ブルーアーカイブ Day After Day 作:燃え殻の灰
三時間後。
「…………つ、疲れました」
ぽつり、そんな言葉と共に、アリスの両肩がゆっくりと落ちた。
数時間前までゲームという存在そのものを知らず、コントローラーの持ち方さえ教わっていた少女の姿は、今や見る影もない。
いや、正確にはゲーム初心者であること自体は何一つ変わっていない。
ただし、その顔には地下施設で目覚めた時には存在しなかった明確な疲労が浮かんでいた。
未知の仕様に、理不尽な初見殺しと呼ぶほかない、前触れもなく発生する即死イベント。更には意味を理解しようとすればするほど、理解から遠ざかっていくシナリオ。
そして最終盤になって唐突に明らかになった、誰も予想出来なかった真実etc.etc……。
アリスの処理能力をもってしても、それら全てを受け止めるには相当な労力を必要としたらしい。
「…………」
コントローラーを握ったまま、アリスは燃え尽きたようにモニターを見つめている。そこには長い長いエンディングを終え、静かな音楽と共にゲームタイトルが表示されていた。
「…………終わりました……クリアしました」
アリスが呆然と呟いた瞬間に、モモイが椅子から飛び上がった。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!! すごいよアリス! 開発者二人が一緒だったとはいえ、初プレイで三時間でトゥルーエンドだよ!? これ、普通にすっごいからね!」
まるで自分がゲームをクリアしたかのように、モモイは両腕を上げて喜んでいる。
「トゥルーエンドとは?」
「一番いいエンディングの事だよ! いやあ、選択肢一つでも間違うと絶対にたどり着けないようにしてたんだけどね、すごいよ!」
「…………」
アリスはゲーム画面を見る。確かに、選択肢の所に関しては、モモイもミドリも口出ししてこなかったのは、そう言う事だったのだろう。なんという鬼難易度。
「最良結末への到達を確認」
「そうそう!」
「勇者は世界を救済。仲間たちも生存。ヒロインも最終的には精神的安定を獲得。腹違いの友人については最後まで理解不能でした」
「そこは忘れて! ……うぅ、罪深い設定だったね……」
ミドリが顔を赤くして慌てて遮った。今思えば、確かに腹違いの友人ってなんだ一体と自分でもそう思っているようだ。
しかしゲーム開発部の部室は数時間前より、明らかに賑やかになっていた。その中心にいるのは、つい今日この部へやってきたばかりの少女、アリスだ。
そんなアリスの数時間前の姿と今を、ミドリは頭の中で比較してみるが、明らかに声に抑揚が出てきていることに気が付いた。
「…………もしかして本当にゲームをやればやるほど……アリスちゃんの喋り方のパターンが、どんどん増えてきてる……?」
「…………」
アリスは少し考えるように目を伏せ、そしてゆっくり顔を上げた。
「勇者よ、汝が同意を求めるならば私は、それを肯定しよう」
「…………え?」
胸元へ片手を添えて、少しキメ顔のアリスの姿に部室が静まり返った。まあ、可愛い。
「……増えてはいるね」
ミドリが何とも言えない表情で呟くが仕方がないだろう。
「ええ、確かに以前とは違いますが……ゲーム中の台詞を、そのまま学習しているようですので、少々違和感がありますわね」
「そうかなぁ? 前よりずっと良くなったと思うけどねぇ~。これもアリスちゃんの個性ってことでいいんじゃない?」
ワカモの言葉を聞きながらホシノがいつものように、ふにゃりと笑う。
「いや……個性で片付けていいの、これ……」
ミサキが、お気に入りのソファへ深く腰掛けたままアリスを見る。確かに話し方のパターンが増えたのは良い事だが、少し大仰すぎる気がする
「良いじゃん! 勇者っぽくてカッコいいよ!」
「かっこいいとかそういう問題じゃない。まぁ、確かに話し方はかなり変わったけど」
ミサキの冷静な指摘に、モモイが頬を膨らませながら、アリスの肩に手を置く。
確かに、少なくとも数時間前。何を聞いても、「肯定」「否定」「了解」「回答」だった少女が今は自分なりの言葉を選び、周囲へ返そうとしている。
ミサキの言う通り。方向性に多少……いや、かなりの不安があるとはいえ、それでも確かな変化だった。
そんなアリスの様子を見ながら、ミドリは何度か口を開いては閉じるを繰り返している。その様子にモモイが姉妹だからこそ、気付いた。
「どうしたの、ミドリ? なんか言いたそうだけど」
「あ、その……うん、アリスちゃんに聞きたいことあって」
何時しかゲーム画面は、エンディングも終わり、メインタイトルに戻っている。
そしてアリスを見る。
「その……こういうの、面と向かって聞くのは……ちょっと緊張するんだけど、わ、私たちのゲーム、お、面白かった!?」
僅かに震える声でのミドリの問い掛けにモモイも一瞬だけ黙った。先ほどまで好き勝手に騒いでいた彼女も、今だけはアリスを見る。
このゲームは自分たちが作ったものであり、誰かに言われて仕方なく作ったわけではない。自分たちが面白いと思ったものを詰め込んだ作品であり、自分たちなりに一生懸命作った
しかし世間から返ってきた評価は厳しかった。酷評に低評価の爆撃雨あられで、レビューを見るのすら怖い。
もちろん今振り返れば、自分たちでも何故こんな仕様にしたのかと首を傾げる部分も山ほどあるが、それでも自分たちが本気で作った大切な
「…………回答」
「う、うん」
「…………」
しかし、そこでアリスが何か考えるような素振りを見せる。
「…………?」
「…………アリスちゃん?」
「説明不可。該当感情を表現する適切な語彙と類似表現を検索しています。ロード中、ロード中」
「ちょ、ちょっと待って!?」
その言葉にミドリの顔から急速に血の気が引く。
「もしかして、悪口探してる!?」
「違うと思うよ!?」
「そ、そうだよね!? そんなことないよね!?」
