ブルーアーカイブ Day After Day 作:燃え殻の灰
連邦捜査機関S.C.H.A.L.Eのオフィス
普段であれば、先生を訪ねてきた生徒たちの声や、執務室を出入りするネスト隊員の足音で賑わっているその場所も、今はどこか静けさに包まれていた。
何時も騒がしいオフィスだが、ネストの隊員達は訓練や各学園との演習などで出払っている。そんなオフィスの中で執務机の前に座っているのは、先生ではなくワカモだった。
机の上には、各学園から届いた報告書や依頼書、物資支援の申請書などが積み上がっている。先生が出掛けている間に少しでも仕事を片付けておこうと、ワカモは一枚一枚、丁寧に内容へ目を通していた。
S.C.H.A.L.Eに所属する前の彼女を知る者が見れば、驚いて声を失う光景だろう。
かつては「災厄の狐」と呼ばれ、キヴォトス全域で暴れまわっていたワカモが、今では静かに書類へ判を押し、必要な部署へ振り分けている。
もっとも、その理由は極めて単純だった。
「こちらは先生のご確認が必要ですわね。こちらは私の方で処理しても問題ありませんし……」
先生が戻ってきた時、少しでも負担を減らしておきたい。ただ、それだけである。
ワカモが承認済みの書類を脇へ寄せた、その時だった。机の端に置かれていた通信端末が、控えめな電子音を鳴らした。画面に表示された発信者の名前を確認したワカモは、僅かに目を細める。
「まあ」
通話を受けると、空中へ小さな通信画面が展開され、そこに映し出されたのは、ゲヘナ学園風紀委員会の委員長、空崎ヒナだった。
「あら、ヒナさん。ごきげんよう。何かありました?」
『こんにちは、ワカモ。少し確認したいことがあって』
ヒナの背後には、風紀委員会の執務室らしき光景が映っている。彼女の机にも、ワカモの目の前にあるものに負けないほど大量の書類が積まれている。その光景を見て、ワカモはどこか親近感を覚え、クスリと笑みをこぼす。
『前に話していた、トリニティとの合同演習についてなんだけど』
「ああ、エデン条約に向けた共同訓練のお話ですわね」
『ええ。条約の締結前に、少しでも互いの部隊が歩み寄れる機会を作っておきたいの。ゲヘナとトリニティだけで進めるより、シャーレ主催という形にした方が無用な警戒も減らせると思う』
「なるほど。先生を仲介役に、ということですわね」
『そういうこと』
エデン条約。
長く対立を続けてきたゲヘナ学園とトリニティ総合学園。その両校が正式な友好条約を結ぼうという、キヴォトス全体から見ても極めて大きな計画である。
しかし、条約に署名さえすれば、長年積み重ねられてきた不信が消えるというものではない。
互いに武器を持ち、互いを仮想敵としてきた両校の生徒たちが歩み寄るには、時間と経験が必要になる。そんな両校の関係を取り持っているのがS.C.H.A.L.Eだ。
「しかしいきなり実戦形式の模擬戦を行うのは、少々危険かもしれませんわね。熱くなりすぎてやりすぎる可能性もあるでしょう?」
『えぇ、私もそう考えている。勝敗を競う形式にすると、余計な対抗意識を刺激する可能性がある』
「では、人命救助や重要施設の共同防衛を中心にしてはいかがでしょう。双方が同じ目的のために協力する形でしたら、少なくとも最初から撃ち合うよりは有意義ですわ」
『避難誘導、負傷者の救護、人質救出……その辺りね』
「護衛対象を両校の混成部隊で守る訓練も良いかもしれません。指揮系統をどうするかは、少々揉めそうですが」
『そこが一番の問題でしょうね』
「いっそのこと、我々ネストが襲撃役を務めましょうか?」
『ワカモと先生抜きならね。2人が出てきたら演習どころじゃなくなるわ』
「あら、酷い言われようですね」
恐らく既に、ゲヘナ側だけでも相当な調整を行っているのだろう。普段の落ち着いた表情の奥に、僅かな疲労が見える。
クスクスと笑うワカモを見て、ヒナも肩の力を抜くように小さく息を吐いた。
本当に、友人には隠し事ができないものね──と、心の中で苦笑する。
まぁ、実際にワカモと先生が襲撃役になったら、ゲヘナの風紀委員会とトリニティの正義実現委員会総動員しないといけなくなる。
