いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

13 / 18
仲良く喧嘩しな

 手渡されたそれは題名の胡散臭さとは裏腹にしっかりとした装丁だった。

 厚い革の表紙と、古めかしい紙の匂いは図書館のそれを思わせる。

 俺は瞳を瞬かせてフレイヤの美しすぎる横顔を眼で追った。

 

 「えっと、これは?」

 

 「それは魔導書(グリモア)。魔法を強制発現させる奇跡の書よ」

 

 その言葉を聞いて瞠目し、『馬鹿でも分かる魔法教本』の表紙を再度見つめる。

 何度見ても『馬鹿でも分かる魔法教本』から文字が動いて何か凄い雰囲気の題目(タイトル)へ変わる様子はない。それどころかどこか高級品(アンティーク)めいた気品はそのままに間抜けな文字列は泰然とその場に置かれていた。

 

 「……これが?」

 

 「一度きりの使い捨てだからタイトルは適当につける職人が多いのよね」

 

 風情が無いわ。と白魚よりもなお清い指を頤に当てて首を傾げた。

 一つ一つの仕草が意識を侵食してしまうほどの美に彩られているのにどこか気安い声音だった。

 まるで普段からそう接しているような錯覚を覚える。

 俺はそんなありもしない妄想を振り払って手元の本をフレイヤにつき返した。

 

 「一度きり、とか、魔法の発現させるとか、これってとんでもない高級品だろ? 世話になりっ放しだし、受け取れない」

 

 「あら、そんなこと気にしなくてもいいのに」

 

 「でも」

 

 口を閉じるように人差し指を添えられる。

 妖しく、されど無垢な笑みを浮かべた彼女は濡れたような瞳を輝かせて俺の顔を覗き込む。

 

 「いいこと。覚えておきなさいユート。貴方の主神(おや)は世界で一番のお金持ちなの。そして私がそのお金を眷族(こども)たちに与えることへ惜しむ女だと思うかしら?」

 

 「思わない、けど……」

 

 「だったら受け取っておきなさい。強くなりたいんでしょう?」

 

 「……ありがとう」

 

 こんな風に誰かに物をもらうことなんて久方ぶりで、思わず顔を逸らす。

 彼方の日に在る筈の遠い思い出が何度もリフレインする。

 彼女の笑顔と、目前の女神の無垢な笑顔が重なった。

 ちゃんと礼を言うことが、どうしてか気恥ずかしかった。

 多分、頬が染まっていたと思う。顔が熱かった。

 

 「~! もう本当に可愛い!」

 

 「うわっ! 何すんだよ!」

 

 唐突に抱き締められる。

 体格差からどうしても反応が遅れて、為されるがままに寝台に押し倒された。

 胸元に顔を擦り付けられてどうしたものかと迷った。

 結論。何も出来ない。されるがままになるしかない。

 いかに心に決めた運命があるとはいえ、これほどの美女にこんな真似をされれば男の部分が騒ぐ。

 大人じゃなくて良かった。具体的には下半身が作用しない年齢でよかった。

 俺は両目を閉じて主神(おや)が満足するのを待った。

 ふわりと、覇王樹の甘い香りが鼻腔に触れる。

 短いようで長い時間が過ぎていった。

 

 「その!」

 

 いい加減に辛抱堪らなくなったので大声を出す。

 それに「なぁに?」と告げるとフレイヤが顔を上げて俺を見た。

 

 「さ、先にステイタスの更新をして欲しいなと」

 

 「ああ。そういえばそれが目的だったわね」

 

 少しだけ頬を膨らませてフレイヤは不満げだということをアピールした。

 俺は何か、何か間違えたのか? 誰か教えてくれ────

 祈りの時間は一秒にも満たない。

 立ち上がったフレイヤは乱れた長髪を整えながら俺を見下ろし言葉をつづけた。

 

 「先にその魔導書を読んで欲しいの」

 

 「それはどうしてだ?」

 

 「単純な話、読んだ後に更新しないと魔法が発現しても刻めないからよ」

 

 そう言えばそうかと納得する。

 ステイタスの更新なんて月に一度あればいい方だったから、頻繁にするものという発想が無かった。

 特に恩恵を受けたのに半年くらい更新されず連日試合を組まされたときは本当に死ぬかと思った。

 もう、あんな地獄の日々はどこにもないと知ってはいても。

 それでも、俺の人生のほぼ全てを彩るのがユゴスなのだ。

 足枷が嵌っていないのに、足枷を嵌められたような錯覚は今でも消えてくれない。

 

 「ユート?」

 

 「あ、いやごめん。ちょっとだけぼーっとしてた」

 

 「そう。今日はゆっくり眠るのよ。貴方は自分の休みを蔑ろにしがちだから」

 

 慮る言葉に嘘は無かった。

 俺はそれに頷いて、さっそくと言わんばかりに魔導書に向き直る。

 ……するとフレイヤが俺の身体を抱いて膝の上に乗せてきた。

 俺の軽い身体は女性の細腕でもしれっと持ち上げられてしまう。

 確か孤児院に備え付けられた体重計には12キロと記されていたか。

 

 「あの、フレイヤ?」

 

 「軽いわね。本当にしっかり食べてるのかしら」

 

 「た、食べてるよ」

 

