ブルーアーカイブ Day After Day 作:燃え殻の灰
ジナイーダの挿絵をアビドス一話に追加してみました。
ミレニアムサイエンススクール。
キヴォトス三大学園の一角に数えられるその学園は、今日も至るところで機械音を響かせていた。
無人搬送機が廊下の脇を走り抜け、壁面ディスプレイには新技術の発表や研究成果についての情報が絶えず流れている。
窓の向こうに見える建物も、一般的な学校というよりは巨大な研究都市に近い。
高層研究棟を始めとした実験施設に試験用ドーム。建物全てに取り付けられている大小様々なアンテナ。
遠くでは、何の実験なのか分からない光が時折空へ昇っている。
その中に、以前に先生がエンジニア部に提供した
「何度来ても、ミレニアムは独特だねぇ。アビドスとは全然違うよ~。こっちはそこら中から機械の音がするし」
「技術研究を中心とした学園ですからね。先程も、廊下を清掃しているロボットが三種類ほどおりましたわ」
廊下を歩きながら、ホシノやワカモが珍しそうに周囲を見回す。
NESTでも色々な装備を開発しているが、それとも異なる技術形態なので興味深いのだろう。
「三種類も必要なのかなぁ」
「それぞれ用途が違うのでしょう」
「床を掃除するだけなのに奥が深いねぇ。アビドスでも砂掃除用のロボット頼もうかな」
「あぁ、良い案だね。今は生徒達で手分けしてやってるんだったね」
「そうそう。けど、毎日やるのは大変だしね〜。少しでも負担を減らせたら良いよねぇ」
アビドスの校舎は砂漠から飛んでくる砂塵が溜まるため、毎日砂掃除をしているのだ。以前は対策委員会しか居なかった時は手が回らなかった場所も、今は転入してきた生徒達の協力のお陰で、様々な場所の掃除が出来るようになっていた。
しかし、それでも大変なのは変わりないようだ。
少しでも手間を省き、学校生活を楽しんでほしいとホシノは考えているようだ。それには先生もワカモも大賛成である。
そんな会話を交わしながら歩く3人の目的地はゲーム開発部。
S.C.H.A.L.Eへ届いた一通の手紙に書かれていた廃部の危機にある自分たちを助けてほしい。
その相談を受け、先生たちは実際に話を聞くためミレニアムまでやって来たのである。
既にユウカからセミナー側の事情は聞いている。だからこそ、今度はゲーム開発部自身が何を考え、何を望んでいるのか。
先生はそれを本人たちの口から聞くつもりだった。
「ここかな」
一つの扉の目の前で足を止めると、その傍らに掲げられているプレートには、『ゲーム開発部』と書かれている。
「随分奥まった場所にありますわね。と言うか、空き部屋を無断で使ってたりしません?」
「ユウカちゃんも認知してるし、ちゃんと届け出は出てるんじゃないかなぁ」
「個性的な娘達って話だし、ユウカが色々と手助けしたのかもね」
先生が苦笑しながら扉を軽く叩くと、中から随分と元気な返事が聞こえてきた。
「はーい!」
そして数秒もしないうちに、勢い良く扉が開いて一人の少女、モモイが飛び出してくる
「わ、わ、! 先生だ! 本当に来た!」
手紙の差出人である、この部のシナリオ担当でもあるモモイは、先生の姿を確認するなり満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「やったー! 来た! 本当に先生が来てくれた!」
「行くって返事したからね。君がモモイかな?」
「そうそう! 私がモモイだよ! でも本当に来てくれるとテンション上がるじゃん!」
ぶんぶんと先生の手を取ろうとする勢いでモモイが身を乗り出すが、その後ろから、少し控えめな声がする。
「お、お姉ちゃん、嬉しいのは分かるけど、先生を入口で捕まえてないで、中に入ってもらわないと」
「あっ、そうだった! さぁ、先生、それに後ろの人たちも入って入って!」
「もう……」
呆れながらもミドリの表情には、安心したような柔らかな笑みが浮かんでいた。
「先生、初めまして、才羽ミドリです。お姉ちゃんがお手紙まで送ってしまって、ごめんなさい」
「こんにちは、ミドリ。気にしなくていいよ。困ってるから送ってくれたんだろう?」
「はい」
「だったら、それで十分」
先生が微笑むと、噂通り優しそうな人で良かった、と言う様にミドリはほんの少し肩の力を抜いた。
そして、テンションがMAXのモモイは両手を広げる。
「ゲーム開発部へようこそ! 歓迎しよう、盛大にね!」
「お邪魔しますわ」
「お邪魔するよ~」
三人が部室へ入る。
前もって話に聞いていた通り、そこは実にゲーム開発部らしい部屋だった。壁を埋めるゲームのポスターに棚へ詰め込まれた大量のソフト。
最新型のゲーム機の横には、先生でも名前を聞いたことがある程度の古いハードまで並んでいる。机の上にはお菓子の袋やらコントローラーやら、ありとあらゆるものが置かれていた。
「……すごいね」
先生が思わず漏らす。
「でしょ!」
「褒めてるのかなぁ」
ホシノが首を傾げる。
「もちろん褒めてるよね!?」
「はは、情熱は凄く伝わってくるよ」
「ほら褒めてる!」
「まぁ、部室内の整理整頓については何も言ってませんけれど」
胸を張るモモイだが、ワカモが微笑みながらのひと言に一瞬詰まってしまう。