片や災厄の狐で、襲撃に関しては誰よりも優れている。
そして、先生は更にその上を行く。本人の戦闘力も高いのに扱う銃器が明らかにおかしい。
本当に、先生は何者なのだろうか。
「企画書はこちらでもまとめておきますわ。先生がお戻りになりましたら、最優先で確認していただきます」
『助かるわ。……ところで、先生は?』
「先生でしたら、今は席を外していまして」
『そうなのね』
ヒナは一度頷いた後、僅かに不思議そうな表情を浮かべた。
『先生の側に、貴女がいないなんて珍しいわね』
「あら」
ワカモは口元へ手を添え上品に微笑んだが、その笑顔の奥には、少なからず不満が滲んでいる。
「どうやら、内密のご予定のようでして。随伴を申し出たのですが、今回はシャーレで留守を預かってほしいと断られてしまいましたの。いけずなお方でしょう?」
『へぇ、貴女が素直に残ったことの方が驚きだけど』
「先生から直々にお願いされては、断ることなどできませんわ」
そう言いながらも、少しだけ頬を膨らませたワカモの様子を見て、ヒナは微かに苦笑する。
『……相変わらず、先生は秘密が多いわね』
「まったくその通りです、しかしそれもまた、先生の魅力の一つですわ」
『ふふ、そうね』
ヒナの返答は短かったが、それが単なる相槌ではないことを、ワカモは何となく理解していた。
先生は多くの秘密を抱えている。莫大な資産、多数の重火器を自由自在に扱える圧倒的な戦闘能力。
それでも、必要な時には必ず自分たちへ手を差し伸べてくれる篝火の様に優しい大人。だからこそ、二人とも無理に問い詰めようとはしない。
あの人は、鋼鉄と硝煙と火の香りを持つ不思議な先生なのだ。それで充分だと思っている。
「風紀委員会の方はいかがです? 最近は随分と忙しいと伺っておりますが」
『いつも通りよ。校内の騒動に、ゲヘナ自治区内の巡回。それに最近は合同任務の打ち合わせも増えているから』
「何処も忙しいですね。こちらも些細な揉め事の仲裁から、業務が多岐にわたりますよ」
『けど、それを放置すると後々で後悔するから、先に対策してた方が楽でしょ?』
「ヒナさんらしいお考えですわね」
『貴女に褒められると、少し複雑ね』
「まあ、心外ですわ」
ワカモは胸元へ手を当て、さも傷ついたと言わんばかりに目を伏せる。もっとも、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
ヒナもヒナで楽しそうな笑みを浮かべて、ワカモとの雑談を楽しんでいる。
『そういえば』
ヒナがふと思い出したように話題を変える。
『最近、アビドス砂漠にあるネストの基地について、色々な情報が流れてくるわ』
ワカモの指が止まった。それまで柔らかかった表情が、ほんの僅かに鋭さを帯びる。
「あら。よく情報を引き抜けましたね。あの基地については、存在すること以外、最高機密として管理しているはずですのに」
『情報というより、噂に近いわ。具体的な内部構造や戦力配置までは誰も把握していない』
「なるほど。それでしたら、まだ問題ありませんわね」
『ただ、あのグレートウォールという装甲列車について、ミレニアムが解析したいと騒いでるって聞いた。前に警備用ドローンのやり取りの時にね』
「あぁ……」
ワカモは何とも言えない表情を浮かべた。
グレートウォール。アビドス砂漠に建設されたネストの基地を拠点とする超大型装甲列車である。
巨大な車体に重装甲と多数の兵装を備え、砂漠地帯を移動する移動要塞とも呼べる存在であり、その威容は隠しきれるものではなく、遠距離から撮影された映像や、市街地へ物資を運搬する姿が時折目撃されている。
存在そのものは、既に一部の生徒たちの間でも噂になっていた。
「エンジニア部の皆さんが以前からしつこく言っていましたわ。少しだけで良いから内部を見せてほしい、と」
『エンジニア部にはドローンの事で色々と世話になってるけど……あの人達の事を考えると少しで済むとは思えないわ』
「ええ。私もそう思います。グレートウォールを解体して解析するまで止まらないでしょうね」
ワカモは深くため息をついた。