自分で聞いたくせに完全に動揺しているが、そんな妹をモモイも笑えない。
「…………」
ゲームを思い返すようにアリスは目を閉じる。最初のチュートリアルでは、何故か説明通りに操作して死んだ。まったくもって意味が分からなかった。
モンスターとは毎回死闘で、何度も失敗した。それでも決してコントローラーを手放さなかった。
もっと先が知りたかった。知らない世界を冒険して、知らない人と出会い、知らない物語を体験できた。そして画面の向こう側に存在する、自分が知らなかったものを沢山沢山感じ取ることが出来た。
挫けそうな時はワカモやホシノに励まされ、モモイとミドリは両脇で騒いでて、どうしても勝てない時はミサキが冷静にアドバイスをくれた。
そしてたどり着いたのは、美しいエンディング。
「……面白さ、それは明確に存在」
モモイとミドリの目が僅かに大きくなる。
「プレイを進めれば進めるほどアリスは、別の世界を旅しているような、夢を見ているようなそんな気分でした」
それは今までで一番柔らかいアリスの声。
その言葉を聞き、モモイが息を呑んだ。それは以前、自分が話したこととよく似ていた。
ゲームなら現実では行けない場所へ行けて、知らない世界を冒険出来る。世界に生きる誰かになって、物語の中へ入っていける。
勿論、アリスはそんな話は知らないので、そのまま繰り返したわけではないだろう。しかし、三時間だが実際にゲームを遊んで自分自身で同じところへ辿り着いた。
「そしてもう一度……もう一度この世界を旅したいです」
その瞬間だった。アリスの目元から一粒、透明な雫が零れ落ちた。
「…………?」
頬を伝う雫に本人が一番驚いているようだ。そして、もう一粒、雫が零れ落ちる。
「えっ、アリスちゃん!? なんで泣いてるの!?」
「えっ!? な、なんで!? どうして!? どこか痛いとか!?」
「わかりません。視覚器官周辺より液体の排出を確認。これは、なんですか?」
「涙だよ!」
モモイとミドリが完全に慌てているが、ワカモだけは少しアリスの顔を見つめ、それから柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですわ」
そのまま懐からハンカチを取り出すと、アリスの涙を優しく拭う。
「アリスさん、ゲームが……とても楽しかったのですね」
「…………はい、とても楽しかったです」
「そして終わってしまったことが、少し寂しくなったのではありませんか?」
「寂しい……?」
「ええ。心の奥に少しだけ空白を感じませんか?」
アリスがゆっくりゲーム画面を見る。
もう物語は終わり、行く先々で出会った仲間たちは、それぞれの道へ旅立った。あれほど理解不能で、理不尽で何度も困惑させられた世界での大冒険は終わってしまった。
そう思うと、ワカモの言う通り、胸の奥に妙な空白感がある。
「……これが寂しい。ですが…………楽しいと同時に存在しています。このような事があるのですか?」
「そういうこともありますわ。楽しかったからこそ、終わってしまうのが寂しいのですよ」
アリスの涙を丁寧に拭いながら、無垢なる問いにワカモが優しく微笑んだ。
「それもアリスさんの大切な感情ですわ」
「…………理解しました。アリスは楽しくて、そして寂しい。だから、もう一度遊びたいです」
モモイが耐えきれなくなったように、アリスの手を両手で握る。
「そ、そんなに! そんなに喜んでくれたなんて! すっごく嬉しいよ!」
興奮しながらも、今度はモモイの方が泣きそうになっているし、ミドリの目元にも僅かに光るものがある。
「本当にありがとう、アリスちゃん」
「…………?」
「私たちのゲーム、最後まで遊んで、面白いって思ってくれて……もう一度やりたいって、言ってくれて私も凄く嬉しいよ」
アリスは二人を見るが何故、自分が感謝されているのか、それをまだ完全には理解出来ないようだ。けれど、二人が嬉しそうだということだけは、今のアリスにも少し分かるようになっていた。
「あ! ユズにも教えたいなぁ! 私達のゲームは感動させることが出来るってさ!」
「うん、ユズちゃんもきっと喜ぶよ。けど、用事って言ってたけど、結構な時間たつよね。まだ終わらないのかな?」
「だってよ、いい加減にそろそろ出てきたら?」
「え、ミサキ、誰に言ってるの?」
「ユズに言ってる。ほら、そこのロッカー」
ミサキが指を差す先にあるのは、部室の隅に置かれたロッカー。
モモイとミドリもロッカーに視線を向けて固まる。そう言えば、なんか廃墟に行く前にガタガタと揺れていなかった……? と今更ながら思い出したようだ。
見つめる事数秒。何も起きないので、ミサキはため息を零しながらもう一度声をかける。
「ユズ、もう無理でしょ。大人しく出てきた方が良いよ」
ロッカーが僅かに揺れ、カチャっとロッカーの扉がほんの少し開くと隙間から視線を感じる。
「…………」
「…………」
「…………」
再び閉まる。
「閉めた!?」
「ユズちゃん!?」
更に数秒後、もう一度ほんの少し扉が開き、その隙間から恐る恐る、花岡ユズが顔を覗かせた。
「…………こ、こんにちは」
「ユズちゃぁぁぁぁぁん!? え、なんでそんな所に!?」
「何時からそこにいたの!?」
モモイの問いにユズが目を逸らす。
「えっと、みんなが廃墟に行く前から……中に居たよ」
「最初からじゃん!? じゃあ先生が来た時も!?」
「…………うん」
「私たちが話してた時も!?」
「…………うん」
「私がゲーム開発部について熱く語ってた時も!?」
ユズの顔が真っ赤に染まる。
「…………うん」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ちょっと待って! 全部聞いてたの!?」
今度はモモイが恥ずかしさで崩れ落ちた。まさかあんな風に熱弁していたことを聞かれているとは思っていなかった。
