いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

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動乱の前兆。思惑は交差する

 どうやったら強くなれるのか。

 俺に何度も希うアイズの声は哀切と苦痛に満ちていた。

 一刻も早く怪物を殺さなければならないという強迫観念。

 奇しくもそれは、俺がアポピスにかつて向けていた感情とそっくりだった。

 

 ────復讐か。

 

 そう珍しい話でもない。

 何せオラリオの外では日常的に小さな村々が滅んでいる。

 俺はその惨状を何度も目の当たりにしたことがあった。

 オラリオに来る道程で、これほど世界には悲劇が満ちているのかと嘆いた程だ。

 ただ……七歳児が力を求めて剣を握るのは、俺にとっては()()に他ならない。

 思い出すのはかの円形闘技場。幾たびも超えた寒い夜の日々。

 子供が殺し合いに身を投じるなど、あってはならないことだ。

 それに……本当の意味でこの子は何もかも失っているわけじゃないからだ。

 

 「ねぇ、レベルってどうやったら上がるの?」

 

 答えてよ。といい加減に目のハイライトが消えてきた幼女の顔に焦りを覚える。

 どうにかしろよとリヴェリアに視線を投げれば彼女もまた溜息を吐いて「いい加減にしろ」と言いながらアイズの首根っこを掴んだ。親猫が子猫を持ち上げるみたいに首筋の防具が伸びて幼い身体が宙づりになる。

 その細腕で子供とは言え人一人を持ち上げられるのか、と恩恵の神秘を感じながら俺はどうしたものかと思考を巡らせていた。

 

 「アイズって言ったか」

 

 「うん」

 

 宙ぶらりんの体勢も気にせず俺の言葉に耳を傾ける。

 それほど真剣なのだろう。

 子供というのは存外に賢い。それを表層に伝える術がないだけで色々と考えている。

 だから、ここでお為ごかしを言っても無駄だ。

 だったら少しでも傷口を抑える答えを告げるべきだ。

 

 「まず、強くなるには二つの道がある」

 

 「二つ?」

 

 「ああ。二つだ。一つは捨てる道。もう一つは拾う道だ」

 

 「捨てると、拾う?」

 

 小さな顔を傾けて疑問を呈する。

 リヴェリアは俺をじっと見つめて、俺なりの答えにまた耳を傾けていた。

 たった数度のやり取りで随分と興味を持ってくれたらしい。

 俺は取り留めのない思考は脇に追いやってまた言葉を紡ぐ。

 

 「拾う道は、これまでに出会った全てを糧に成長していく道だ。そうだな、例えばアイズ、君はこれまでどんな人と出会ったきた?」

 

 「……パパとママと、それからロキ・ファミリアのみんな」

 

 「アイズはその人たちと暮らしてどうだった?」

 

 「パパとママと居た頃は毎日楽しかった。ロキ・ファミリアの皆は口うるさくて嫌い」

 

 「なっ!」

 

 リヴェリア、絶句。まぁこれくらいの年齢なら口うるさい年上は煩わしいものだ。

 はしかみたいなものだと思って甘んじて受け入れて欲しい。

 俺は苦笑しながら、自分なりの答えを言霊で形作っていく。

 

 「けどアイズ、君の持っている武器や防具は誰が用意してくれてる? ご飯は? 寝床は?」

 

 「……ロキ・ファミリアの皆」

 

 アイズは渋々ながらも素直に答えた。

 正直な子供だ。たいていここでへそを曲げる子も多かったんだけど。

 

 「そう。拾う道の強さっていうのは、今までに出会ってきたいろんな人たちから貰ったものを束ねていく強さだ。これからアイズはたくさんの人たちに助けられていく。そうして大人になったとき、そういう人達からもらった強さは財産になって君を強く、逞しくしてくれる」

 

 「……難しくてわかんない、けど。武器とか、ご飯とかくれたのは"ありがとう"って思ってる」

 

 「アイズ……」

 