「特にミレニアムのハッカー集団ヴェリタスは、昼夜を問わずS.C.H.A.L.Eや基地へのアクセスを試みていますから」
『それは大丈夫なの?』
「今のところは、一度も突破されておりませんし、先生も気にしないようにと笑っていらっしゃいます。ですが……」
その瞬間、執務机の端にあるモニターへ警告表示が浮かび上がった。
『アビドス基地・外部侵入試行を検知』
『偽装経路を解析中、侵入試行を遮断』
『本日十五回目』
ワカモは無言で画面を見つめため息をこぼす。通信画面の向こうで、ヒナも警告表示を目にしている。
『……今のはヴェリタス?』
「恐らくは」
『諦めないのね』
「先ほども言いましたが、先生も気にしないでいいし、突破できるようなら試してみて、と言ったものですから余計に興味と対抗意識を持たれてしまったようですわ」
『逆効果だったのね』
「まったくです」
ワカモは警告を閉じようと端末を操作する。現状、先生とアロナが構築したファイアウォールが突破されたことはない。何故か侵入を試みると文字の如くウィルスが焼き尽くされるのだ。
その異様なガードの固さにヴェリタスが躍起になって突破を試みているらしい。
「最近になって、全知のヒマリさんも挑んできてるようでして……まあ、
ワカモは警告を閉じようと端末を操作する。その時、画面の奥にある機密管理項目が一瞬だけ表示された。
『A.C.プロジェクト』
『航空戦力開発コード──灰色の雲』
『海上戦力開発コード──船乗りの聖人』
即座に認証画面が展開され、表示された文字を覆い隠す。それを見たヒナの目が僅かに細められた。
『今、何か表示されなかった?』
「気のせいですわ」
『そう』
「気のせいです」
『……分かったわ、私も何も見てないし何も聞かない』
追及しないところを見ると、ヒナもそれが聞いてはならない機密だと察したのだろう。
アビドス砂漠の基地では、グレートウォール以外にも複数の戦力開発計画が進められていた。
新型機動兵器を中心とするACプロジェクト。
航空戦力開発計画、コードネーム──灰色の雲。
そして、海上戦力開発計画、コードネーム──船乗りの聖人。
そのどれもが、キヴォトスの既存技術とは異なる思想で設計された極秘計画であり、先生が莫大な資金を投入して推し進めている計画でもある。
基地内には、それ以外にも先生が持ち込んだ技術や、解析途中の装備、外部へ漏らすことのできない情報が数多く保管されている。
今やネスト基地はシャーレのオフィスと並ぶ、キヴォトスにおける最重要施設の一つであり、その極秘計画群は、外部ネットワークから完全に遮断された環境で進められていた。
『ともかく、合同演習の企画書については後ほど送るわ』
「ええ。こちらでも確認して修正案をまとめておきます」
『先生が戻ったら、よろしく伝えて』
「承知いたしました」
『それじゃあ、また』
「ごきげんよう、ヒナさん」
通信が終了し、空中に浮かんでいた画面が消える。静かになった執務室で、ワカモは椅子の背もたれへ体を預けた。
ふと、先生の予定が記された端末へ視線を向ける。午前中から夕方まで、本来なら何らかの予定が記載されているはずの時間帯。
しかし今日に限っては、その部分だけが完全な空白になっており、行き先も、面会相手も、予定内容も書かれていない。
「まったく……」
ワカモは予定表を指先でなぞりながら、小さく息を吐いた。
「私にも行き先を隠されるなんて、少々妬けてしまいますわ」
そこは、現実世界のどこにも存在しない場所だった。
青とも黒ともつかない静かな空間。空も、地面も、壁も存在せず、遠くには星のような無数の光が明滅している。
既存の通信網から完全に隔絶され、通常の検索手段はもちろん、侵入経路すら存在しない特別な電子領域。
アロナと先生が共同で構築した
空間の中央には、アロナが一人で立っており、その足元から淡い光が走り、巨大な円環を描く。
やがて円環の上に、五つの紋章が順番に投影された。
最初に現れたのは、鋭い茨に包まれた一輪の薔薇。
それはブラックマーケットに張り巡らされた無数の人脈と情報網を束ねる、裏社会の代表者。
次に、亀裂の走った一枚の硝子。
