかぁ!!て言うか、え?フライトナーズの本社!?アビドスの市街地に立てるんですか!?』

 

『その際の土地も借用も書類を準備する。きっちりと隅から隅まで読んでサインするように!!』

 

『本社ビルなのに借地なんですか!?購入とかじゃなく!?』

 

『ふん、購入した後に業績不振になった場合、退去する時に土地が邪魔になるではないか!!』

 

『ふふ、アヤネ。長官は借地ならアビドスに常にレンタル料が振り込まれるし、それで経済が回る。アビドスの経済が回ればフライトナーズにも還元されるし万々歳だ。って言ってるんだよ。素直じゃないのもここまで来ると凄いものがあるね』

 

『ええい、うるさいぞ先生!!そもそもそちらもあの広大な土地を購入できるのに、借用するのは同じような魂胆だろうが!!』

 

 結局、二人に押し切られる形となり、その莫大なレンタル料は正式にアビドス高校対策委員会名義へ振り込まれた。その結果、アビドス高校の借金返済も大きく前進したのである。

 

「あの時のアヤネちゃん、面白かったな~。何度も帳簿を見直してたよ」

 

「まぁ、先生や長官の言いたい事は分かるのー。お金は天下の回り物だから、循環させた方がみんな潤うのー。借りた金は返さなくていいのー」

 

「それはちょっとまずいと思うよ?借金取りとかすごく厄介だよ」

 

 二人が笑っていると、格納庫全体へ重厚な金属音が響いた。

 

 ゴォン――。

 

 ホシノは自然と音のした方へ視線を向ける。第一格納庫よりさらに奥。巨大な隔壁の向こうには、基地最大の大型格納庫が存在していた。

 そこではネスト隊員達が総出で一隻の巨大兵器を整備している。

 

「グレートウォールか~」

 

「あれも本当にぶっ飛んだ飛んでも兵器なのー。グレネードガトリング砲ってなんなのー。」

 

 砂漠を走破した超大型装甲列車、グレートウォールは最大ネスト戦力の一つ。ほかの最大戦力?黒い鳥(先生)災厄の狐(ワカモ)だと言うのがネスト内部の共通認識である

 

 現在は車体全体を開放し、多くの整備員達が各車両を点検していた。

 

「右側履帯異常なし!」

 

「主砲油圧チェック完了!」

 

「第三動力炉、出力正常!」

 

 次々と報告が飛び交い、大型クレーンが装甲板を吊り上げ、溶接の火花が散る。別の場所では車両へ新しい塗装が施され、渡り鴉のエンブレムが丁寧に描かれていた。

 

「すごいね~」

 

「整備班はあれが終わったら、今度は輸送車両とオートマタの整備なのー。みんな機械油や煤まみれになるのー」

 

「忙しそうだぁ」

 

「みんな好きでやってるのー、その後のお風呂がまた楽しいのー」

 

 その言葉通り、整備している隊員達の表情はどこか楽しそうだった。壊すためではなく守るため、そして明日に向かう糧にするために。それだけで仕事の意味は大きく変わるのだ。

 

「こうして見ると、本当に新しい組織なんだね」

 

 ホシノは静かに呟く。先生が各地から集めた未来をあきらめようとしていた生徒達。全員がそれぞれ過去も事情も違う。それでも皆、先生の背中を追い掛け、未来へ進もうとしている。

他ならぬ先生が、君達には未来が、明日が、可能性があるのだと、受け入れてくれたから。

 

「……負けてられないなぁ」

 

 ホシノはもう一度、自分の腕へ視線を落とす。モスグリーンの試作装甲。まだ完成には程遠く、まだまだ課題は山積みだ。

けれど、その色を見る度に思い出す。

霧と影の名を持つ渡り鴉に最後に託された言葉。

 

君の幸せを願っている

 

 ホシノは優しく微笑むと、装甲の拳を静かに握り締めた。

 

