冒険者生活二日目の朝は住人全員分の朝食を作るところから始まる。
重すぎず軽すぎず、栄養価に気を使った食事でありながら味も拘らなければならないのは偏食気味な子供に配慮してのことだった。厨房から皮むきなどの雑事を手伝いに来てくれるシルとアーニャと談笑をしながら、残りの家事を彼女たちに任せて孤児院を出る。
朝食時にしれっと作ってくれていたシルの弁当を背嚢に詰め込み、装備の点検を───と思ったところでそう言えばアレンとの戦いで武器が壊れていたのを思い出す。
流石に素手で戦いに赴くのは……いけなくもないが面倒が勝る。
アレンに弁償を求めるのも何だか違う気がして、【フレイヤ・ファミリア】から予備の武器を借りられないものかと考える。
……うぅん、というか貰った剣を一日で壊したって言い辛いな。
幸いにして稼ぎに余裕はあるのだから、今日は買い物をしてから迷宮に行こうか。
「【ヘファイトス・ファミリア】の武器って興味があったんだよな」
刃の輝きは好きだ。
あくまで個人的な感想に留まるが、男というのは鉄の塊が好きで堪らない種族なのだと思う。
前世で言うならばバイクとか、刀とか、拳銃もそういうカテゴライズに入るだろう。
実用的な武骨さ、機能美を好む男もいれば過剰なほどの火力を求める浪漫主義もいる。
俺は前者の方ではあるが後者にも一定の理解を示せる。
それに【ロキ・ファミリア】からアイズの修行を頼まれもしたが詳細をまだ詰めていなかった。
流石に昨日一日で決断は下せないだろうがせめて挨拶くらいはするべきだろう。
頭の中で概算を弾き、今日の予定は午前は街の散策、午後はダンジョン探索とすることにした。
そうと決まれば話は早く、商業区に足を踏み入れれば朝早くでありながら早々に店を構える様子が見て取れた。
いつもは活気に塗れているのだろうと想像できる主街路はどこか退廃的な空気に満ちていて、朝焼けの淡い光と相反する雰囲気が蔓延していた。
暗黒期と呼ばれる片鱗はいつどこにだって見ることが出来る。
世界の中心と呼ばれたオラリオは、アレンのような強大な冒険者がいたとしても陰りが強い。それほどに『闇派閥』というのは根深く住人達に恐怖を刻み込んだのだろう。
……或いは、少し前まで君臨していたというゼウスとヘラの両ファミリアと比較して頼りないという印象が現在の二大ファミリアにへばりついているのか。
オッタル、アレン。実力は見ていないが一目で強いと感じ取れたリヴェリア。
彼らは何れも俺なんかよりも強く、そしてインヘルカを歯牙にもかけない実力者たちだ。
そんな彼らでも頼りないと思われるほど、ゼウスとヘラは圧倒的だったのかもしれない。
「しっかし、オラリオは広いな」
頭の裏を掻きながら愚痴を零す。
迷う、なんてことは象徴たるバベルが中心にある以上起こりえないが、それはそれとしてどこに何があるかの把握が困難だった。オラリオに来てから十日そこらしか経っていないのも手伝って土地勘が皆無だ。
お目当てのヘファイトス・ファミリアの
「ユートくん、だよね? 久しぶり!」
「アーディ!」
快活なそれに振り返って視線を合わせれば、可憐な少女がそこにいる。
不意に近づかれても警戒に値しない。それは彼女が弱者だからではなく、ただ傍にいるだけで安心感を与えてくれるほど善人であるからだ。
たった数度の邂逅、【ソーマ・ファミリア】の罪人たちを引き渡したときくらいしかまともに対話していなくともそう感じさせてくれるくらいには人当たりのいい、春風を思わせる気持ちのよい人だった。
落ち着いた笑顔を顔に浮かべながら気さくに話しかけられ俺も知らずの内に肩の力を緩めていた。
「これから迷宮?」