こちら側を覗き込むように、割れた断面の奥で淡い光が揺らめいている。それはゲマトリアに所属する観察者、黒服を示すものだった。
三つ目は、大きく翼を広げた渡り鳥。
アビドスを拠点に、キヴォトス各地へ活動領域を広げるフライトナーズ。その長官を象徴する企業紋章である。
四つ目は、多数の鎖を握り締める腕。
鎖に繋がれるのではなく、自らの手で掴み、決して手放さない。それはまるで鎖に縛られているようにも見える。その紋章の向こうには、数多くの傭兵を見届けてきた男──ウォルターがいた。
そして最後に、一羽の渡り鴉が翼を広げる。
火の粉が舞い、他の四つの紋章の間を静かに通り過ぎていく。
この組織の設立者であり立場も、思想も、住む世界さえ異なる者たちを繋いだ人物。S.C.H.A.L.Eの先生を示す紋章だった。
五つの紋章が揃ったことを確認すると、アロナは両手を胸の前で合わせた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます!」
普段よりも少しだけ背筋を伸ばし、張り切った様子で右手を高く掲げる。
「それでは、これより──グローバルコーテックスの会議を始めます!」
アロナの宣言と同時に、五つの紋章を結ぶように光の線が走った。
茨付きの薔薇。
割れた硝子。
渡り鳥。
鎖を握る腕。
そして、渡り鴉。
本来ならば、決して同じ場所へ集まることのなかった者達。だが今、その五者は一つの円環によって結ばれていた。
世界を支配する為ではない、そして世界に唯一の正義を押しつけるためでもない。
異なる場所で生きる者たちの知識と力を繋ぎ、まだ見ぬ脅威へ立ち向かうために。
彼らこそが──
最初に淡い光を帯びたのは、
『それで? 緊急招集なんて、何かあったのかい?』
どこか気怠げでありながら、面白い出来事を期待しているような女の声が響き、それに続いて
『渡り鳥からの招集でしたね』
『うむ。私が招集を頼んだ』
大きく翼を広げた渡り鳥が光を放つ。だが
『その前に一つ確認させろ。硝子──貴様、本当にここにいてよい存在なのか?』
『おや、何か問題でも?』
『あの馬鹿ども……カイザーPMCの連中とつるんでいただろう。今回の件はPMCに関することだ。無関係だという保証がどこにある?』
硝子の亀裂の奥で、淡い光が愉快そうに揺れる。
『ふふ。随分と嫌われてしまったものですね』
『質問に答えろ』
『渡り鴉に誘われましたので、こうして参加している。それ以上の理由が必要でしょうか?』
硝子は否定するでもなく、悪びれるでもない。むしろ疑いを向けられている状況そのものを楽しんでいるかのようだった。
『正直に申し上げれば、内心ではワクワクしていますよ。この場には、実に興味深い方々が揃っていますから』
『貴様……』
渡り鳥の声に苛立ちが混じるが、その間へ割って入るように、
『……渡り鳥。こいつの知識は役に立つ』
鎖の深いため息が電子領域へ響く。
『色々と言いたいことがあるのは分かる。俺も信用しているわけではない。だが、今は感情より情報を優先しろ』
『貴方にまで信用されていないとは、悲しいですね』
『嬉しそうな声で言う事ではない』
『ふふふ』
『まったく……』
渡り鳥の紋章が小さく揺れた。どうやら舌打ちする代わりに大きく息を吐いたらしい。
『ええい、分かった。今は追及しないでおこう』
『賢明な判断です。協力していこうではありませんか』
『ええい、余計なことを言うな!』
二者のやり取りを見届けていた
『それで、渡り鳥』
渡り鴉の落ち着いた声が響いた。
『今回の案件は?』
先程まで苛立ちを見せていた渡り鳥が沈黙する。やがて、その紋章の前へ一つの資料が投影される。そこに表示されたのは、瓦礫と化した収容施設だった。
『……カイザーPMCの旧上層部が消された』
空気が変わり薔薇の揺らめきが止まり、硝子の亀裂から漏れていた光も静まる。鎖も、渡り鴉も言葉を発さない。
『消された、というのは?』
渡り鴉が問い返す。
『言葉どおりだ。ヴァルキューレ警察学校と連邦生徒会が共同管理する収容施設が襲撃された』
渡り鳥の周囲へ見せるように、複数の資料が展開されていく。