「うっ、ゲ、ゲームを作ってるとこうなるんだよ!」
「お姉ちゃんが片付けないだけだと思うけど……」
「ミドリ!? で、でもほら! お菓子とか手が届く所にあった方が楽だし! それに配置も考えてるんだよ!?」
「ミドリの言い分が正しいし、モモイのそれは屁理屈でしょ」
部屋の隅のソファへ腰掛け雑誌を開いていた少女、ミサキが、視線だけこちらへ向けた。
他のゲーム開発部員とは明らかに違う、実戦を経験した者特有の身体の使い方。
「……どうも」
「こんにちは」
先生も穏やかに返す。
「ぁ、そ、それじゃあせっかくだから改めて紹介するね!」
これ以上追求されると不味いと思ったのか、モモイは空気を誤魔化すように自分の胸を指差した。
「私が才羽モモイ! このゲーム開発部のシナリオ担当!」
「うん」
「そしてこっちが双子の妹のミドリ!」
「改めて才羽ミドリです。イラストを担当しています」
「双子なんだね〜。性格はかなり違うみたい?」
「あ、あはは。よく言われます」
ミドリが丁寧に頭を下げる。姉とはかなり印象が異なるなぁと思うホシノ。
「それからこっちが戒野ミサキ」
モモイの指がソファへ向く。
「こっちが戒野ミサキ! 危ないことをしようとすると止めてくる担当!」
「どうも。あと、モモイ、私はそんな担当になった覚えないけど」
ジトッとした視線を向けるが、モモイはどこ吹く風だ。
「でも大体合ってるよね」
「ミドリまで……はぁ、まったく」
小さく笑うミドリの言葉にミサキが僅かに眉を寄せた。
「ふふ」
先生が小さく笑う。
前回のアビドスを巡る騒動の最中の事を思い出す。彼女とは直接言葉を交わしたことこそなかったが、ハウンズのメンバーだという事は当然知っている。
「戒野ミサキか」
「私のこと、知ってるの?」
「ウォルターやジナイーダから多少は聞いてるよ」
「ハンド……じゃなくて、ウォルターから?」
ほんの少しだけ、ミサキの表情が変わった。
余計な事言ってないだろうな。と言った少し素直ではない雰囲気に先生は小さく笑みをこぼす
「安心して。変なことは聞いてないから。素直じゃないけど、優しいってジナイーダは言ってたけど」
「ジナイーダ……! 十分変な事じゃない……!」
無表情でピースサインしているジナイーダを思い浮かべて、額を抑えるミサキ。後で帰ったら覚えておきなさい……と小声で呟いている気がするが、聞こえないふりをするのも優しさだろう。
そんなミサキをワカモが興味深そうに見ている。
「なるほど、貴女がハウンズの。私もジナイーダから色々と聞いておりますわ」
「色々って何よ、色々って……。あぁもう、ジナイーダの奴……!」
後で問い詰めないと、と決意するミサキである。
そんなミサキを見て珍しいと思いつつ、モモイが再び会話を引き取る。
「それでね、あともう一人、部長の花岡ユズがいるんだけど」
「今日は用事があって……た、多分、いないと思います」
何故かロッカーを見ながら、ミドリが補足した。
「そうなんだ」
「ユズにも後で言っておかないと! 先生が来たって知ったら驚くだろうなぁ」
「手紙の時点で驚いてたもんね」
そんな双子のやり取りを横目に先生は改めて部室を見渡した。
部室内はただ乱雑なだけではないようだ。
ここにはモモイがゲームをしていた痕跡があり、ミドリが絵を描いていた跡がある。そして、ミサキが考え込んだまま放置されたメモや何度も修正された企画書も見える
その全部が、この部活動が積み重ねてきた時間なのだろう。
なるほど、確かに個性的な生徒達だ。と思いながら、先生は空いている椅子を借りる
「それじゃ、まずは事情を確認しようか」
「はい!」
モモイが元気よく返事しながら椅子に座り、ミドリも隣に腰掛けており、ミサキは定位置のソファの上。
ワカモは先生の傍らに立っているが、ホシノはどこからかクッションを見つけ、早速その上に座っていた。
「よいしょっと、うーん、なかなか良いクッションだねぇ」
「ホシノ、寝ないで話はちゃんと聞いておくようにね」
「大丈夫、大丈夫。こう見えてもやるときはしっかりやるタイプだよ私~」
「それは知ってるよ」
「えへへ~、流石先生」
そんなやり取りを挟みながら先生は手元の端末を開いた。
「こっちでも事前にユウカから事情を聞いてきた」
「ユウカから!?」
「まぁ、確認しますよね……」
モモイの肩が跳ねるが、ミドリは何故か納得したような顔をする。
「もちろんだよ。相談してくれた君たちの話だけを聞いて、セミナーが悪いと決めつけるわけにはいかないからね。それぞれの事情をきちんと聴いて判断するよ」
「ぐぬぬ……ち、ちなみにユウカ、怒ってた?」
モモイが若干不安そうな表情になる。どうやら怒らせたユウカが恐ろしい事は身をもって体験しているようだ。
「怒ってはいなかったよ、ただ、かなり苦労してるみたいだったけど」
「…………」
モモイが目を逸らしたが、ミサキが静かに彼女を見る。
「……心当たりあるんだ」
「ない……とは言い切れないけど、ないと思う!」
「変な事言ってるけど、その言い方はあるんじゃん」
「まあまあ。話を戻すけどユウカから聞いた内容だと、ゲーム開発部は部員数そのものは規定を満たしている。けど、問題は活動実績と聞いたよ」
先生が苦笑して話を戻す。
