いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

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もう一つのサブタイは『血の味』


尊敬する小人

 あれからの話をしよう。

 俺は悪さをしていたザニスほか【ソーマ・ファミリア】の団員どもを神ソーマ(嘘発見器)の力を借りて一網打尽にし、明朝にギルドに突き出してやった。

 ギルドの内部はソーマ・ファミリアが襲撃されたと聞いてかなり慌ただしい様子だったが、その下手人である俺及び神ソーマの出頭によりその混乱も落ち着き、事情聴取が行われることになった。

 驚くほど太ったエルフが出てきて諸々の報告と交渉を行い、ソーマ・ファミリアの今後や俺の扱いを決めることになった。個人的に『闇派閥への対抗として都市に入れたレベル3がさっそくやらかした』と頭を抱えていた太っちょエルフことロイマンの痴態は「これでギルドの頭かぁ」と思わないでもない。

 

 さて、交渉によって決まったことも報告しようか。

 まずソーマ・ファミリアの解散だが、流石に酒造によって莫大な富を生み出せるファミリアの解散は都市への影響も鑑みて許可することは出来ないと言われた。俺としても流石に解散まではやりすぎだと思っていたからそれでいい。

 だが問題はここからだった。

 今後【ソーマ・ファミリア】はギルド監視の元、ギルド傘下のファミリアとして活動をさせるとロイマンは言い放ったのだ。金に眼が眩んでいるのが一発で分かる顔をしていたが、一応()()()()があったことを鑑みれば対処としては納得のいく話ではある。

 ただ、これに関してはソーマが珍しく断固として抗議した。

 曰く『もし傘下として働かされるのであればせっかく生まれたファミリアの良い空気が霧散してしまう。仮に傘下になるにしても、他ファミリアの下でもそれは同じことだ』と言ってたかな。

 ではどうするのか、という話に行ったところで唐突に俺の名前が出る。

 前例のないことではあるが『ユート・アピス個人の下であれば眷属(こども)たちも傘下として動くことに納得できるだろう』というソーマの発言によって……まぁ結構交渉は難航したがソーマ・ファミリアは俺個人の傘下として活動をすることになった。

 ファミリアとしての活動はこれからは探索系ではなく、酒造とその販売を主とした商業系ファミリアとして新生するようだった。酒の経済効果を危惧したロイマンの発言にも対応しており、よい落としどころになったのではないだろうか。

 それに商業系のファミリアになったということは働き手を求めることに繋がる。

 闇派閥によって失業した人間の受け皿として幾分かは機能してくれる筈だ。

 ……ソーマの酒は神酒でなくともびっくりするほど美味しかった。

 きっとあの酒の味は、この暗い時代を明るくするのにぴったりだろう。

 人を堕落させる神酒を造らないのであればソーマの酒造は寧ろ望むところだ。

 ギルドは……というかロイマンは賠償金を求めてきたが、内内で問題を解決したうえに、問題があったことにギルド自体がまったく気づいていなかったことも相まって賠償金を支払う必要は無いようだった。

 まぁ迷惑をかけた人間たちへの賠償は今後行われていくことだろう。

 ザニス初め悪事を働いた団員たちが悪いのはそうだが、それを黙認したソーマや追従してしまった団員たちにも一定の罪はある。それを責める資格があるのは被害を被った人間だけだろうけれど。

 

 さて、俺の扱いだが、特にお咎めは無しということになった。

 まぁソーマファミリアは明らかに問題があったファミリアだったからな。

 それを解決したことを称賛されはすれど責められる謂れは無いということだ。

 ……やり方が脳筋過ぎるとギルドのアドバイザーから苦言を呈されたけど。

 