襲撃時刻に被害状況。独自に仕入れ施設周辺の警備配置と、破壊された収容区画の詳細。
そして、瓦礫の下から発見された元カイザーPMC上層部の名簿。
『標的となった区画に収容されていた者は消されている。誰一人として生存者はいない』
『救出の失敗ではなく、最初から消すことが目的だった……ということかい?』
薔薇が問いかける。
『その可能性が高いだろうな。警備隊や隣接区画には、被害が出ていない。襲撃者は元PMC上層部だけを狙っている』
『そうなると証拠隠滅でしょうか』
硝子の声は穏やかだった。
『ですが、カイザーPMCが保有していた情報の大部分は、既に押収されているはずです。今さら彼らを排除しても、隠せるものは多くないでしょう』
『だからこそ、私はお前を警戒してるんだがな。本当に違うんだろうな?』
『おやおや、心外ですね。私は今や皆さんと同じグローバルコーテックスのメンバーです。信用していただきたいものです』
『その口調が怪しいんだ馬鹿者!!』
『……硝子に渡り鳥、話が前に進まん。後でやりあってくれ』
『鎖の言う通りだ。渡り鳥、続きを頼めるかな』
『ええい、どいつもこいつもマイペースか!! どういう教育を受けたら、そんなマイペースでいられる!!』
硝子の胡散臭い口調に苛立ちながらも渡り鳥は新たな映像を投影する。
『襲撃者の正体というか、収容施設を攻撃した兵器がこれだ』
映像が再生される。夜闇に沈んだ収容施設。
地形すれすれを高速で飛行し、対空監視網をすり抜けて接近し攻撃の為に急上昇した白い機影。そこで映像が停止され、倍率が引き上げられた。
嘴のように鋭く突き出した機首に赤く光る複数の光学センサー。
鳥類を思わせる逆関節の脚部と大きく広げられた左右のウイングユニットと、その尾部に並ぶ小型誘導兵器。
そして映像の続きが流れると、次の瞬間、複数の小型誘導弾が放たれる。PMC上層部の収容区画だけが連続して爆発し、最後に高出力レーザーが建物を正確に薙ぎ払った。
襲撃開始から離脱まで、僅か数秒の出来事であり、白い機体は爆炎を利用して姿を隠すと、そのまま夜空へ消えていってしまった。
映像の再生が終わっても会議空間に、重い沈黙が続いていた。
『……なるほど』
最初に声を発したのは硝子だった。
『これは実に興味深い』
『はぁ……貴様は本当に楽しそうだな』
『未知との遭遇は、常に胸が躍るものでしょう?』
『あいにくだが、私には理解できん。得体の分からん兵器など脅威なだけだ』
渡り鳥は不機嫌そうに返した後、参加者全員へ告げる。
『機体データはヴァルキューレ、フライトナーズ、カイザー本社、そのどこにも存在しなかった。飛行経路も離脱先も不明だ』
『操縦者、もしくは操作者に関しては?』
鎖が尋ねる。
『確認できていない。有人で遠隔操作型なのか、もしくはAIを利用した機体なのかも分からん』
『攻撃は正確すぎる。映像を見る限り、人間が操作した際に生じるようなムラが見当たらない。そうなると恐らく高度な人工知能が搭載されていると考えられる』
紋章の周囲で、鎖が低く音を立てた。
『あれは戦場で暴れるための兵器じゃない。標的を指定され、確実に消すための動きだ』
『高度な人工知能、ですか』
硝子が、その言葉を確かめるように繰り返す。
渡り鴉は停止された映像を静かに見つめていた。
白い機体。無駄のない攻撃で必要な標的だけを消し去る、冷徹なまでの精密さ。
『渡り鳥。ほかに情報は?』
『確証のない噂が一つある』
渡り鳥の前へ、一つの単語が浮かび上がる。
そこに表示された簡素な名称。
──【財団】。
『キヴォトスのアンダーグラウンドで、そう呼ばれる存在が動いているという噂だ』
その言葉を聞き、少しの沈黙の後、渡り鴉の紋章が淡く発光する。
『……なるほど。財団、か』
静かな声が、電子領域に響いた。渡り鳥の紋章が即座に反応する。
『知っているのか?』
『あぁ。随分と古い記憶だが覚えているよ』
渡り鴉の前へ、白い機体の立体映像が新たに形成される。
渡り鴉が指示を送ると、機体の周囲に構造や武装を示す複数の情報が表示されていく。
『あの兵器の名は、スカベンジャー』