 「そのありがとうって気持ちが大事なんだ。どんな英雄英傑だって、他人がいなければただの人だ。人ってのは結局どこまでいっても、一人じゃ生きていけない」

 

 そう、俺が結局、一人ではインヘルカに勝てなかったように。

 ステラという守るべき存在がいなければ、ただ蹂躙されて死んでしまっていたように。

 人一人が持てる強さなんて結局たかが知れている。

 

 「それが拾う道。強くなる方法の一つだ」

 

 「じゃあ、もう一つの方は?」

 

 「簡単だよ。全て捨てるんだ。今までの思い出も、これからの人との繋がりも。ぜんぶ」

 

 「え?」

 

 「けれど、この道はおすすめはしない」

 

 だって、この道で強くなれた人はもう、人じゃない。

 確かに何も持っていない人間は、何も失うことのない人間は強いだろう。

 もし本当に何も持たない人間がいるとすれば、それは意志も覚悟も絶対に動じることのない断固たる決意を持った人間に他ならない。

 

 「……ユートはどっちの道で強くなったの?」

 

 「さぁ……どっちだったかな」

 

 もうステラはいない。俺の捧げる愛は全て、あそこに置いてきた。

 そういう意味では全てを捨てたとも言えるだろう。

 けれど同時に、たくさんのものを俺は抱えた。

 孤児院、シル、フレイヤ・ファミリア。あとソーマ・ファミリアもそうかな。

 これから彼らと関わっていく中で新しく得るものもある筈だ。

 だから、分からないというのが本当のところ。

 だって俺もまだ道半ばなんだから。本当はアイズにものを教える立場じゃない。

 けれどどうしても、この少女に嘘をつきたくは無かった。

 武器が擦り切れて壊れるほどの憎しみを持つ、この少女には。

 

 「興味深い話だった。ありがとう」

 

 「いや……【九魔姫(ナイン・ヘル)】にそう言われるとは恐縮だ」

 

 「謙遜は止めてくれ。今お前はオラリオで最も注目されている、子供だ」

 

 子供、の部分で言い淀む。

 やはり思うところがあるのだろうが踏み込んでこない辺り思慮に富んでいる。

 そう。本来の俺はこんな美しいエルフと顔を合わせることすら許されない、穢れた男なのだから。それでいい。何ならこの出会いすら無かったくらいで丁度いいのだ。

 

 「それじゃあ他に用がないなら俺は行く。もしも何か用向きがあるならアピス孤児院にでも来てくれ」

 

 「ああ。分かった」

 

 リヴェリアは軽く頭を縦に振って肯定の意を示すと、大人しくなったアイズを地面にそっと置いた。

 ぷるぷる震える様子から見るにちゃんと伝わりきったのかは不明なところだ。

 けれど、どうか伝わっていて欲しい。

 ちゃんと愛を知っているのなら復讐に溺れることはきっと彼女の為にならないのだから。

 

 俺はその場を去る。

 背に背負った妙に()()()()()バックパックを背負ってゆっくりと歩みを進めた。

 ……ん? 重く()()()

 

 「アイズ!」

 

 凛麗とした女声につられ後ろを振り返れば幼女が俺のバッグを掴んでいた。

 何なら膨らんだバッグの上によじ登るような形で乗っかっている。

 何で??? と思って彼女の顔をじっと見ると、アイズは叫んだ。

 

 「私を強くして!」

 

 「へぁ?」

 

 「だって、拾う強さなんでしょ!? だったら私がユートを拾ってもいいじゃん!」

 

 「えぇ……」

 

 つまりこうか。

 人との関わりが人を強くする→だからさっそく今関わった俺に教えを請いたい。

 なんで??? 普通はさ、ロキ・ファミリアの誰かに頼むじゃん。

 

 「ロキ・ファミリアの人に頼めば……」

 

 「ユートがいいの!」

 

 「ふぇぇ……」

 

 キャラ崩壊クラスの声が喉から出る。

 うーん我ながら綺麗なアルトボイス。声変わり前の少年の声って何でか女性並みに綺麗だよな。

 なんて現実逃避もそこそこに肝心の保護者エルフの方を見る。

 するとそこにはどうすればよいのか手をわたわたさせているエルフの姿が!