 それと……ああ、さっさとファミリアを見つけろとも言われたかな。

 ギルドとしてはさっさと魔石産業に貢献して欲しいのだろう。

 とは言っても知り合いの神と言えばソーマだけだし……そのソーマ・ファミリアも探索系ではなくなってしまった。俺が英雄になる条件として力をつけることがやはり第一なので、迷宮という絶好の修行場所に赴ける上、探索のサポートが充実したファミリアに入りたいと思っているのでソーマ・ファミリアに入るのはナシだ。

 今のところ候補として考えてるのは都市の警吏などを担当する【ガネーシャ・ファミリア】かな。

 今回はあまり関われなかったが、ザニスたちの引き渡しのときに軽く会話した感じ、とても良い神様が主神(おや)なんだろうって思わせてくれる感じのいい人だった。

 引き渡しの時に来た人の名前は、アーディって名乗ってたかな。

 笑顔が素敵な明るい灰髪の少女だ。

 こんな時代に笑えるってのは心が強い証拠だ。

 そういう人が揃っているところに行ってみたいと素直に思える。

 

 ま、まだやることがあるからファミリアへの所属は後回し。

 オラリオに来て二日目。

 どうやら羽を休める暇は未だ無いようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 「すまなかった」

 

 ソーマ・ファミリアの広場で団員たちに頭を下げる主神。

 ユゴスと比べ雲泥の差である豪奢な装いが取り付けられた華やかな大広間とは裏腹に、その場の雰囲気はまるで通夜のように静かで、そして暗かった。

 頭を下げた神へ畏れ多いと感じる人間がいる一方で、恨みがましい瞳を向ける者もいる。

 完全な罪の清算は神であっても簡単に能うことではない。

 それがソーマ本人のもたらしたものではなくとも、責任がある以上は仕方のないことだ。

 それでもその根暗な性質を押し殺して、その突き刺さる視線を一身に浴びていた。

 暫時、沈黙が場を支配する。

 すると、集められた人間のうち一人……小さな影が前に出た。

 

 「ソーマ様」

 

 「リリルカ・アーデか」

 

 名を覚えられていたことに少し瞠目して、リリは再び表情を正した。

 その瞳に宿るのは憎悪ではない。責めるような視線でもない。

 硝子玉のように透明な、奇麗な瞳でただ真っ直ぐにソーマを見ていた。

 

 「……どうして、あのとき私にジャガ丸くんをくれたのですか?」

 

 それは俺の知る由もない彼女の過去のことだった。 

 けれど、きっと彼女に突き刺さってしまった確かな棘で。

 そして、どうしても縋りたくなってしまうか細い蜘蛛の糸だったのだろう。

 リリの言葉に、ソーマは頭を上げて何かを言おうとした。

 もごもごと口を動かして、そして意を決したのか言葉を紡ぐ。

 

 「……あの時は……いや、そうだな。はっきり言おう、あの時の俺はお前を見限っていた。お前だけじゃない、全ての眷属(こども)たちを神酒に溺れて獣に堕ちたとして見限ってたんだ。けれど、腹をすかせたおまえを見て、そんな資格が無いと分かっていながら助けたいと思ってしまった……酒ばかり見て気が付かなかったが、そうだ。あれは、あれが、お前たちに向けていた本来の愛だったんだ……本当に酒に溺れていたのは、俺だった」

 

 ゆっくりと、けれどはっきりと紡がれる言葉は贖罪だった。

 罪を詳らかにする行為の罪深さと神聖さは何と例えられよう。

 懺悔の言葉を聞き届けたリリを含む団員たちは、一時、全ての感情を瞳から消し去って、ただ自分の主神(おや)の言葉に聞き入っていた。一言一句聞き逃さないように、耳を澄まして。

 やがて懺悔は終わり、それを聞き届けた少女はくるりと振り返った。

 俺の買い与えたローブを翻して、その瞳には強い意志を宿して。

 小さな少女は、俺が傍にいなくとも既に勇気をその小さな身体に宿していた。

 

 「私は、私はソーマ様を許します!」

 

 (……嗚呼。そう言うと思ってた)

 