『スカベンジャー……』
渡り鳥が、その名前を確かめるように繰り返す。
『完全自律型の無人機だ。操縦者は存在しない。与えられた命令と、搭載された判断能力だけで索敵、攻撃、離脱までを単独で遂行する』
白い機体の映像が翼を広げ、低空飛行へ移る。地形へ張り付くように飛びながら、障害物を避け、目標へ接近する様子が再現された。
『地形追従飛行による低空侵入。複数の光学センサーを用いた索敵。小型誘導弾と高出力レーザーによる精密攻撃。監視映像で確認できた行動は、この機体の特徴と一致している』
茨付きの薔薇がゆっくりと揺れた。
『スカベンジャー……死骸漁り、あるいは掃除屋といったところかねぇ』
薔薇は、渡り鴉が再現した白い機体を眺めながら小さく笑う。
『収容区画を丸ごと瓦礫に変えて、標的を一人残らず始末した。まさに見た目どおりじゃないか。猛禽、いや、ハゲワシかね?』
『笑い事ではないぞ』
渡り鳥の声には、明確な警戒が滲んでいた。
『完全無人で、あれほど正確な攻撃を行える兵器など、キヴォトスでは聞いたこともない。これはキヴォトスの外から持ち込まれたものなのか?』
先生は少しだけ間を置いた。
『そうだな』
渡り鴉の翼から、一枚の黒い羽根を模した光が落ちる。
『私と鎖が、よく知っている場所から来たものだ。そう言えばいいかな』
鎖を握る腕の紋章が、僅かに震えた。
『……まさか』
鎖の低い声が響く。
確かに自分達が居た世界には、多数の無人機が存在していた。何より、ジナイーダが良く話していた。
かつて戦場を埋め尽くした無人兵器があった。と。
人間の判断を必要とせず、与えられた命令だけを忠実に遂行する機械。
都市を焼き、基地を破壊し、敵味方の区別すらなく戦場に死を振り撒いた兵器群が存在した。とジナイーダは語っていた。
彼女とは長い付き合いだが、本当に出会う前はどんな場所に居たのか。疑問に思う事が多々ある。
『そんな存在が、なぜここにいる』
鎖の声音から、重く響く。
『そんな機体が存在するということは、ほかの兵器も持ち込まれている可能性がある』
『その可能性は否定できない』
渡り鴉は静かに答えた。空中に表示されていたスカベンジャーの映像が縮小され、その横へ一つの文字が投影される。
──【財団】。
『そして、財団か』
先生の声が僅かに低くなる。
『また、厄介な存在が現れたようだ』
割れた硝子の奥で、淡い光が揺らめいた。
『財団ですか。言葉の意味だけを考えれば脅威とは思えませんが』
黒服の声には、いつもの好奇心が滲んでいた。
『渡り鴉がご存知のようだ。それで、どのような存在なのです?』
『一言で説明するなら──』
渡り鴉の紋章が、ゆっくりと翼を広げる。
『人類は、自らが積み重ねてきた業によって滅びるべきだ。そう公言している存在だ』
電子領域から、一切の音が消える。茨付きの薔薇も、割れた硝子も、渡り鳥も、鎖を握る腕も、言葉を発しない。
会議を見ていたアロナですら表情を曇らせ、渡り鴉の言葉を聞いていた。
長い沈黙の後、最初に反応したのは鎖だった。
『……また極端な存在だな』
鎖は呆れたように息を吐いた。
『人間の愚かさを理由に、人間そのものを滅ぼそうというわけか』
『そうなる』
『はぁ……』
茨付きの薔薇が大きく揺れた。
『また、随分と面倒な存在が出てきたもんだねぇ』
薔薇の声は軽い調子を保っていたが、その奥には明確な警戒があった。
『アンダーグラウンドに潜んでいるなら、ブラックマーケットの方で情報を集めてみるよ。あたしの縄張りで好き勝手されるのも気に入らないからね』
『うむ。それは助かる。何か分かれば直ぐに共有してほしい』
渡り鳥が答えるが、薔薇はすぐに楽しげな声を返した。
『良いよ。金さえ払えばね?』
『……何?』
渡り鳥の紋章が、一瞬だけ強く発光した。
『き、貴様! 足元を見おってからに!?』
『あっはっは! もちろんだよ!』
茨付きの薔薇が、笑い声に合わせて大きく揺れる。
『こっちは商人だからねぇ。危険な噂を集めるのにも、人を動かすのにも金が掛かる。情報の価値くらい、元銀行家のあんただって分かるだろう?』
『それは……そうだが、少しくらい協力というものをだな……!』