 

 おたおたしてる!

 おたおた! してる!

 高貴なエルフが! おたおたしてる!!!

 

 これさてはアレだな? 保護者を任されて日が経ってねぇな? そのせいで何が正解か分からなくなってるって感じだ。既視感(デジャヴ)があったけど活動盛りの子供を初めて持った母親だ!

 そりゃあ苦労するし分かんねぇわ!

 だって子供ってわかんねぇもん!

 子供たちとの付き合い長いおれだってまだわかんねぇんだもん!

 

 良いというまで手を放してくれなさそうな、半泣きになってるアイズを見る。

 ああ……もう、駄目だ。クソ。狡いぞ。俺は子供の涙に弱いんだ。

 観念したように大きく息を吐いて、天井を見上げるように俺はアイズの我儘に返答した。

 

 「分かったよ……ちょっとだけ戦い方を教えるよ」

 

 「ほんと!?」

 

 「ああ、うん。ロキ・ファミリアの皆が許可したらね?」

 

 「リヴェリア!」

 

 「……いったん、本拠(ホーム)に戻って相談させてくれ」

 

 おおう。俺が見た中でトップクラスに美しい女性がOLみたいに疲れた声を……

 子供の我儘って気疲れするよね。分かる分かる。

 何か共通点のないはずの彼女に共感が湧いてしまう。

 ……そういやぁ……孤児院の皆も最初は我儘三昧だったしなぁ……

 

 どうしたもんか、取り合えず俺はいったん帰ることにした。

 明日のことは! 明日考える! 以上! 解散!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、どうしてこうなったんだい?」

 

 金髪碧眼。甘いマスクに蕩けるような美声。

 上背こそ小さいものの、立ち振る舞いの何から何までもが完成されたような、と形容できる男は少しだけ疲れたような顔をして頭を押さえ、眼前にいるエルフに問うた。

 隣で薄くニタニタと笑う胸元の寂しい赤髪の少女と巌のようなドワーフの男もまたその答えを聞きたいのか、無言のままリヴェリアの言葉を待った。

 

 「聞いてくれるな……と言いたいところだが、言わなければならないだろうな」

 

 はぁ、と溜息を吐いて重い頭を振って上の森人(ハイエルフ)は口を開いた。

 

 「件のユート・アピスにアイズが弟子入りを求めた。ユートからは先方の団長が許可するなら構わない、と」

 

 「ぶっふぉぉ!!」

 

 「ロキ」

 

 諫めるように告げられた勇者の言葉も神には通じない。

 ひぃひぃと腹を抑えて笑いを堪える姿にリヴェリアは屈辱を覚えた。

 

 「これが笑わずにいられるかい。どんな経緯(いきさつ)があったらそんなことになんねん。しかもあれやろ? ユートってちょっと前にフィンがえらい調べとった子やろ? どんな縁やねん」

 

 「なんだフィン。既に調べていたのか」

 

 「ああ。なんと言っても()()()だったからね」

 

 ドワーフの英傑、ガレスの言葉にフィンもまた頷く。

 フィンは手元に置かれた複数の冊子を取り出し、その中からひと際分厚いものを開いた。

 

 「へぇー、そんな()では有名な子なん?」

 

 「ユート・アピス。南方都市国家群第三盟主都市ユゴスの出身。剣闘が盛んな土地であり、彼自身も剣闘士として随分と活躍していたみたいだ」

 

 「……それだけ聞けば随分とやんちゃな坊主だが、そうではないのだな?」

 

 長い付き合いのガレスはおくびにも出さなかったフィンの沈んだ表情を看破した。

 それに「敵わないな」と告げるとその冊子を全員に見えるように机の中心に置く。

 

 「へぇーなになに……ってうわぁ。こらあかんって。え? なにこの子まだ生きとるん? すごない?」

 

