いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

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超難産!!


都市最強

 「思った以上に孤児が多い……!」

 

 誤算も誤算。大誤算。

 頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら受け入れた子供たちの面倒を見る。

 腕の中で鳴き声を上げる赤子をあやしながら、眼下で腕白な声を上げる少年少女。

 その数、なんと五十人。

 ソーマ・ファミリアから受け入れた()()()()()()の子供たち十人を除いてもこの数だ。

 特に受け入れた子供たちは夜も眠れないほど心的外傷(トラウマ)を持ったものもいたため、そういった子供たちを元気づけたり心のケアをしたりするので俺はこの一週間ほぼ一睡もしていない。

 いっそステイタスに『不眠』とかの発展アビリティが出るんじゃないか?! なんて思う程の慌ただしさには幾つかの理由があった。

 

 まず単純に受け入れた子供たちの数が想定の倍くらい多いこと。

 そして、まぁ当たり前の話ではあるんだが受け入れた子供たちが従順であるはずもないということだ。

 特に俺より肉体年齢が年上のヤツとか、そういった子供たちは暗黒期のスラムである『ダイダロス通り』を生き抜いてきただけあって異様に鼻っ柱が強かった。

 例え俺が冒険者であっても「年下の奴」に従うのは気に食わない、と言ってこの孤児院の乗っ取りを画策するくらいだ。まぁ俺がレベル3だって分かったら何人かは大人しくなったし、それでも大人しくならなかった奴らは一人一人と決闘して分からせた。

 『第一次アピス孤児院戦争』の勃発である。受け入れて三日だぞ? 勘弁してくれ。

 それを乗り越えたら荒くれな子供たちは軒並み俺のことを認めてくれたように思う。

 

 次に、飯、風呂、家事に不慣れな子供たちがあまりにも多すぎたこと!

 マトモな食事が初めてだったのかお代わりはたくさんあるって言ってるのに奪い合いが勃発するんだ。

 スラムの子供ってやっぱいろいろと逞しいなぁ。

 風呂嫌いの子供を風呂に入れたり、家事のやり方を一つ一つ丁寧に教えていったり……そんな日々が十日も続けば家事を覚えた十歳前後の年長組でサイクルを回して一通りの家のことが回るようになってきた。

 最近では明らかに俺一人では手が足りないので年長者に年少者の面倒を見てもらう形になっている。

 

 さて、こんなことになっているのは人手の足りないのが大きいな理由だ。

 その肝心の人手であるが……ギルドも【ソーマ・ファミリア】の起こしていた不祥事や、現在ダンジョン内で起こっている『冒険者狩り』なる闇派閥の行動によって職員の派遣がびっくりするほど滞っているのだ。

 ソーマ・ファミリアからの派遣人員は元が荒くれの冒険者だったというタイプの人が多く、子供の面倒を見れるような顔と能力では無かったので資材の運び入れなどの力仕事や料理などを任せている。

 

 「ユートさん。私が変わりますね」

 

 「ありがとうシル」

 

 そんな中で助けられているのがこのシル・フローヴァという【豊穣の女主人】に居た、最後まで俺に視線を寄せてくれていた給仕の少女だった。

 俺が孤児院を開いたという噂を聞いて様子を見に来てくれた彼女だったが、あまりにも忙しすぎて憔悴しつつあった俺を見かねてか「私もお手伝いします」と本業に差し障りのない範囲で手助けしてもらっている。

 現金なもので、どんなに鼻っ柱が強かろうが美人のお姉さんには勝てないみたいで腕白組の子供たちを抑えてくれたり、こうして赤ん坊を泣き止ましたりと本当に色々と助けられている。

 

 「それにしても、大盛況ですね」

 

 「……まぁ、元気に笑ってくれてるだけ始めた甲斐があったよ」

 

