いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

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想定より早く完成


ダンジョンRTA

 冒険者登録を済ませ、俺は空に白みがかかるくらいの朝の内から迷宮の入り口に立っていた。

 シルから貰った弁当やフレイヤ・ファミリア内で支給された武器の調子を確かめつつ、初めて単独で潜る迷宮探索に仄かに心を躍らせる。

 前世で言うところの『ウィザードリィ』とか『風来のシレン』とか、ダンジョン探索もののゲームはそこそこやっていた記憶がある。そういう意味では今の俺はあの頃の憧れた姿そのものということになるか。

 少しばかり自嘲した笑みを浮かべながら腰に添えた剣の柄に指を滑らせる。

 『カッツバルゲル(取っ組み合いの喧嘩)』の名を冠する黒刃の短刀(ダーク)は俺の子供の体格に見合ったサイズだった。

 その名の通り例え狭い屋内であろうとも軽く振りやすく、刺突剣に近い形状ながらも鋭く薄い刀身によって切断能力にも優れている。一方で耐久度は非常に低い。長く使えるかどうかは持ち手の『技量』に依存するだろう。

 活かすも殺すも俺次第。オッタルから無言の『技量』を鍛えろというメッセージを感じる。

 ……昨日、【フレイヤ・ファミリア】に入団したばかりの俺だが未だにオッタル以外と面識はない。

 フレイヤから恩恵を刻まれた後、直ぐに孤児院に帰って子供たちと過ごしたからだ。

 特に古傷の大部分が消えたことで大風呂に人目を憚らず入れるようになったのはとても良かった。

 昨日の楽しかった記憶を思い出し笑みを湛えながら紫色のフード付きマントを揺らす。

 その下にある黒革の帯鎧は頑丈ながら動きを阻害しない軽さも備わっていて、いかにもソロで活動するのに向いた防具だった。今日の朝にアピス孤児院の門前に置かれていたときはすわ何事かと思ったが、置かれた手紙に『貴方の女神より、愛を込めて』と書かれていて有難い気持ちが半分、恐怖が半分といったところか。

 というか、サイズまでぴったりなのはどういう理屈なのだろう。多分気絶していた時に採寸されたのだろうが、それはそれとしてこう……尻の穴がきゅっとする。

 

 「武器よし、防具よし、物資よし、弁当よし」

 

 装備の最終確認。一つでも不備があれば死にかねない。

 それらを全て視認すると、俺は俄かに人が集まりだした迷宮の入口へと足を運んだ。

 

 「……おい、ガキ。もしかして一人で行くつもりか?」

 

 「そうだけど」

 

 「やめとけ。特に今は()()()()()

 

 髭面の壮年の男が俺に声をかける。

 その表情には深い険が刻まれていて本心から俺を気にかけていることが分かった。

 その言葉の真意を測りかねて、俺は素直に男に聞く。

 

 「なんでだ?」

 

 「闇派閥(イヴィルス)だよ。お前も聞いたことくらいあるだろう? それが冒険者狩りなんてのを最近始めやがったんだ……もう随分と死んでる」

 

 「ああ。闇派閥ね……」

 

 暗い。暗い情念が胸に宿るのを自覚した。

 口内を噛んで憎しみを押し殺す。その感情は英雄のものではない。英雄は憎しみだけで戦わない。

 だから俺は敢えて笑みを見せた。

 

 「それくらいなら、稼ぎのついでにぶっ飛ばしてきてやるよ」

 

 「あっ、おい!」

 

 引き留めようとする手を振りほどいて進む。

 優しい男なのだろう。言動の端々から俺を案ずる気配が出ていた。

 けれど、止まることは許されないのだ。

 強くなる、悪を打ち倒す────英雄に至る。

 それが俺の歩みを止めない全てなのだから。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……ふぅ」

 