「一定期間内に、ゲーム開発部として十分な成果を出せなければ、部活動として存続することが難しくなる」
「その通り。同じ事をユウカに前に言われてる。何か実績出さないと廃部になるってね」
ミサキが短く答えた。どうやらユウカも、ミサキがゲーム開発部の中でも冷静な判断が出来ると言う事で、話を通しているらしい。
「ユウカからも言われてるけど、規定そのものを変えることは出来ない。しかし、その規定を満たすために、私たちが協力することは問題ないよ」
ゲーム開発部の面々を見渡しながら、先生は穏やかに言葉を続けた。
「だから今日は君たちがどうしたいのかを聞きに来た」
「先生……!」
モモイの顔がぱっと明るくなる。
「その為に、まず選択肢を整理してみようか。ユウカから聞いた限り、必ずしもゲームそのものを作らないといけないわけじゃないらしい」
「うん」
「例えば専用ゲーム筐体の開発と製造」
「……それは無理じゃない?」
即答したのはミサキだった。
「やっぱり?」
「まず時間が足りない。筐体を一から設計して部品を揃えて、組み立ててソフトとの連携まで確認する。何か問題が起きれば修正も必要になる。しかも筐体の方にゲーム内容も考えないといけなくなる。今の残り時間を考えると、博打に近い」
ミサキは雑誌を閉じて、指を一本ずつ折って、状況を整理する。筐体の開発という言葉に眼を輝かせていたモモイだが、並べられる条件にどんどん苦い表情になっていく。
それを横目で見ながら、ミサキは淡々と話を続ける。
「設備自体はミレニアムだから借りられると思うけど、前提としてこっちには設計ノウハウがない」
「確かに、現実的ではございませんね、並べられた条件以外にゲーム内のシナリオやキャラクターも考えなければいけませんしね」
ワカモも頷いた。やはり筐体となると現実的ではないのだろう。
「じゃあ新型コントローラーとか?」
ホシノが言う。コントローラなら小さい分、ある程度は現実的だろう。
「えっと、普通のコントローラーを自作するだけなら、たぶん出来ると思います。でも、新しい入力デバイスとして成果を認めてもらうなら、今までにない操作方法まで考えないと駄目ですよね」
「ああー、そっか~。ガワだけ新型じゃダメだよねそりゃぁ~」
ミドリは自分の指先を見ながら考える。
「そうなると操作しやすさを調べたり、対応するゲームも作ったり、実際に誰かに遊んでもらって調整したり……」
「結局時間が掛かるねぇ。こっちもなかなか現実的じゃなさそうだね~」
ホシノが頬杖をついて、チラリと先生に視線を向ける。
皆が話しているのを、先生は静かに聞き役に徹して、あえて何も答えを出していなかった。
──選択するのは君達だ──
自分達で考えさせ、どんな選択だろうと尊重して、最後まで手助けをしてくれる。相変わらずだなぁと、内心でアビドスの時を思い出すホシノである。
「じゃあ、みんなは何を作りたい? 成功しそうなもの、じゃなくて、君たちは何をどんな思いで作りたい?」
一瞬、部室が静かになった。モモイが顔を上げ、ミドリは首を傾げている。そしてミサキは眼を細めて先生を見る。
先生には、ゲーム開発の知識がないわけではない。ゲーム関連企業とも繋がりがあるので、必要なら技術者を集めることも出来るし資金だって出せる。
ネストの設備を使えば、専用筐体を作る程度なら恐らく不可能ではない。
けれどそれでは、ゲーム開発部が成果を出したことにはならないし、先生が何かを作って与えるのでは意味がないのだ。
ここは、彼女たちの部活であり、彼女達が紡ぐべき物語なのだから。
「……決まってるよ」
やがて、モモイが口を開いた。その言葉の迷いはなく、力強く机に両手をつく。
「ゲーム開発部なんだから、ゲームで勝負する! そうだよ、ゲームを作ればいいんだよ!」
そして勢いよく立ち上がったモモイに、ホシノが小さく拍手する
「おー、やっぱりそうだよね」
「モモイさんらしい回答ですわね」
ワカモも微笑んだ。
「でしょ!」
更にモモイは胸を張ると、ぴしっ!! と天井に指を突き上げる。
「そして! 狙うのは──ミレニアムプライス!」
「ミレニアムプライス?」
先生が首を傾げる。
「ミレニアム中の部活がそれぞれの成果物で競い合い、ミレニアムでも最大級のコンテストの事です。かなり大規模で色々な企業も注目しているイベントなんですよ」
ミドリが説明する。ミレニアムの技術力を示す絶好の機会であり、企業だけでなく、他の学園からも視察に来るほどの大規模イベントだ。
気合を入れるようにモモイが拳を握る
「そこで高く評価されれば活動実績としては文句なしでしょ!」
「なるほど、つまり、そこでゲーム開発部の新作を発表する。それが目標になるのかな」
「そう! ──『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作って、受賞する!!」
モモイは一度大きく息を吸うと、声高々に宣言するが、ホシノが反応する。
「……2? もう、1はあるの?」
「も、勿論、あるよ!」
「それの評判は?」
「…………」
モモイが止まり、ミドリも気まずそうに眼をそらす。あれ? とミサキを見るが、彼女も聞こえないふりをしているので、ホシノは全部察した様に頷く。