 最初はこんな風に明るい喧噪が巻き起こるような雰囲気ではなかった。

 人を信じていない野生の獣たちを迎え入れたような、そんな殺伐としたものがあった。

 それが変わったのはぶつかり合ったり、俺が奔走している姿を見て少しは信頼してくれたからかな、なんて己惚れてみる。大人を信じていないのは変わらないけれど、それでも俺を信じてくれただけ一歩前進だ。

 俺は手すりに掴まって大きく息を吸った。

 流石にレベル3の冒険者としての能力があったとしても十日間の不眠不休は効いた。

 ようやく寝る暇くらいはできたかな。

 そう思って瞼を擦れば、シルが横から顔を近づけてきた。

 かわいらしい、純朴な街娘を思わせる顔立ちはその気が無くてもドキリとさせられる。

 

 「ユートさんはどうしてここまでしようと思ったんですか?」

 

 「?」

 

 ここまでって、孤児院を開いたことか。

 どうしてって言われてもなぁ……

 

 「子供ってのはさ、守られるものだろ?」

 

 「それはそうかもしれませんけど……」

 

 納得がいってないみたいな顔をされる。

 確かに、理由も無く莫大な借金をしてまで人を助けるなんて馬鹿のすることだ。

 だから俺のしていることを本当の意味で理解を示してくれる人は少ないだろう。

 けれど、俺はそうしなければいけない理由を持っている。

 

 「……正直なところ、見てられなかったんだ」

 

 「見てられない、ですか」

 

 「俺はユゴスって都市の出身でさ、そこでオラリオに憧れている子がいたんだ」

 

 キラキラとした、宝石のような瞳で英雄譚を語る運命を思い出す。

 目を瞑ればいつだって思い出せる、赤い髪と薄緋色の瞳。

 彼女はオラリオをまるで楽園のように語っていた。

 ユゴスとはまるで違う、どこまでいっても英雄によって救われた光の都市があるのだと。

 

 「けれどオラリオは彼女の言っていた場所と違った。結構普通にどうしようもない悪党はいてさ、苦しんでる人もたくさんいて、悲しんでる子供たちが溢れてた」

 

 「……」

 

 シルは目を伏せた。

 今のオラリオの凋落ぶりは住人である彼女もよく知るところだろう。

 

 「俺はそれに……ムカついたんだ」

 

 「ムカついた……」

 

 「そ。子供に憧れられるような場所じゃなくて、何なら暗い場所だったオラリオにムカついた。夢ばっか見せといてちっともそう在ろうとしてくれない都市にムカついた。だから決めたんだ」

 

 「何を、ですか?」

 

 俺は息を吸った。

 そして言葉を喉元で少しだけ留める。

 感情を吐き出すように、静かに、けれどはっきりと俺は言った。

 

 「────俺が変えてやるって決めた」

 

 シルはまん丸に目を見開いて俺の横顔を見ていた。

 彼女の眼に俺はどう映っているんだろう。大言壮語を吐き出す無知な馬鹿ガキかな。それとも、本当にそれを為せると思わせるような英雄かな。

 ……英雄だったらいいな、なんてちょっとだけ思う。

 

 「俺の運命が憧れた()()()()の姿に、オラリオを俺が変えてやるって思った。英雄がいて、悲劇に浸る人なんてどこにもいなくて、希望で溢れた理想の楽園に俺が変えてやる」

 

 「それじゃあ、子供の面倒ばかり見てられませんね」

 

 悪戯っぽく笑ってシルは言った。

 赤子を抱きかかえる手を片方放して、俺の唇に人差し指を落とす。

 

 「子供の面倒は私が見てあげます……ミアお母さんにはちょっとだけお休みもらおうかな」

 

 「いや、いやいやいや。そんな迷惑かけらんないよ」

 

 「迷惑じゃないです」

 

 言い切られた。

 彼女は俺の頭に手を乗せて優しく撫でる。

 まるで母親を思わせるような、暖かい手つき。

 心なしかシルの顔も年齢が一回りほど大きくなったような錯覚に陥る。

 