「いや。実は昨日、武器が壊れちゃったから……予備の武器を買いにいくつもりだったんだ」
「えぇっ! 武器が壊れるなんて尋常じゃないよ?! 大丈夫だった?」
「おう。ヘイズに治してもらったしな」
「そっか、今の君は【フレイヤ・ファミリア】の一員だもんね」
「前に会ったときは無所属だったっけか」
「そうだね~。あの時はすごいびっくりしちゃった。【ソーマ・ファミリア】襲撃!って聞いて跳び起きたと思ったら襲撃者が闇派閥じゃなくて子供なんだもん」
「その節はご迷惑を……」
「違う違う! 謝らせたいんじゃなくて、お礼を言いたかったんだ」
お礼、と言われ照れ臭くなる。
心のままに行動したことが感謝されるのは未だ慣れない。
でもちゃんと最後まで聞かなきゃと思ってその場に足を張り付けた。
「私たちじゃあ目が届かなかった悲劇があって、それを強引にでも解決してくれた。だからたくさんありがとうって言いたかったんだ……お姉ちゃんやギルドからは怒られてたぶん、ね」
そう言ってアーディは片目を瞑って笑いかけ、俺の頭に手を置いた。
優しい手付きで撫でられ、その細い指が硬い髪を梳く度に思い出の中の少女が顔を出す。
浸っていたい気分を落ち着かせ一歩下がる。
「頭撫でられるほど子供じゃないんだが」
「あはは。そうだね。けど頑張ってるから応援したいってのは嘘じゃないよ?」
「それはまぁ、疑ってない」
「そっかぁ。えへへ。ユートくんって素直なんだね」
一歩距離を下がった分、アーディがまた距離を詰める。
パーソナルスペースが狭いタイプなんだろう。不快さを感じさせないのは彼女の人徳か。
俺はこのままではもみくちゃにされることを予知し、会話の方針を転換する。
「そういえば! 武器屋でいいとこのオススメってある?」
「武器……あ、そっか予備武器を買う場所を探してるんだもんね」
うーんと顎に指をあててアーディは考える。可愛い。
数秒ほどうんうん唸っていると急に思いついたように手をポンと掌に落とし、俺の手を取った。
ぐい、と引っ張られ軽い矮躯が宙に浮いた。
「うおっ」
「うん、やっぱりオラリオの武器っていったらあそこしかないかな。案内するよ!」
「待って待ってせめて手をはなしてぇぇぇぇぇぇええ!」
ぐいぐいと無遠慮に振り回されながら突き進む。
この猪突猛進娘、人の話をあんまり聞かないタイプだな!?
人の波を掻き分けて、白魚のような指にぎゅっと繋がれてオラリオを行く。
海を泳ぐような閉塞感と充足感が身を包んだ。振り回されているはずなのに妙に楽しかった。
やがて商業区から抜け、北西の『冒険者通り』へ辿り着く。
奥まった未知の一角にまで来てようやく立ち止まると、額の汗を拭ってアーディは声高に告げた。
「ここ! ヘファイトス・ファミリアの店だよ」
「そりゃあ……一級品でしょうよ」
引きずりまわされどっと疲れた錯覚が全身に回っていた。
されどヘファイトス・ファミリアの店の場所が分からず迷っていたのも確かだ。内心で感謝と悪態を平等に吐きながら俺もまた汗を袖で拭って大きな建物を見上げた。
硝子越しに飾られた寒気がするほど美しい刃。吸い込まれそうなほど磨き上げられた鎧。魂すら込められているのかと見紛う兜。冒険者にとっての宝蔵がそこにはあった。
「……すげぇ」
「でしょ! ユートくんはオラリオの外出身って聞いてさ、絶対に喜んでくれると思ったんだよね」
「うん。これはちょっと、舐めてた」
カッツバルゲルは確かに良い武器だった。黒曜石を思わせる刃は透き通っていて美しく、たった一日で失ってしまったことが惜しかったほどに。
だが、今目の前で飾られた武器は更にその上を行った。
……勿論、値段も。
「い、一億ヴァリス……!?」