 息を吐く。

 カッツバルゲルに眼を落とせば、仄かに摩耗しているのが見て取れる。

 場所は二十四階層。オッタルと戦った森の迷宮に足を踏み入れた俺は大量の魔物を狩っていた。

 初の探索と言えど、一度行った場所なんて散歩道と変わらない。二時間程度であっという間に踏破してきた身としては、中層までのぬるさにびっくりしたくらいだ。

 安全マージンを取っているとここまで楽なものなのかと一人思う。

 けれど────流石に不確かな足場で連戦もすれば疲労も溜まる。

 

 「……弁当でも食べるか」

 

 脳内で今までの戦いを振り返りながら木の洞を探し出して休息する。

 じゃらじゃらと背に背負ったバックパックから魔石の音が響いた。

 それを隣に降ろし、中から弁当と給水用の筒を手にする。

 ちなみにこれも例の手紙が添えられた箱の中に入っていたものだ。

 『フレイヤ印の冒険者スターターセット』だそうだ。あの女神はどこを目指しているのだろう。

 それでもその性能は流石都市最大規模の派閥というだけあってユゴス製の商品とは比べるべくもなかった。というか武具も含めて普通にこれ駆け出し冒険者が持ってちゃいけないくらいの高級品なんじゃ……

 幾らくらいなんだろう。疑問に思うけど、同時に考えちゃいけない気がする。

 今のところ恩の過重積載状態だが、いつか返せる日がくるんだろうか。

 なんてことを考えながらバッグの中を漁る。

 こつんと指先に当たる硬質な感触を引き出し、目の前で広げた。

 

 「おっ! めっちゃ美味そう!」

 

 取り出した弁当箱を開けば、そこにあるのは華やかな彩に溢れた具沢山の弁当だった。

 俺好みの水分多めの米と出汁の染みた肉団子。野菜は鮮度が高く瑞々しい。

 シルとは十日ばかりの付き合いだが、存外に俺の好みを把握されていたようだ。

 箸を進めて食に浸る。

 食べ終わるのはあっという間だった。何なら少しの物足りなさを感じるくらいだ。

 つまり……とても美味しかったです。ごちそうさまでした。

 

 「ふぅー……この分だともっと奥に潜れそうだな」

 

 オッタル曰く────この下は『下層』と呼ばれる区域だそうだ。

 推奨レベルは()()()()3()。しかも万全を期すならレベル3を含めたパーティが必要になる。

 とはいえ、だ。この中層では物足りないのも事実。

 一応、この階層ではまだ出会っていない階層主クラスの強さを誇る『木竜』という存在がいるようだが……発生(ポップ)邂逅(エンカウント)希少(レア)と言われてしまってはどうしようもない。ここまで出会わなかった以上は期待薄、望み薄だろう。

 それに、下層での稼ぎは一日で数百万ヴァリスも期待できると言われているのだ。

 現在進行形で四千万の借金を持っている身としてはぜひとも探索(ダイブ)したいところ。

 

 「行くかぁ!」

 

 借金を思い出してやる気が漲る。

 俺はさっさと準備を済ませると下層へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「すっげぇ……」

 

 二十四階層とその下を繋ぐ連結部は水晶で出来た洞窟だった。

 迷宮が放つ光を乱反射する鏡の迷宮はただ歩くだけでも美しかった。

 されど、この光景には敵わない。

 ド、ド、ドと垂れ流される轟奏は瀑布の調べ。

 水晶光る渓谷は水の煌めきを映し碧色に輝いている。

 霧の都に住まう女妖は甲高くも美しい悲鳴と歌声で恐怖を飾り立てていた。

 『巨蒼の滝(グレートフォール)』と呼ばれる水の楽園。

 かつて、この階層のことを黎明期の冒険者はこう呼んだという。

 即ち────新世界と。

 

 「本当に……綺麗だな」

 

 ステラと一緒に見たかった、なんて言葉は弱音だろうか。

 けれど誰かと分かち合いたいほどの美しい光景だった。

 ここに仲間がいたら────ああ、駄目だな。最近は何だか心が弱くなってる気がする。

 弱みを振り払いながら、俺は眼下を覗き込むように顔を出した。

 