 「ふぅん……じゃあちゃんと三食食べてるのかしら」

 

 「……」

 

 答えは沈黙。嘘の分かる神にはこれしかない。

 しかし無言はそれ即ち肯定ともとれる。つまるところ神との弁論など無意味なのだ。

 俺の無言に苛立ったのか、女神は俺の腹をつまんだ。

 

 「いった」

 

 「つまむ肉すらないじゃない。太れとは言わないけれど、少しは余分が無いと駄目よ」

 

 「……暇があるならな」

 

 「し っ か り 食 べ な さ い」

 

 「分かったからこんなことに神威を開放しないでくれ……」

 

 「よろしい」

 

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして彼女は俺の身体を抱きすくめた。

 もうどうにでもなれ、と言わんばかりに俺は魔導書の頁を開く。

 指先にかかる今にも剥げそうな古い革が捲れ、その学術書めいた筆致が目に入った。

 

 「……魔法は先天系と後天系に分かれる。後者は神の恩恵によって千差万別に変化する。人の強い願い。或いは感情が呼び声となり、引き金となり、世界に影響をもたらす。憎み、嘆き、憧れ、怒り、喜び、あらゆる人の情動は即ち無限の可能性に他ならず、神の恩恵は個人の願いを全て白日の下へ晒す」

 

 ……【アルクトス(導きの星)】と【フィアト・ルクス(破滅の黎明)】はあらゆる不条理を打破するための俺の願いと、流星のように天の彼方へ至るための覚悟を表しているのだろう。

 流星のように早く、どこまでも美しく駆け抜け、やがて塵となって消えていく。

 ああ。確かにあの魔法は俺のあの時の心境を白日の下に晒しているよ。

 

 再び頁を捲る。前世と比しても遥かに難解な、幾何学的な数式が目に映る。

 理解できるはずもなく、また頁を捲る。捲る。捲っていく。

 いつしか思考の海に飲まれ、俺は記憶の波に攫われていた。

 気が付けば漣の音が耐えず聞こえる場所だった。

 さらさらときめ細やかな砂が足裏に吸い付いては地に戻っていく。

 遥か遠い、どこまでも遠くにある水平線。

 その先には漆黒よりもなお暗い宵闇の空と一つの星が瞬いていた。

 

 「浜辺……?」

 

 『なんだ、またここに来たのか』

 

 そこにいたのは死神だった。

 フードを捲った彼の顔は成長した俺の顔そのものだった。

 俺の顔が幼い子供のものだとしたら、彼のは青年といったところだろうか。

 前回みた時よりも成長した姿に、どこか既視感を覚える。

 彼は黒い外套の裾を引きながら純白の浜辺を歩き俺の前までやってきた。

 

 『ああ。そういうことか。随分と愛されてるな』

 

 「何を」

 

 『こっちの話だ……まぁいい。それじゃあ()()()()()

 

 頁を捲る音がした。黒い髪が風に揺れて、黄金の瞳が俺のものと重なった。

 文字で綴られていた筈の世界が本物になったような錯覚がして、磯の香りが鼻腔を擽った。

 

 『お前にとって、魔法はなんだ?』

 

 それは救いだ。人々に救いを齎す力だ。

 暖かく人々を照らす燦然たる太陽にして、悪しき者を打ち破る滅却の炎だ。

 炎。そう、炎だ。俺にとって仮に魔法があるとしたら、それは炎に他ならない。

 恵みをもたらし、繁栄をもたらし、そして裁きをもたらす天の零落。

 いつか己自身すら焼き尽くす、裁きの劫火。

 頁を捲る音がした。

 

 『俺にとって、魔法はなんだ?』

 

 それは祈りだ。人々の願いを受け止める器だ。

 あらゆる不条理を吹き飛ばす神の御業だ。

 あらゆる不浄を焼き尽くす清浄なる刃だ。

 されど無慈悲ではなくて、全てに平等を約束する慈悲の炎だ。

 或いは、それは天秤なのではないかと思う。

 遠目に見える審判の門が笑いながら俺を見ていた。

 頁を捲る音がする。

 

 『お前にとって、魔法はどんなものだ?』

 

 それは希望だ。そこにあるだけで人を奮い立たせる愛しき焔だ。

 俺がいなくても誰かの傍にいてくれて、力無き人に抗う何かを与えてくれる。

 或いはそれは旗なのかもしれない。

 無辜の民に、万夫不当の英傑に勇気を与える聖女の御旗。

 戦場で、死地で、決戦で、それが上がれば人々は希望とともに勝鬨を上げる。

 滅びに抗い、絶望を拭い、いずれ来たる厄災を超えて、遥か遠き未来にまで届く希望の炎。英雄たちの傍らで連綿と受け継がれる意志の力。

 俺にとって魔法とはそこにあるだけで人々に希望を与える力なんだと思う。

 そう。俺は、寂しい夜空で見上げるような、人に寄り添う希望(ほし)になりたい。

 

 『魔法に何を求める?』

 

 全てを。

 悪しき者を粉砕する絶対の力を。

 力無き人に寄り添う慈悲の力を。

 英雄たちの旗となる希望の力を。

 世界に立ち込めた曇天を晴らすあの太陽のように。

 地に伏せ悔しさに顔を歪めた人を照らすあの星々のように。

 もう二度と、ただ寂しさに震える女の子を死なせないように。

 もっと強く、もっと速く、刻まれた傷さえも無駄にせずに。

 例え羽が千切れようとも、例え羽が燃え尽きようとも。

 あの大空のその先へ行けるように。

 