「うん。私もちゃんと前へ進むよ」

 

 その小さな決意を聞くように、格納庫の向こうではグレートウォールの汽笛が低く響いた。

 

 それはまるで、新しい未来の始まりを祝福しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アビドス校舎

 

 

 それから数日後。

 

 アビドス高等学校の校舎には、これまでとは比べものにならないほどの賑わいが満ちていた。

 

 開け放たれた窓からは、校庭を行き交う人々の声と、楽しそうな笑い声が届いてくる。長い間、砂と静寂に包まれていた校舎にとって、それはどこか懐かしく、それでいて新鮮な音だった。

 

 校庭には何故か複数の屋台が並び、ラーメンや焼きそば、たい焼き、ジュースといった様々な食べ物が販売されている。簡易テントの周囲には色とりどりの飾り付けが施され、ちょっとした祭りのような雰囲気になっていた。

 

「いやぁ、こんなに賑やかなのは久々だねぇ」

 

 教室の窓際に立ちながら、ホシノがふにゃりと笑う。普段と同じ気の抜けた声ではあるが、その瞳は校庭に広がる景色を嬉しそうに見つめていた。

 

「ほら、ホシノ先輩。ネクタイが曲がっていますよ」

 

 その隣ではアヤネが困ったようにため息をこぼしながら、ホシノのネクタイを直している。

 

「うへぇ。ちょっとくらい曲がってても良くない?」

 

「良くありません。今日は在校生代表として挨拶をするんですよ。皆さんの前に立つのですから、身だしなみはきちんとしてください」

 

「そうよ、ホシノ先輩。今日くらいはしっかりして!」

 

 セリカも腕を組みながら、アヤネに加勢する。

 

「寝癖も直したし、制服もちゃんと着たんだから、最後まで気を抜かないでよね」

 

「うへぇ。二人とも厳しいねぇ。おじさん、緊張でお腹痛くなってきたかもー」

 

「逃げようとしても駄目です」

 

「寝たふりも駄目だからね!」

 

「まだ何もしてないのに、先回りされちゃったよ~」

 

 情けない声を上げるホシノを見て、シロコとノノミが小さく笑う。

 

「ん、今日はホシノ先輩が主役の一人だから仕方ない」

 

「そうですよ☆ 今日はとても大切な日なんですから、頑張ってくださいね」

 

「主役って言われると、余計に気が重くなるなぁ」

 

 そう言いながらも、ホシノの表情に嫌そうな色はない。 今日という日を、誰よりも心待ちにしていたのは、もしかすると彼女なのかもしれない。

 

 今日は、季節外れのアビドス高等学校入学式。正確には、編入生だけではなく、他校からの転入者も多く含まれているため、転入式もしくは編入式と呼ぶ方が適切なのかもしれない。

学校にもう一度通いたいと願った生徒達。様々な事情で在籍していた学校を離れたものの、学ぶことを諦めきれなかった生徒達。そして、カイザーPMCを相手に最後まで居場所を守り抜いたアビドス対策委員会の姿に憧れ、自ら転入を希望した者達。

先生はその一人一人と面談し、事情を聞き、本人達の意思を確認した。その上で連邦生徒会や各学園と交渉を重ね、必要な手続きや書類を整え、正式にアビドス高等学校への編入を認めさせたのである。

大規模校から見れば、今回転学してくる生徒数など微々たるものだろう。しかし、全校生徒が五人しかいなかったアビドスにとっては、あまりにも大きな一歩だった。

 

「ん、人手が増えれば、あんなことやこんなことが出来る」

 

 シロコは校庭を眺めながら、静かに頷く。

 

「まずは自転車部を作る。みんなでキヴォトス一周サイクリングツアーをしよう。ツール・ド・キヴォトスはきっと楽しい。他には防衛の為に市街地探索班も必要。あと銀行強盗の実行部隊も――」

 

「最後のは絶対に作らないからね!?」

 