 「なるほど……滝が二十五階層から二十七階層に繋がっているのか」

 

 一応、データとしては頭に在ったが百聞は一見に如かずだ。

 こうしてみてみれば、その凄まじさと正確な造りがよくわかる。

 

 「よし。()()()()()()

 

 それが手っ取り早いな。と掌を拳で叩いて頷いた。

 中層でも何回かやった、縦穴を降りて階層を一足飛びにする手段。

 俺はそれを、この瀑布への身投げという形で再現しようとしていた。

 

 そして、それを止める(なかま)は誰もここにいなかった。

 軽率に命を投げ捨てる危うげな行動。まるで幼い危機感のない雛鳥のように崖の先端に足を踏み入れ、覗き込む姿勢をそのままに俺は身を投げる。

 

 「うおおおおお! すげぇえええええ!」

 

 絶景を見てハイになっていたのは否定しない。

 けれど、もちろん死なないとの確信あっての行動だ。

 多少の怪我は負うかもしれないが、それよりも今は衝動に身を任せたい。

 

 巨滝の勢いに乗って霧のような水滴が落下する俺の顔に降りかかる。

 弾丸のように落下する俺にさしものハーピィやマーメイドたちも手を出せないようだった。

 めくるめく変わる景色。感じる風は死を想起させるほど凄絶だ。

 

 「ん? ……うおッ!」

 

 刹那、閃光が走る。

 滝から飛び出た透明な何かが落下する俺の真横を横切った。

 顔を傾けて回避できたのは『直感』によるもの。寧ろそれが無ければ致命的な一撃が首に叩きこまれていただろう。それほどの速度と、存在感の薄さ。小さな生物であることは想像に難くない。

 確か……そう。『フレイヤ印のモンスターブック』に書かれていた下層のモンスター。

 

 「透明かつ燕のような小型モンスター、『イグアス』だな?」

 

 曰く、透明かつ高速。滝から飛び出てくる射出速度は英雄の投槍が如し。

 冒険者の間では『閃光』の異名すら得ているという初見殺しのモンスターだった。

 落下する俺を獲物と見たか、イグアスの群れが次々にとびかかってくる。

 たまんねぇなダンジョンさんよぉ。息つく暇すらくれないのかい。

 

 「ふっ!」

 

 飛来する攻撃を予見して短刀(ダーク)を振る。

 自分より早くて強い相手というのは剣闘場で幾らでも相手をしていたが、今回ばかりはその経験を活かすことは難しい。弾丸のように射出される鋭嘴をどう捌くかなんて練習が出来るはずもない。

 だからこの場で対応する。落下速度からして十度防ぐ頃には着地を準備しなければ落下死する。

 絶体絶命の状況で、俺は少しだけ笑う。こういう理不尽を踏み越えていけば、きっと英雄に至れると直感して。俺は飛来した嘴を短刀で切り伏せて言葉を紡いだ。

 

 「【光よ(ステラ)】────【輝け(アルクトス)】」

 

 自壊に至る付与魔法の()()()()

 その起動時間、僅か1秒。

 それでも現状を打破できるほどの力が、この魔法にはある。

 (ステラ)の名を紡げば、いつだって理不尽な運命を覆すことが出来る。

 確かにデメリットこそ多いが、俺にとってこの魔法は福音でしかない。

 

 「よお、イグアス。知ってるか? 俺の魔法も閃光を放つんだぜ」

 