 『それだけか?』

 

 嗚呼────叶うなら、ステラに会いたい。

 会って話がしたい。謝りたい。抱きしめたい。

 けれど、それは今じゃない。あの日の思い出を語り合うのは許されない。

 だから俺は、この世界に残されたたった一つの約束を果たすよ。

 ……英雄に、なるんだ。

 俺はそうとは最後まで思えなかったけれど、ステラにとってはそうだったらしい。

 ──曰く、どんな小さな声も聞き逃さずに誰かを助ける絶対の救世主。

 ──曰く、どんな空腹や怪我も癒してくれる万能の魔法使い。

 ──曰く、どんな悪に相対しても決して屈さず必ず勝利する無双の英雄。

 つまり、過去現在未来全てを超えた最高の英雄。

 そんな分不相応な人間に、彼女は見えていたらしくってさ。

 だから、そう在りたいと思う。

 ステラが最後に期待した英雄は、本当に英雄だったって証明するんだ。

 

 『欲張りめ』

 

 だよな。

 

 『業突く張りで、救いようがないくらい愚かだな』

 

 知ってる。

 

 『「けれど、それが俺だ」』

 

 お互いが顔を合わせて笑い合った。

 死神は首を傾け、何となしに口笛を吹いた。

 

 『そうだな。なら一言、先達者として言っておいてやらなきゃな』

 

 彼は笑ってこう言った。

 

 『その先は地獄だぞ』

 

 その顔は、深い悲しみに沈んでいた。

 俺はそれにきっと、困ったように笑うしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ!」

 

 目が覚めた。変わらず俺を固定するように抱き締める女神と天窓から指す日の入りから、そう時が経っていないことを自覚して思わず息を吐く。

 遠い遠い、ここではないどこかへ意識が飛んでいたようで前後の記憶が不覚だ。

 確か魔導書を読んだまでは覚えていたのだけど……

 そう思って手元を見てみれば、白紙となった本がただそこに残っていた。

 相変わらず表紙にはムカつく字体で『馬鹿でも分かる魔法教本』と書かれている。

 

 「あら、自力で目が覚めたのね」

 

 「ひぅっ」

 

 玲瓏な声が耳元で囁かれ思わず背筋が震えるのを我慢できない。

 不意打ちを食らった俺は普段より1オクターブ高い声で快音を鳴らした。

 俺を固定する両腕はそのまま後ろから抱きすくめ、覇王樹の香りが鼻腔を擽る。

 

 「……俺は、どれくらい寝てた?」

 

 「そんなに経っていないわ。だから逸らないで」

 

 頭を撫でられ落ち着くように宥められる。

 一応、言葉を聞くくらいの余裕は持ち合わせていたのだが、彼女にとって俺は粗忽者なのだろうか。

 正直なところ、心当たりが多すぎてなんとも言い難いのが悔しい所だ。

 

 「えっと、これで俺も魔法を覚えられたのか?」

 

 「それは恩恵を更新してみないと分からないわ。けれど、そうね。貴方の才能ならきっと覚えられる筈よ」

 

 少しだけ寂しそうに彼女はそう言った。

 俺は体を動かして、女神の膝の上で彼女と対面する。

 わざわざこんな貴重品を俺なんかの為に用意してくれたことへの礼を言うためだった。

 そして、思う。どうして俺にそこまでしてくれるのか、なんて。

 己惚れだろうか。どうしてか、彼女は俺を特別視している気がしてならない。

 

 「魔導書、ありがとう。今はまだ、何も返せないけれど、いつかきっとこの借りは返すよ」

 

 「気にしなくていいと言ったのだけど?」

 

 「そうかもしれないけど、借りっぱなしは俺が嫌だから」

 

 「ふふ。それならお礼、期待してもいいのかしら」

 

 「ああ。それは勿論だ。期待しててくれ」

 

 ええ、そうね。

 頷いて彼女は俺の頭をまた撫でた。

 優しい、母親みたいな手つきだった。

 

 「さ、ステイタスの更新をしましょう? もうそろそろ、あの子も待ちきれない時分の筈だわ」

 

 「?」

 

 「こっちの話よ」

 

 くすくす笑う姿にさっきの寂寥は微塵もない。

 いっそどこかに消えてしまったのかと思えるほど儚い表情は夢と消えてしまっていた。

 俺は言われるがままに彼女の寝台に寝ころび、その背に恩恵を刻まれていく。

 

 「随分と無茶をしたみたいね」

 

 「そう、かな? 楽しかったけど」

 

 「まぁ! ふふ、楽しかった、なんて初めて聞いたわ。よかったら聞かせてくれないかしら」

 

 「えぇー。そうだなぁ」

 

 俺は仰向けに転がりながら、首を上に向けて顔の前に持ってきた指を折る。

 あれと、これと、と数えてその一つ一つを興味津々に聞いてくる女神へ告げた。

 

 「まず何と言っても二十五階層の滝かな。綺麗でどこまでも澄んでてさ。しかもそれが重圧なオルケストラみたいにドドドって掻き鳴らして……もう自然の神秘って奴を存分に感じたね!」