 即座にセリカが突っ込みを入れる。

 

「残念」

 

「残念じゃない!シロコ先輩も上級生なんだからしっかりして!!」

 

「ですです☆ 生徒が増えれば部活動も増やせますし、校内イベントも開けるようになりますね♪」

 

 ノノミは両手を合わせながら嬉しそうに笑う。

 

「文化祭や体育祭も出来るかもしれません。皆で準備するの、とっても楽しそうです☆目指せ学園アイドルデビュー☆」

 

「ノノミちゃん、まだ諦めてなかったんだね~」

 

「文化祭……屋台……」

 

「シロコ先輩、また銀行強盗とか考えてませんよね?」

 

「ん、今回は普通に焼きそば屋をやる」

 

「なら良いですけど……」

 

「売上金の輸送ルートを確認しておく必要はある」

 

「やっぱり何か企んでるじゃない!」

 

「違う、売上金を守るためにあらゆるルートを確認しておかないと。カイザーローンの銀行みたいに襲われるかもしれない」

 

「それやったの私たちむぐ、むーむー!!」

 

「せせ、セリカちゃんそれは言わないで!!」

 

 賑やかなやり取りが教室内に響く。五人の声だけが響いていた場所に、今度から新しい生徒達の声まで聞こえてくる事になるのだ。その事実が嬉しくて、アヤネは手に持った資料を胸元で抱き締めるようにしながら微笑んだ。

 

「それと、各学園からお祝いの花輪も届いていますよ」

 

「花輪?」

 

 ホシノが首を傾げる。

 

「はい。トリニティ総合学園、ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクール。それにヴァルキューレ警察学校や連邦生徒会からも届いています」

 

「おぉー。随分と豪華だね~」

 

「先生が色々な学園に話を通してくださったみたいです。アビドスの再出発を祝いたいと、皆さん協力してくれたそうですよ」

 

「先生らしいですね☆」

 

 ノノミが嬉しそうに笑う。

 

「他にも柴関に何でも屋ハウンズ、便利屋68からも届いています。どちらも手作りみたいですね」

 

「便利屋68からも?」

 

「はい。『新入生歓迎、最高のアウトローを目指すなら便利屋68へ』と書かれていました」

 

「勧誘じゃないの、それ!?」

 

「あはは……けど、セリカちゃん、下に小さく『アビドスの生徒を引き抜く意図はありません』とも書いてあるの」

 

「絶対先生かカヨコさんに注意されたでしょ、それ……」

 

 セリカが呆れたようにため息をこぼす。なんでダメなのよ!?と言ってるアルに爆笑しているムツキ、やれやれと言った様子のカヨコに、嬉しそうに花輪を作っているハルカの姿が目に浮かぶ。

 

「て言うか、柴関からも届いてるの!?」

 

「はい。大将さんとバイトの皆さんから、大きな花輪が届いています」

 

「えっ、本当に!?」

 

 先程まで呆れていたセリカの表情が一瞬で明るくなる。

 

「それにセリカ。校庭で柴関の屋台も出てる」

 

 シロコの言葉を聞き、セリカは勢い良く窓へと駆け寄った。

 

「うそ!? 何も聞いてないんだけど!?」

 

 そのまま身を乗り出すようにして校庭を見下ろす。

 

 そこには【柴関ラーメン】と大きく書かれた暖簾を掲げた屋台があり、大将や見覚えのあるバイト達が忙しそうに働いていた。どうやらセリカが窓から見ていることに気が付いたらしく、大将が片手を上げて大きく振る。その隣では元カタカタヘルメット団のバイト達は両手を振りながら何か叫んでいる。

 

「おう、セリカちゃん。今日はおめでとうな」

 

「セリカさーん! 式典終わったら手伝ってくださーい!」

 

「今日は先輩の奢りで他のラーメン屋いきましょー。てきじょーしさつってやつですー!」

 