「ああ、つまり、1がユウカちゃんが言ってたやつだぁ」
「言ったなユウカぁぁぁぁぁ!」
「言ってはいませんよ。私達が察しただけです」
「そうそう~、ユウカちゃん、随分と言いにくそうだったし、どうにかフォローしようとしてたよ~」
ワカモが冷静に訂正する。あんなに言いにくそうなユウカちゃんも珍しかったよ~とホシノもフォローするが、モモイはぐぬぬと言った様子で微妙な表情を浮かべている。
「同じようなものじゃん! 今に見てろよぉ、絶対に見返してやるんだから!!」
そんなモモイに先生は穏やかに問い掛ける、
「でもそれだけじゃないんだろう?」
「え?」
「モモイ、どうして、そこまでこの部を残したいのか、それを教えてくれるかな?」
「…………」
勢いよく動いていたモモイが完全に止まった。先生は急かさずに答えを待ち、ミドリもミサキも黙って見ている。
やがて小さな声が返ってきた。
「……ゲームが好きだから」
「うん」
「私、本当にゲームが好きなんだ」
モモイは周囲に置かれたゲームソフトへ目を向ける。古い作品から、最新作だけでなく、有名な作品もあれば誰も知らないような作品もある。
評価の高いものもあるし、テイルズ・サガ・クロニクルのように酷評されたものもある。中にはなにこのクソゲーと言いながら、クリアしたゲームもある。
その全てを彼女は好きだった。
「ゲームなんてただの暇潰しだって言う人もいるし古い作品やゲーム機なんて、ガラクタみたいなものだって言う人もいる」
一本、棚から古びたゲームソフトを取り出すと、指でケースを優しく撫でる。
「でも、私にとっては違うんだ。ゲームを始めれば、知らない世界へ行けた。勇者にもなれたし、冒険者にもなって沢山沢山知らない世界を旅出来るんだ」
少しだけモモイの声からいつもの騒がしさが消える。
時には世界を救う英雄にだってなれた。失敗してゲームオーバーになっても、もう一度コンティニューすればいい。
落ち込んでいる時に画面の中のキャラクターから勇気を貰ったこともある。
「沢山沢山笑ったし、沢山沢山泣いたこともある。すっごく腹を立てて、コントローラーをぶん投げた事もあるよ。なにこのボス、やってられないよーって」
それでも気が付いたら、また同じボスに挑んでいて、勝ったら大喜びする。それを何度も繰り返してきた。
「私の大好きなゲームはガラクタなんかじゃない」
ゲームソフトを胸元へ抱くモモイの目はまっすぐだった。
「それを証明したい。それに、私たちだって、誰かが楽しいって思ってくれるゲームを作れるって」
「お姉ちゃん……」
ミドリが優し気な眼差しで姉を見つめている。ゲームに一喜一憂するのは自分も同じだったからこそ、気持ちが分かるのだろう。
モモイは今度は部室を見回した。ミドリがいつも絵を描いている机にミサキが座っているソファ。
「私、この部活が好きなんだ、ミドリとゲームについて話して、ユズとゲームしてミサキに怒られて」
散らかったゲーム機やゲームソフト、何度も使ったコントローラー。その全てが自分たちがここで過ごしてきた時間の証。
「ちょっと、なんで私だけそれなの」
良い話の筈なのに、なぜ自分のエピソードはそれなのかと、ミサキの眉が僅かに動いた。
「だってミサキいつも怒るじゃん!」
「モモイが危ないことするからでしょ」
少しだけいつもの調子へ戻ったモモイだが、最後に静かに言葉を続ける。
今までどの言葉より強く、そして優しさにあふれていた。
「だから、なくしたくない。私はここでまだみんなとゲームを作って、遊びたいんだ」
ミドリの表情が柔らかくなる。
「私もだよ、お姉ちゃん、私も、この部活好きだから無くなってほしくない。……よし、私も頑張ってキャラクターイラスト描かないと!」
「……」
ミサキは何も言わなかったが、雑誌へ戻そうとしていた視線が止まった。何気なく自分もモモイが口にした「みんな」の中へ入っていた事が何故か少しだけ胸の奥へ残る。
ここへ来た理由はウォルターから与えられた役割だった。学校へ通って勉強して、そして必要ならば情報収集。
だけど気付けばこの騒がしい部室へ来ることが日常になったし、ウォルターにゲーム開発部との日常を話すと、彼の目元が少し優しくなっていた気がする。
「まあ、確かに廃部になったら、この部室も閉鎖されるしこのソファ、気に入ってるのに無くなったら……困るし」
「ミサキぃ! ようやくデレたぁ!」
「ああもう、抱きつくなモモイ! あと、デレたってなによデレたって!! って言うか、ミドリもさり気無く抱き着かないで!!」
「ご、ごめん、ミサキちゃん、なんか凄く嬉しくて」
正面から抱き着いてきたモモイを引き剥がそうとするミサキだが、いつの間にか背中にミドリが抱き着いていた。双子にサンドウィッチされて揉みくちゃにされている彼女だが、口元には柔らかい笑みが浮かんでいることに本人は気が付いていないだろう。
そんな光景を先生達三人は穏やかに見つめていた。
「なるほどねぇ、これは残したくなる部活だねぇ」
それは友愛と親愛の絆であり、アビドスでも何度も見てきた光景であり、ホシノの言葉にワカモも同意する。
「ええ、ゲーム開発部のみなさんにとって、本当に大切な居場所なのでしょうね」