『協力しているじゃないか。きちんと相場どおりの値段で売ってやると言っているんだよ』
『相場どおりかどうか、こちらでは確認できんだろうが!』
『なら、値段交渉をすればいい。商売ってのは、そういうものだろう?』
『ぐぬぬ……!』
「わ、渡り鳥さん落ち着いてください! 薔薇さんも煽らないでくださいよぉ」
渡り鳥の紋章が細かく震え、薔薇は楽しそうに笑っている。
その光景をアロナは困ったように両者を見比べていたが、渡り鴉から小さな笑い声が漏れたことで、僅かに表情を緩めた。
『はは、薔薇の言う通りだ。渡り鳥、我々と大人しく情報を買おうか』
『くっ……背に腹は代えられんか……! 分かった。必要な経費はこちらで用意する』
『毎度ありぃ!』
『ただし、足元を見るような価格を提示したら承知せんぞ!』
『怖いねぇ。まるで銀行の取り立てみたいだ』
『誰が取り立てだ!』
張り詰めていた空気が、僅かに和らぐ。
その横で、割れた硝子が静かに発光した。
『こちらでも、財団について独自に調査してみましょう』
『硝子、あまり深入りしないように』
渡り鴉が制止するように呼びかける。
『おや。私を心配してくださるのですか?』
『以前、お前の頭へ直接記録を流し込んだ存在。それも、財団である可能性が高い。あれでお前が壊れるか、それとも変容するか試していたんだろう』
割れた硝子の亀裂から漏れていた光が、一瞬だけ止まった。
硝子は、自らの認識へ流れ込んできた異質な記録を思い返しているのだろう。
自身の意思とは無関係に刻み込まれた、知らない世界の断片。
見たこともない兵器や聞いたこともない戦争。
そして、人の底無しの悪意。あれを流し込まれて良く発狂して壊れなかったものだと今でも思う。
『なるほど』
しかし硝子は、どこか楽しげな調子を崩さなかった。
『ならば、気を付けなければなりませんね』
『その言い方では、まるで気を付けるつもりがないように聞こえるぞ』
渡り鳥がすかさず指摘する。
『そんなことはありませんよ。私は自分の命を大切にしています』
『本当か?』
『もちろん。まだ観察したいものが、たくさんありますので』
『やはり信用ならんな』
渡り鳥が吐き捨てるように言う。
そんな中、鎖を握る腕の紋章は、スカベンジャーの立体映像を見つめたまま沈黙している。やがて、鎖から重い声が響いた。
『……渡り鴉』
先生は静かに応じる。
『どうした、鎖』
僅かな間が置かれ、鎖が次に発した言葉は、この場にいる誰もが心のどこかで抱いていた問いだった。
『財団とやらに、勝てるのか?』
再び、電子領域を沈黙が支配する。
それは単純な戦力比較を求める質問ではなかった。
【財団】がスカベンジャー以外の兵器も保有しているなら、キヴォトスにとって未知の脅威となる。
敵の規模も、目的も、潜伏場所も分からず、既にどれだけの兵力を保有してるのかも不明。
こちらにはグレートウォールやスピリット・オブ・マザーウェルという超大型兵器があるとは言え、得体の知れない相手に対して、勝利を断言できる材料は何一つなかった。
先生も、それを理解している。
『勝てるかどうかは、まだ分からない』
渡り鴉の声は静かだった。
虚勢も、恐怖もなく、ただ事実だけを受け止める声だった。
『財団がどれほどの戦力を保有しているのか。何を目的にキヴォトスへ来たのか。それすら、まだ分かっていない』
渡り鴉の紋章がゆっくりと翼を広げる
パチリと音を立て、火の粉が電子領域に舞い上がった。
『だが、財団が「人類は自らの業によって滅びるべきだ」と断じるのなら──』
先生の声に、揺るぎない意志が宿る。
『私は、人が自らの業を乗り越えられる可能性を信じる』
先生の脳裏に、キヴォトスで出会った生徒たちの姿が浮かぶ。
何度失敗しても立ち上がる者。過去の過ちに苦しみながらも、前へ進もうとする者。
互いを憎み合いながら、それでも手を取り合おうとする者。
絶望の中で助けを求め、その手を差し出したことで未来を変えた者。
『何より、私はあの子たちを信じている』
渡り鴉から舞う火の粉が、五つの紋章を繋ぐ円環へ触れる。
『生徒たちが持つ可能性を』