 「これは何とも……凄まじい経歴じゃな」

 

 そこに羅列されていたのはユゴスでの経歴と、都市外での活動記録だ。

 ()()()()()()()()()()。剣闘の都市であるユゴスの歴史で見ても異例の戦歴。

 ただの一度の敗北は無く、ただの一度の敗走も無い。

 それも最終的には遥か格上である筈のレベル4を討伐している。

 闇派閥に占拠されていた都市をほぼ単騎で解放した彼は治安維持に努め、これもまた異例の速さで荒廃していたユゴスを通常の運行が出来る程度までに回復させ、その後はオラリオを目指して旅をしている。

 ユゴスでの出来事こそ秘されて詳細は分からなかったが、旅をしてからの話は幾つか物語として記されており、行く先々でトラブルに見舞われながらもその全てを解決し、闇派閥や強大なモンスター相手に勝利を収め人々を助けている。

 ただの一度も報酬を求めない英雄の美談の数々は『一夜騎士物語(ワンナイト・ライラ)』や『円卓革命救世姫譚(ラウンズ・オブ・キャメロット)』という名前でこのオラリオにすら入荷されつつあるようだ。

 

 「……待て。あの子は確かアイズと同い年だぞ!?」

 

 「それは本当か? 俄かには信じ難い」

 

 「残念ながら事実だ、ガレス。彼は明確なこの時代の被害者であると同時に、それに抗った英雄の一人と言えるだろう」

 

 「まぁ、少なくともまともな人生歩んでへんやろなぁ……ていうかユゴスでの経歴エグすぎやろ。ウチかて鳥肌たつわこんなん。これでアストレアみたいな綺麗ごとばっか実践してるってどんな精神状況なんやろ」

 

 「ロキ。言い過ぎだ」

 

 リヴェリアが遮る。ロキは未だ納得がいかない表情で冊子を捲りあげた。

 

 「正直なところ、僕が彼を調べたのは純粋な興味からだった。ソーマ・ファミリアの不正を暴いたことに始まり、孤児院の設立。オッタルとの死闘。彼がオラリオに辿り着いてから激動とも言える十日が過ぎた。そして、これは今まで言わなかったことだけど、彼を調べればいつも親指が疼くんだ」

 

 「ふむ……話を聞くにユートとやらが悪さをするとは考えにくいが」

 

 「ああ、それには僕も同感だ。何から何まで彼がやっていることは自分を削るほどの奉仕活動ばかり。外での経歴も含めて彼自身が闇派閥に関与している可能性は皆無だと断言できる。だから、これから起こる騒動の中心には常に彼がいると逆説的に証明が出来る」

 

 「そったら、どうするん? アイズたんを爆心地に送り出すん?」

 

 「まさか。ただ、騒動の中心である彼と接点を持ちたいのも事実だ。だから、折衷する」

 

 「折衷?」

 

 リヴェリアの疑問にフィンは頷く。

 

 「まずユート・アピスと実際に話をしてからになるけれど、彼の人格次第ではアイズを預けてもいいと思っている」

 

 「危険だ! 多少は落ち着いたとはいえ、アイズは未だ強さへの異様な執着を持っている! 単独(ソロ)で下層に潜って階層主を倒すなんて無茶をする子と一緒にしたらまた無茶をしだすぞ!」

 

 「だから折り合いをつけようという話なんだ、リヴェリア。僕だってアイズのことを心配していない訳じゃない」

 

 「……すまない。取り乱した」

 

 「無理もないわい。こんな自分を投げ出して、死線の先で生を拾うことを愉しんでいるような子供にアイズを預けるのは怖さのは方が勝る……だがなリヴェリア。この子が一人の子供から助けを求めらたからという理由で悪事を働いていたファミリアを潰し、今のオラリオを憂いて孤児院を開いた人格者であることを忘れているぞ」

 

 「ああ。そうだな。すまない、少し頑迷になっていたようだ」

 

 「何をしおらしくなっとる。いつものことだろうに」

 