 

 「へぇ。そんなに凄かったの」

 

 「そりゃあ! あ、ごめん、ちょっとテンションが」

 

 「いいわ。そういう姿が見たくて聞いたのですもの」

 

 臆面もなくそう言われては流石に照れる。

 俺は少しだけトーンを落として言葉をつづけた。

 

 「後は、そうだなぁ。やっぱアンフィス・バエナかな」

 

 「……そう、アンフィス・バエナ、ね」

 

 「ああ。でっかいドラゴンってだけでテンション上がるったけど、蒼い炎を吐いてきたり赤い霧でこっちの魔法を阻害してきたりで階層主ってやつの強さを思い知ったよ」

 

 「階層主を相手取って辛かったとか言わないのね」

 

 「辛い……か」

 

 なんていうか、ユゴスでの経験があったからかな。

 不幸のハードルが大分高くなってる気がする。

 特に俺の身体に何が起こっても必要経費と感じることが多くなってきた。

 この分だと手足が千切れても「ああ、そうか」くらいの情動で終わってしまう気がした。

 それは、たぶん、人間性の欠如に他ならなくて。

 今自覚してから、ようやく俺は俺の何かが壊れかかっていることを知った。

 

 ────けれど。

 

 「特に、思わないかな」

 

 自分が大事じゃ、叶えられない夢をみた。

 粗末に扱うつもりはないが、俺は英雄に成るための消耗品だ。

 最高の英雄に辿り着けたのならば、後は燃え尽きて灰になっても構わない。

 だからきっと、俺にとって、俺が苦しいのは辛いとは繋がらないのだ。

 

 「そう……嘘じゃないのね」

 

 女神はそう言って、俺の肩を叩いた。

 首を回して後ろを向けば、フレイヤは羊皮紙に俺のステイタスを記入している。

 更新が終わったのだと判断して俺は体を捻って起こした。

 

 「これ、あなたの今回のステイタスよ。おめでとうユート。貴方は魔法を習得したわ」

 

 手渡されたそれを見る。

 

 

 ────────────────────────

 ユート・アピス

 Lv.3

 力:G287→F318

 耐久:D589→C671

 器用:H124→H132

 敏捷:G208→G290

 魔力:G201→G241

耐苦痛:C

直感:H

 《魔法》

 【アルクトス/フィアト・ルクス】

 ・二階層魔法

 ・第一段階/第二段階

 ・付与魔法/広域攻撃魔法

 ・光属性/星属性

 ・自己損傷/自己犠牲

 【テロス・フローガ】

 ・二重魔法(デュアルスペル)

 ・審判/継承魔法

 ・浄火属性

 ・洗礼詠唱

 ・聖火巡継

 【 】

 《スキル》

 【死線舞踏(ダンス・マカブル)

 ・逆境時、全能力高域強化

 ・瀕死時、全能力超域強化

 ・生存欲求に比例して強化率低下

 【天底庇護(トリスアギオン)

 ・一定範囲内にいる任意対象の損傷負担

 ・戦闘時、発展アビリティ『治力』の一時的発現

 ・『耐久』に高補正

 ・『耐久』の成長に高補正

 【破邪剣正(カルタグラ)

 ・正義(おもい)の丈によって効果上昇

 ・攻撃対象への憎悪に比例して効果上昇

 ・精神力の消費により攻撃力を強化する

 ────────────────────────

 

 能力値上昇233。

 前回と比べ随分と落ちたものだと落胆する。

 けれど今回は前回と違い、魔法がある。

 俺はそこに刻まれた魔法を見て、首を捻らせた。

 

 「これは……どんな魔法だ?」

 

 「さぁ? 実際に使ってみないことには分からないわ。けれど、貴方が心の底から望んだことに即した魔法であるはずよ。そうじゃなきゃ、可能性を具現化させるなんて神々(わたしたち)の恩恵の意味がないもの」

 

 「詠唱式は……長いうえに、二つ、あるな」

 

 「あら、覚えるのは苦手?」

 

 「いや、感じるから平気」

 

 詠唱は、念じれば自然と紡ぐことが出来る。

 だから大丈夫。だけど。この魔法はどこか異質な気がした。

 【アルクトス】とはまた違う。

 俺の願いだけじゃなくて、もう一つ、何かを反映しているような。そんな錯覚。

 

 「【聖炎の章、星々の────「こら」」

 

 無意識に請われるがままに祝詞を紡げば、それを遮る人差し指が唇にあてられる。

 はっと意識を取り戻した俺はフレイヤの言葉で正気になって慌てて謝る。

 

 「あ、ごめん」

 

 「流石に私の部屋を燃やすのは勘弁してほしいわね」

 

 呆れたような声でそう言われる。

 何でだ? 流石の俺も女神がいる場所で詠唱をするほど無知ではない筈なのに。

 それなのに、まるで惹かれるようにいつの間にかそれを紡いでいた。

 

 「その、色々ありがとうフレイヤ。特にあのフレイヤ印の図鑑シリーズは凄い助かった」

 

 「ええ、そうでしょう」

 