一つ。
『彼女たちが選ぶ未来を』
また一つ。
『どれほど過ちを犯しても、やり直せるということを』
火の粉が舞う度に、五つの紋章を繋ぐ光が強くなっていく。
もし、【財団】が生徒たちの未来を奪おうとするなら。
その前に絶望を置き、歩みを止めようとするなら。
悲しみも、絶望も。彼女たちの未来を閉ざす、あらゆる障害を。
今日も明日も、優しい毎日を。
それが、生徒たちを信じ、見守る大人としての責任だから。
『……それでは、答えにならないかな?』
先生は穏やかに問いかけると、鎖を握る腕はしばらく何も答えなかった。
やがて、鎖が僅かに軋む音が響く。
『そうか……』
鎖の声には、先程までの重さとは異なるものが宿っていた。
『ならば、俺たちも備えよう』
鎖を握る腕が、さらに強く鎖を握り締める。
『お前が人の可能性を信じるというなら、その可能性が潰されないよう、必要な力を用意する』
『頼りにしているよ、鎖』
『ああ』
茨付きの薔薇が静かに揺れる。
『まったく。そんなことを言われたら、商人としても安売りしてやりたくなるじゃないか』
『ならば無料で情報を寄こせ』
渡り鳥が即座に割り込む。
『それとこれとは別だよ』
『貴様!』
『ふふ。実に興味深い』
割れた硝子から、楽しげな笑い声が漏れる。
それぞれ立場も、思想も、目的も違う。決して完全に分かり合っているわけではない。
それでも、今は同じ脅威を見据え、持てる情報と力を繋ごうとしている。
世界を支配するためではなく、世界を裁くためでもない。
次の世代が、自らの意思で未来を選べるようにするために。
電子領域の中央で、アロナは五つの紋章を見回した。
「それでは、皆さんの役割を整理します!」
アロナの操作に合わせ、各紋章の前へ今回の議事録が表示される。
「薔薇さんは、ブラックマーケットおよびアンダーグラウンドでの情報収集!」
『任せておきな。費用は後で請求するよ』
「渡り鳥さんは、ヴァルキューレや各学園との情報共有、それからキヴォトス内での警戒態勢の構築!」
『うむ。フライトナーズ情報部を総動員する』
「硝子さんは、財団と未知の技術に関する調査! ただし、絶対に深入りしすぎないでくださいね!」
『善処しましょう』
「善処ではなく、約束してください!」
『くくく。分かりました。約束しましょう』
「鎖さんは、スカベンジャーを含む旧世界の兵器情報の整理と、対抗戦力の検討!」
『了解した』
最後に、アロナは渡り鴉へ視線を向けた。
「渡り鴉さんは、全体の情報をまとめて、キヴォトスの皆さんを守るための方針を決めてください!」
『分かった、任せてもらおう』
渡り鴉の紋章が静かに頷くように揺れた。
アロナは胸の前で両手を握り、大きく頷いた。
「では、グローバルコーテックス、行動開始です!」
五つの紋章を繋ぐ光が、強く輝く。
その瞬間、異なる組織、異なる思想を持つ者たちが、一つの目的によって繋がった。
キヴォトスの深淵に潜む、まだ姿の見えない脅威。
人の未来を否定し、人類そのものへ滅びを突きつける存在。
──【財団】。
それに抗うため、
生徒たちの可能性を、そして世界の未来を守るために。
「そう……無能なPMC共は消しましたのね」
―えぇ、余計な事を喋ると危険でしょうから。あぁ、今回の費用はサービスしておきますよ―
白いドレスを着た紅い肌の女性のような異形は、何処からともなく聞こえてくる声と話している。
「そちらが用意した兵器のプロモーションも兼ねていたのでしょう?」
―流石はマダム。是非とも貴女の元で使ってもらえたらと思いまして―
「見え透いたおべっかですこと。まぁ、良いでしょう。こちらでも
―是非に。今後とも良い関係を築いていきたいものですね。マダム・ベアトリーチェ-
【グローバルコーテックス】
AC3〜SLの傭兵仲介組織。直訳すると世界の皮質、外皮(大脳皮質など)
本作では、先生と関係者が作り上げた秘密結社。
世界を繋げる者達。と呼称。
【航空戦力開発コード、灰色の雲】
デカい、強い、速い。
【海上戦力開発コード、船乗りの聖人】
デカい、強い、硬い。
海魔とどっちにするか悩みましたが、こちらになりました。