あの時は大丈夫だったのに、何故今更恥ずかしがるのか? テンションとその場のノリとは恐ろしいものである。
「ご、ごめん……」
「なんでその場で出てこなかったの!? 今すっごく恥ずかしいんだけど!?」
モモイもユズに負けず劣らず顔真っ赤である。
「だってモモイが、ゲーム開発部のこと、あんなに真剣に思っててくれてたのが、嬉しくて。それで恥ずかしくて……出るタイミング、分からなくなって、そのまま……」
「て言うか、廃墟から帰ってくるまで!? 何時間入ってたの!?」
「…………うん」
そんな二人のやり取りを見ていたミサキは、やれやれといった様子で肩を竦める。
「モモイ、今さらそこ気にする?」
「だって気付かなかったんだもん! って言うか、ミサキも気が付いてたなら言ってよ!?」
「確かにユズがいるの分かってたけど、本人が出たくなさそうだったから」
「あ、ありがとう、ミサキ、気を使ってくれて」
そのやり取りを聞き、ホシノが納得したように手を叩く。
「あー、やっぱりそういうことだったんだねぇ」
「その反応……ホシノさんも気付いてたの!?」
「誰かいるなぁ、とは思ってたよ~」
「と言う事はワカモさんも気が付いてたとか!?」
「勿論、最初から気付いておりました。あぁ、先生も気が付いておられましたよ」
「なんで誰も教えてくれなかったの!?」
「いえ、本人が隠れているのですから、無理に引きずり出すのもどうかと思いまして。恥ずかしそうな気配も感じておりましたし」
「そ、それはそうだけど! 全然気付いてなかった……」
「そ、そこは……ほら、お姉ちゃんだからね」
「どういう意味!? って言うか、ミドリだって気が付いて無かったじゃん!!」
そんな、いつもの賑やかな声が部室に響くの中でユズは、ゆっくりロッカーの中から外へ出た。
その視線の先にはアリスの姿があり、二人の目が初めて正面から合うと、ユズが緊張したように指先を握る。
「は、初めまして、花岡……ユズです。ゲーム開発部の……部長をしています」
ユズの声が一度詰まり、少し俯いてしまう。
「花岡ユズ、対象情報を新規登録」
「そこは普通に覚えてあげて」
アリスが名前を復唱するが、まだちょっと違和感があるのでミサキが横から小さく突っ込む。
モモイが立ち上がると、ユズの肩へ手を置く。まだちょっと二人の顔が赤いのはご愛敬だ。
「えっと! 改めて紹介するね! ゲーム開発部の部長、ユズだよ!」
「部長。つまりゲーム開発部における最高責任者。……つまりボスキャラですね」
「そ、そこまで堅く考えなくていいよ……? それにボスキャラって言われるほどでもないし」
そんな会話にユズも緊張がほぐれたのか、少しだけ意を決したようにアリスへ一歩近付く。
一歩、もう一歩と人と距離を縮めることが苦手なユズが、自分からアリスの前まで歩いていき、そして恐る恐る手を伸ばすと、アリスの手を握る。
「?」
そのユズの行動にアリスが首を傾げるが、ユズが視線を泳がせながらも、必死に言葉を紡ぐ。
「えっと、あの……その…………ありがとう」
小さな声で告げたのは感謝の言葉。
「感謝?」
「うん、ゲーム、面白いって言ってくれて、もう一度やりたいって……言ってくれて。そして泣いてくれて……本当にありがとう」
ユズは頷くとアリスの手を少しだけ強く握る。その手と、声は少し震え、ユズの目元が僅かにうるんでいる。
ロッカーの中で見ていたが、あんなに理不尽で滅茶苦茶な目にあいながらも、もう一度冒険したいと言い、泣いてくれたアリス。それだけでゲームを作って良かったと思える。
「感謝される理由を、完全には理解出来ません」
「…………そっか」
ユズの笑顔が僅かに寂しそうに揺れる。
「でも、アリスはこのゲームを遊んで楽しいという感情を知りました。終わった時には寂しいという感情も知りました」
目元には先ほどの涙が少しだけ残しながら、アリスは自身の胸へと、そこにある教えてもらった感情に、そして心に手を当てる。
「けどアリスはもう一度、遊びたいと思いました」
ほんの少し笑うアリスに、ユズの目から今度こそ涙が零れ落ちた。
「……そういう言葉、ずっと……聞きたかったの」
ユズの声は震えているがそれでも嬉しそうな響きが含まれており、流した涙を自分で拭う。
「もう一度やりたいって、そう言ってくれる人がいてくれたらいいなって」
そして、もう一度アリスの手を握ると、ユズは今度はちゃんと顔を上げた。
「だからゲーム開発部に来てくれてありがとう、アリスちゃんこれからよろしくね」
ユズの優しい少し照れた笑顔を見て、アリスが先ほどの言葉を繰り返す。
「よろ、しく……? なるほど、理解しました」
少し間アリスは、ゲームで何度も見た仲間加入時の演出を思い出して、僅かに胸を張る。
「ユズが仲間になりました。パンパカパーン!」
それは、今までの僅かに口元が緩む程度ではない少女らしい柔らかくて可愛らしいアリス本来の笑顔だ。
「……合ってますか?」
「…………」
ユズが目を丸くしてアリスの行動を見ると、ふふっ、と涙を拭いながら笑ってしまった
「ふふっ、うん、そうだね。だいたい……そんな感じ、かな、その様子だと、本当にわたしたちのゲームを楽しんでくれたんだね」
「はい。沢山の仲間たちと一緒に世界を救いました」
「仲間が増えるのは、RPGの醍醐味の一つだもんね」
そしてユズの表情が先ほどまでの、人見知りで縮こまっていた姿からゲームを語る一人の少女へと変わり、身を乗り出したその姿はほんの少し誇らしげだ。
「もし、RPGを面白いなって思ってくれたなら、わたしが他にもおすすめのゲームを教えてあげる」
「!」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃっ!?」
その提案を聞きアリスの目がほんの僅かに輝いたが、そこに突然のモモイ乱入。相変わらず空気を読まない。
「アリスにおすすめするのは私が先!」