 上手く発音できていたかは分からない。けれど皮肉を発する余裕があった。

 極光が全身を包み、万能感にも等しい強化が四肢に流れ込む。

 俺は得た力に身を任せ、大気を百回蹴りつけて更に落下を加速させた。

 発生した風圧に緋燕を巻き込み動きを封じ、すれ違い様に短刀でその命を狩り取っていく。

 この一瞬の交錯にはただの一度も刃毀れが許されない繊細な刃筋の立て方が肝要となる。

 何故なら俺はこの武器以外に副武装すら用意していないからだ。

 つまり、ここで武器が壊れれば帰りが死ぬほどキツイ。流石にそんな面倒は御免被る。

 一瞬で二十七階層まで到達した俺は【アルクトス】によって強化された脚で再び大気を蹴り飛ばして勢いを急速に停止させる。限界を超えた肉体駆動によってめきめきと背筋と胸筋が悲鳴を上げた。

 和らいだ勢いそのままに大地に足を縫い留め、残った衝撃を膝で吸収し着地する。

 じぃんと骨にまで衝撃が響き、思わず涙目になった。

 

 「……っし、到着!」

 

 けれど階層の移動時間短縮(ショートカット)に成功出来た。

 更にイグアス相手に技量鍛錬もそこそこ積めた。

 一石二鳥の結果だ。

 他の冒険者が見たら絶句するような行為だろうが、俺は俺。

 誰にも迷惑かけてないんだしいいよね、これくらい。なんて。

 こういう後ろめたさを感じるのは、孤児院の子供たちを思い出すからだろう。

 俺が死ねば、子供たちはまた路頭に迷う。

 だから俺は死ねない。死ねない理由が増えることは、いいことだ。

 

 「魔石の回収は……出来そうにないなぁ」

 

 イグアスの死骸は全て灰になってしまっている。

 【アルクトス】の弊害がもう一つ。小型モンスター程度のサイズであれば破壊力が凄まじすぎて跡形も残らない。つまり魔石がドロップしない。ダンジョンでは使いどころが限られるな。

 それでも緊急事態を覆せるのは大きな魅力だ。今後も頼りになることだろう。

 

 「さぁーてと……稼ぐぞー!」

 

 これから始まる探索と戦闘(ハック&スラッシュ)に胸を躍らせて、俺は二十七階層を進む。

 その先に何があるかも知らずに。未知を求めて。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 「迷宮真珠に……これは鉱石か?」

 

 探索を始めてから一時間が経過した。

 出てくるモンスターに脅威らしき存在はそれほどおらず、リターンの大きい素材の採取を中心にダンジョンを巡っている。道中で『大水蛇(シーサーペント)』の群れとの遭遇や『ブルードラゴン』との戦闘でアルクトスを五秒ほど使ってしまったが、それ以外は概ね順調と呼べる探索成果。

 『フレイヤ印のモンスターブック』から見た概算だが、おおよそ八百万ヴァリスくらいの稼ぎにはなっているのではないだろうか。それもこれも、フレイヤから貰ったこの異様に大容量のバックパックのお陰だろう。

 非常に頑丈な素材で出来た厚い革製の黒い背嚢はずっしりとした重みを背に伝えてきている。

 これも絶対高いよなぁ……マジで今の装備って総額幾らなんだろう。ちょっと怖い。

 

 「さて……もうそろそろ帰るか」

 

 バックパックも満タンになってきたため丁度良い塩梅だ。

 ドラゴンや蛇との戦闘もそれなりに糧になったし、修行としてもそこそこ経験値にはなっただろう。

 換金後の金は借金の返済に大部分当てるとして……お世話になってるシルさんに何か買ってあげたいな。今日の弁当もそうだけど、子供たちの世話や孤児院の細かい運営まで世話をかけっぱなしだ。

 

 「シルさんどんなのなら喜ぶかなぁ」

 

 それこそこの真珠でも贈るか? 女の人って宝石が好きなイメージが……でもシルさんだしなぁ。飾り気がないからこその美しさというか、野に咲く楚々とした花の可憐さを体現した人だし、どっちかというとシンプルな髪飾りの方がいいかも。

 