「憧れだよねぇ」
惚れ惚れする声で軽く言われる。
俺が必死こさえて稼いだユゴスの剣闘代が全部吹っ飛ぶ額だ。とてもじゃないが手が出ない。
予備武器を買うのに適さないと思うが、何の考えも無しに連れてくる少女ではないと判断して少し
「予備武器ってここでも買えるのか?」
「ちょっと違うの、ごめんね。ここには途中だったから立ち寄った感じかな」
「なるほど……まぁでも、確かに一見の価値はあったな」
「でしょ? 男の子はこういうの好きだもんね」
「否定できねぇ……」
図星である。よくお分かりのようだ。
「それで、結局武器はどこで買うんだ?」
「ヘファイトス・ファミリアの店ではあるよ……ただ、
「こっちは支店ってことか」
てか支店でも一億ヴァリスの武器が置かれてるのか……
空恐ろしいものを感じつつも歩き出したアーディの隣で説明を聞く。
「バベルって冒険者の公共施設だからシャワーとか金庫とか、とっても色んな役割を兼ねてるんだ。そして一部の商業系ファミリアはそんな大事な施設に店を構えることが許可されてるのです」
「【ヘファイトス・ファミリア】は有名だし、そりゃあ
「その通り! そして本店の方は『鍛冶』アビリティの無い、言い方は悪いけど未熟な鍛冶職人が作品を売りに出す
「そこだったら手軽な武器を幾つか見繕える、ってことか」
ユゴスにもあったが、ああいう場所で掘り出し物を見つけるのは実は大好きだ。
特にステラにプレゼントした耳飾りの片割れは今も俺の右耳で光を放っている。
まだ見ぬ市場へ思いを馳せ、好奇心を胸に抱きながらアーディの案内の下、バベルの四階に足を踏み入れた。立ち並ぶ絢爛な武具はショーケースに飾られてその存在感を無言で示している。
ずらりと並ぶ武具を前に値踏みをする彼ら彼女らは冒険者なのだろう。
「……ここ?」
「ユートくんならここの武器でも買えると思うけど、もう少し安価な武器なら上の方かな。そういえば聞いてなかったけど予算ってどれくらい?」
「あー……色々入用なので十万前後だと嬉しい」
「それなら大丈夫! 案内するね」
無意識なのか膝を追って俺の手を繋ぎ、彼女は迷子にそうするかのように手を引いた。
ここまでスムーズにやられると文句も言い辛い。
俺はされるがままに八階にまで登り、階下よりもやや落ち着いた雰囲気の場所に降り立った。
「ここだよ」
「へぇ……」
確かに武具の輝きはそれほどだ。
だが光るものが多々あり、才能の原石たちが作った試作品といった印象が強かった。
【ヘファイトス・ファミリア】の鍛冶職人は未熟と言われるような下部人員であっても骨の髄まで
「ユートくんてどんな武器を使うの?」
「特に得意な武器は無いが、強いて言えば剣が一番使った時間が長い」
「剣かー。私とお揃いだね」
「アーディも剣を?」
「うん、ほら」
そう言って腰に下がった武器を見せられる。
確かに剣だ。だが俺は今までそれを剣と認識できなかった。
注視すれば、そこには武器としてあるまじき何かを感じ取れた。
これは、いや、まさか……。
「……非殺傷用?」
「え!? 何で分かったの?」
「あ、いや。雰囲気で」
「そっかぁ……バレちゃったし、言っちゃっていいか」
そう言って彼女はしゅるりと腰の帯を解いて武器を鞘ごと俺に渡した。
促されるままに剣を抜き放てば美しい純白の刀身が目に入る。
素材の判別は俺の知能では不可能だったが、一級品であることは見て分かる。
それだけに、この武器であるのに清廉とさえ言える殺意の無さに困惑した。
武器は壊すものだ。殺すものだ。
守る手段でありながら、殺す手段である矛盾を孕んだものなのだ。
それがどうだ? これは武器でありながら、純粋なまでに祈りが籠められた守りの剣だ。