 感動に打ち震えて、包帯を巻いた腕が俄かにざわめいた。

 リリは、リリルカ・アーデという少女は、これまで受けた仕打ちを、その元凶となってしまった神への愛憎をたった今乗り越えた。それはきっと、闇に浸かった人間でも光はあるのだという証明だった。

 そして同時に、リリという少女の持つ強い精神の為せる業だった。

 あの日、運命(ステラ)が見せてくれた俺を奮い立たせた黄金の精神だった。

 

 リリの言葉にざわめく大広間。

 時折危険なほどに憎悪に染まった瞳を見せていた人間ですら、リリを見つめていた。

 あと、そうだな。

 何も無いと自嘲していた彼女の良い所をもう一つ見つけた。

 

 彼女の声は、よく届く。

 

 「確かに! ソーマ様は悪いことをしました、人を堕落させる神酒を造って、私たちを見捨てて。私は酒に溺れた両親に産み捨てられて、彼らの為にソーマファミリアの為にお金を稼ぐ日々を送りました! その両親だって死んでしまって、ザニスのクソ野郎が団長になってもっと惨めな生活を送るようになりました! 辛かった……! どうして私は生まれてきたんだろうって何度も思った! 全てを呪った日だってあった!!」

 

 それは今まで一度だって誰かに吐き出せなかった慟哭だ。

 少しは心を許してくれた俺の前でだって吐かなかった、リリの最も深い傷だ。

 それを、自分と同じ傷を持った人間へと伝える。

 その勇気を何と表すればいいだろう。どれほどの敬意を送ればいいだろう。

 この場の主役は、間違いなく彼女だった。

 

 「だけど! 酒に溺れるほど弱かったのは私たちで……酒に縋ったのも私たちです! この『弱さ』から目を逸らしてソーマ様だけを責めることは、私にはできません!」

 

 「だけど、俺たちを見捨てたのはソーマじゃないか!」

 

 「見捨て()()()のも、私たちです!」

 

 唯一なのかは分からない。

 けれど、たぶんこの場で最もソーマの愛を知っていたのはリリだった。

 一欠けらの愛を知って、その愛に報いようとしているのはリリだった。

 だから一歩も下がらない。一歩も引かない。

 冒険者として、英雄としての資質を今この時、リリは示しているのだ。

 

 「神酒なんて造るからだろ! 人を堕落させるなんて麻薬と同じじゃないか!」

 

 「酒は酒です! 依存性はあれど、求めたのは私たちです! それにユート様は酒に溺れなかったと聞きます! 心が弱くて酒に溺れた私たちにも一端の責任はあるんです!」

 

 「それはそいつが特別だっただけだろ!」

 

 「────そうかもしれません」

 

 リリはその言葉に肯定した。

 俺は特別じゃないのに、特別な人間だと信じてくれているリリは肯定した。

 その言葉にそれみたことかという顔をした男をリリは見る。

 その瞳に気圧されたのか、男の言葉が詰まった。

 

 「確かに、ユート様は特別です。私の言葉を聞いて、あっという間にソーマ・ファミリアに巣食った闇を払ってくれた。けれど、彼は私と同じ、まだ七歳くらいの子供です!」

 

 ────俺を、同い年の子供として見てくれるのか。

 

 それは、なんていうか。

 ちょっと困るけど。

 まぁ、少しくらいは肩の荷が下りるかな?

 

 「貴方は七歳の子供が耐えた神酒に、大人なのに耐えられないほど心が弱いんですか!?」

 

 「……クソッ」

 

 悪態をつくも、反論できない。

 ザニスに搾取される側だったとはいえ、自分もまた酒に溺れ、獣に堕ちた一人なのだから。

 それを見てリリは広間を見渡した。

 憎悪の瞳は薄れ、ただ彼らはリリルカ・アーデという個人の言葉を待つ。

 

 「認めましょう。私たちは弱かった。身体ではなく精神(こころ)が。

  だからこそ、もう一度だけ、信じてみませんか? 私たちに神血(つながり)をくれた神様を、今度は誰も溺れないように、誰も一人にならないように。もう一度だけ、やり直しませんか?

