ブルーアーカイブ Day After Day 作:燃え殻の灰
幕間1 フライトナーズ
アビドス自治区。
かつて砂塵と廃墟ばかりが広がっていた市街地は、少しずつ活気を取り戻し始めていた。道路は補修され、新たな商店が少しずつ建ち並び、人々の喧騒と活気が街角から聞こえてくる。
そのアビドスの一角にはガラス張りの近代的な高層ビルが青空へ向かって堂々とそびえ立っていた。ビル正面には企業ロゴである渡り鳥、そして
紆余曲折を経て、アビドス市街地に新たに建設されたフライトナーズ本社ビルである。
ロビーでは、フライトナーズ所属の兵士以外にも、銀行の職員やら他企業からの営業や、多くの人が行き交い様々な喧騒に満ちていた。
そんな中、受付を通りエレベーターへ乗り込む一人の少女の姿がある。ヴァルキューレ警察学校所属であり、公安局局長の尾刃カンナだ。
目的地は最上階を示していた。到着し、最上階エリアで働くフライトナーズの社員達に軽く会釈しながら、奥へと進む。そこが彼女の目的地、長官室だ。
カンナは軽く身だしなみを整え、ノックをして扉を開く。
「失礼します。長官、ヴァルキューレ公安局の尾刃カンナです」
「む、もうそんな時間か、少し待っていてくれ」
大きな窓からはアビドスの風景が一望できる長官室、その執務机の向こうで書類へ目を通していた長官が顔を上げる。
以前と変わらぬスーツ姿だが、その机の上だけは以前とは比べものにならなかった。
山積みになった報告書に承認待ちの書類。他にも契約書、予算案。そして各学園との共同訓練計画書等々。様々な書類が置かれ、机の端には処理済みと書かれたファイルが積み上がっているが、それ以上の速度で新しい書類が運び込まれているようだった。
そんな山積みの書類を見てカンナは思わず苦笑する。
「……かなりの数の報告書ですね」
「新設された軍事部門だから、申請すべき案件が山ほどある。前任のPMCはその辺りを無視して好き放題やっていたようだがな。まったく……書類仕事を面倒だと思うようでは社会人などやっていられるか」
「ふふ、かなり多忙を極めている様ですね。事務処理の職員もいるでしょうに」
「ふん、何処も彼処も事務方は不足している。私の古巣の銀行も事業拡大するから、そちらに取られている。ヴァルキューレとて似た様なものだろう?」
「えぇ、まったくその通りです」
長官は肩を竦めながらも、書類をテキパキと片付けながら、ちらりカンナに視線を向ける。目の下にうっすらと隈があるので、何処も多忙極まりないとため息をこぼす。
「前任者であったカイザーPMCはその事務仕事を無視して好き放題やったからこそ、貴方とフライトナーズに取って代わられた……という訳ですね」
長官は、書類から目を上げてフンと言いながら、片付け終えた書類をファイルに戻して決裁済みのボックスへ仕舞う。
「まったくもってその通りだろうな。自身の権力の為に周囲に無茶を強いて、挙句の果てには使途不明金も多数あった。まったく……どういう教育を受けているんだ」
やれやれと言った様子の長官にカンナも自然と笑みを浮かべた。
カイザーPMC事件以降、ヴァルキューレとフライトナーズは何度も共同任務を行ってきた。事後処理をはじめ、カイザーPMC残党の逮捕や、他の事件現場での合同捜査に証拠保全。
市民たちのイベントの合同警備や災害時の避難誘導などの大小様々な案件でヴァルキューレとフライトナーズの両者は顔を合わせる機会は多かった。
その中でカンナを始めとしたヴァルキューレの面々が強く感じたのは、この長官という人物の仕事ぶりだった。
彼は何よりも規則を重んじる。正式な申請に正しい手順。現場での報連相と必要な報告。どれ一つ疎かにしない、させていない。
銀行家、いや、商人としての几帳面さと言えばそれまでだが、それ以上に"組織を正しく動かそう"という責任感が伝わってくる。
もちろん、緊急事態となれば話は別だ。人命が掛かっていると判断すれば、必要な決裁を待たず即断即決で動く決断力に判断力も持ち合わせている。
しかし、その後に待っているのが、事後報告やら理由書の作成提出。経緯説明に再発防止策。そして関係各所への提出資料と言う書類地獄の数々だ。
それらを抱え込み、切れ散らかしながら徹夜で処理している姿をカンナは何度も見てきたし、時には手伝ったりもしたし、逆に手伝ってもらった時もある。
公安局もまた、現場が終われば大量の書類が待っているので、その姿を見る度に、どこか親近感を覚えてしまう。