矛盾し、相反した特性が同居することがあり得るのか。
蒙が開かれるとはこのことか。思わず笑い声が口から零れ出る。
「えっと、ユートくん……?」
「あ、いやごめん。ちょっと驚いちゃって」
誤魔化すように口元を隠して剣を返す。
どうもアーディという少女の本質が見えた気がした。
彼女はどこまでも人を信じているのだろう。でなければ『人を傷つけない』という発想の武器を持とうなど考えない筈だ。あれほどの性能を誇る武器を非殺傷に落とし込んだ作り手の技量にも舌を巻く。だがそれ以上に、アーディの思想の清廉さに圧倒された。
俺では、無理だ。今も武器を求めるように、刃の安心から逃れることは出来ない。
敢えて弱い武器を持つなんて考えられなかった。
だがそれは、もしやすると人を信じられない俺の弱さそのものなんじゃないだろうか。
触れ難い、神聖なものを見たような気分だった。
これまでオラリオで見た『英雄』たちは主に強さによって育まれた偉大さだった。だが、この少女はその『心』が偉大であるのだと俺は思った。考えてみれば、真の意味で尊敬したのは虐げた環境と訣別し、許す心の強さを見せてくれたリリや甲斐甲斐しく俺の活動を支援してくれたシルくらいのものだ。
彼女らに共通するのは、方向性は違え何れも清らかとまで言える精神性だ。
だから、きっと彼女も尊敬すべき人なのだろう。
恭しい手付きで剣を手渡すと、しみじみと呟いた。
「……いい剣だな」
「あはは、非殺傷武器って知ってそう言ってくれたのは君で二人目だ」
「ならその人とは気が合いそうだな」
「きっと気が合うと思うよ」
暫し視線を交差させ、張り詰めていた空気が弛緩する。
少しして気を取り直したアーディが当初の目的を思い出す。
「そうだった、君の武器を選びに来たんだった」
色々と逸れちゃったね、と舌を出して悪びれるとアーディはさっそくとばかりに奥へ進んでいく。俺もまたそれに追従し、剣が突き刺さった樽の群れにまで案内された。
左から順に樽に値札が張られており、底値は一万から高値で十万と手頃な価格だ。
一番グレードの高そうな十万の樽から数本の剣を見繕って手に取ってみる。
「へぇ、分厚い剣が好きなの?」
「そういう剣を長く使ってたから手に馴染むってのが理由かな。これとかいい感じだ」
「随分年季の入った剣だ。これって中古品なのかな」
「聞いてみるか」
俺が手に取ったのはかつての愛剣ハディードを思わせる武骨な幅広の剣だった。
ずっしりとした重みはよく馴染み、重心の位置がちゃんと芯鉄に沿っているため振る際の不和も特に感じない。飾り気が一切ない武骨さに見合った素直な剣だった。
唯一気になる点があるとすれば、良い剣である割に埃を被っていたことだろうか。
気になったため武具の点検をしていた店員に声をかける。
「すいません。この武器なんですけど」
「【
「違う違う。この子は件のユート・アピスくんなのです!」
「ユートぉ? 聞かない名……いや、待て。【ソーマ・ファミリア】を単騎で潰したと思ったらいきなり孤児院おっ建てて、しばらく大人しくしたと思ったらオッタルに喧嘩吹っかけて【フレイヤ・ファミリア】に入団したとかいうオラリオ史上最もイカれたガキのことか?!」
「俺ってそんな風に思われてたのか……」
「だっ、大丈夫! ちゃんとユートくんが良い子だって知ってる人もいるから!」
ここに一人は確実に! と言ってくれる優しさが身に染みる。
後悔は微塵もしてないが、それでも風評というのは大事だ。風聞が最悪の英雄なんて『理想の英雄』に程遠い。一応は善行しかしてないつもりだったんだけどなぁ……別の社会奉仕、やってみるか?