「お、お姉ちゃん!?」
「良質なゲームをやればやるほど、話し方も自然になるんでしょ!? それなら定番にして王道にして究極の作品から始めるべきだと思うの」
「モモイ、それ色々と解釈が渋滞起こしてない?」
「シャアラップ、ミサキぃ! 布教は大切な事なの!!」
モモイが棚から続々とゲームソフトを出してきて並べ始める。ミサキも突っ込みつつ、まあ何時もの事か、と若干諦めモードだ。
「まずは『英雄神話』! 次に『ファイナル・ファンタジア』! それから『アイズ・エターナル』と──ああ、独特な世界観で骨太の作品なら『エルデンフィールド』とか『ダークボーン』もあるし、あ、『メタルウルフ・セキロウ』も最高に楽しいよ!」
「待って! 何言ってるの、お姉ちゃん! アリスちゃんはゲーム初心者だよ!? いきなり長編RPGを何本も押し付けたら駄目でしょ! まずは遊びやすい『ゼルナの伝説・夢見るアイランド』の方が絶対いいって! もしく初心者でも楽しめる『ブラボカート』とかからだよ!」
今度はミドリが割り込むので、ストッパーに回ってくれると思ったが違うようで、ミサキが肩を落とす。あぁ、本質的にミドリはそっち側だった。だって姉妹だから……と言うように。
しかし、そこに割って入る小さくても、妙に力強い声、
「それなら、『ロマンシング物語』とか『ソード・ファイナル』は外せない。後、絶対に『デモンズリング』はやった方が良い。死にゲームの元祖は伊達じゃない。勿論、システム的に粗削りだけど、それを含めて楽しめるし、独特なオンラインシステムで、知れば知るほどのめり込めるよ」
ユズ、参戦。というテロップをアリスは幻視した。ミサキは最早、どうしようもないと雑誌に眼を戻している。こうなった三人を止めるのはシンドイのだ。
何気にこういう時のユズの圧力と言うか熱量は凄いので、モモイとミドリも押され気味になってしまう。実際、三人が挙げているゲームは名作ぞろいであり、間違いはない。
「まずやるべきなのは『ロマンシング物語』だよ。これだけは、譲れない。ただ……第3弾だけは……個人的にやらなくてもいいかなって」
そこまで言って目をそらして少し考える。名作ぞろいとはいえ、時にはちょっと残念な出来の時もある。こればっかりは仕方がない。長い長い歴史の一つだ。
そんな圧倒的熱量の情報が三方向から飛んでくるので、アリスの頭の上に、見えない疑問符が大量に浮かんでいるようだった。可愛い。
「…………?? ……未プレイ作品、多数あり。それはすなわち、未知の世界が多数であり、まだ見ぬ仲間たちが居ると言う事」
まだまだ新たな出会いと、新たな世界が待っていると思うと、アリスの表情が少しずつ明るくなる。
「期待……アリス、再びゲームを始めます。光よ、私を導き給え」
「よぉぉぉし! とりあえず、ぜんぶやってみよう! お菓子とジュース、手拭き用のウェットティッシュも準備しないと!」
これ以上、暴走させるのはやばいと判断して、深々とため息をつくとミサキがとうとうソファから声を上げる。
「待って。まずはアリス、三時間ぶっ続けでゲームしてたんだから、次のゲーム始める前に少し休憩して。それから三人の候補を聞いて、次にどれをやるか選べばいい。三人も自分の好きなゲームを布教したい気持ちは分かるけど、落ち着く事、良い?」
「そ、そうだね。ちょっと興奮しすぎちゃった。どれでも遊べるようにゲーム機のセッティングだけはしておくよ」
「うぅ、ミサキちゃんの言う通りだね。私、ジュース用意するよ」
「うん……。アリスちゃん、少し休んでからゲームしよ?」
これ、普通は部長の仕事なんじゃないの、とミサキは疲れたように背もたれへ身体を預ける。
「…………理解しました。次のゲームはアリスが選択します」
「そうして。まったく、三人ともゲームの事になると我を忘れるんだから……。はぁ、将来的にアリスもそっち側に行くと、また苦労しそう……」
「ミサキ、頼りにしてるよ!」
「うるさい、モモイ」
けれどその口元は、ほんの少しだけ笑っていた。
そんなやり取りを見届け、ワカモがゆっくり立ち上がる。もう後はアリスの事を任せても大丈夫だと判断したのだろう。ミサキの苦労が多い気もするが、頑張ってほしい。
「さてそろそろ私たちは、先生と合流いたしましょうか」
「そうだねぇ、先生もまだ手続きやってるみたいだしね~」
ホシノも軽く身体を伸ばし、ワカモと一緒に部室の出口へ向かう後ろ姿をアリスは黙ったまま見つめていた。
「…………」
何故だろう。
先ほどまで胸の中にあった楽しさとは違うゲームが終わってしまった時に感じた、あの妙な空白に似た様なものが胸の奥に生まれた。
けれど今度は何が失われようとしているのかアリスにも分かった。
狐坂ワカモ、廃墟の地下で目覚めた自分へ履物を用意してくれた人。急ごしらえだった衣服を整えて、そして今度はミレニアムの制服を用意し、着替えを手伝ってくれた。
自分でも理由の分からなかった涙を優しく拭い、それが「楽しい」と「寂しい」という感情なのだと教えてくれた人。
小鳥遊ホシノ。自分の居場所を誰かに決めてもらおうとした時、自分自身で選んでいいのだと言ってくれた人。
怒りや困惑。そして興味や期待と言ういくつもの感情を同時に抱いていてもいいのだと教えてくれた。
目覚めてからまだ、ほんの数時間だけしか一緒に居ないのに、二人はアリスが何も知らないことを笑わず分からないことを責めず、困れば当たり前のように手を差し伸べ何も知らない自分の隣に、自然といてくれた。
その二人が自分のいる場所から離れていこうとしている。勿論、もう会えないわけではないし、少しすれば、また会えるのかもしれない。
アリスも理屈ではそう判断出来るのに、胸の奥にやはり小さな空白が生まれてしまうのだ。
行ってほしくない、もう少し一緒にいてほしい。そんな言葉がまだ上手く見つからない。
だから、言葉よりも先にアリスの小さな手が動いた。