「ですが、その度に新しいマニュアルを作成して公開していますよね。独自解釈は許さない。と言う程に事細かく書いてあるのを拝見しました」
「同じ失敗を繰り返さないためだ。事後処理の書類地獄を少しでも減らしたいのもある」
長官は当然のように答える。
「現場で問題が起きたなら、制度を改善する。それが組織というものだ。それに独自解釈されて、好き勝手やられては事後処理が大変だ。報連相が必要なのは、身に染みているだろう?」
「えぇ、確かにその通りですね」
元カイザーPMCとは違うと言う証明の積み重ねが、今のフライトナーズを作り上げていた。
その評価は各学園にも着実に浸透している。ゲヘナ学園の風紀委員会とは定期的な合同訓練を実施し、トリニティ総合学園の正義実現委員会とも交流を深め、共同演習を重ねている。
ミレニアムサイエンススクールとは新型装備の試験運用やデータ収集で協力関係を築き上げ、その成果は確実に現場へ還元されている。
各学園の治安組織も実戦経験を積み、フライトナーズ側も様々な戦術を学ぶ。
双方に利益があると言うまさに理想的な協力関係だった。
さらに、災害救助や復興支援にも積極的に参加していることから、市民からの評判も悪くない。
カイザーグループ所属という名前こそ警戒されるものの、その中で唯一信頼できる企業。そんな評価が少しずつ定着し始めていた。
結果として、各学園の上層部の間では一つの考えが広まりつつある。
──この長官にカイザーグループそのものを立て直してもらった方が、キヴォトス全体にとって利益が大きいのではないか──
もちろん、長官自身もそんな空気は察しているし、そうなる様に動いている打算的な面もある。もし各学園の後押しが得られるなら、腐敗したカイザーグループを改革することも夢ではない。
(……いや、しかしこれでは乗っ取り……いやいや、違う違う。改革だ、改革。うむ、腐敗したままでは正常な市場拡大の邪魔になり、金の循環も滞る。なにより……S.C.H.A.L.Eを敵に回そうとする馬鹿どもの泥船に乗っていられん)
長官はふと頭の中で浮かんだ考えを振り払い、腕を組みながら一人で小さく頷く長官。
その様子を見たカンナは不思議そうに首を傾げた。
「……何か考え事ですか?」
「いや、少しばかりな。気にしないでくれ」
誤魔化すように咳払いを一つする長官の様子にカンナは小さく笑みをこぼす。
この真面目な長官は、時折こうした面白みのある一面を見せる。だからこそ、多くの部下が彼を慕っているのだろう。
まぁ、彼が一番面白いのはアビドス対策委員会と絡んだ時だ。ともっぱらの噂だ。
どうにもアビドス対策委員会には特に甘いようで、彼女達の無茶ぶりに切れ散らかしながらも答えている。セリカが詐欺グループに騙されそうになった時は、率先して詐欺グループを逮捕したし、その後、キチンと契約書は細部まで確認しろ!! とアヤネと一緒にセリカに説教している場面もあった。アビドスに転入した生徒達と一緒に、長距離サイクリングに出ようとしたシロコに各地での飲食店の斡旋やらもしている。
アヤネやノノミともアビドスの権利に関する書類のやり取りや、借金の金額の削減、そして市街地のレンタル料金のやり取りも頻繁に行っているし、ホシノが昼寝するから起こして~とアラーム代わりに使われることもある。
そう思いながら応接用のソファに腰を下ろしたカンナを見て、執務用の椅子から長官は立ち上がる。
「それで、本日は何の用件で来た? 珍しく緊急のアポイントだったが」
そう言いながら備え付けのポットへ手を伸ばし、カップへコーヒーを注ぐと長官は湯気の立つカップをカンナの前へ静かに置く。
「砂糖とミルクは?」
「ありがとうございます。ブラックで大丈夫です」
「そうか。それで今回はどんな案件だ。またPMC残党でも見つけたか?」
ポットを片付けて、向かいのソファへ腰を下ろす長官。立場からすれば、部下へ任せてもおかしくない仕事だがこの長官は来客には必ず自ら飲み物を淹れる。
そんな些細な気遣いが、この人物の人柄をよく表している。何より彼の淹れるコーヒーは美味しい。
(……本当、こういう所だな)
カンナは心の中で小さく苦笑した。
気難しい一方で、人の温かさも自然に合わせ持っている。だからこそ、多くの者が彼を信頼するのだろう。
一口コーヒーを口へ運び、カンナは静かに本題へ入る。
「いえ、本日は元PMCに関連する案件について報告に参りました」