今ではS.C.H.A.L.E――否、先生の隣こそが己の居場所だと、ワカモは感じている。そしてネストの隊員達にとっても、S.C.H.A.L.Eは既に大切な居場所の一つとなっていた。
「…………」
先生はそんなゲーム開発部を見ながら小さく微笑んだ。
居場所を守りたい、それだけで十分だった。どうして助けてほしいのか、どうして廃部になりたくないのか。先生が知りたかった答えはもう聞けた。
「分かった。それじゃその『テイルズ・サガ・クロニクル2』を完成させるために、何が必要なのかな?」
「! ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!!」
モモイが顔を上げるが先程までの真剣な顔は何処へ行ったのか。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「実はね私たちには、秘策がある!」
モモイが机の引き出しから資料を取り出した。
「最高のゲームを作るための──伝説のアイテム! その名もG.Bible!」
モモイが得意げに語り始める。
「ミレニアムに在学していた伝説的なゲームクリエイターがいたんだって。その人が、最高のゲームを作るための秘密を全部書き残したもの!」
「それがG.Bible?」
「そう!」
モモイが力強く頷き拳を握る
「それさえ手に入れば『テイルズ・サガ・クロニクル2』は絶対に神ゲーになる!」
「「「…………」」」
三人が黙る。そんな便利アイテムが本当に存在するのだろうか。と
「……噂ですけどね」
ミドリが小さく付け加えた。
「ちょ、ちょっとミドリぃ!?」
「だって本当にあるか分からないし……」
「前々からなんかヴェリタスに頼んでると思ってたけど、それを探してもらってたんだ」
やれやれと言った様子のミサキだが、モモイは自信満々に拳を掲げる
「絶対にあるよ! ロマンは根拠だよ!」
「そ、そうかなぁ。なんか前にそう言ってた人に心当たりがあるんだけどねぇ。散々な結果だったよ?」
「そうでしょうか、私は嫌いではありませんわ。伝説の秘宝を探す旅というのは、少し楽しそうですもの」
ホシノが首を傾げるが、ワカモは意外にも肯定的だった。
「ほら! ワカモさんは分かってる!」
モモイが胸を張る。
「ただ、そのG.Bibleとやらは、何処にあるのでしょう? 話を聞く限り、当てはあるようですが」
ワカモが微笑んだまま続けるが、何故かモモイは気まずそうに眼をそらすので、何故? と言うように一度首を傾げる。
やがてモモイは満面の笑顔で答えた。
「廃墟!」
ミレニアムサイエンススクール近郊に存在する──《廃墟》。
その名を初めて聞いた時、先生は幾つかの崩れた建物が集まった区域を想像していた。しかし実際にその場所へ足を踏み入れてみれば、認識が随分と甘かったことに気付かされる。
目の前に広がっているのは、もはや一つの街だった。
ひび割れた舗装道路に途中で崩落した高架橋。窓という窓が失われ、鉄骨を剥き出しにした高層建築。用途すら分からない巨大な研究施設らしき建物や錆び付いた配管が縦横無尽に這い回る工場群。
そして、ずっと昔に役目を終えたのであろう機械や無人車両が、まるで時間そのものに置き去りにされたかのように至る所へ放置されている。
風が吹くたび何処か遠くでぎぃ……ぎぃ……と金属同士が擦れる音がした。人の気配はないにもかかわらず、完全な静寂でもない事が余計に、この場所を不気味なものにしていた。
「うわぁ……思ってたより、ずっと広い……」
「お姉ちゃん、本当にここで合ってるんだよね?」
モモイが大きく口を開けながら周囲を見渡す。隣を歩くミドリが少し不安そうに周囲へ視線を巡らせた。
「もちろん!」
「モモイのその自信が一番不安なんだけど」
モモイは胸を張って返答するが、妙な自信だけはあるようだ。それを聞いて少し後方を歩いていたミサキがぼそりと呟いた。
「ひ、酷い!」
「だって、地図にもまともに載ってない場所へ、『多分ここ!』で来たんでしょ」
ミサキは足を止めることなく、崩れた建物の窓や脇道へ注意を向け続ける。
「多分じゃないよ!」
「じゃあ確実?」
「か……かなり有力! 命中率70%かな!!」
「それ、少し言い換えただけでしょ。それにその命中率で外して、よく叫んでる気がするけど」
「ぐぬぬ……」
ミサキの呆れ声にモモイが唸る。そのやり取りを聞きながら、先生は視線を周囲へ巡らせていた。
『廃墟』
今でこそこうして勝手に足を踏み入れているが、ワカモ曰く前は違ったとの事。
連邦生徒会長が健在だった頃、この一帯は連邦生徒会によって出入りを制限され、周辺には警備まで配置されていたという。しかし連邦生徒会長の失踪とそれに伴う混乱により、各地で発生した事件へ対応するため、連邦生徒会の警備戦力は撤収。
結果として誰にも管理されることなく、ほとんど手付かずのまま放置されているらしい。
「……わざわざ連邦生徒会が立ち入りを制限していた場所、か」
先生が小さく呟く。単純に危険だから、そう言われればそれまでではある。しかし目の前に広がる異様な景色を見れば、それだけではない何かがあるようにも思えた。
「先生、何か気になることでも?」
すぐ隣を歩いていたワカモが先生を見る。