「…………」
ワカモの袖。ほんの少し後ろへ引かれたので彼女が振り返る。
「?」
「アリスさん? どうされました?」
「…………」
アリスは何も言わずに、ただワカモの袖を指先で、そっと掴んでいる。
「……行ってしまうのですか?」
「…………」
それは命令を求める声ではなく、次の行動を確認する声でもない。まるで迷子の子供の様に寂しそうで、儚げな声。
ただ純粋に自分に優しくしてくれた人が、離れてしまうことを惜しむ声だった。
ゲームが終わった時、アリスは一つの感情を知った。それは楽しかった時間が終わってしまうという物、もっと続いてほしかったものが、終わってしまった空白を、ワカモは「寂しい」と教えてくれた。
そして今、よく似た感情が胸の中に生まれているのは、気のせいではないだろう。目の前にいる人たちに対して、もっと一緒にいたい、まだ離れたくないと思っている。
これもまた──寂しい。そういう感情なのだろう。
「あら、これはどうしましよう」
「あはは、ワカモちゃん懐かれたねぇ~」
ワカモの表情が一瞬で柔らかくなり、ホシノがその様子を見て笑う。
「そのようですわね。けどアリスさん、引き留めるのは私だけですか?」
「…………ホシノも行ってしまうのですか?」
するとアリスの目が今度はホシノへ向くので、ホシノも自分を指さした。
「……あれ~? 私も~?」
「…………はい」
アリスが僅かに頷くので、ホシノが困ったようで、しかしどこか嬉しそうな笑顔になる。
「おやおや~、これは参ったねぇ」
ワカモの袖をまだ離さないアリスの顔は、誰が見ても分かるほど寂しそうだった。
「…………はぁ」
ワカモが小さく息を吐くが、そこに呆れは含まれていない。どちらかというと、少し嬉しいといった雰囲気が含まれているのは気のせいではないだろう。
「そんな寂しそうな顔をしないでくださいませ」
アリスの頭へそっと手を置くと、もう片方の手で端末を取り出す。
「先生には、私から連絡しておきますわ。ふふ、今日はアリスさんに、お付き合いいたしましょうか」
「…………!」
アリスの顔が明るくなるので、本当に感情が豊かになったとワカモも柔らかく微笑む。
「ホシノさんも、アリスさんが望んでおられますので、残ってくださいな」
「え~、おじさんも確定なんだ~?」
ホシノは笑いながら肩を落とすが、何時もの様にふにゃりと笑う。
「けど、まあ、仕方ないかぁ~。今日はとことん付き合うよ、アリスちゃん」
「はい、アリス、ワカモとホシノともゲームで遊びたいです」
そう言ったアリスの顔には、本当に可愛らしい笑顔が浮かんでいた。
ほんの数時間前まで、この少女は誰かが自分の傍からいなくなることを、寂しいとは知らなかった。誰かともっと一緒にいたいという気持ちも知らなかった。
けれど今は楽しい、寂しい、嬉しい、期待と言う様々な感情を学び、そして誰かに傍にいてほしいと願い、口に出せるようになってきた。
少しずつ、ほんの少しずつだがアリスの中に知らなかったものが増えていく。
「…………」
その光景をお気に入りのソファから眺めていたミサキが、小さくため息を吐く。
「二人とも、あんまり甘やかし過ぎないように。これが普通だって思うと、後で大変なんだから」
「まあ、甘やかしてなどおりませんわ」
「そうそう~、ちょっと一緒にゲームするだけだよ~」
「…………」
ミサキは二人を見た後、嬉しそうにワカモの袖を掴んだままのアリスを見る。
「その言い方する人、大体甘やかすんだよ」
「ふ~ん、ミサキちゃん、そんな事言うんだなぁ。よし、アリスちゃん、ミサキちゃんも誘ってみてぇ~」
「はい。アリス、ミサキとも一緒にゲームで遊びたいです」
「……はぁ、分かった分かった。私も付き合うから、そんな顔しないでよ。なんか私が悪いみたいじゃない」
再び深いため息をつくが、そんなミサキの口元にもほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
今日この日、ゲーム開発部にまた一人仲間が増えたようだ。そしてその仲間は今、何も知らなかった沢山の気持ちを、一つずつ覚え始めていた。
「よーし、ワカモさん達も残るなら、みんなで遊べるゲームもやらないとね! 今日はオールナイトだぁぁ!」
「『大乱闘オリンピアブラザーズ』もあるし、レースゲームなら『アリャーのエアフロート』もあるよ!」
「えっと、ワカモとホシノはゲームしたこと、ある?」
「あまりありませんわね。お手柔らかにお願いしますわ」
「おじさんも無いかなぁ~。初心者向けのゲームある~?」
「パンパカパーン、ワカモとホシノはゲームコントローラーを装備しました! ……ミサキ、あってますか?」
「あぁ、うん、あってるよ。ほら、アリス、次にどれやるか選んで」
同日、夕刻
ミレニアムサイエンススクールのラウンジ。
アリスの暫定的な学生登録やゲーム開発部への所属申請。そして、身元不明の生徒をS.C.H.A.L.Eが保証するために必要となる書類。
それらについてセミナーへの説明を終えた頃には、窓の外に広がっていた青空も、すっかり茜色へと染まっていた。
人気のなくなったラウンジの窓際のソファへ腰を下ろすと、先生は小さく息を吐いた。
昼間は多くの生徒たちが利用している場所だが、授業も終わり、校内に残っている生徒も少なくなったこの時間帯ともなれば、聞こえてくるのは空調設備の低い駆動音くらいだった。
窓の向こうでは、ミレニアムを象徴する巨大な建築物の輪郭が、夕焼けの中へ黒く浮かび上がっている。
先生は背もたれへ身体を預け、今日の事を振り返るが、本当に濃厚だったと内心で零していた。
ゲーム開発部からの相談を受けてから、まさかの廃墟を探索から、ロボット兵との交戦、その後に得体の知れない地下施設へ落下。
そこで記憶のない少女を発見して、戻ってきてからは、その少女──アリスの学生登録に必要な手続きを進め、セミナーへ事情を説明etc.etc。