 飾りといえば俺も身に着けているのが耳飾りだ。

 ステラへプレゼントした金と紅玉の耳飾りはその片方が俺の左耳を彩っている。

 未練がましい、思い出を形として残しておきたかった俺の足掻きのようなもの。

 けれど同時に、鏡で見ればいつでも心が安らぐ宝物だった。

 

 「しっかし、モンスター出なくなったな……」

 

 誤魔化すように咳ばらいをして辺りを見渡す。

 変わらず轟音を奏でる滝だけが存在感を放ち続けているものの、それ以外は酷く静かになりつつあった。

 見上げるように滝を見て、それから何か違和感に気が付く。

 

 それは割れるような音だった。

 それは白を纏っていた。

 それは二頭の蛇を思わせた。

 それは小島のような巨躯を持っていた。

 

 『アンフィス・バエナ』と呼ばれる『迷宮の孤王(モンスターレックス)』。

 中層の『ゴライアス』はお目にかかれなかったが、ここで俺は初めてそれと対面した。

 

 「でっかくね?」

 

 単純な感想は的を得ていた。

 デカい。二十五階層から二十七階層を繋ぐ巨大な滝に出でてなお負けぬと思わせる雄大さ。

 胴体の付け根から二股に分かれた二つの頭の、四つの瞳が俺を射抜く。

 獣が如き暴性に満ちた眼光。巨大な口から零れる涎は湯気が立ち、高い粘度を保ちながら口元から噴き出ている。竜ではあるが、その暴威は今までになく本能に忠実だった。

 白い竜鱗が滝の色を反射し碧く煌めく。

 それを美しいと思うと同時、獣欲のままに竜は猛る。

 

 「ブレスか!」

 

 咆哮と同時に行われる息を吸う動作。

 『ブルードラゴン』で経験した竜との戦いがその正体をいち早く察知させる。

 二つの頭の内の片側が、口腔から青く光る業火を吐息に乗せて打ち放った。

 水蒸気を上げながら水面を滑るように炎が迫る。

 

 「ちぃっ!」

 

 炎の奔流が大地に接し、熱気を放つ。

 息を吸うのさえためらわれる極高温。地獄の具現もかくやの炎相。

 地面を蹴って回避し、駆けあがるように俺は竜に向かって走り出していた。

 崖を蹴り、縦に伸びる壁面を昇り、竜へ至らんと車輪を回す。

 水面に残る青々とした幽鬼の炎が俺を迎え入れる。

 湖面にあって消えない炎とはどういう理屈か。脳内で捲る『フレイヤ印のモンスターブック』にその詳細は乗っていない。けれど触れては俺でもタダでは済まないことを『直感』が感じ取る。

 壁面を昇る途中で見つけた適当な岩裏に荷物を投げ捨て、再度突貫する。

 投射攻撃が向こうにある以上は『受け』に回るのは悪手でしかない。ましてその攻撃が無尽蔵を思わせるのであれば特にだ。イニシアティブを握るのは何時だって『責める方』。

 手に握った短刀を構え、再び詠唱を唇で転がした。

 

 「短期決戦だ。【星よ(ステラ)】────【導け(アルクトス)】!」

 

 消耗戦で後塵を期すのであれば、短期決戦に持ち込めばいい。

 【アルクトス】にはそれが可能なパワーがある。そして今の俺にはしっかりした武器もある。

 アンフィス・バエナは確かに恐ろしい魔物だ。

 それぞれが絶死の蒼炎を放つ双頭。山が如き巨躯。水上を悠々と行く生態は地上に生きる人類と致命的なまでに相性が悪い。

 けれど────そう。

 

 「今の俺に、『生存環境』は敵足りえない」

 

 【アルクトス】による強化は空を翔けることすら可能だ。

 即ち、湖面に出てくるほどのアンフィス・バエナの巨大さは弱点にしかなりえない。

 せめて水中でしか活動しない生態であれば少しは面倒さが増していただろうに。

 そう思いながらの突撃。オッタル(レベル6)にすら通じた究極の一。

 しかしそれは眼前に現れた『赤い霧』によって遮られた。

 