空気が変わる。カンナの表情から、先程までの穏やかな雰囲気が消え、長官の表情が引き締まる。
カンナは持参した資料をテーブルへ置いた。
「まだ公表はされていませんが……ヴァルキューレ警察学校と連邦生徒会が共同で管理している収容施設が襲撃を受けました」
長官の表情か僅かに動く。
「なんだと……? 場所は?」
「元カイザーPMC上層部が収容されていた特別区画です」
「そんな区画を……襲撃だと?」
長官は思わず身を乗り出した。
「まさか、他のカイザーグループか? あるいはPMC残党の奪還作戦か?」
しかし、その長官の言葉を否定するようにカンナは重々しく首を横へ振る。
「その可能性は低いと考えています」
「何故、そう言い切れる?」
「区画は完全に破壊されていました」
一拍置いて、
「……そして、瓦礫の下から元理事を含む元PMC上層部全員が発見されています」
「……なんだと。そんな馬鹿な……ならば、生存者は?」
重々しくカンナは首を横に振る。つまり、生存者は存在しない。そう告げている。
執務室に静寂が訪れる。襲撃の目的は奪還でも救出でもなく、元PMC上層部全員の完全な抹殺だ。
「……何故だ」
疑問に思う声を漏らしながら長官は腕を組み、思考を巡らせる。
「まだ裁判も始まっていない。余計な情報を漏らすと思った誰かの口封じ……か?」
だが、すぐに違和感が浮かぶ。カンナも同様に違和感を抱いているようだ。
「いえ……PMC内部の汚職や裏取引の情報は、先生とフライトナーズが押収した資料を精査し、既に大半を各学園やメディアへ提出しています。その可能性は低いかと」
「その通りだ。ならば、今さら口封じをして得られる利益があるのか……?」
長官は机へ戻るとタブレットを操作し、情報部へ短く命令を送信した。
『情報部。今から送信するデータを確認次第、関連する全情報の収集を開始せよ。関係各部署との情報共有を許可する』
送信を終えると、再びカンナへ向き直る。
「こちらでも情報を集めよう。ボイルとレミルの両名にヴァルキューレ公安局へ合同で捜査するように伝えておく」
「ありがとうございます」
カンナは小さく頷き、一枚の記録媒体を取り出した。
「実は、そのために来ました。こちらも確認してもらえますか」
「見せてもらおう」
モニターへ映像が投影される。
どうやら襲撃の起きた時の監視カメラの映像のようだ。また暗い時間帯なので、恐らくは深夜だろう。
次の瞬間、夜闇切り裂くように白い影が画面を横切った。あまりにも速くコマ送りにしてようやく、その姿が映し出される。
白い装甲に鋭く突き出した嘴のような機首。赤く光る複数の光学センサーに鳥類を思わせる逆関節の脚部。左右には大型のウイングユニットを備え、その尾部には小型誘導弾らしき兵装が並んでいる。
機械でありながら、生きた猛禽類や翼竜を思わせる異様な威圧感を放っていた。
「……なんだ、この兵器は」
長官は思わず息を呑む。ドローンとも一線を画す機体であるとは認識できる。
「こちらでも調査しましたが、該当する機体データは確認できませんでした」
カンナは映像を止める。
「施設の対空レーダー探知圏外から超低空で高速接近。恐らくは地形追従飛行により探知を回避したものと思われます」
映像が再生される。高速で飛行していた白い機体が一瞬だけ高度を上げる。次の瞬間、複数の小型ミサイルが発射して爆撃を加える。そして最後には高出力レーザーで薙ぎ払い、収容施設の一区画を消し飛ばした。
攻撃は僅か数秒であり、狙われたのは、元PMC上層部が収容されていた区画のみ。
隣接する施設にはほとんど被害が及んでいない。
攻撃を終えると、白い機体は即座に急上昇すると爆炎に紛れて、そのまま夜空へ消えていった。
その行為は、あまりにも正確であり、無駄のない殺意。
「……確かに、これを見ると救出などと言えんな。これは処刑だ」
「私も同じ結論です。施設を壊すのも目的ではないでしょう。民間人も警備隊も標的にせず、収容区画だけを消した。そう考えれば、最初から標的は彼らだけだったと推測できます」
長官は腕を組み、画面を見据える。
「これほどの精度で任務を遂行する組織……PMC残党とはまるで違う。連中は暴れる事しか能がないし、これほどまでの兵器を用意できるとは思えん」
「カイザー本社はどうでしょう?」
「ふん、これだけの兵器を用意できるなら、我々フライトナーズはお払い箱になっているさ」