モモイが懸念していたユウカとのやり取りだが、事情を説明すれば彼女も理解してくれた。
突然、正体不明の少女をゲーム開発部へ所属させたいと言われれば困惑するのも当然だ。
勿論、先生としても、正式な身元情報すら存在しないアリスを強引に登録するつもりはなかった。
S.C.H.A.L.Eが身元保証を行い、まずは暫定学生として登録。正式な学生証については、必要事項を整理した上で後日、改めて発行。
ゲーム開発部への所属も、セミナーを通した正式な手順を踏んだことにより、アリスが「何処にも所属していない正体不明の少女」という状態からは、一歩前へ進むことが出来た。
お茶を購入して、一息ついていると、先生の端末が小さく振動した。
画面を見ると送信者はワカモのようだ。
『先生、申し訳ありません。アリスさんに引き留められてしまいましたので、ホシノさんと共に今日はゲーム開発部へ残ることにいたしました。オールナイトと言う事ですので……』
少し間を置いて追加のメッセージが届く。
『あんなに寂しそうなお顔をされてしまっては、流石に置いて帰ることなど出来ませんわ』
メッセージを読んだ先生の口元に自然と笑みが浮かんだ。
自分の名前すら知らなかった少女は、今はもう誰かが帰ってしまうことを寂しいと思えるようになったらしいが、それはとても良いことだと思う。
『分かった。アリスのこと、よろしくね』
メッセージを送信して、先生は端末を下ろす。これでアリスについて今すぐ出来ることは一通り終わった。
「そうなると……ちょうどいいかな」
少し時間も出来たならば、大人には大人の仕事がある。
先生はS.C.H.A.L.Eの通常端末とは、別に携帯していた小型の専用端末を取り出した。
指先で認証し、通常の通信網とは異なるアロナが作り上げた閉鎖回線へ接続。画面が暗転して、幾つもの暗号化処理が走る。時々、ショートケーキだのイチゴミルクとか言う単語が見えるのは、アロナの遊び心だろうか。
数秒後に、接続先を表すように二つのエンブレムが、画面へと浮かび上がる。
──割れた硝子。
──渡り鳥。
「二人とも、今大丈夫?」
少しして最初に応答したのは割れた硝子のエンブレムの持ち主、黒服だった
『ええ、先生から直接お呼びいただけるとは。何やら興味深いお話でも?』
『……私は仕事中なのだがな、まあいい。先生がこの回線を使うということは、それなりの話なのだろう』
それに続くのは渡り鳥のエンブレムを持つフライトナーズの長官だ。
「はは、ごめんね」
『謝罪はいい。用件を聞こう』
先生は一度、窓の外を見る。夕日がもうすぐ地平線の向こうへ沈もうとしている。
「今日ミレニアム近郊にある──『廃墟』と呼ばれている区域へ行ってきた」
『…………ほぉ、廃墟ですか』
「知ってる?」
『名前程度であれば、ですが』
その返答に先生は少しだけ目を細めた。
「私の方でもS.C.H.A.L.Eの権限で連邦生徒会の記録にもアクセスしてみたんだけど、ほとんど情報が出てこなかった」
端末を操作して、先生が先ほど確認した情報を表示する。
「分かった事は区域そのものが存在すること、過去に連邦生徒会によって立入制限が行われていたこと、そして警備人員が配置されていた、と言うその程度の情報しか確認できなかった。何故、立ち入り制限が必要だったのか、何を警戒していたのか、そして何時から存在しているのか。そもそも何故、連邦生徒会長はあのエリアを知っているのか。それすらも意図的に隠しているのか、それとも最初から分からないのか、どちらにせよ連邦生徒会には情報が残っていない」
何故、連邦生徒会長があの場所を把握していたのか等も含めて肝心な部分だけが不自然なくらい何も残っていない。
『連邦生徒会長の失踪と共に情報が消失した可能性だけでなく、最初から意図的に秘匿された可能性もあると言う事か。ふむ、実に厄介だな』
単純な記録不足なのか。何らかの事情で情報そのものが消えたのか。あるいは最初から残すことを許されていなかったのかまでは、今の段階では何も分からない状況だ。
『先生は内部へ入ったのですか?』
『待て、それ以前に何故、そんなエリアに行くことになったんだ。順を追って説明してくれ』
確かに、その通りだ。と言うように先生は事の顛末を順を追って説明する。しかし【XA-26483】だけは伏せて説明する。
『なるほど。まぁ、流れは理解できた。それを踏まえて、内容を精査するか……』
『そうですね。いやはや、しかし実に興味深い。まずは、稼働状態のロボット兵が多数徘徊している、と』
ほんの僅かにだが、黒服の声に普段より強い興味が滲んでいるようだ。観測者として自称するだけあり、知らない事象には興味が湧くようだ。好奇心が命取りとなる経験をしておいて、これなのである意味で救いようがないだろう。
「確かにロボット兵は稼働状態だったけど、錆びてる機体も多くて、かなり長期間、あそこに放置されていたように見えた」
『そして、廃工場の地下空間か。謎が多いエリアだな』
廃工場の落下した先の、地下空間。そこは青白い照明に無機質な通路に今も生きている電力設備。そして荒れ果てた地上施設よりも遥かに綺麗な内部。
「普通に考えれば地上の工場より、地下に埋まった施設の方が古いはずだ。しかし、私たちが見た場所は逆で、地下へ行くほど保存状態が良くなっていた」
先生が表示してデータに長官が目を通して、小さく息を吐く。
『まったくもって面倒な匂いしかしないな、先生、最近、厄介事を見つける頻度が高くなってきていないか?』
「ははは、私もそう思う。だからこうして情報を共有して、相談してるんだよ。報連相は大事なんだろう?」
『ふん、その通りだ』
『先生に長官、少々、よろしいでしょうか』
二人を呼ぶ黒服の声色が、研究対象を前にした観測者に切り替わる。