 「ユートさんは凄いです。だって、今まで誰も子供たちを助けようなんてしませんでした。みんなその日を生きるのに精いっぱいで、誰かを助けようなんてできる余裕が無くて……それでもユートさんはたくさんの人に手を伸ばしてくれました」

 

 「それは、感謝されたくてやったわけじゃない。むしろ利己的な理由でやってることだ」

 

 つい母性を前に口が緩んで、言わなくてもいいことを口走る。

 きゅっと唇を引き結んで咄嗟に黙り込んだ。

 それを見越したように彼女は頭に乗せた手を頬まで移動させた。

 俺の顔を包むように撫でると、顎を持ち上げて目を合わせる。

 

 「やらない人よりやった人、です。少なくとも、ここの子供たちは今まで誰にも見向きもされなかったのに、十日間一度も休まずに向き合い続けてくれたユートさんに感謝してますよ」

 

 俺は押し黙った。

 本能的にこの少女との口論では敵わないことを察した。

 尤も、俺が誰かに口喧嘩で勝てたためしなんてないんだけど。

 俺の頑迷な心を照らすように、すやすやと寝息を立てる赤子を起こさぬようにシルは俺の隣に立った。

 

 「実は、私も貧民街(スラム)育ちなんです」

 

 「……そっか」

 

 「聞かないんですね」

 

 「いや、女性のそういう話って深く聞いていいのかわかんなくて」

 

 「別に、珍しい話でもないからいいんですよ。けど、あの時の私は父親も母親もいなくて寂しかった。誰かに助けて欲しいって思ったことだってあります……こうやってここにいる子供たちを見ていると、あの時助けを求めた私が助けられてる気がするみたいで、なんだか救われた気分になれるんです」

 

 サラリと告げられる言葉に悲壮感はない。

 けれど、救われたという言葉に嘘は無かった。

 横目で見る彼女の顔は慈愛に満ちていて、心の底から子供たちの元気な姿を見て喜んでいた。

 でも、いいのかな。なんて思う。

 一度抱えたものを他の人に任せるのはどうも、無責任な気がしてしまう。

 それがこの激動の十日で最も俺を支えてくれた人だったとしても。

 俺の考えを見透かしたのか、彼女は眼下を指で差した。

 

 「それでも自分を信じられないっていうのなら、子供たちを見てみてください」

 

 俺は言われるがままに下を覗き込む。

 ベランダの下には広々とした空間で、俺が造った遊具で遊ぶ子供たちがいる。

 全員が全員、外で遊んでいるわけではない。

 まだ宛がわれた部屋で沈み込む子供だっている。

 けれど、少なくとも救われた子供たちはいるみたいだった。

 その内の一人が俺に気づいたのか手を振ってくる。

 大きな声。赤毛を跳ねさせた犬人(シアンスロープ)の少年イグアスは元気いっぱいに大声を出す。

 それにつられるように多種多様な種族の子供たちが声を張り上げた。

 

 「ユート兄ちゃん! 暇なら剣術教えてくれよ!」

 

 「ていうか一緒に冒険者ごっこしようぜ!」

 

 「俺、カドモス役やりたい」

 

 「じゃあ私歌姫やるー」

 

 口々に増えていく言の葉は風に乗って俺の耳まで届いた。

 胸が熱くなる気分だった。

 背筋がぞわぞわとして今すぐにでも動きたくなる気分だった。

 俺の様子を見て「ほらね?」と言わんばかりにシルが胸を張る。

 

 「子供たちは素直です。与えられたら、与えただけの感情を返してくれる」

 

 「……そっか。思ってたよりちゃんと救われてくれてたのか」

 

 「今も部屋に籠ってる子達だって救われてますよ。ただ、今はまだ外に出る準備をしているんです」

 

 「なら。準備が出来たころに安心して外を歩けるようにするのが俺の役目だな」

 