「いや、まだ何も分からないよ。ただ……少し気になっただけ」
「……そうですか」
先生は軽く首を振ったのでワカモはそれ以上聞かなかった。
ただし先生が僅かな違和感を覚えたことは覚えておくことにする。それくらいには長く先生の隣にいるようになっていた。
「それで~モモイちゃん、結局、どうしてここにG.Bibleがあると思ったの~?」
両手を頭の後ろへ回しながら歩いていたホシノが、のんびりと声を上げる。
その問い掛けに待ってました。と言わんばかりにモモイが振り返った。
「それを説明してなかった!」
「勢いで連れてこられたけど、よく考えれば普通は来る前に説明すると思うけど」
ミサキの突っ込み。
「細かいことはいいの! 私がここを突き止めた理由は二つあるの!」
「おー、教えて教えて」
ホシノが気のない拍手を送る。
「一つ目! まずはヒマリ先輩の証言!」
びしっと指を立てて、モモイは以前聞いた言葉を思い出すように、少しだけ表情を作った。
「ヒマリ先輩が前に、この廃墟についてこう言ってたの。『あそこはキヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なのかもしれない』って!」
「時代の下水道……か。言い得て妙だね。しかし、あの全知のヒマリが断定せずに、『かもしれない』……か」
先生が周囲を見る。確かに表舞台から忘れ去られたような機械や建物が、この場所にはあまりにも多い。
「それで! 二つ目!」
モモイは二本目の指を立てた。
「G.Bibleについて残ってたデータをヴェリタスにお願いして解析してもらったんだけど」
「ヴェリタス?」
ワカモの耳が僅かに動く。
「うん。最後に起動された場所を調べてもらったの」
モモイは自分の端末を取り出す。その画面へ表示されたのは、幾つもの数字が並ぶ位置情報。
「それでね、G.Bibleが最後に起動された座標が、普通のミレニアムの地図に存在しなかったの! 立ち入りが制限されて詳細が分からなくて、忘れ去られたものが集まる廃墟! と地図には載っていないG.Bibleの最終起動位置! この二つを組み合わせれば──G.Bibleはここにある!」
ババーンと言う効果音が聞こえてきそうな決めポーズを取り、満面の笑みを浮かべるモモイが期待に満ちた顔を向けるが、ミドリとミサキは顔を見合わせて微妙な表情をしている。
「……こじ付けじゃない?」
ミサキがバッサリと切り捨てる。
「なんで!?」
「『忘れられたものがある』から『探してるものも絶対ある』は飛躍してる。それに座標が地図に載ってないってだけなら、単に古いデータだった可能性もあるし」
「うっ……と、時には正論は人を傷つけるんだぞミサキー!」
「お姉ちゃん、流石に私もちょっと強引だと思うけど……」
ミドリも困ったように笑う。流石にフォローは出来ないようだ。
「ごふぅ、み、ミドリまで!?」
味方がいないようで、モモイがショックを受けたように胸を押さえて崩れ落ちる。大袈裟である。
そんな寸劇を見ながら先生が口を開いた。
「いや、調べてみる価値はありそうだよ」
「ほら! 先生も私の推理を認めた!」
それを聞いてモモイが一瞬で復活した。現金である。
「まだそこまでは言わないよ、結論はかなり大胆だと思うよ」
「先生!?」
しかし先生は笑いながら続ける。
「でも、ヒマリとヴェリタスの子達から得た情報なんだろう? なら、元になった情報そのものの信憑性は高そうだ」
ヴェリタスによって解析された位置情報に過去の起動記録。そして廃墟についてのヒマリの考え。連邦生徒会長が封鎖していた何かしらの理由。
「少なくとも、ここを調べる理由としては十分だと思うよ」
「ほらぁ! 先生も私が正しいって!」
その先生の言葉を聞き、モモイが勝ち誇った顔をする。
「先生は『調べる価値がある』って言っただけだから、都合よく変換しないで」
「同じようなものじゃん!」
「全然違う」
「ぐぬぬぬ……!」
ぴしゃりと言い放つミサキに、相変わらず悔しそうにしているモモイ。
その横でワカモだけが別の部分に引っ掛かっていた。
「……ヴェリタスですか……」
「どうした?」
「いえ、今のお話を聞いて、少々別の懸念が。ヴェリタスの皆様が、それだけの情報を調べられるということは……当然、先生が現在S.C.H.A.L.Eを留守にされていることも、把握しようと思えば出来るのでしょうね」
「……まあ、出来るかもしれないね。と言うか可能だろうね、彼女達ならね。それが何か懸念に感じる?」
ワカモは額へ片手を添えているが、僅かに……本当に僅かにだが、表情が引き攣っている。
「はぁ……今頃、S.C.H.A.L.Eかネストのネットワークへ侵入しようとしていなければ良いのですが」
「あぁ、よく侵入しようとしているらしいね。毎回ファイアーウォールで撃退するのも大変ってアロナが言っていたね」
現にS.C.H.A.L.Eとネストのネットワークにヴェリタスとヒマリが侵入を試みているが、アロナがファイアーウォールを駆使して撃退してる所である。
予想が付くとワカモが本当に深く深く溜息を吐いた。
そんな二人のやり取りをホシノは少し離れた場所で聞いていた。
「…………」