『実は私も以前から、あの“廃墟”について断片的に情報を集めていました。しかし、私の手元にある情報も完全なものではありません』
黒服ですら全容を知らないという事は、十分に異常であった。
『ですが、興味深いのは、廃墟そのものではありません。あの区域には異なる年代の構造物が、重なって存在している可能性があります。言うなれば──現在、“廃墟”と呼ばれている都市跡の下にさらに古い“何か”が埋まっている』
黒服の分析を聞きながら、長官はやれやれと首を振る。先生とも、キヴォトスとも異なる知識を持つ黒服は厄介だが、こういう時は頼りになる。
最も、平時は人を食った態度なので、基本的に長官とはソリが合わないのはご愛敬だろう。
『先生がおっしゃった地下施設が、その一部である可能性もあります。画面上で見ただけですが、現代のミレニアムが通常使用している技術体系とは一致しない要素が確認されています』
『どのくらい古い?』
『分かりません』
長官の問いに黒服は珍しく明確にそう答えた。
『キヴォトスの古い時代に由来する遺物なのか、あるいは、それ以前なのか、現段階では、断定出来る材料がありません。何分、サンプルが少なすぎます』
ここでアリス本人に手を出すという選択肢は、黒服には存在していなかった。本人の意思を無視して研究対象として扱えば、先生との関係が決定的に壊れる。それくらいは、ホシノの一件を知る黒服にも十分理解出来ている。
流石の黒服も、先生を敵に回す愚を犯すことはない。
『……つまり表面だけ見れば、単なる放棄都市。だがその下には、誰が作ったかも分からない施設が存在し、今なお、一部が稼働している可能性がある、ということか』
『ええ、現段階では、その可能性が高いというだけですし、全域を調査したわけでもないので何とも言えませんがね』
話を纏めた後、実に面倒な案件に巻き込まれたな、と言うように長官が盛大に溜息を零す。
『くくく、相変わらず、先生の周囲には興味深いものが集まりますね』
『黒服、貴様は嬉しそうに言うな』
『研究者としては当然でしょう』
長官に睨まれても黒服はどこ吹く風だ。やはりこいつは気に食わん、と長官は首を振る。
「ロボット兵のことについてだが、私も少し気になることがある」
『先ほどの、廃墟に存在する機体か』
「そう、連邦生徒会が警備を撤収してから、あの区域からロボット兵が外へ出たって報告は、今のところ確認出来ない。そのことが気になる」
『ふむ、出られない、あるいは、出る必要がないのでは、と先生はお考えで?』
「私もそう考えたが、もう一つ気になることがある」
『何だ』
「数だ、今日確認しただけでも、結構な数がいた」
『長期間放置されていた残存戦力では?』
「その可能性もあるが、もし違ったら? 保存状態の良くない機体に混じって、比較的綺麗な機体も確認できた」
先生の声が少し低くなる。
「もし数を減らしても戻るとしたら?」
先生の話を聞き、長官がすぐに意図を理解した。
『なるほどな、一定数を撃破した後にしばらく時間を置く、それでも個体数が元の水準へ回復するのであれば──どこかに今も稼働している生産工場やら整備施設。あるいは、外部からの搬入経路が存在するという事か』
「そういうことだ。それで、実は長官に頼みたい事がある」
『なんとなく予想はつくが、聞こう』
「フライトナーズに、あの廃墟にいるロボット兵の定期的な間引きと調査を依頼したい。勿論、ただ倒すだけじゃない。撃破した数に確認した機種、出現地点、移動経路。次に同じ区域へ入った時、どれだけ数が戻っているか。可能なら、個体ごとの損傷状態や整備痕も全部記録してほしい」
先生が一つずつ条件を並べる。勿論、その一つ一つに依頼料の試算も表示されていた。
『長期観測を兼ねた戦闘依頼か。確かにフライトナーズにはうってつけの内容か』
「もし、生産設備や供給経路を見つけて、そこを押さえる事が出来たら最善策。見つからないなら、少しでも数を減らしておくことが次善策」
分からないから何もしないではない。分からないからこそ、出来ることを積み上げる事が大切だ。
ゲーム開発部だけではなく、他のミレニアム生や探検好きの他校の生徒。あるいは何も知らない一般人が、廃墟に入り込む可能性も十分ありうる。
ロボット兵が外へ出てこないからといって安全とは限らないのだ。
「【財団】に利用される可能性を警戒している。誰も来ないエリアで稼働している生産施設。【財団】にとって、これほど利用できる施設はない」
【財団】あの存在が廃墟について、どこまで知っているのか分からない。
何も知らない可能性もあるし、既に知っている可能性もある。もしかするとすでに利用している可能性すらある。
それを前提として決して、楽観視はしない。
『……なるほど。確かに警戒する事には越したことはないでしょうね』
しかし、長官は先生の別な意図を感じ取り、小さく喉を鳴らして笑う。いやはや、まさかここまであくどい事を考えるとは、と言うように。
『しかし、それだけでもないだろう、先生?』
「ふふ、長官は直ぐに分かったようだね?」
『私を誰だと思っている、フライトナーズの長官だぞ。今回の依頼は長期の実戦任務になる』
今回の依頼で動く様々な物資、金額が先生と黒服の前に表示される。
『ロボット兵が相手なら、隊員にとって、一定の危険を伴う実戦訓練にもなる。それはつまり、部隊の練度を上げられ、装備の消耗も記録出来る。更には未知の敵への対応能力も鍛えられる』
長官の声に、どんどん悪い響きが含まれていく。元銀行家にして、カイザーグループを喰らう覚悟を決めた長官は、清濁併せ吞むようだ。
『そして、長期間の戦闘任務が正式に存在する以上、装備更新を始めとした追加装備の要求。場合によっては人員増強、それらを本社へ要求しても強くは文句を言えん。当然だ、莫大な売り上げが転がり込んでくる仕事を断れと言えるほど、胆力がある奴は本社に存在しない』
「…………」
『違うか?』