 「それはいいですね。私もミアお母さんも安心して酒場ができます」

 

 「……少なくとも、俺の眼が黒いうちは悲劇は訪れさせないさ」

 

 「そこは金色の内は、じゃないんですか?」

 

 「茶化すなよ」

 

 ごめんなさい、とクスクス笑いながら言われる。

 照れ隠しの発言も茶化されてしまってはどうも根本的に勝てる気がしない。

 でも悪い気はしなかった。

 少し落ち着いて、ほんの少しだけ弱みを吐き出す。

 子供の前じゃとても言えない、今思っていることを赤裸々に。

 

 「俺はファミリアに入らなきゃいけない。それはここの経営の為に金稼ぎをする必要があるからってのもあるけど、それ以上にオラリオを変えるには俺が強くならなきゃどうしようもないからだ。そしてそのためにはダンジョンに潜る必要がある」

 

 「はい」

 

 「この孤児院を作っておきながら子供たちの面倒を最後まで見切れないのは凄い悔しい。せっかく仲良くなれてきたってところなのに、やらなきゃいけないことが多すぎて……子供たちが落ち着いてきた今、ここの優先順位は低くなりつつある」

 

 「はい」

 

 「……ギルドからの人員派遣はもう少し先になりそうだ。ソーマ・ファミリアの面々は子供の面倒を見れるタイプじゃないし、そもそもソーマ・ファミリアから預かった子供はまだソーマ・ファミリアそのものを拒絶しちまってるのもいるから世話を任せられない」

 

 「分かってます。だから遠慮なく言ってください」

 

 「ここを任せても、いいか?」

 

 俺がそう言うと、彼女は笑った。

 

 「任せてください……実は私、初めて見たときからずっとユートさんの力になりたかったんです」

 

 鈍色の髪が揺れる。

 俺はこの街に来て初めて、頼れる人を見つけることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……やっぱ入るならガネーシャ・ファミリアだよなー」

 

 オラリオの主街区を歩く。

 どこか暗い雰囲気がありつつも、流石に昼日中ともなれば多少なりとも活気で溢れる。

 ユゴスと、旅先の幾つかの街しか知らない俺にとってそこは間違いなく世界一と言われても納得が出来るだけの規模の商店街が立ち並んでいた。

 つい先ほど人助けで貰った林檎を齧りつつ、まるでお上りさんのように首を動かし辺りを見渡す。

 遠目に見える巨大なシンボル……ガネーシャ神の像を目指して歩いていたが、目移りしてしまうほど目新しいものが多数見える商業区は俺の少なくなりつつある好奇心を刺激した。

 とは言っても優先順位は変わらない。ファミリアに入る。そして強くなる。

 それが俺の明確にしなくてはならないことだ。

 さっき一時間も寝てしまったから、その損失分を取り戻さなければ。

 俺は自然と早くなる足を自覚しながら街を行く。

 

 「……」

 

 ────ふと。

 後をつけられているのを察知する。

 とは言っても敢えて気づかれても構わない程度の隠形をしている感じだ。 

 中途半端な無害アピールに曲者の気配を覚えつつ、俺は人通りの少ない場所を目指した。

 やがて商業区を抜けて西方にある閑静な住宅街、その裏通りに躍り出た。

 後ろを振り向き、マントの下で拳を握って警戒しつつ声を出す。

 まだ気配は続いている。明確に俺に向けられた意識を感じる。

 

 「誰だ? ついてきてるのは分かっている」

 

 のそり。そんな擬音が良く似合う風貌だった。

 ユゴスでは滅多に見れない種族だ。確か……猪人(ボアズ)と言うんだったか。

 ただ、俺はそんな好奇心を欠片も抱くことはできなかった。

 ソレが顔を出した瞬間に尋常ではない圧力が一帯を支配している。

 純粋な、武力によって発せられる武人特有の威圧感。

 俺の出会ったどんな人間よりも強い。そう思えるほどの武威。

 話には聞いたことがあった。()オラリオで最強の男。

 