 胸を張って威張る様な仕草をする彼女を見て先の恐怖を拭い去る。

 そうだ。こんな風によくしてくれる人の前で弱音なんて吐いてられない。

 俺は密かに用意していたとあるものをバックパックから取り出す。

 高窓から指す光が反射して、その手に持った()が煌めいた。

 

 「これ……『水晶の薔薇(クリスタルローズ)』。たまたま見つけてさ、奇麗だったから喜ぶかと思って」

 

 「まぁ! くれるの?」

 

 「よければ、だけどさ」

 

 金銀財宝など見慣れた女神だ。迷宮で取れるただの希少な華なんて、と思う。

 けれど、少なくともあの迷宮で見つけた中で一番きれいなものだった。

 だから、迷宮で一番助けられた人にあげるのは必然だと思った。

 

 「……ありがとう。すごく嬉しい」

 

 彼女は一本の華を抱いて、まるで陶酔したように眼を閉じていた。

 それからしばらくして、俺は一つお辞儀をしてフレイヤの部屋から出た。

 あのまま中に居たらどうにもいたたまれない、そんな優しい空気が蔓延していた。

 子供たちとの団欒ならともかく、大人の女性とそういう空気になったことなんて前世も含めて一度も無かったものだからどうしようもない。つまりヘタレたのである。我がことながら情けない……誰か俺をののしってくれ。

 

 尾を引くような熱い空気を誤魔化すように折り畳んだバックパックを懐にしまう。

 大きな背嚢ながら折り畳めばここまで小さくなる技術の妙に感心していると、気配を感じ取った。

 

 それは剣呑だった。

 それは赫怒だった。

 それは疾風だった。

 

 まるで、初めからそこにいたかのように──そんなはずはないのだが──男が一人立っている。

 年の頃は俺が言えたことじゃないが若い。十代半ばに届かずといったところか。

 黒と灰を混ぜたような髪色の男は吊り上がった瞳で突き刺すように俺を見ている。

 

 「……テメェがユートだな」

 

 「ああ。そうだ。お前は?」

 

 ちっと舌打ちをされる。

 しかし渋々といった具合に答えを言った。

 

 「アレンだ。テメェに話があって来た」

 

 「話?」

 

 「洗礼から逃げたガキがいると聞いた……美神の眷属(フレイヤ・ファミリア)に弱卒は要らねぇんだ。俺がお前に『洗礼』をくれてやる」

 

 そして、それすら超えられぬのならば、この場から出ていけ。

 続く言葉は無言であっても互いに通じ合っていた。

 横暴ではあるが、先方の決まり事を横紙破りしたのは自分の方。

 故に俺は言い訳をしない。向こうの言い分にも幾らか正当性があるからだ。

 ……態度や口調に関しても、俺が言えた義理じゃないしな。

 沁みついた言葉遣いはどうも、拭いきれない墨のように簡単には消えてくれない。

 

 「ああ、いいぜ」

 

 だから、俺は敢えて笑った。

 笑ってその挑発を、その怒りを受け止めた。

 俺は何も拒まない。俺は何も捨てたりしない。

 だから、このアレンという男の激情ですら受け止めよう。糧としよう。

 

 俺の表情を見たアレンの顔は怒りに歪んでいる。

 

 けれど、どうしてか、迷いが見えて。

 

 俺はこのどこからどこまで不遜な男が嫌いになれないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ざわめきが広がる。

 それは波濤のように寄せては返し、その場に居た『満たす煤者達』と、そして各々が武器を持つ戦士たちの動揺を如実に表していた。

 彼らはフレイヤ・ファミリア本拠であり四方を壁に囲まれた監獄が如き『戦いの野(フォールヴ・ガング)』にて朝から日没まで『洗礼』と称される殺し合いを行い、自らの心技体を鍛え上げる戦士たちだ。

 一人一人が精強な冒険者であり、仮に他のファミリアに行っても団長や切り札(エース)として活躍しうる潜在能力(ポテンシャル)を誇る強者揃い。

 そんな彼らは、今、動揺していた。畏怖しているとさえ言ってもいい。

 彼らですら恐れる『強靭なる戦士(エインヘリヤル)』。

 その中でも随一の凶暴性を誇る男が、殺意を隠す気すらなく周囲一帯に充満させていたからだ。

 アレンはそんな畏怖の視線を煩わしそうに首を回し、ユートへと向き直った。

 

 「さぁ、始めるぞ」

 

 「ああ。分かった」

 

 そう言ってユートは外套と鎧を脱いだ。

 少年の黒い肌が露になり、その下に刻まれた夥しい傷跡が白日に晒される。

 それに眉をぴくりとも動かさず、アレンは槍を構えた。

 いっそ肉食獣にすら思えるしなやかな構えは、アレン本人の気質とは裏腹に静やかだった。

 才能。努力。そういった戦うための全てを捧げたとすら思えるほどの無駄の無さ。

 舌を巻く思いをしながらユートもまた黒刃の短刀を構えた。

 逆手に構え、腰を落とし、刃を眼前に持った構え。

 刃の長さを常に目に入れることで彼我の距離を測る防御形態にして基本形は手本のようだ。

 それは少年の歩んできた戦いだけの人生を体現していた。

 

 「────シィッ!」

 

 歯の隙間から息が零れた音がした。

 次の瞬間、ユートの身体は遥か天上へと打ち上げられていた。

 

 「?! ウグッ」

 

 瞬間移動か。そう勘繰るも、刹那にそれは違うと判別する。

 何故なら、既に壁を蹴りあげた音が遅れて聞こえてきたからだ。

 体中の空気が吐き出されたと錯覚する衝撃。即ちただ速度で以て()()()だけ。

 信じられない! これほどの速さの人間がいるだなんて!