  私は信じたい。あの日、私を撫でてくれたソーマ様の手の暖かさを。

  私は求めたい。もう酒になんて負けない、私たち自身の心の強さを」

 

 ……言葉は無かった。

 ただ、静謐と、そして注がれる瞳の熱があった。

 遅れて拍手が鳴り響く。波濤のように寄せては返す音の津波。

 それが彼女の言葉を肯定するものであることは、誰の眼にも明白だった。

 

 ────こうしてソーマ(おや)団員(こども)の仲直りは終結した。

 

 傷跡は残れど、更なる強さを以て彼らは再び歩みだすことだろう。

 

 俺は、ほんの少しその手助けが出来ればいい。

 

 大広間の最後列でリリの雄姿を見届けた俺はそっとその群れから離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 新生ソーマ・ファミリアが興るに当たって、新団長が発表された。

 ドワーフのチャンドラ。ザニスに唯一対抗出来ていた上級冒険者。

 未だ尾を引く熱気はリリを団長にと推す声もあったが、少女の年齢を鑑みて未だ早いとして次に声が上がったチャンドラがその座につくことに相成った。

 未だ確執はあれど、今日この場だけは分け隔てなく宴を開くことになったソーマ・ファミリアは酒蔵から出してきた秘蔵の酒を開けて楽しく声を上げる。

 そんな空気の中で、リリだけは胸騒ぎがしたように会場を探していた。

 何を? ────その対象は言わずとも神は知っていた。

 眷属と久方ぶりの交流を行っていたソーマは少女の前に躍り出る。

 そして、根暗な側面をこれでもかと見せた声色で少女の名を呼んだ。

 

 「リリルカ・アーデ」

 

 「ソーマ様? あの、ユート様はどこにいるか知りませんか?」

 

 「彼はもうここを出ていった」

 

 「……そんな!」

 

 自分を変えてくれた人。立ち向かう勇気を教えてくれた人。

 凄絶で、凛気に満ち満ちた英雄が如き人。

 それなのに、どこか弱さを内包した放っておけない人。 

 そんな恩人に礼を言うことすら出来ないことにリリは落ち込んだ。

 それを哀れに思ったのか、ソーマは体を震わせてローブの裾から紙を取り出した。

 リリはその紙を受け取り目を滑らせる。

 

 「これって……!」

 

 「奴が今日()()()()予定のことだ。すべて終わったら行ってやれ」

 

 「……ソーマ様も共犯ですよね」

 

 「ああ。アイツのやることは痛快だ。応援したくなったから、神仲間にうっぱらった神酒の売り上げを全部くれてやった……アイツと飲む酒は、天界と下界で飲んだどの酒よりも美味かった」

 

 そのソーマの賞賛が、酒造神の告げるその言葉の意味が理解できるのは同じ神だけだろう。

 ある意味で、ユートはまた偉業を為したのだ。

 それを知るのはソーマただ一人であり、またソーマはその想いを胸に秘めるだろうが。

 

 「ええ、ええ! 分かりました! 全部が終わったらまた会いに行ってやります! ていうか、救っておいて投げっぱなしとかホントに信じられません! 絶対に説教してやります!」

 

 ぷりぷりと怒るその様子を見て、ソーマは顎に手を当てた。

 考え込んで、それから遅れて言葉を零す。

 

 「身長も相まって、姉弟のようだったな」

 

 「……姉弟、ですか」

 

 「ああ。あの広間での演説は、ユートのようだったぞ」

 

 それはソーマの心からの賞賛だった。

 子の成長を心から喜ぶ親の心境で放たれた真っ直ぐな言葉だった。

 

 「……!」

 