「勝手なこと言わないで! それに今日は私も在校生代表なんだから手伝えないわよ!」

 

 校庭へ向かって声を張るセリカの姿を、教室内の皆が微笑ましそうに眺めていた。

 

「セリカちゃんは相変わらずしっかり者だね~。同級生も増えるしまとめ役になるかな~」

 

「まとめ役……」

 

 ホシノの言葉に、セリカは一瞬だけ動きを止める。自分達以外に生徒が増える。それはつまり、セリカやアカネにも同級生が出来るということだ。ならば、しっかりしなくては!!……とりあえず、シロコに誘われても銀行強盗はさせないようにしようと心に決めるセリカである。

 

「そ、そうよ! 同級生が増えるんだし、ちゃんとしないと!」

 

「ん、頼りになる」

 

「ふふ。セリカちゃん、とっても張り切っていますね☆」

 

「べ、別に普通よ、普通!」

 

 顔を赤くしながらも、セリカは何処か誇らしそうに胸を張った。

 

「ハウンズからも花輪が届いてますよ。『よく学び、よく笑い、友人を大切にして過ごす事』とメッセージが添えられています」

 

「ウォルターさんからのメッセージですね☆」

 

「見た目は気難しそうなのに、本当優しい人だよねウォルターさん」

 

「ん、ジナイーダから高級牛肉すき焼きセットが届いてる。後でみんなで食べよう」

 

ウォルターのメッセージとジナイーダの贈り物でちょっと笑いが起こる。

 

「それと、一番大きい花輪は……」

 

 アヤネが手元の一覧へ視線を落とす。

 

「フライトナーズからですね」

 

「支店長……いえ、今は長官でしたね☆」

 

 ノノミが思い出すように頬へ指を当てる。

 

「はい。『アビドス高等学校の新たな船出を祝す。学ぶ者には正当な教育を、働く者には正当な対価を』と書かれています」

 

「いかにも長官らしい文章だね~」

 

「一応、今日は来賓として来ていますよ。」

 

 アヤネが苦笑しながら付け加える。

 

「へぇ~。なら、後で絡もうかなぁ」

 

「ホシノ先輩、あまり困らせないであげてください」

 

「大丈夫大丈夫。おじさん、ちょっと挨拶するだけだから~」

 

「その言い方をする時は、絶対に何かするつもりですよね?」

 

「信用ないな~。アヤネちゃんが厳しいよ~」

 

「日頃の行いですよ」

 

 アヤネがきっぱりと言い切ると、ホシノは困ったように笑った。

 

 その時、校内放送のチャイムが鳴り響く。

 

『在校生及び関係者の皆様へお知らせします。入学式開始まで、あと十五分です。出席者の皆様は、順次体育館へ移動してください』

 

「もうそんな時間かぁ」

 

 ホシノは少しだけ緊張したように、自分の制服を見下ろす。

 

「ほら、ホシノ先輩。行きますよ」

 

「ん、逃がさないよ」

 

「両側から腕を掴まなくても逃げないよー」

 

 アヤネとシロコに両腕を取られ、ホシノは教室の出口へと連行される。その後ろを、セリカとノノミが笑いながら続く。

 廊下へ出ると、対策委員会やネストによって窓や壁は綺麗に掃除され、所々に残っていた砂も取り除かれていた。色褪せていた掲示板には新しい案内が張られ、花瓶には色鮮やかな花が生けられている。

今まで使われていなかった教室も綺麗に整えられており、静かだった校舎が少しずつ息を吹き返して、これからの日々を期待しているようだ。

 

「……本当に、変わったね~」

 

 ホシノが足を止め、廊下の景色を見渡す。

 

「はい。まだ始まったばかりですけど」

 

「これからもっと変えていくのよ。まだまだこれからなんだから」

 

「ん、私達なら出来る。いや、出来るじゃない、やる」

 

「皆さんと一緒なら、きっと出来ますよ☆」

 