長官の分析に、本当に的確で、そして自分と同じで悪いことを考えるなぁと言うように先生は苦笑を浮かべる。
『なるほど、フライトナーズは正式な依頼の元、廃墟の危険性を減らし、同時に調査を行い潜在的な生産施設を探しながら、部隊を鍛え、さらに装備増強の理由まで確保する』
合点がいった黒服も、くくくと笑みをこぼす。なるほど、こうやって金と資材を合法的に動かすのか。と。
大切な物、先生にとって生徒達を守るためには戦力が必要だ。
戦力を持つためには人や装備だけでなく、それらを維持するだけの理由と金が必要になる。決して戦いは気合だけでは、続けられないのだ。
『しかし、その装備増強を今のカイザー本社が、どこまで制御出来るのでしょうね』
黒服は淡々と続ける。
『実は私の方でも財界から、いくつか興味深い話が入っています。アビドスでの一件以降、カイザー本社との契約を継続することに、不安を抱く企業が増えている』
『ふん、今までのツケが回ってきたでけの自業自得だがな』
『ええ。それもあってかカイザー本社との直接取引ではなく、フライトナーズとの直接取引、あるいはフライトナーズを経由した取引を希望する声が以前とは比較にならないほど、大きくなっているようですよ。カイザー本社とフライトナーズの信用には随分と差がついてしまったようですね』
フライトナーズは他のカイザーグループの企業と比べると、派手な会社ではない。
質実剛健にして契約を確認し、法令を守り必要な申請を行い、出来ないものは出来ない理由を丁寧に説明する。決して無茶な仕事をその場の利益だけを見て安請け合いしない。
勿論、学園と仕事をするなら生徒だからと侮らず正式な取引相手として扱う。災害が起きれば、即座に救命活動にも参加して、市民達からの信頼も厚い。
そういう仕事は総じて地味であり、面白味も派手さもない。だが、そういう仕事を一つずつ積み上げてきたその結果が、今のフライトナーズを支えているのだ。
『皮肉なものですね、力を誇示していたカイザー本社より、規則を守り契約を履行し続けてきたフライトナーズの方が他企業や市民、そして各学園から信用されるとは』
『ふん、皮肉でも何でもない。そもそも信用とはそうやって積み上げるものだ』
そう告げる長官の声には静かだが強い響きと思いが込められていた。
『信用とは脆くて儚いものだ。一度失えば取り戻すには積み上げた時以上の時間がかかる。それすらも分からんカイザー本社は自分たちで、その信用を捨てた。ただそれだけだ』
今や財界の一部ではカイザーグループを先行きの悪い企業。あるいは沈み始めた巨船と判断する者まで現れ始めている。
まだ倒産したわけではなく、巨大企業としての資金、技術、戦力等、フライトナーズに押されてるとはいえ、カイザーグループには残っている。
だからこそ油断は出来ないのだ。追い詰められた者が必ずしも大人しく沈むとは限らないのだから。
「だからこそ、準備しておきたい。このキヴォトスには多くの厄災の種が埋まっている。【財団】【廃墟】【カイザーグループ】。他にもまだ、私たちが知らない何かがあるかもしれない」
『備えられるうちに備える、か』
「うん、何か起きた時に守れるようにするために、準備はしておきたい」
何よりも生徒達を守るため、悲劇も、悲しみも、絶望も焼き尽くす為に、先生はここに居るのだから。
『しかしこうして整理すると、我々は、随分と悪い大人の集まりに見えますね』
「確かにね、今頃ゲーム開発部では楽しくゲームをしている頃かな」
『ふん、その裏では我々は廃墟を利用して部隊を鍛え装備を増強し、衰退する企業の状況まで利用しようとしている。まさに悪い大人の見本ではないか』
「けど、その全ては守るためだから、少しは大目に見て欲しいね」
『では、善良な大人たちの暗躍、とでも?』
『暗躍を付けるな。そもそも私含めて誰も自分が善良などと思ってもないだろうに』
黒服の言葉を長官が即座に切り捨てる。
夕暮れの人気のないラウンジでの端末越しに三人の大人たちはほんの少しだけ笑った。
決めるべきことはもう決まった。
フライトナーズによる廃墟区域への定期的な戦闘調査とロボット兵の間引き。
個体数を始めとした移動経路に損耗状態。そして時間経過による再出現の有無を確認し、もし補充されるなら何処から何によって行われているのか、それを突き止める。
『では、こちらで任務計画を作る。無闇に深部へは入らせん。戦闘と観測を優先し異常を確認した場合は撤退させるようにする』
「うん、それで頼むよ。資金については後で報告してほしい」
『では、私の方でも廃墟と古い時代の遺物について、もう少し調べてみましょう。何かわかればこちらから連絡します。ああ、長官、サンプルの回収もお願いします。やはり現物があった方が良いでしょう』
『分かった。後で必要そうなサンプルのリストを送れ。出来る限り回収させよう』
通信が終了して、端末から二人の表示が消えると、再びラウンジには空調の音だけが戻ってくる。
気が付けば、窓の外の夕日はもうほとんど沈んでいた。先生が専用端末を閉じて、普段使いの端末を確認するとワカモからメッセージが届いていた。
『先生、ご報告です。アリスさんが、次に遊ぶゲームを選び始めました』
そのメッセージを読んで、先生は小さく笑う。
「楽しんでるみたいだね」
今日あの少女はアリスと言う名前を得た。ゲーム開発部という居場所を選んだ。
友達が出来て、楽しさや寂しさを知った。そして誰かともっと一緒にいたいという気持ちも知った。
なら今はそれでいいのだ。アリスが、生徒達が友達と過ごす優しい日々を守るために、廃墟の謎も、【財団】も【カイザーグループ】も、それらは大人たちが裏側で考えればいい。
窓の外では夕焼けの最後の光が、キヴォトスの街並みを静かに照らしていた。
表では生徒たちが今日という日を笑って過ごしている。
その裏側で誰にも知られることなく次の一手が、静かに動き始めていた。