頭の中でそんなことを現実逃避がてら考えていると、店員の老齢な男が「悪い悪い」と言って俺の手に取った武骨な武器を手にして天上の明かりで照らすように上に掲げた。
「……随分と古い武器を持ち出してきたな。これは椿が
「椿って……【
「そんな剣が何でここにあるんだよ」
「んまぁ単純に、レベル1が使うにしては重すぎるからだな。かと言ってこれが使いこなせる『力』にまで育ってるなら今度はもっといい武器が使えるくらいには金に余裕が出てるだろう。椿の名前も刻まれて無いし、誰にも買われずここまで放置されてきたってところか」
過去を懐かしむように男は眼を細めて照らされた剣をしみじみと見つめた。
鋼の鈍い輝きの中に俺たちが映り込む。
男は剣を置いて手に持った布で拭く。
「それで、十万ヴァリスだが買うのか?」
「買おう」
「即決!」
いやぁ、ここまで言われて買わない奴はいないだろ。
頑丈さは俺の『力』に耐えるだろうから及第点だし予備武器として扱うには十分だ。
俺は財布の中から硬貨を取り出し男の前に置いた。指でそれらを弾き、数を数え終わると男は鼻息を一つ吐き、てきぱきと剣を磨き始めた。最終的に鞘に納めると、無造作に俺に向かって突き出す。
刃渡り八十センチほどの剣を手に取り、鞘に納める。寂しかった腰に重みが宿る。
「……まいど」
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー!」
二人で店を出て、バベルの前にある噴水前で隣り合って座る。
大分歩いたので休憩がてらだ。
時刻は十時過ぎくらいか。思ったより早く用事が一つ澄んだ。
ぱたぱたと手で顔を扇ぐアーディを横目に俺もまた体勢を楽にする。
「結構歩いたねー」
「そうだな……今日は色々とありがとうな」
「気にしないで。困ってる人を助けるのが【ガネーシャ・ファミリア】の役目だからね」
「……実は最初は【ガネーシャ・ファミリア】に入ろうとしてたんだよな」
「え!? そうなの? 何で来なかったんだよう」
「うげっ」
肩を組まれて首を軽く締められる。
俺もなぁなぁに抵抗しながら行かなかった理由を探した。
けれど確とした理由が見当たらない。しいて言うのならば先に接触してきたのが【フレイヤ・ファミリア】だったからだろうか。オッタルとの会話が無ければアーディたちと轡を並べるのはあり得た未来だったかもしれない。
「【フレイヤ・ファミリア】に入ったのは流れだから。本当に偶々だったとしかいえないなぁ」
「そっかぁ。じゃあもしかしたらユートはうちの期待の新人だったかもしれないのか」
「ちょっと勿体ないな」と言ってはにかんだ。
水面に反射した朝の光を受けて、女神さまみたいに綺麗な笑顔だった。
「でも同じ冒険者だ」
照れ隠しのようにそう言った。けれど本心でもあった。
如何に【ファミリア】が異なれど、心の在り様までもが異なるわけじゃない。
俺はたくさんの人を助けたいし、暗い時代を晴らしたい。かつてステラが夢見たように、希望と活気に満ち溢れた世界の中心を取り戻すことが夢の一つだ。
それはきっと、アーディや【ガネーシャ・ファミリア】も変わらない筈だ。
だから俺と彼女は
「本当に、勿体ないや」
首絞めの体勢を変えて、アーディは俺の頭を抱きかかえた。
そしてわしゃわしゃと針金みたいに硬い俺の髪の毛をもみくちゃにした。
「わ゛ー!」
「おりゃー!」
「やめっ、やめんか!」
「アーディお姉ちゃん、今日は子供のお世話かい?」
「そうなんですー。もうこの子ってば頑張り屋で可愛くて」
道行く人に好意的に声をかけられるあたり、彼女の人柄が見て取れる。いや、良い人って評価は今更変わらないんだが、だが!
「やめんかぁ!」
流石に長い! せめて数秒で終わらせてくれ!