 四人の言葉を聞き、ホシノは目を細める。

 

「そっかぁ」

 

 そして、何時ものようにふにゃりと笑った。

 

「それじゃあ、行こうか。私達の新しい後輩達を迎えにさ」

 

 

 

 

 

綺麗に掃除された体育館には、新しく並べられた椅子が整然と配置されていた。以前なら寒々しいくらい広かった体育館だが、今日は編入生達や来賓、各学園から訪れた関係者で穏やかな賑わいを見せている。

壇上には新しい校旗が掲げられ、その横には各学園から贈られた祝い花が色鮮やかに並んでいた。トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、ヴァルキューレ、百鬼夜行、山海経、レッドウィンター、連邦生徒会──それぞれの名札が付けられた花々は、アビドスの新たな門出を静かに祝福している。

来賓席には、支店長ことフライトナーズ長官がスーツ姿で腰掛けていた。隣には先ほどまで屋台に居た柴関ラーメンの大将がおり、落ち着かない様子で周囲を見回している。

 

「いやぁ……俺なんかが来賓で良かったのかねぇ」

 

「問題はないかと。アビドスの雇用を生み出してる大将もここにいるべきだと思うが。それに、多くが見捨てたアビドスを大将は見捨てなかった。来賓には相応しい」

 

 珍しく穏やかな声で長官にそう言われ、大将は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「照れるねぇ。……あんた、そんな穏やかな声も出せたんだな。対策委員の娘達と居るといっつもでかい声だしてるから驚いたよ」

 

「ぐ……あれは不本意なんだがね!!ええい……ふん、まあ良いさ。……しかし、あのホシノとか言う小娘も良い顔をするようになったな。少し前まで諦めた様な押し潰されたような顔をしていたが……ふん、小娘如きが未来に諦めるなど早すぎる」

 

 一方、その少し後ろ。先生とウォルターは来賓席に腰掛け、穏やかに優しい眼差しで編入生達を見守っていた。

 

「随分と精力的に動いたようだな。かなりの金もばらまいたと噂になっている」

 

「その程度の労力で彼女達の未来が拓くなら、安いものだ」

 

相変わらず生徒達の為ならば、なんでもやる人物だ。とウォルターは思う。実際問題、ありとあらゆるコネを駆使した先生の労力は凄まじいものだったろう。しかしそれを少しも表に出さず、ただ深い愛情と優しさで生徒達を導く先生。

 

「火は焼き尽くすだけではないか……」

 

 

 先生はいつもの穏やかな微笑みを浮かべながら体育館全体を見渡している。その姿に気付いたホシノは、体育館入口から小さく目を細めた。

 

(せんせぇ……)

 

 先生は何も言わずにただ優しく微笑み、小さく頷くだけだった。その笑顔だけで、不思議と肩の力が抜けていく。

 大丈夫。そう言われたような気がした。

 

「ホシノ先輩」

 

 隣からアヤネが小声で呼び掛ける。

 

「そろそろです」

 

「うん」

 

 ホシノは静かに頷いた。壇上へ向かう足取りはゆっくりだったが、以前のような迷いはない。歩く度に制服の裾が揺れる。

その背中を、対策委員会の四人が静かに見送っていた。

ノノミは両手を胸の前で組み、シロコは静かに頷き、セリカは少しだけ緊張したように拳を握る。そしてアヤネだけは、安心したように小さく笑った。

壇上へ上がったホシノは、ゆっくりと会場を見渡す。

最前列には少し緊張した面持ちの編入生達。後方には来賓席。何時もの偉そうな態度の長官、うんうんと嬉しそうな頷いている大将、鋭い眼つきだが、優しい眼差しのウォルター。

そして、暖かな焚火の様な眼差しの先生と目が合う。先生はやはり何も言わずにただ静かに微笑んでいた。

 

(ありがとう、せんせぇ)

 

 ホシノは心の中でそっと呟く。

 