 【アルクトス】を使っても、これは追いすがれるのかと不安になるほどの速さだった。

 身を捻り、『直感』のままに反撃の一撃を中空にて見舞う────空を切る。

 カウンターは完璧なタイミングであったに関わらず、それすら見切ってアレンは既にはるか遠くで足場を踏んでいた。黒い長靴がぎぎっと軋む音がする。衝撃で地面が削れた音がする。

 そして────それを認識したころには既に俺の身体は吹き飛ばされている。

 暴虐というのならばオッタルより遥かに暴力的であった。

 彼のそれはこちらの如何なる攻撃も受け止める泰然とした巌のような強さ。

 対してこちらはと言えば、嵐の中に放り込まれたような息つく暇もない集中砲火。

 辛うじて武器を持つ腕に握力を込めるのが精いっぱいだった。

 

 対してアレンもまた、驚愕していた。

 

 (理屈はしらねぇが、致命傷だけは躱してやがる)

 

 これだけの集中攻撃、集中砲火。槍の一撃で肩を裂き、腹を裂き、頬を裂いた。

 恐怖や痛みで怯む姿すら見せず純粋に攻撃へ集中する姿は異様というほかない。

 されど、その異様さに恐怖を覚える第一級冒険者(アレン)ではない。

 

 (俺の攻撃が、軽いってか!?)

 

 何度攻撃を見舞っても致命打を回避する勘の良さ。

 槍を直接見舞っても殺しきれぬ妙な『耐久』の高さ。

 それらはアレンの矜持を刺激する。

 怒りを乗せた戦車の片輪は更に加速する。様子見はしない。本気の突撃。

 対し、ユート。脅威を感じ、【アルクトス(付与魔法)】の発動を決意。

 

 「【(ステ)────「させるかよ!」

 

 (魔法なんざ使わせる鈍間(ノロマ)だとでも思ったか?!)

 

 抉る穂先は深々と少年の腹を貫いた。

 鮮血と共に千切れた腸が『戦いの野』に飛び散り赤く染まった大地を更に紅く染め上げる。

 殺す気だった。殺す気でいくことが、アレンにとっての『洗礼』だった。

 超えるべき男(オッタル)を乗り越えたのなら、このくらいの試練は乗り越えて見せろ。

 それこそがアレンを突き動かす負の情動。

 その内に抱えるもう一つの何かを自覚することも無く、慈悲なく再度、アレンは突撃する。

 

 (俺如きを乗り越えられないなら────死ね)

 

 或いは、それは慈悲だったのかもしれない。

 限界を超えて駆動し続ける少年を見かねて、既に死に体であるのに活動し続ける人形を憐れんで。

 アレンの胸中にそんな自問が湧いて出る。

 

 (下らねぇ。そんなわけがねぇ)

 

 そんな綺麗な理由なら、この衝動は起こらなかった。

 自分でも制御できない怒り、情動。その根源にアレンは思い至らない。

 既に捨ててしまった。遠い日の片割れに属する感情であるが故に、アレンは眼を逸らし続ける。

 

 「死ねぇえええ!!」

 

 「死ぬかぁああ!!」

 

 死に体の少年が復活したように叫ぶ。

 まるで今さっき戦いを始めたかのように、動きが良くなる。

 いや、これではまるで────

 

 (俺の動きを、眼で追いやがった!)

 

 神速とすら称される高速戦闘の中で、アレンはレベル3(かくした)が自分の動きを察知したことを知る。

 それも先ほどのように、勘任せではなく純粋な実力による攻撃の予知。

 槍の一撃は今度は心臓を狙いすましていた。

 それを、少年は黒刃を挟み込む形で受け流す。

 幾千幾万も繰り返したであろう流麗な受け。一万を超える歴戦が生んだ技術の結晶。

 ユートが、死なぬように、人を傷つけぬようにと抗いの中で生み出した真骨頂。

 そう、ユート・アピスとは元来、守勢を得意とする剣闘士である。

 守るだけでは勝てない格上ばかりが相手であるが故に喪失していた自己存在証明(アイデンティティ)は、攻めるだけでは勝てない好敵手の出現によって取り戻された。

 

 (どういう訳かはしらねぇが、深手を追うごとに動きが良くなってやがる)

 

 そう。それは既に、レベル3という軛から逃れるほどの超強化。

 レベル4に至る強化スキルの名は【死線舞踏(ダンス・マカブル)】。

 アレンの知らぬ。窮地を乗り越える為の死地に在って踊るもの。

 これに【アルクトス】が重なることで一時的にレベル6にする通ずる破壊力を誇る一撃を生む。

 自己崩壊による強制瀕死及び逆境状態を作り、付与魔法による強化でその倍率を乗算させていく究極至高と称すことが能う必殺の一撃『閃耀の流星(テオ・アステール)』。アレンの風をすら超える、遠き空を行く流星。