 「! 【アルクトス】の効力が弱まった!?」

 

 この時の俺は知らなかったが、それは魔法を減衰させる赤の霧だった。

 アルクトスは付与()()。体の内側から発せられるが故に完全に消え失せるわけではないが、それでも数段は強化効率が落ちる。

 けれど、それすら俺にとっては特攻足りえない。

 

 「強化が弱まるってことは……肉体の損壊率も格段に落ちるってわけだ!」

 

 継戦能力の向上。赤い霧のもたらした効果はそれだった。

 確かに強化効率は落ちたが、元々位階の昇華と見紛うほどの強化率だ。減衰されたところでたかが知れている。寧ろ余分……過剰とも言える強化率が落ちたことで気にせず振るうことが出来てしまった。

 これは大いにユートの精神を安定させた。

 極光が再び二十五から二十七を繋ぐ階層に瞬く。

 ド、ド、ドと滝の音と紛う程の勢いを轟然と奏でながら俺の身体が宙を舞った。

 刃筋を立てる。白き竜鱗の一つ一つが丁寧に剥がされていく。巨大さ故に強さを誇る階層主だが、その巨大さ故に敏捷性において冒険者に大きく劣る。

 足場を必要としない高速戦闘に対応できるほど、アンフィスバエナは()()()()

 

 「……っ!」

 

 されど、巨大故に図抜けた『耐久』を有することもまた事実。

 戦闘可能時間が増えたからといって使い過ぎれば帰る体力すら使い尽くす諸刃の剣であることに依然として変わりはない。アンフィスバエナが耐えるか、俺が削りきるかの戦いが始まった。

 炎が放たれ、階層全体が蒼く揺らめく熱気に包まれる。

 徐々に足場を失えど、俺の戦いに足場は要らない。

 削る、削る、削っていく。

 本来であれば、アンフィス・バエナはもう一つ大きな攻撃手段を有していた。

 その巨躯を活かした落下攻撃。島を足場に戦うものたちからすれば悪辣極まりないその攻撃。

 しかし、今回の相手は()()()()()。飛んでも無駄だ。何故ならその男は既に飛んでいる。炎も通じない。男は既に飛び去っている。霧が通じない。男の極光は赤い霧で阻むことは出来ない。

 

 完全なまでの相性差。

 命運を別つ最後の一撃。

 それは離別の言葉を以て紡がれる。

 

 「閃耀の流星(テオ・アステール)!!」

 

 落陽の一閃。明星の堕天。即ち破滅の黎明。

 上段に構えられたカッツバルゲルがその黒い刀身を輝かせた。

 振り下ろされた一撃は光と熱と、そして斬撃で出来ていた。

 過剰に注入された精神力(マインド)がバチバチと弾ける。雷のように、炎のように。

 

 「ギャォオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 迎え入れるは蒼き溶炎。体内で醸成された蒼焼夷弾(ブルーナパーム)

 双頭の白竜は怒りの咆哮を嘆きながら極大の炎塊を放り投げた。

 放物線を描くそれが少年の身体を包み込む。肉が焼ける音がする。

 白竜は勝利を確信し、くつくつと喉を鳴らした。

 

 ────閃光が、炎を切り裂く。

 

 竜の吐息を真っ向から迎え打った少年は怯むことなく突き進む。

 カッツバルゲルが唸りを上げて二股に分かれた双頭の付け根に刺し込まれる。

 そして……刹那の抵抗の末にアンフィス・バエナの肉体は真っ二つに裂けた。

 

 これが、『階層主』と『英雄』の決着だった。

 

 

 

 ユート・アピス。

 冒険者記録(アドベンチャーシート)一日目。

 探索所要時間六時間。

 現在レベル3。

 最終到達階層27階層。

 総獲得金額1200万ヴァリス。

 主な討伐記録

 アンフィス・バエナ、など。

 