 あの日、絶望しか見えなかった自分へ手を差し伸べ一緒に前へ進もうと言ってくれた。だからこそ、先生の隣に立ち、前に進みたいと思った。

だから今、自分はここへ立っている。ホシノは深く一礼すると、ゆっくりと顔を上げた。

 

「本日は、アビドス高等学校へ来てくださり、本当にありがとうございます」

 

 体育館は静まり返り、誰もが彼女の言葉へ耳を傾けていた。

 

「少し前まで、この学校には五人しか生徒がいませんでした」

 

 静かな声だが、その一言一言には確かな想いが込められていた。

 

「毎日、借金返済に追われて、学校を守るだけで精一杯でした」

 

 編入生達も静かに聞いている。

 

「正直に言えば、何度も諦めそうになりました」

 

 少しだけ、かつての日々を思い出す。

 

「おじさん、結構だらけてますからね~」

 

 会場から小さな笑いが漏れ、その空気にホシノも自然と穏やかな笑顔になる。

 

「それでも、一緒に歩いてくれる仲間がいました」

 

 対策委員会へ視線を向ける。

 

「支えてくれる友達がいました」

 

 体育館の奥には、ワカモを筆頭としたネストの面々の姿がある。一緒に戦い、一緒にご飯を食べて笑い合って過ごし、そして校舎の掃除まで一緒にやった友達。

 

「そして」

 

 最後に先生を見る。

 

「私達を信じてくれる大人がいました。私達を見捨てずに守り導き、支えてくれた大人が居ました」

 

 先生は静かに微笑み返す。

 

「だから今日という日があります」

 

 体育館へ穏やかな空気が流れる。

 

「皆さんには、それぞれ色々な理由があって、この学校へ来たんだと思います。新しく何かを始めたかった人、居場所を探していた人、もう一度、学校生活を送りたかった人。理由は人それぞれです」

 

 ホシノは優しく笑った。

 

「でも、大丈夫です」

 

「ここには、一緒に笑える仲間がいます」

 

「一緒に悩んでくれる友達がいます」

 

「そして、一緒に未来へ進もうとしてくれる人達がいます」

 

 その言葉に、編入生達の表情から少しずつ緊張が消えていく。

 

「だから皆さん」

 

 ホシノは大きく息を吸った。

 

「これからよろしくお願いします。一緒に、アビドスをもっと楽しい学校にしていきましょう」

 

 深く一礼する。

 

 次の瞬間、体育館いっぱいに、大きな拍手が響いた。編入生達や来賓席、各学園の関係者からの暖かな祝福の拍手。

先生も、静かに拍手を送っていた。その姿を見たホシノは、少しだけ照れ臭そうに笑う。

 

(ありがとう、せんせぇ。私、ちゃんと前へ進めてるよ)

 

 先生はその想いが伝わったかのように、小さく頷いた。

 

 アビドス高等学校。

 

長い間、砂漠の中で静かに時を止めていたその学校は、今日、新たな一歩を踏み出す。

 

賑やかな笑い声、新しい仲間、支えてくれる友人達。

 

 そして未来を信じる先生と共に。

 

 アビドスの新しい日常が、今、静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








阿弥陀キサラ
元山海経。白衣を身に纏った小柄な生徒。人類の限界やら強化やら、ちょっとどころかかなり怪しい論文を書いてため込んでいたのが先生に見つかり、ネストに加入させられた模様。
研究者、開発者としては優秀。ネストの開発研究部門の長となり、研究費度外視で色々とやっているらしい。
元ネタはAC3系列のキサラギとみんなのアイドル、アミダから。


Another Centuryプロジェクト

人型兵装・支援兵器・戦術支援AI・新世代戦闘装備を統合する次世代防衛計画。
先生とネストが秘密裏に行っている極秘プロジェクト。
なお、ACには別の意味があるらしい……?


元ネタはフロムのA.C.Eから。
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