「あははは、ごめんごめん。でもちょっとは気がまぎれたでしょ?」
「……そんなに顔に出てたか?」
「さっき武器屋で、私の武器を見てからちょっとだけ変わったかなって」
「あー……」
「何かあるならどんな相談にも乗るよ? 日常のちょっとした悩みから人生相談まで、何でも受付中!」
「あはは……いや別に、今まで非殺傷武器を使うなんて発想でてこなかったなぁと思って」
「? それで落ち込んでたの?」
「まぁ、そんなとこ……俺って物騒な思考になっちゃったなぁってナイーブになってただけ」
「ふぅん……もしかしてだけど、自分も非殺傷武器を使うべき~とか考えちゃった感じかな」
俺は無言でうなずいた。
それにアーディは真剣に考えてくれてるようだった。
止めるべきか迷って、それでもアーディの言葉が聞きたくて抑えた。
彼女は暫し考えたようだったが、それでも時間をかけずに俺に向かい合った。
「えっとね。私たちはあくまで『都市の憲兵』って言われているように、犯罪の殲滅とか、そういう物騒なのじゃなくて鎮圧が主目標なんだ。あくまで住民に寄り添うには血を見せてはいけないっていうのが根底にあるの。けれどね、それにも限度はある。殺さなきゃ止まらないっていう人はどうしてもいて、そういう時は躊躇なく殺すっていうのが暗黙の了解……それを否定するつもりは無いんだ。だって、それを否定しちゃったらそのどうしようもない殺人を責めることになっちゃうから」
真摯に、俺の悩みにまで思いを馳せて言葉を紡ぐ。
それは聖女の告解にも似ていた。或いは懺悔ともとれる言葉だった。
「ユートくんが非殺傷の武器を使いたくなった理由が人を殺したくないだったら、それはとても正しいと思うよ。尊いとも思う。私も、殺しちゃったら反省とか償いとか出来ないって思ってるから殺したくないし、もしかしたら改心してくれるかもしれないって期待してるからやっぱり出来れば殺したくない」
「なら、やっぱり俺もそういう武器を使いたい」
「うん。それはユートくんの自由だ。けど、ユートくんが悩んでたのは非殺傷武器を使うかどうかじゃなくて、今まで人を殺してきたことに関してじゃないかな」
───図星だった。
ずきりと胸が痛んだ。そうだ、俺は、今まで殺した屍の山に詰られていた。
「自分が生きるために殺した」。それを責める屍の声が、未だ止んでくれない。
非殺傷武器なんて概念が出てきたせいで、殺さずに無力化することが、俺なら出来たんじゃないかという悔恨が後から後から湧いてくる。
「たぶん、ユートくんは優しいから色んな人を守るためにしたくない殺しをしてきたんじゃないかな……もしかしたら、その守るものは自分自身だったかもしれない」
「……うん」
「生き物を殺した感触って消えてくれないよね。ずっと後悔して、それでも日常は続いてさ。苦しんでる自分が世界から取り残されたみたいな感覚があるの」
「アーディも、そうだったの?」
「こんな時代だからね……そういう経験は、あるよ」
いつもの笑顔が翳る。
けれど、と続けて彼女は口を開いた。
「後ろばかりじゃなくて、前も向いて欲しいんだ。君が奪った未来があるように、君が助けた未来もある。君がそうしなきゃ、助けられなかった人もいるから」
「……それでも、過去がへばりついて離れてくれないときは、どうしたの?」
「───それは」
その答えが耳に届く前に、切り裂かれたような悲鳴が冒険者通りに響いた。
剣呑な気配と共に鼻梁を擽る鉄の香り───戦場の気配。
弱った心を叱咤して立ち上がり、買ったばかりの剣を携えた。
アーディもまた立ち上がり、凛とした表情となっている。
俺たちは顔を見合わせて悲鳴の方へ走り出した。
置き去りにされた『答え』へ後ろ髪を引かれながら、けれど同時に、その『答え』を聞かなくて良かったと安堵する自分がいることに、俺は気が付かずただ無心で走っていた。
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。
高評価、感想など頂きましたら今後の励みになります。
今日の一口情報
ユート・アピスのプロフィール
身長:121
体重:18
肌色:褐色
瞳色:琥珀色
髪色:黒瑪瑙色
好きな物:ステラ、子供と遊ぶこと、読書(読み聞かせ含む)
嫌いな物:平気で人を傷つけるようなやつ、闇派閥
趣味:掘り出し物の発掘、創作料理、鍛錬
特技:実はピアノが得意
ちなみにアーディの答えを聞いてたら精神的に大分回復してたらしいよ。
だがキャンセルだ(闇派閥書き文字)。
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