 しかし今この時はそれを使う暇はない。

 何故なら既に瀕死の常態で【アルクトス】を使えば、残された道は死しかあり得ないからだ。

 

 (つまり、俺は【アルクトス】抜きでこの場を切り抜けなければいけない)

 

 いずれ訪れるとは感じていた、付与魔法の不全状況。

 デメリットが大きい分、使いどころが限られる。

 寧ろ今まで好条件で使いこなせていたことこそが稀な状況だったのだ。

 ユートは臍を噛む思いで思考を回転させる。

 『切り札』はある。手に入れたばかりのとっておきが一つ。

 しかし────致命的なまでに時間が足りない。

 それを許すほど、アレン・フローメルは()()()()

 

 ある意味、両者は拮抗状態にあった。

 致命の一撃を淡々と狙うアレンと、起死回生を狙うユート。

 均衡状態はされど、張り詰めた風船より儚く弾けてしまうだろう。

 

 ────均衡を崩すには、どちらかが危険(リスク)を背負わねばならない。

 

 ────そして、いつも危険に身を投げるのはユート・アピスの性である。

 

 「【星よ(ステラ)】────」

 

 紡がれる夜想曲。魔力が濃密に高まり、アレンは瞠目する。

 

 (血迷ったか?!)

 

 迎撃。一閃。致命の穂先が空を翔けた。

 銀の流星が駆け登り、黒い少年を射抜かんと地上から矢が放たれた。

 それを、ユート・アピスは()()()()

 幾千、幾万も重ねた必殺を避ける対人技能。

 極まった領域にすらあったそれはアレン渾身の一撃を()()()逸らした。

 そう、こと受け流しに関して神域にすら指をかけたユートであっても、アレンの一撃を流しきることは能わない。それほどに、女神の戦車は止まらない。

 

 だが。

 

 致命とならなければ。その刹那の時間があれば。

 魔法を編むことは容易いことだった。

 

 「【輝け(アルクトス)】!!」

 

 理不尽を退け、迷い人を導く北斗七星が戦いの野を照らし出す。

 血と汗に彩られた兵どもの跡地は光輝に包まれた。

 びきり、びきりと軋む音がした。人が壊れる音がした。

 既に致命打を受けているユートの身体は加速度的に壊れていく。

 されど、その一秒があれば『並び立てる』。

 そう判断しての断行。果たしてそれは最善だった。

 

 大気を叩く足の音が木霊する。

 刹那、アレンは己の速度にユートが比肩したことを察知した。

 そしてそれが、長く続かないことも。

 

 であるのならば。

 

 「受けて立ってやる!」

 

 正面からの迎撃以外に道はない。

 レベル3が。格下が。弱者が。己に追いすがろうと分不相応にも資格を有した。

 それに応えずして何が冒険者か。何が女神の眷属か!

 アレンの両脚が疼きをあげる。壊れても構わぬほどの力を込めた。踵が砕ける音がした。

 

 (脆い! あの方を載せる車輪が砕けるなんざ、屈辱にも程がある!)

 

 体質と言えばそこまでだ。

 誰よりも早く駆ける脚は、全てを受け止める霊峰にはなりえない。

 自身の超えるべきと定めた男と同じ強さに至れない。

 なれど、

 

 (俺が最速だ! それだけは! それだけは譲らねぇ!)

 

 それこそがアレンの自己存在証明(アイデンティティ)

 頂点すら、その一点のみであれば届かない。

 そうでなくては何のために最愛すら捨ててしまったのか。

 

 (認めてやるよ、ユート・アピス!)

 

 事ここに至っては認めるほかない。

 自身に速度で並び、本来は届かぬ力に身を削ってまで至る覚悟。

 それを切り捨てては、自分はそこらで蹲る野良猫にすら劣ってしまう。

 

 幾何学的な線を描き、黄金と銀の光は交差する。

 二筋の光は更に速度を上げて、光と化した。

 人の速度領域に居ない両者は限界を超えた肉体駆動により自己崩壊に至る。

 

 それを、『満たす煤者達』は見上げていた。

 

 「なぁ……あのガキ、レベル3、なんだよな?」

 

 「女神の、寵児……俺らとは違うってのか?」

 

 「でも、あの子、凄い辛そうだったよ」

 

 その視線の先にあるのは光の暴風だった。

 縦横無尽。時に『戦いの野』の壁面を足場として、時に空を足場として、戦車は車輪を駆動する。

 視線で追えぬ超加速。世界最高峰と称された男の脚は()()()()()()()が武器となる。

 これが女神を乗せて走る【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】。

 刃と共に振るわれるのであれば、人という脆い生命はたちまち肉塊と化してしまうだろう。

 

 けれど、けれど、その少年はとうの昔に人ではない。

 一万を超える戦いを超えた歴戦の剣闘士にして、頂点(オッタル)にすら届きうる可能性の具現。

 下界最速に相対するのは、下界屈指の才能であり、歴戦である。

 

 光の筋が引かれたと思えば、金属音だけが響く異様な空間だった。

 一秒の間に何度それが鳴り響いたかわからない。

 けれど、両者が「埒が明かない」と魔法を開放するのは同時だった。

 そしてそれは、アレンにとって屈辱だった。屈辱を超えてなお、勝ちたいという欲が勝った。

 