 はっはと磊落に笑うガレスを見てリヴェリアも落ち着きを取り戻す。

 頃合いを見計らってフィンは咳払いをすると本題に入った。

 

 「実は前から【ソーマ・ファミリア】の主神から打診が来ていてね」

 

 「【ソーマ・ファミリア】から?」

 

 意外なところから再浮上した名前に鸚鵡返しでリヴェリアが言葉を紡ぐ。

 

 「最近、どうしても冒険者になると言ってきかない子供がいるみたいなんだ。探索系ではなくなった自分たちのファミリアでは面倒を見ることもできないから、ロキが密かに購入していた神酒(ソーマ)の誼で【ロキ・ファミリア】が預かってくれないか、とね」

 

 「それと折衷案の何の関係があるんだ」

 

 「アイズは同年代と過ごした経験がない。強さを求めるあまり、僕たち以外からの関係を断絶してしまっている。これは良くないことだと僕たちは常々思っていた」

 

 その言葉にこの場にいる全員が頷いた。

 いっそ凄絶なまでの強さへの執着を持つアイズは、団員との関係すら希薄だ。

 将来を考えるのならばこれは良くないことであるのは明白だった。

 

 「そのソーマ・ファミリアの子も、ユート・アピスも全員が同い年なんだ。だからこの三人で()()()()()()()()()()と思う」

 

 「なるほど。同年代同士で交流させることで感受性を養いつつ、切磋琢磨させて強くなってもらうことの両立を目指すのか。だが、そんなにうまくいくのか? 確かに話に聞くユートであればレベル1の子供二人を連れて無茶なことはしないとは思うが」

 

 「それにユートの負担が大きくなっている。アイズだけでもじゃじゃ馬で手に負えないだろうに、更にもう一人も見せられては……」

 

 リヴェリアは現在進行形で手を焼いているアイズのことを思い出して頭を抱えたくなった。

 何とか勉強はしてもらえるようになったが、武器を使い潰す悪癖は抜けないままだ。

 

 「ここで折衷案が顔を出してくる。リヴェリア、この三人の探索に君も同道してもらいたい」

 

 「なんだと?」

 

 「流石の僕もアイズの関係を外だけに委ねる気はない。アイズを他のファミリアの人間だけに任せる気も無い。だからリヴェリア。君は今と同じようにアイズと接して欲しいんだ。そしてもし何かあったら彼らのストッパーになって欲しい」

 

 「……それは、責任重大だな」

 

 「リヴェリアへの負担が大きすぎへん?」

 

 「確かに負担は大きいかもしれないが、本来はアイズも含めて子供たちが強さを求めるような状況にしてしまったのは僕たちの責任だ。託されたバトンを繋ぐこともできず、闇派閥の横行を許して以来オラリオは停滞を極めている。彼女たちの面倒を見るのは大人の役目だよ。本当は僕が面倒を見たいくらいだけど……僕は団長としての仕事が過重積載状態だしガレスにはギルドからせっつかれている『強制任務(ミッション)』を既に着手してもらっている。現状手が空いていて信頼できるのはリヴェリアだけだ」

 

 「それにアイズと一番長い付き合いなのもリヴェリアだけだしのう」

 

 「……確かにそうかもしれないが」

 

 リヴェリアは逡巡する。アイズと関係を築くことすら出来なかった自分が、更に人数が増えて面倒を見れるのかという不安に苛まれていた。

 しかし。

 

 「そう、だな。やってみよう。元よりアイズも、ユートも放ってはおけないと思っていたところだ」

 

 「なんや。もしかしてリヴェリアはショタコンなん? だとしたらユートは許しておけへんなぁ!」

 

 げへへ、と黒い笑みを浮かべるロキに手刀を浴びせ黙らせる。

 リヴェリアはそのまま溜息を吐いて理由を述べた。

 

 「下衆の勘繰りは止せ……単に、傷だらけの子供を見て考えさせられるところがあっただけだ」

 