「そうなると……相当高度な訓練を受けた部隊、あるいはそれに準ずる勢力でしょう」
PMC残党はS.C.H.A.L.Eや各学園、そしてフライトナーズが逮捕して再教育センターなる施設に送られて人員も激減しているだろうし、なによりこれほどまでの兵器を用意できるのなら、もっと激しく抵抗してくるはずだ。
カイザー本社の場合も、軍事部門と金融部門をフライトナーズに握られており、今更これだけの兵器を用意できるとは思えないし、仮に用意できてたら今頃邪魔なフライトナーズを潰そうとしてくるだろう。
「こちらでも調査を進める。何か情報が入り次第、S.C.H.A.L.Eやヴァルキューレ、各学園にも共有しよう」
「よろしくお願いします。我々も調査しているのですが、その中で気になる情報があります。いや、情報と言うには弱く真偽も良く分かっていない噂程度ですが」
「仕事が早いな。今はどんな情報も必要だ、教えてくれ」
「キヴォトスのアンダーグラウンドで【財団】と呼ばれる存在がいる。曰く見た事もない兵器を扱っている。と言う噂です」
「【財団】だと……? 個人名か、それとも団体名なのか。それすら分かってない状態か」
「はい。【財団】と言うからには団体名なのだと思いますが、まだ何も掴めていません」
「分かった。こちらでも調べておこう。アンダーグラウンドならば我々の方が調査もしやすいだろう」
カンナと長官も立ち上がり、互いに固く握手を交わした。
「何者か分からない相手です。長官もお気を付けて」
「そちらもな。いざとなればS.C.H.A.L.Eの先生の元に逃げ込めばいい。あそこはキヴォトスで一番安全だろう」
「えぇ、その時はそうさせてもらいます」
長官室の扉が静かに閉まる。一人残された長官は、再びモニターへ映る白い兵器を見つめた。
鋭い嘴に赤く光るセンサーユニット。鳥や翼竜を思わせる特徴的なシルエット。そして、収容区画だけを正確に破壊した、異常なまでの精密さ。
即座に長官は懐から特注の端末を取り出すと、回線をつなげる。
「アロナ、こちら長官だ」
『はいはい、なんでしょうか長官さん?』
そこには先生の端末に居るはずのアロナが映し出されていた。
これはアロナの特殊回線を用いた専用端末であり、先生と関わりのある数名にのみ用意された特殊な端末であり、完全に秘匿されている専用の通信網でもある。
「至急、先生に連絡を取りたい。どうやら、キヴォトスに何か紛れ込んでいるようだ」
『緊急事態ですね、分かりました! 先生に伝えます!』
『先生、長官さんから緊急の案件で連絡したいと言ってますよ』
「長官から? わかった。アロナ、一応、他のメンバーにも連絡をしてくれるかな」
『はい、わかりました。
ふーん、ここはどうやら今までの所とは違うようだ。……忌々しい渡り鴉の気配がする。なるほど、どうやらここには居るのか……。
さて、どんな結末を迎えるのか。見せてもらおうか
ここは……また同じ場所なのですか。……あの存在を止めないと……またここが、キヴォトスが焼かれてしまう……。けど今の私に止められるのでしょうか
紅い雫がポタリと垂れる。
レイヴン、レイヴン……いえ、ジナイーダ……貴女が居たら……また貴女に会いたい……
雫は悲しそうに震える。ふと、一枚のチラシが見えた。
なんでも屋……ハウンズ? 猟犬のエンブレム……? まさか、まさか……!!
ここに、ここに居るんですね、ジナイーダ! 探さないと……私は、私は! もう一度貴女と!
フライトナーズ
AC2に登場
地球政府傘下の特殊部隊。ボイル、レミルと言う兄妹が所属している。
本作ではカイザーPMCに代わり、元支店長、現在は長官の元でカイザーグループの軍事部門として設立された。
金融関係も握っており、カイザー本社にとっては自分達の地位を脅かす存在だが、武力も握られているので現状は手が出せない模様。
???
嘴のような機首。赤く光る複数の光学センサーに鳥類を思わせる逆関節の脚部。左右には大型のウイングユニットを備え、その尾部には小型誘導弾らしき兵装が並んでいる。
機械でありながら、生きた猛禽類や翼竜を思わせる異様な威圧感を放っていた。
キュルルルと鳴き声のような音が聞こえる。
ACVDのアレ
グローバルコーテックス
AC3~LSの傭兵斡旋組織。直訳すると、世界の皮質(大脳皮質などなど)
今作では、別な役割と名前で登場。
紅い雫
ジナイーダジナイーダジナイーダ、もう一度貴女と一緒に