 リリは酒に酔っていないのに頬を赤く染めた。

 そして照れ隠しのように適当に酒を机からかっぱらう。

 

 「そ、そんなこと言われても何もでませんからね!」

 

 「ああ。そうだな……なら一緒に飲もうか」

 

 「言っておきますけど、リリはまだ六歳ですからね。加減してくださいよ」

 

 「それは出来ない。俺は──酒造神(ソーマ)だからな」

 

 「なんですか、それ」

 

 ソーマは笑う。

 リリもまた笑う。

 

 確執はある。

 傷もある。

 けれど、彼らが共に飲む酒はきっと────

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 陽が沈む主街路を歩く。

 暗い雰囲気は変わらず、けれどその空気に一抹の酒の匂いがする。

 麦のような、葡萄のような、そんな心躍る匂いに釣られて少しだけ街の空気が明るくなった。

 

 「さぁて、ソーマ・ファミリアの方はこれで大丈夫だろ……リリがいるしな」

 

 最初はただ俺に救いを求めるだけの子供だった。

 けれど、たった一夜で絶望を乗り越えた。

 俺にとって尊敬する小人(パルゥム)が誰かと聞かれたら。

 俺は胸を張って『リリルカ・アーデ』と答えるだろう。

 

 「何にせよ、ソーマ・ファミリアが傘下になったのは大きいな」

 

 酒造のみではなく、その摘みである燻製などの生産も活発なファミリアだ。

 仮に金銭で何か困ったことがあれば少しは頼ることもできるだろう。

 まぁ金の無心なんて英雄らしくない真似は絶対にしないけど。

 俺は手に持った紙……土地の売買証明書を見つめながら、そこに示された住所を目指して慣れないオラリオの街並みを跳ねるように進んでいた。

 実は先ほどギルドとの交渉の際に、今回の不祥事を公にしないという条件でギルドから俺の求める条件の土地及び拠点は無いかと尋ねていたのだ。

 そしてまだ買い手のついていない大きな土地があったので、俺はそれを購入することにした。

 昔そこはとある大きなファミリアが使っていたのだが、迷宮で主力が死んでしまい維持費が払えなくなって売りに出されていた土地だったらしい。ちなみに値段は約6000万ヴァリス。俺がユゴスから持ってきていた1500万ヴァリスでは到底足りず、頭金すら足りていない始末だった。

 けれど「面白い」と言ってソーマが足りない分の頭金を500万ポンと出してくれたのだ。

 なので俺ってば4000万ヴァリスの借金もちとなってしまった。

 俺がユゴスで稼いでいた額がおよそ1億5000万ヴァリスなので単純計算でユゴスでの剣闘試合2.5年分の稼ぎが必要になってくるわけだ。頭が痛くなるね。

 しかもこの土地と家は俺の利益の為に使わないと来たもんだ。

 本当に、英雄ってのは思ってたよりキツイね。ステラ。

 でも、同時にちょっとだけ楽しいんだ。

 今日のリリみたいに、助けた人が輝くのはその最たる例だ。

 ああいうのを見てると、人助けをしてよかったってなる。

 だから俺はステラの望む英雄になってよかった。あの夢に魅せられて本当に良かった。

 

 「さぁてさて……ここが俺の買った場所か」

 

 ファミリアに入らず先に拠点……まぁ別の用途もあるけど、を買ったのは俺が初なんじゃないだろうか。

 その土地は想像以上に広かった。

 農場や牧場でも出来そうなくらいの庭に、千人近く収容できるだろう大きな家。

 前のファミリアはよほど趣味が良かったらしく、飾り気の少ない白く瀟洒な壁面とそれに似合う赤色の装飾は見ていて落ち着くような佇まいだ。門前の蛇の飾りだけは気に食わないのですぐ外したが。

 俺は先立って買っておいた荷物をその家の門前で下ろす。

 多様な形状の木材と、多様な染料。

 農具もあれば、野菜の種子も揃っている。

 ポーション以外はこの家……正確には俺が買ったこの施設に使うものだ。

 