先程までいつものように眠そうに目を細め周囲を眺めながら歩いていた彼女の足が止まる。
「ホシノ? ……何かいるね」
先生が気付くより、ほんの僅かに早くホシノの両腕が動いた。ホルスターから抜いた二丁のショットガンがホシノの手へ収まる。
「それよりも皆、ちょっとまずいかもよ」
声はまだ気怠げなままだが、目だけが先程までとは明らかに違い、警戒の色を宿している。
「何が──」
モモイが振り向くと同時に、がしゃんと遠くで金属音が響く。
崩れかけた建物の陰に人型の機械が一体姿を現した。錆び付いた装甲で長期間整備されていないのか、動くたびに関節から異音がする。
しかしその腕にはまだ機能している銃器が握られていた。
「ロボット……?」
しかも道路の向こうだけでなく、崩れた壁の陰や廃車両の隙間から次々と同型のロボット兵が姿を現す。異音を立てて、こちらに向かってくる姿は不気味そのもので、ミドリが息をのむ。
そんなミドリを庇う様にミサキが前に出て目を細めて警戒する。
「どうやら徘徊してた個体に見つかったみたい」
「そんなぁ!? て言うか、この場合……ゲームだと」
この展開、ゲームで見た奴だ!! と言う様にモモイが叫ぶ。ロボット兵の頭部にある光学センサーに赤い光が灯り、ギギッと金属音を立てて銃口が上がる。
その瞬間、先生の右手には
──ダダダダダダダダダダダダッ!! と凄まじい連射音が、静まり返っていた廃墟を叩き起こした。
先頭にいたロボット兵だけでなく、一体、二体、三体と先生が銃口を横へ流しただけで装甲へ無数の穴が穿たれ、火花や破片を巻き散らして数体がほぼ同時に崩れ落ちた。
「……ええええええ!!?? せ、先生めっちゃ強いじゃん!?」
モモイの口が開いたままになるのも仕方がないだろう。つい先程まで自分たちのゲームについて穏やかに話を聞いてくれていた先生が、戦闘が始まった瞬間に躊躇なく引き金を引いたのだ。
しかも照準から射撃までの動きに一切の無駄がなく、あまりにも速い。
「お、お姉ちゃん! 感心してる場合じゃないよ!」
「あ、そうだった!」
モモイとミドリも慌てて銃を構える。
直後、左右から別のロボット兵が銃を構えてくるのが見える。更に先生はいつの間にか左手に握っていた
しかし、先生が動くより先にショットガンの轟音が響き、近距離まで近づいた一体が、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「おー、まだまだ来るねぇ」
ホシノがもう片方の
そして別方向から、一体のロボット兵が先生へ銃口を向けるが、乾いた一発の銃声と共に頭部のセンサーが砕け散った。
「先生へ銃口を向けるなど、随分と命知らずな機械ですこと。全て蹴散らして見せましょう」
いつの間にか狐面を付けたワカモの声には、先程までの柔らかな音はない。ただひたすらに先生の害になる存在は排除すると言う鋼鉄の意思と冷たさが宿っていた。
「まぁまぁ、ワカモちゃん落ち着いて。それに相手は機械だから命はないと思うけどねぇ」
ホシノが撃ちながら答える。小柄ながらに、すでにショットガンの
「そういう問題ではございません」
それとは対照的に、ワカモの弾丸は的確にロボット兵のセンサー部分だけを貫いていく。無駄弾を一切使わない冷酷なまでの一撃だ。
それに続くようにモモイとミドリも二人の射撃戦を始めていた。
迫ってきた一体へモモイの弾丸が集中し、更に続いて後方からミドリが撃ち抜く。
「よし! 撃破! これはいけるんじゃない?」
「お姉ちゃん、まだ! 奥からたくさん来てるよ!!」
ミドリの言う通り、遠くから多数の駆動音が聞こえてくる。崩れた高架の向こうに目視できる数でも十数体。
さらに別方向からも聞こえてくるので、まだまだ居るだろう。
「数が多すぎるよ!? なにここ無限湧きスポットかなにかなの!?」
「う~ん、銃声が聞こえて集まってきた感じかなぁ。私も先生も派手にぶっ放したしねぇ~」
「まだ増えるってこと!?」
「多分。倒しきるまでもっともっと来るんじゃないの~?」
「聞きたくなかったぁ! せめてウェーブ制! ウェーブ制して、インターバルは欲しいよぉ!」
先生は撃ち続けながら周囲を一度だけ確認する。
接近する数に敵の火力。どちらも正直に言えば大したこともない。地形に関しては移動してしまえば、どうとでもなる。
「ふむ……見た限り、殲滅できる数ではありそうだ」
「え? これ全部出来るの!?」
モモイがギョッとした顔で先生を見る。あんなに穏やかで優しい先生は、こんな状況でも一切焦らず、逆に殲滅までできるとか言っている。
「まぁ、先生ならばできますわね」
「先生ならねぇ。それに私達も居るし、そんなに手間取らないんじゃないかな~」
ワカモやホシノも当然のように続ける。だって、先生である。
「待って待って待って、さっきまで常識人枠じゃなかったこの二人!? この人達、本気でやる気だ!?」
何時もは止められる側のモモイが、止める側に回ると言う謎の現象が起きているが仕方がない。
だって、
「いや、出来るけど今回は目的が違うでしょ、私達はG.Bibleを探しに来ただけ」
そこで別の声が割り込む。ミサキである。彼女は背負っていた武装のミサイルランチャーへ手を伸ばして構える。