 「【金の車輪、銀の車輪】」

 

 「【聖炎の章、星々の祝着が落とされる】」

 

 並行詠唱。

 第一級冒険者であるアレンは兎も角、今日覚えたての呪文を扱うユートは正気の沙汰ではない。

 されど、忘れてはいないだろうか。

 肉体が崩壊するほどの出力の付与魔法を、ただの一度も違えず扱い熟す天性の魔法操作能力を有するという事実を。そして、その練度は頂点(オッタル)にすら届きうる一撃へ成り果てたことを。

 

 「【憎悪の愛、骸の幻想、宿命はここに】」

 

 「【今は遠き星降る千夜、煉獄に咲く無垢な一夜】」

 

 紡ぐ、紡ぐ。紡がれるその魔法は奇しくも互いの傷をその祝詞に乗せている。

 

 「【消えろ金輪、轍がお前を殺すその前に】」

 

 「【語らう詩編は厳かに、向ける双眸は憧憬湛え、託す願いは流星に】」

 

 高鳴る魔力が暴発を起こす。具現化せんと弾ける精神(マインド)は既に過剰な力を注がれていた。

 

 「【栄光の轍、寵愛の唇、代償はここに。回れ銀輪、この首落ちるその日まで】」

 

 「【我が手に宿るは破邪の天輪。儀典の栄光。生涯拭えぬ久遠の悔恨】」

 

 廻る魔力は限界値に達し、二人を包む光輝を更に強くする。

 二人は並び、横目で互いを確認しながら天へ向かって駆け出した。

 

 「【天の彼方、車輪の歌を聞くその死後まで────】」

 

 「【諸天は織られ、大地は廻り、斯くして焔は放たれる】」

 

 両者の身体が空に投げ出された。

 互いが互いに片や迸る殺意、片や清涼な闘志を滾らせて────

 

 「【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】」

 

 「【贖え、炎の剣───楽園の果てで死に絶えろ】」

 

 「「【テロス・フローガ】!/【グラリネーゼ・フローメル】!」

 

 ────その男が天を駆け抜けるのと、炎が天を包むとは同時だった。

 

 まるで生き物のようにアレンに追いすがる『白い炎』。

 神聖さすら感じるそれに、アレンの優れた本能は警鐘を鳴らした。

 

 (まともに受ければ────即死する)

 

 正しく、一撃必殺。

 広範囲を燃やしつくす広範囲攻撃魔法。それも、この一帯を覆い尽くして然るべき程に。

 

 (愚図どもが巻き込まれるが……構うかよ!)

 

 戦いに巻き込まれて死ぬなどという無様を晒すのならば、ここで死ねばいい。

 女神の眷属に惰弱は要らない。ユートとの邂逅時に告げたその言葉に嘘はない。

 

 アレンが加速する。加速していく。既にユートの速度すら超えて、一匹の猫が天を駆ける。

 魔法の効力による『敏捷』の超高強化と、『速度の威力変換』。

 既に足が砕け散り、いつ終わっても仕方のないほど加速し続けたアレンのその威力は、魔法の強化を受けたことによってレベル7の領域に辿り着いていた。

 そう────この魔法の威力に上限はない。

 アレンが早くなれば早くなるほど、即ちアレンの強さがそのまま威力となって顕現する。

 レベル7に至り、更に加速するアレンの魔法の一撃は既にレベル8にすら到達しうる可能性を秘めた神殺の一槍。

 

 「これで────終わりだ」

 

 遥か上空。酸素が薄く、オラリオを睥睨する彼方の果て。

 ユートとの競り合いによってアレンは限界を超えていた。

 超えたいと願う対象が相手ではなく、『好敵手』として無意識化で認めている相手であるが故に起こった現象。限界突破というある種有り触れた下界の奇跡の一種。

 それが、第一級冒険者という生きた暴威に訪れれば何に例えられようか。

 

 舞い上がっていた。

 元より殺す気だったが、それすら超えて、アレンは過剰なアドレナリンの出力により思考の箍が飛んでいた。

 

 アレンが落ちる。

 速度はそのままに。

 全てを込めて。

 

 いうなればそれは『流星』だった。

 奇しくもユートの代名詞にアレンは至っていた。

 

 そして、落ち行く世界の中でアレンは見た。

 

 (白い炎が……収束していく────)

 

 それは、白い炎の大剣だった。

 

 遠目から見て一目でわかる、しいつるぎ。

 

 迎え撃つ、ユートの最後の一撃。

 

 接触する。

 

 レベル8に至った究極至高の流星は、少年の炎と空中で激突した。

 爆ぜる。衝撃が発生し、戦いの野を囲む壁が砕け散った。

 風圧により周囲一帯の硝子は全て割れ、屋根の瓦が弾けて空へ消え失せる。

 

 『出来る奴は結界を張れ!』

 

 下でヘディンが指揮を執る。

 フレイヤ・ファミリア総出でかからねばならぬほどの極大の破壊。

 それを生み出したのが頂点(オッタル)ですらないなどと、誰が信じよう。

 まして、レベル3とレベル5という、かつての最強の足元にも及ばぬ二人であるなどと。

 

 その決着は────如何に。

 




※内輪揉めです

一口情報:フレイヤとユートの談笑を知っているのはとある娘のみ

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。