 「ユゴスで皆に仕込まれた百を超える技術を見せてやろう」

 

 誰に聞かれることも無い独り言を口ずさみながら、レベル3の『器用』を存分に発揮しててきぱきと作業をしていく。塗作業は前世で得意だったこともあってあっという間に作業は終わる。

 俺は木材に染料を塗りたくった木板を見た。

 そこに書かれたのは酷く単純な文字列だ。

 その名も────『アピス孤児院』。

 

 ソーマのところから親を知らない子供たちや深く傷ついた子供たちの受け入れ先を作って欲しいと頼まれ、真っ先に思いついたのが()()()の経営する孤児院の設立だった。

 というのもこの時代、おおっぴらに孤児院なんてやってしまえば闇派閥や荒くれな冒険者が面白半分に襲撃を駆けてくる。孤児院が大規模であれば大規模なほどそういう流れがあるそうだ。

 そこでレベル3の冒険者である俺が常駐とまではいかないが主要拠点とすることで、即応できる戦力を有しながらオラリオでどうしても生まれてしまう『救われない子供たち』の受け入れ先にすることができるって寸法よ。

 問題となる子供たちの面倒を見てくれる人員の派遣はソーマやギルドがしてくれた。

 俺の提案を聞いてロイマンは理解できないものを見る目で俺を見ていたけれど、そういう場所があることのメリットを見出したのか引退したギルドのアドバイザーなどを斡旋してくれる手筈になっている。

 ソーマに関しては言わずもがなだ。

 何分、上位ファミリアにも劣らない団員数がいたため人手は余っている。

 ガネーシャ・ファミリアに三割ほどの人員を引き渡したことを差し引いても十分な人数がだ。

 ましてソーマが俺に頼んだことだ。協力を惜しむことは無いと言っていい。

 

 わざわざ広い土地を買ったのは遊び場兼仕事場として使ってほしかったからだ。

 やはり健全な精神はよく遊び、よく学び、よく働き、よく休むことから生まれる。

 だから俺はそういう場所を作れるようにちょっとだけ奮発した。

 最初はソーマ・ファミリアの子供たちだけだけど。

 軌道に乗ればオラリオ中にいる子供たちを受け入れることが出来る場所になるだろう。

 一番いいのは俺が手を加えないでも子供たちが健やかに育てる場所になってくれることだ。

 ……ユゴスみたいに、明日を語り合う子供が死ぬなんて許される話じゃない。

 このオラリオでもそういう、孤児が死ぬのは仕方ないみたいな風潮があったからぶっ壊してやる。

 それがこのオラリオで俺が始める最初の改革だ。

 

 「……ごふっ!」

 

 そんな輝かしい人の未来に思いを馳せていれば、自然とせり上がる熱が口から零れた。

 咄嗟に掌で押さえてその元凶を見てみれば、見慣れた鮮血が大量に付着している。

 俺はそれが木材に着かないように距離をとると、誰も見ていないことを確認して外套を脱いだ。

 

 そこにあるのは血だらけの包帯だ。

 

 全身から滲み出た血液が、巻いた包帯を汚している。

 

 「……アルクトスの反動。やっぱかなり重いな」

 

 しゅるしゅると外した包帯の下はひび割れていた。

 肌がぱっくりと割れて、奥の筋繊維が悲鳴を上げる。

 身体の内側から発せられた尋常ならざる破壊の奔流は、全身を破壊する。

 それは内臓も例外ではない。

 既に幾つもの裂傷が刻まれた身体の内側はズタボロだった。

 

 ほんの数秒の使用で()()だ。

 