 「────【猛者(おうじゃ)】オッタル」

 

 「名を知っているようだな。であれば名乗らずともよいか」

 

 言葉少なに細められた眼光で俺を射竦める。

 分厚い筋肉。強靭な四肢。背に背負う大剣は飾り気が一切なく、武骨でありながら俺の見たどんな武装よりも鋭く、重く、そして分厚い一級品であることが分かる。

 なぜこんな天上人が俺の元に来たのかは不明だ。

 だが、敵意も殺意も無く。ただ武だけで俺を威圧してくる男だ。

 マトモな話ではなさそうだと思い、逃げる算段を立てる。

 

 「……そう急くな。無為な戦いはこちらの望むところではない」

 

 「流石にバレるか……分かった。話を聞くよ」

 

 こくり、そう頷いて武人はその鋼のような腕を組んだ。

 俺もまた警戒態勢を少し解いて外套の下の拳を緩める。

 互いに戦意を収めたところを見計らってオッタルは咳ばらいをしてから告げた。

 

 「お前は女神のお眼鏡に適った。故に、ついてきてもらおう」

 

 「天に名高き【フレイヤ・ファミリア】からのお誘いとは光栄だな。ただ、生憎俺は一度もフレイヤ様と顔を合わせたことはない。人違いじゃないか?」

 

 「女神はオラリオの全てを睥睨しておられる。故にその問答は無意味だ」

 

 「あっそう」

 

 フレイヤ・ファミリア。

 ゼウスとヘラが隠れた今、都市最強の派閥として名高いロキ・ファミリアと並ぶ双頭の一つ。

 徹底的なまでに個の力を突き詰める個人主義と狂信的な女神至上主義は都市外でも有名だ。

 最強からの指名。本来であればぜひとも受けたいところだが……

 

 「ただ、俺には心に決めた人がいる。そちらの女神至上主義とは相容れない」

 

 「……例えそうであっても、俺にとっては主命こそが第一だ」

 

 オッタルが組んだ腕を解く。

 闘気が凛々と高まり、重圧がより一層激しくなった。

 まさか……こんな市街地で戦り合うつもりか?

 

 「フレイヤ様からは力づくでも良いと言われている」

 

 俺の疑問に答えるようにオッタルは告げた。

 ちっぽけな子供の考えなんて見透かしているような言い草だ。

 事実としてそうなのだろう。戦士としても人間としても、オッタルの方が遥か先を行っている。

 ただ、それに唯々諾々と従ってしまうのも納得がいかない。

 俺は少し息を吸って脳に酸素(えいよう)を送り込む。

 暫し考えて、それから思いついた考えを口に出した。

 

 「……分かった。ついていく」

 

 「ならば「だけど」

 

 遮るように言葉を続ける。

 

 「ただ上から目線の命令に従うのは俺の矜持が許さない」

 

 「なるほど」

 

 俺の言葉の意味を察したのか、オッタルは笑みを浮かべた。

 仏頂面ばかりと思っていた男の笑みは凄絶だった。牙を剥く威嚇のような笑みだった。

 それはどこか、郷愁を孕んでいた。懐かしむような、それでいて歓喜に打ち震えたような武者震い。

 俺もつられて震える。双方ともに吐息が熱い。心臓が高鳴っているのが空気越しに肌に伝わる。

 

 「挑むか。(頂点)に!」

 

 「考えてみれば絶好の機会だ……! 胸貸してもらおうか! 都市最強(レベル6)!」

 

 俺も笑う。牙を剥く。

 遥か高みにある存在。かつて戦ったインヘルカなぞ歯牙にもかけない絶対者。

 俺と、英雄たちの頂点のレベル差はどれほどのものなのかを知る機会だ。

 これを逃す手はない。

 