 「なんや、つまらんなぁ。リヴェリアに春がくるのは何万年かかるんやろ」

 

 「……少し、本気で叩いてもよさそうだな?」

 

 「冗談! ジョーダンやん!」

 

 冷たい視線を浴びせられたロキは手をばたばた振って弁解する。

 いつもの戯言に構っていられないと少しだけ気にしていることを言われたリヴェリアはフィンに向き直った。

 

 「それで、ソーマ・ファミリアから打診されている子供というのは何という名前なんだ?」

 

 「ああ。確かリリルカ・アーデという名前の小人(パルゥム)だったかな」

 

 「リリルカ・アーデ、か」

 

 差し出された紙に書かれた似顔絵を見て、またリヴェリアは痛ましい顔をした。

 

 「アイズやラウルを見ていて思うが、本当に子供ばかりが力を求める時代になってしまったな」

 

 その言葉はこの場にいる全員の心に刺さった。

 それでも、かつての最強達からの襷を受け取れなかったのは自分たち。

 故に、口が裂けても言うことは出来ないのだ。

 子供は無垢でいて欲しい、なんて綺麗ごとだけは、絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どこへ行くつもりだ」

 

 眼鏡をかけた金髪のエルフは怒気に満ちた猫人に声をかけた。

 いっそ冷静を飛び越えて冷淡にすら聞こえる言の葉に感情の色は無い。

 あるのはただ、純粋なまでの事実確認と警告通牒だけ。

 それに胡乱な仕草で首を傾け、灰髪の猫人、アレンは口を開いた。

 瞳孔が開き、どこまでも続く憤怒を隠そうともせずに。

 

 「決まってんだろ。あの新人が帰ってきた。なら洗礼をくれてやるだけだ」

 

 「あのクソガキは女神の寵児。自由意思に任せ、洗礼の必要はないと仰せつかっている筈だ」

 

 面白く無さそうに、されど機械的に告げる言葉に嘘はない。

 フレイヤ・ファミリアにおいて最も異端と言える女神に恭順せぬ眷属。

 それに対し、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】たる第一級冒険者、ヘディンは思うところはない。

 寧ろ女神の寵愛を求めないことはこの【フレイヤ・ファミリア】において異常なことではあるが、逆に女神の寵愛を求める争奪戦から外れるということに繋がるため好ましいと考える人間もいるだろう。

 無論、女神の美しさと優しさに靡かない不敬を疎ましく思う人間もいるだろうが。

 そしてこのアレン・フローメルは後者の方であった。

 実際に、このフレイヤ・ファミリアの内部でも珍しいことに気に食わないことを明言するほどだった。

 しかしヘディンは分かっていた。

 ()()()()()を気に食わぬとするほど、アレンが他者の忠誠心の程度を気にする性質ではないことを。

 そしてその怒気はオッタルをして『戦士』と言わしめたユート・アピス個人に対する妬心からくるものであることを。

 

 「くだらぬ妬心と、くだらぬ怒り。また愚かになり下がるのか? 愚猫」

 

 「……テメェには関係ねぇだろうが」

 

 「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまで馬鹿だとはな。たかがレベル3に嫉妬するとは」

 

 「そんなんじゃねぇ! クソッ! あいつは、あいつは俺が超えると定めた男から認められた! ならば俺が『試し』ても問題ねぇはずだろうが!」

 

 「それがくだらぬ嫉妬だと言っているのだ。駄猫」

 

 「……先にひょろなが雑魚羽虫から仕留めたほうがいいみてぇだな」

 

 「『今』の貴様に出来ると思っているのか?」

 

 二人の間に緊張が走る。

 いっそ第一級冒険者同士での洗礼が禁止という約定を破り去ってしまう程に。

 それを見過ごすほど、鈍い団長ではないが。

 

 「何をしている」

 

 「オッタル!」

 

 声を荒げた猫人の言葉にオッタルは鋭い眼光を向けた。

 

 「女神がおわす寝殿に不細工な殺気を巻き散らすな」

 