 この異様な記録を見たとある女神は嬉しそうに笑ったという。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 「……アイズ。どうした?」

 

 上層にて、エルフの第一級冒険者リヴェリアが少女の変じた様子に言葉を発する。

 金髪金眼の幼女はそれに答えるように指でとある方向を差した。

 かつかつと小刻みに響く革靴の音からして同業者のものであることが分かる。

 上代の森人(ハイエルフ)は目を細め、少しだけ警戒した。

 昨今は闇派閥の被害が増えている。この足音の主がそれである可能性も否めない。

 

 「ふむ……」

 

 行先からしてかち合うのは必定。様子見に徹すべきか、アイズを連れて動くべきか。

 リヴェリアは迷った。しかしアイズは迷うことなく足音の方向へ行ってしまう。

 

 「あ、こら。勝手に動くなアイズ!」

 

 「でも、たぶん怪我してる」

 

 「なに?」

 

 言われてから気付く。足音が不規則であることに。

 確かに千鳥足のように揺れる音からして、怪我をした冒険者が命からがら逃げてきたことを想起させた。

 はぁ、と息を吐く。最近はどうも余裕が無かった。だからと言い訳するつもりもないし、警戒を怠ることもしないが、気が立っていたのは間違いないようだった。

 

 「分かった、少し見てこようか」

 

 「うん」

 

 アイズは頷き、先を行くリヴェリアに追従する。

 ぴょんぴょんと跳ねるような軽快さで歩くアイズに幼子特有の可愛らしさを感じ取る。

 モンスターが絡まなければ、純真な子であるというのに。

 こんな感傷を抱くのは老婆心だろうか。リヴェリアは自嘲するように小さくまた息を吐いた。

 

 「ん? 冒険者か?」

 

 足音の方向に居たのは小さな少年だった。

 針金のように首筋まで伸びる黒い髪。アマゾネスより少し深い褐色の肌。丸い金の瞳はどこか女性らしい愛らしさを持っていた。顔立ちもまた愛らしく、幼さがより際立つ印象。

 紫色のフード付きマント、黒い帯鎧。背に背負ったバックパックにはずっしりと大量の戦利品が込められていることが一目で見て取れた。第二級冒険者が纏うような上質な装備に年齢とのギャップを感じ、思わずリヴェリアは言葉に詰まる。

 しかし何の瑕疵も無いアイズは少年に近づくと気安く声をかけていた。

 

 「大丈夫、ですか」

 

 「ああ、もしかして血の匂いでもしたか。ほとんど返り血だから大丈夫だよ」

 

 「でもふらついてるよ」

 

 「流石に下層から往復したら疲れるわ」

 

 「? 君、何歳なの?」

 

 「え、(肉体年齢は)七歳だけど」

 

 「なっ!」

 

 驚愕した声が高貴なエルフから飛び出た。

 それは信じられないというより、信じたくないという声に近い。

 リヴェリアは少年の肩を掴むとその顔を近くで覗き込んだ。

 

 「七歳だと……!? そんな小さな身体で下層まで行ったと言うのか!」

 

 「おう。結構稼げたと思うぞ」

 

 「馬鹿な……」

 

 よろつくエルフに懐疑的な視線を向けて、少年はアイズの方を向きなおす。

 ギラギラとした瞳を向けてアイズは少年に詰め寄った。

 目に宿る暗い炎に少年はたじろぎ一歩下がる。

 

 「どうやってそんなに強くなったの!?」

 

 「えーっと……」

 

 ちらりと少年の眼がリヴェリアに向けられる。

 アイズに教えてよいのかという配慮だろう。リヴェリアは目で否と返すと少年もまた目で返す。

 そこにあったのは肯定の意を宿す目礼だった。

 古いエルフの文化に精通する少年にますます疑念を抱くが、今は捨て置く。

 リヴェリアにとって、少年がここまで傷だらけで戦うのは容認しづらかったからだ。

 