 自然と戦意に打ち震えて握った拳に血が滲んだ。

 オッタルと睨み合い……少ししてオッタルは戦意を緩めた。

 息が詰まるほどの重圧が消え、仏頂面に戻ったオッタルは後ろを向く。

 

 「……であれば、お前の心が余所に向かわぬ場所が必要だな」

 

 ついてこい。そう言ってオッタルは場所を移した。

 俺もそれについていく。

 流石にここでおっぱじめるほどお互いに理性が消し飛んだわけじゃない。

 

 少しすると、そこに見えたのは天高く聳える塔。

 大地を開く深き虚────『ダンジョン』の蓋の役を担うもの。

 バベルの塔がそこに在った。

 

 「暫し待て。迷宮への手続きをしてくる」

 

 「分かった」

 

 俺は頷いて迷宮前にある広場の片隅で座り込む。

 心臓が高鳴っていた。武者震いが止まらなかった。

 遥か格上との戦いは今まで幾度となく行ってきたが、それらが霞んでしまうほどの無理難題。

 これを乗り越えられたら────もしも勝てたのなら、約束の英雄へと一歩近づく。

 どんな悪にも屈さず負けない英雄。その試金石に使うには余りに高い壁。

 けれど同時に避けては通れない壁でもある。

 

 乗り越えたい。

 乗り越えて、そして頂点をこの手で掴みたい。

 そうすれば……少しは天にも名が届くだろうから。

 

 「終わったぞ」

 

 日光を覆う影が差す。

 俺の小さな身体を覆い尽くした影の持ち主は剣一本を背負ったオッタルだった。

 彼は仏頂面に仄かな微笑みを湛えて俺の後ろから見下ろすように声をかけてきた。

 

 「ああ。分かった」

 

 俺は立ち上がる。

 天を睨みつけるようにオッタルを見上げ、そして笑った。

 どのファミリアに入るか、も重要だが、それ以上に最強と戦う機会の方が今の俺には重要だ。

 勝てずとも一矢報いれば、或いはその一撃でも受け止められれば確実に自分の力は向上する。

 格上との戦いは自分の殻を破る手っ取り早い手段だ。

 俺は生唾を飲み込みながら迷宮の奥へと潜る大男の後ろに続く。

 

 暗い暗い、深淵が俺たちを飲み込むように大口を開けていた。

 

 あれがダンジョン。世界を飲み込もうとせんとす最悪の大穴。

 

 初めてのダンジョンへの入場は都市最強を連れ立って。

 その都市最強と一騎打ちをするための入場となった。

 

 一歩、脚を踏み入れる。

 

 その洞窟の中にはまるでさっきまで居た場所と別物の世界が広がっている。

 めぐるめく感じる命の鼓動。耳を澄ませば遠くに聞こえる戦囃子。

 素肌を刺すようなヒリつく感覚は未だかつて感じたことのない緊張を背に走らせた。

 

 「なるほど、ダンジョンは初めてか」

 

 「? ああ、そうだが。どうしてだ?」

 

 「いや、俺が()()を感じたのは位階(レベル)が上がってからだったと思っただけだ」

 

 オッタルにも俺と同じ、迷宮からの鼓動を感じるのだろうか。

 というか、この感覚は本来は感じ取れないのだろうか。

 迷宮の一般常識はとんと分からないが、それでも俺は彼の背を追うしかない。

 体格差によって一歩一歩の歩幅が違う俺とオッタルでは気を付けなければあっとうまに差をつけられてしまう。

 慌てて横に並べるようにと足を速く動かした。

 

 横目に見えるオッタルの顔はどこか嬉しそうだった。




お気に入り登録、高評価、感想、誤字報告ありがとうございます。
それらが尽きない+プロット分を書ききるまでは更新を続けさせていただきます。
これからもよろしくお願いします。

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出来れば応えていただけると今後の執筆の参考になります。
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