 使いこなせれば恐らく最高の力であるだけに惜しかった。

 魔法──『アルクトス』は付与魔法だ。

 しかし、ただの付与魔法ではない。

 アポピス曰く、器を燃焼させ破裂させる究極至高の破滅の黎明こそがこの魔法の真骨頂。

 『フィアト・ルクス』は俺のレベルが上がれば上がるほどその破壊力を向上させる。

 仮にレベル3の俺がこの魔法を使えば、格上の──少なくとも器が三つ上の存在、レベル6までであるなら容赦なく即死させることが出来るほどの破滅的な範囲と破壊力を誇るらしい。

 それほどの極大の力を持つ自己犠牲魔法を、常識の範囲で運用する。

 それこそが『アルクトス』の正体。

 身体の内側から零れる破滅の極光を、肉体の表面に留められるようにした。

 その威力たるや、まさに絶大。

 真骨頂から遥かに零落した付与魔法の段階でも階位の昇華に等しい破壊力と機動力が得られる。

 但し、その代償は計り知れない。

 俺の『耐久』であっても三十秒も使用すれば戦闘不能に陥る。

 これは実際にユゴスで試してみたから間違いない数字だ。

 

 それでも、出し惜しみすることはできなかった。

 ソーマ・ファミリアのザニスは絶対に取り逃がせなかったし、速攻で解決しなければ事態の解決が相当ややこしくなっていたことは想像に難くない。

 リリを助けると嘯いて、それを嘘にするのは余りに自分が許せない。

 ……約束を破るのは、ステラを護れなかったたった一度で十分だ。

 

 俺は買っておいたポーションを一息に呷る。

 内臓の損傷が癒され、息苦しさが消えたことで手に入っていた力が抜けた。

 ……効くなぁ。ユゴスで出てきた粗悪品とは大違いだ。

 流石は世界の中心。『オラリオ』の正規品ってところか。

 ……それにあの銀髪の小さな店員、俺の怪我に気づいてたし。

 やっぱオラリオはレベルが高い。どこを見ても世界の広さを感じさせられる。

 闘技場のポーションは殆どが水で薄められていて、飲んでも余り回復しなかった。

 そのせいで体中に古傷が残ってしまっている。

 『アルクトス』の傷も相まって、とてもこれから受け入れる子供たちの前では見せられない。

 これからも俺は自分の傷を隠していくだろう。

 それが多分、誰も傷つかない選択だろうから。

 

 「っし……続きといくかぁ!」

 

 気を取り直して包帯を片付け言葉を叫ぶ。

 自分の身体なんて気にしていられない。

 世界の速度はゆっくりなように見えて、その実とても速いのだ。

 今日もどこかで一人、傷ついている人がいる。悲しんでいる人がいる。

 そういう人の為に戦うと、ステラと約束したんだ。

 たった一秒だって止まってなんていられない。

 この孤児院を作って、元アドバイザーの人たちやソーマからの派遣員を受け入れて……そして子供たちを迎え入れて。

 やることは山積みだ。

 それが終わってようやく俺は、ファミリアを探すことが出来る。

 

 俺はユート。

 ユート・アピス。

 

 世界最高の英雄に成る男。

 

 じゃあ世界最高の英雄ってなんだ?

 

 俺はその答えを、既に知っている。

 

 ──曰く、どんな小さな声も聞き逃さずに誰かを助ける絶対の救世主。

 ──曰く、どんな空腹や怪我も癒してくれる万能の魔法使い。

 ──曰く、どんな悪に相対しても決して屈さず必ず勝利する無双の英雄。

 

 その(もくひょう)に辿り着くまで、俺が休むことは許されない。

 

 その一歩を踏み出せたことを喜ばしく思いながら。

 俺は、口内に残る血潮を口を閉じたまま舐めとった。

 

 痛いくらい、何度も味わった鉄の味がした。

 




感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
特に誤字報告くれた方、本当にありがとうございました。
今回投稿が早くなったのはそういう応援の数々が嬉しくてびっくりするほど筆が進んだからです。
次回更新も遅めになりますが、今後ともよろしくお願いします。
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