 「まぁ、あれだ。いっぱい食べて、いっぱい寝て、死ぬほど戦えばいいんじゃないか」

 

 「そうすれば強くなれるの?」

 

 「なれるなれる。たぶん

 

 小さく呟かれた言葉はアイズに届かなかったらしい。

 「いっぱい食べて、寝る……戦う」と告げるアイズの眼に疑念は無かった。

 リヴェリアは処置無し、と頭に手を当て、それからして自己紹介すらしていなかったことに思い至った。

 疲れからか三度目の溜息を吐いて、少年に向き直る。

 

 「そうだ、申し遅れたが私はリヴェリアという。そしてこの子はアイズだ。君の名はなんというんだ」

 

 「俺はユート・アピス。世界最強最高最優の英雄になる男だ」

 

 聞き覚えのある名前。

 確か────そう、【ソーマ・ファミリア】の不正を正し、子供たちのために大規模な孤児院を設立し、果てには【フレイヤ・ファミリア】に入団するためにオッタルと互角の戦いを繰り広げたという。

 特に最後は眉唾かと思っていたが、そうではなかったようだ。

 対外的な情報収集は多くがフィンに任せていたことを今更ながらに後悔して、リヴェリアはユートへ告げた。

 

 「そうか……だが、流石に無茶をしているのではないか? パーティも無しに下層探索など、命が幾つあっても足りないだろう」

 

 暗に「安全マージンを取ってから探索しろ」という言葉に少年は破顔する。

 

 「そうでもないかな。階層主も思ったより強くなかったし」

 

 「階層主? まさか『ゴライアス』を倒してきたのか?」

 

 「え? ああ。『アンフィス・バエナ』のほうだよ」

 

 リヴェリアは思った。

 これ、アイズより重症だと。

 そしてそれをキラキラした瞳で見つめるアイズを見て思った。

 出会ってはいけない子供たちが出会ってしまったと。

 




感想、評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。
卒論の息抜きに書いてたら死ぬほど筆が進みました。
次こそ更新が遅くなります。



ユート・アピスの装備品

『カッツバルゲル』
取っ組み合いの喧嘩を意味する黒刃のダーク。
取り回しのしやすい軽さと適度な小ささを誇る刀身は刺突に優れた形状をしている。また、薄い刃は鋭さに長け切断にも耐える。
ただしそのぶん刀身は脆く、技量次第でその真価を大きく異ならせる玄人向けの武器であり、オッタルに言われてフレイヤがルンルンで選んだ第二級武装。
お値段約800万ヴァリス。

潜影の黒帯鎧
バンデッドアーマーと呼ばれる種類の鎧。
影に潜むもの達に好まれる存在感を薄くする能力が特徴。
深層域に存在するとある蛇型モンスターの素材で出来ており、鈍な刃では貫けないほどに頑丈で、歩き方を工夫すれば音を出さずに歩くことも出来る。フレイヤ様がウキウキで選んだ第2級相当の防具。
お値段約600万ヴァリス。

紫棘の外套
紫色に金の装飾が施された高級感溢れるフード付きマント。
毒を散らす特殊な作りとなっていて、特に胞子などへの耐毒性能が高い。毒液や腐食液などにも強い耐性を誇り、生半可な液体を弾く撥水性の高さが売り。第三級防具の中で特に優秀な品。
フレイヤ様がウキウキで選んだファッション性重視の装備。
お値段約120万ヴァリス

盗掘者の大容量バックパック
名前はアレだが大容量かつ頑丈で使い勝手のいいバックパック。
横を締める紐があり、その紐を緩めれば更にたくさん入れることが出来る。元はならずものが盗品を運ぶ時に用いられたためか、畳めば服に隠せるくらい小さくもなる。
フレイヤ様が絶対必要だよなぁと思って選んだ。
お値段約8万ヴァリス。

しめて装備品の総計1528万ヴァリス。
ちなみにフレイヤ印シリーズは女神様が夜なべして書いたらしいよ。

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