複数のロックが表示され、完了すると同時に発射された複数のミサイルが白煙を曳きながら飛翔し、ロボット兵が集中していた道路へ着弾する。
──ドォォォン!! と言う音とともに爆風が起こり、モモイとミドリが思わず身を低くして衝撃をやり過ごす。
ロボット兵はまとめて爆炎の中へ消えるが、ミサキは戦果を確認せずに別な方向へと視線を向けていた。
逃げ道に遮蔽物。爆破して崩して利用出来る建物はあるかどうか。全てウォルターから、ハウンズ全員に叩き込まれた戦場で生き残るための判断力だ。
「あっち、廃工場みたいなのがある」
ミサキが指差した煙の向こうの少し離れた場所に、巨大な建物が見えた。
崩れてはいるが外壁の大部分はまだ残っており、防壁としても十分役に立つだろう。
「ここにいたら包囲されて、無駄に時間と体力を浪費する。次の発射と同時に逃げ込むよ」
ミサキは次弾を装填しながら周囲に目配せする。一瞬、先生とミサキの視線が合った。
「そうだね。ミサキの案で行こう」
戦闘力が高い者ほど自分の力だけで解決しようとする場合があるが、この人は違うようだ。
出来ることと、やるべきことをきちんと分けて考えているらしい。
「ワカモ、後方を頼む。ホシノは右の増援に注意を向けて。モモイとミドリの二人は中央。私から離れないで。前方の残敵を私が引き受ける」
「えぇ、後方はお任せください。送り狼など一匹も通しませんわ」
「右も任せてね~。きっちり片付けるよ~」
「「は、はい!」」
「ミサイルランチャー、撃つよ。着弾と同時に走って」
ミサキがミサイルランチャーを発射し、着弾すると同時に全員が駆け出した。
先頭を走る先生の
ワカモが振り返りながら、追撃してくる敵を確実に仕留め、ホシノは右側から近付く敵へ二丁のショットガンを撃ち込む。
モモイが瓦礫を飛び越え、ミドリも遅れないように速度を上げる。そのすぐ目の前の先生が一度だけ振り返り、二人がついてきていることを確認。
廃工場の巨大な搬入口が迫るが、その前に居た数体のロボット兵が銃口を向ける。しかし即座に先生が
「ワカモ!」
「はい!」
最後尾を走るワカモが数発撃ち、外から追ってきたロボット兵を牽制。そのまま巨大な機械の陰へ身を滑り込ませる。
「全員いる?」
息を整えながら、先生が確認する。それぞれが床に座り込んでいたり、壁に寄りかかって呼吸を整えているようだ。
「私はおります」
「おじさんもいるよ~」
「いる」
「いるよ!」
「私も大丈夫です!」
先生が一度頷く。
外からはガシャン、ガシャンとロボット兵たちの音が聞こえるが、何故か中には入ってこないようだ。
「はぁ……はぁ……なにこれ、めちゃくちゃ疲れた……」
「こ、こんなに走ったのは、ぜぇぜぇ、久々だよね……」
「良かったね、モモイ、大冒険って言ってたじゃん」
モモイとミドリは床に座り込み、流石のミサキも壁へ背を預け、静かに息を整えている
「なにそれ、皮肉ぅ!? 思ってた冒険と違うよぉ!」
「それだけ大声出せるなら、まだまだ大丈夫みたいね」
「くっそぅ、ミサキが憎たらしいけど、心配してくれてるからちょっと嬉しい!」
「お姉ちゃん、チョロすぎ……?」
そんな三人の寸劇を眺めながら、先生は入り口付近を警戒しているが、ロボット兵の足音が遠ざかるのを確認すると、小さく息を吐く。
「どうやら、大丈夫そうだね。みんな少し休んだら、状況を確認しようか」
だがそこで工場の奥に視線を向けていたホシノが少し違う声色を出した。
「ねぇ、先生」
「どうした?」
「ここ……ただの工場なのかなぁ」
ホシノの言葉を聞き、全員が工場の奥に視線を向ける。
薄暗い内部には巨大な機械が放置され、崩れた生産ラインや錆びた足場があるので、そこを見る限りただの廃工場のようだ。
しかしさらに奥の闇の向こうに微かな青白い光が見て取れる。
「……電気?」
ミドリが呟いた。
「ここ、放棄されてから随分経ってるんでしょ?」
「そのはず。そもそも何時からあるのか分からないから、何とも言えないけど」
ミサキの目が細くなる。明らかに警戒する色を宿している。ここには何かある。そんな予感がするのだ。
「だったら、何でまだ動いてるんだろうね」
先生も光を見るが答える者はいなかった。ただ暗い工場の奥でまるでこちらを誘うように、その光だけが静かに明滅を繰り返している。
外には多数の徘徊するロボット兵がおり、今出て行っては振り出しに戻ってしまう。目的のG.Bibleもまだ見つかっていないのならば、進むしかない。
「少し休んだら、奥を調べてみよう」
先生の言葉にモモイの表情が少しだけ明るくなった。
「もしかしてこれ……本当にダンジョン探索っぽくなってきたんじゃない!?」
未知の施設と、目の前の暗闇の奥にある謎の光。確かに何かのイベントダンジョンっぽい感じもする。
元気を出したモモイに、やれやれと言った様子で顔を見合わせるミサキとミドリ。まぁ、これがモモイらしいと言えばモモイらしいだろう。
先生も暗闇の奥へ視線を向ける。
G.Bible、それを探すためだけにこの場所へ来たのだが、この時まだ誰も知らない。
廃墟の奥深く、忘れ去られた施設の中で一人の少女が眠っていることを。
暗闇の奥で青白い光がもう一度だけ、静かに瞬いた。