 「じゃあさっさと俺に許可をよこせ。ユートとかいうクソガキに洗礼を与えてやる」

 

 「既に洗礼は俺の手で行われている」

 

 「幾らやってもいいだろうが。まして、強さを求めているんだ。俺との戦いから逃げる腰抜けだとは思わねぇ」

 

 「なんだ。存外に認めているのだな」

 

 ヘディンから入れられた茶々に舌打ちをしてアレンもまた答えた。

 

 「こいつ(オッタル)に手傷をつけてる時点で侮る気はねぇ。それはそれとしてその強さを知っているのがこいつだけなのが気に食わねぇだけだ」

 

 「ふむ……いいだろう。許可する」

 

 オッタルの言葉に二人は目を見張った。

 

 「どういう風の吹き回しだ脳筋。今まで押さえつけていたのはお前だった筈だ。仮にも団長のお前を立ててヘグニやアルフリッグども、そして『満たす煤者達(アンドフリームニル)』を押さえつけていた俺の苦労はどうなる?」

 

 「そこに関して感謝はしている。だが、事情が変わった。女神からの神意は『ユートを見守る』ことから『ユートを強くする』ことへと変じた」

 

 「いや本当にどういう風の吹き回しだ?」

 

 「事情は知らん。だが、どうもフレイヤ様は胸騒ぎがしているようだ」

 

 「お気に入り(ユート)を過剰に痛めつけてでも強くしたいほどの神の勘か」

 

 「俺たちがいるだろうが。それとも、俺たちがいてもどうしようもならねぇほどの災厄が来るとでもいいたいのか」

 

 それは俄かには信じがたいことだった。

 【ロキ・ファミリア】と並び、世に双頭と名高い【フレイヤ・ファミリア】だが個々の実力で考えれば現オラリオにおいて最強を自負するのが自分たちである。

 それが揃いも並び立って乗り越えられぬ試練が訪れるとでも言うのか。

 その疑問はしかし、明晰な頭脳を有するヘディンですら可能性レベルでしか思いつかなかった。

 

 「何にせよ、ユートへの洗礼は各自自由に行え。だが拒否した場合はその限りではない」

 

 「自由意思を尊重しろという命令自体は継続という訳か」

 

 「そうだ」

 

 ちっと舌打ちをしてアレンは身を翻した。

 

 「どこに行く」

 

 「決まってんだろうが。ステイタスの更新が終わったあいつと戦う」

 

 「では今日の洗礼役はアレンということになるな」

 

 更にアレンは舌打ちを重ねた。

 

 「俺が全部やってやる」

 

 「なに?」

 

 「俺が全部の洗礼を引き受けてやるって言ったんだ!」

 

 ヘディンは怪訝な表情をした。

 オッタルもまた似たような感情を抱きながら、それを表情に出さずにアレンへ問う。

 

 「何がお前をそこまで駆り立てる」

 

 ぴたりと立ち止まり、その双肩に滾る闘志を乗せながらアレンは振り返った。

 その瞳に宿るのは制御不能なまでの怒りだった。そしてどこか、祈りににた何かがあった。

 

 「知らねぇ。知る気もねぇ。だが話を聞いてからずっと、俺の獲物だという感情が消えてくれねぇ」

 

 激情を押さえつけた声は震えていた。

 今すぐにでも狩りを行おうとする肉食獣が如き野生の暴虐。

 オッタルですら俄かに気圧されるほどの威の暴風。

 

 アレンとユート。

 二人の英傑。その対決。

 果てに至るは、いずれの道か。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 「ユート。今日は貴方にこんなものを持ってきたの」

 

 

 フレイヤの寝室にて、寝転び背に神血が刻まれる狭間の時間。

 美神の右手には一冊の古めかしい本が携えられていた。

 題名は────『馬鹿でも分かる魔法教本』。

 




一口情報
現在の孤児院を経営してるのはシルだが、手伝いにアーニャも来ている。
ユートとアーニャには現在面識はない。
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