『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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07『夢判断』後

 

「僕の聞き間違いか?」

 

 彼の困惑と同期するように、杖が咲かせた花は青く燃えて散り、樹木は急速に枯れ、砕けて消えた。

 

『サンザシの木の葉と花は癒しの力を持ち、枝は死臭を放っている』

 

 ──とある杖作りはそう語っている。

 癒す力と呪い、その矛盾するその性質こそがサンザシの杖。

 

「……聞き間違いじゃ、ないのか?」

 

 つまり彼の気質は"どっち付かず"で、ニレに選ばれるだけの気品もなければ、闇の魔術の才能もない──そう捉えることもできる。

 

 彼の父親はホグワーツに通う利点を理解した上で、それでも"ダームストラング専門学校"に入学させ闇の魔術を勉強させようとしていた。(マルフォイ夫妻が"相談"した結果、ルシウス氏のコレクションは燃え、学校はホグワーツになった)

 父親と全く同じ杖を望んだ彼にとって、この結果は堪えるだろう。

 

「素晴らしい、合う杖があって良かった。さて、次はグリーングラスさんの杖を──」

 

「ま、待ってくれ、他に、他に杖はまだあるんだろう?他の杖が僕を選ぶかも知れない」

 

「はっは、これ以上に貴方に見合う杖はないじゃろう」

 

 ドラコはまだ不確定だと思い込みたかったのだろうけれど、とっくに運命が定まっていたことに気がついたらしい。

 しかし、老人は彼が何を憂慮しているのかまるで理解していなかった。

 子供の心情まで察しろ、というのは過剰な要求かも知れない。

 

 ……ただ、私にはほんの少し、ほんの少しだけ気に食わなかった。

 

「あり得ない……僕が──」

 

「オリバンダーさん。ルシウス氏の杖は何本目ですか?」

 

「確か3本目じゃ」

 

 彼は最初に"今の"杖と言っていた。だから、他にもある筈だ。

 

「最初の杖はニレの杖ではなかった、そうですよね?」

 

「確か──」

 

「"そうでした"よね?」

 

 ここまで言えば意図は伝わるだろう。仮に客に売ったものはすべて覚えていたとしても、今だけは"そう"だ。

 

「……おお、そうじゃった。初めはニレの杖ではなかったな」

 

 理解してくれたらしい。いくら杖にしか興味がないと言っても、子供がよく訪れるのだから、そのくらいの気は遣ってもらいたい。これだから半純血は困る。

 

「……杖が変わることなんてあるのか?」

 

「杖が折れれば新しいものを買うことになるじゃろう。そして同じものは二つとない」

 

 ドラコの表情は暗いままだったけれど、ほんの少しだけ持ち直したようにも見える。

 

「その杖、私が折る?」

 

「は!?何言ってるんだ!?」

 

「折ったら次のが貰えるってことでしょう?」

 

「確かに花は散ったし、木は枯れた。だけど、そこまで……極端なことは望んだりは……」

 

「良かった。咲いた花はいずれ実をつけて散らなければいけないでしょう?散るからこそ儚くて美しいの。そう言う〈呪い〉なら尚更……私は貴方に合っていると思うけど」

 

「……ああ」

 

 彼は杖を持ったまま、曖昧に頷く。目線だけが私と杖を見比べる。

 彼も血の呪いのことは知っている。私がこう言えば、杖と私の運命を重ねてくれるだろう。

 

 まあ、私が実を付ける日は残念ながら来ない。

 私は母のようにみだりに呪いを遺伝させたりしないのだから。

 

「それでも嫌なら私が折ってあげる。貴方がその呪いに相応しくないと思うのなら。そして、杖を折るような人を……他の杖が選ぶと思うのなら」

 

「僕は……これで良い。……お前が選ばれなくなっても困る」

 

「選んでくれてありがとう、ドラコ」

 

「……はぁ。何でお前が……」

 

 様々な感情が、彼の表情を絶妙に屈折したモノに変えた……ように見える。

 素晴らしい。これこそが呪いだ。"杖を使わない魔法"を勉強した甲斐もあった。

 

 大体──ぽっと出の大人が勝手に私の大事な"玩具"で遊ぶなんて気に食わない。

 彼は私の為に苦しんで、私の為に泣くのだ。断じて何処の馬の骨とも知れない半純血ではない。断じて理由はそれだけで、嘘じゃない。

 

 ……本当はとてもいけないことだとは知ってる。友人が辛そうな顔をしているのに、慰めもせず傷つけてしまうなんて。

 でも、彼にはいなくなった私のことを暫く引き摺って欲しい。それこそ、私が死んだ後も杖を見るたびに思い出すくらいに。少なくとも10年くらいは。

 

 一応、私にも言い訳はある。気になる相手に意地悪をしたくなるのは普通……だと母も言っていた。

 だからこれは恋愛感情というもので、ごく普通で自然なことなのだ。きっとそうに違いない。私はなにも悪くない。

 

「だそうですよ、オリバンダーさん」

 

「それは良かった。では、グリーングラスさんには、"杖を折ろうとするお客向け"の杖を用意しよう」

 

 微笑みながら皮肉を口にする老人。半純血になっても英国紳士らしさは残してあったらしい。

 

「そんなものが?」

 

「誰にでも合う杖はあるはずじゃ。例え杖にとって悪魔のような魔法使いにも」

 

「それなら良かった」

 

 老人が当然のように言う言葉に、私は微笑みで返した。切れ味のない皮肉への最高の返礼は無邪気な肯定である。

 

「では杖腕を」

 

「ええ」

 

 私はローブを肩口から降ろ──

 

「だ、ダフネ、何をしてるんだ!」

 

 ドラコが慌てて私の手を止める。

 

「何って採寸でしょう?袖を捲ったら生地が痛む──」

 

「一つ聞くが、ローブの下に何を着ている?」

 

「何も。普通のことでしょう?」

 

 流石に前から開くようなローブならブラウスくらいは着てくるけれど、そうじゃないなら一般的なはず。

 

「痛んでもいいから脱ぐな!服なら僕がいくらでも用意させる!」

 

 と、言いつつ微妙に私の肩口に目が向いている。

 

「なんの問題が?」

 

「と、とにかくダメだ!」

 

「私の肌が自分以外の人に見えると困る、ということ?」

 

「もうそれで良い、とにかく脱ぐのはやめろ」

 

 ……こんな簡単なことで狼狽するなんて、気品のカケラもない……本当気取っていたいはずなのに、こんなに慌てて……なんて愉快なんだろう。

 彼の気品を更に損なわせることができて私は嬉しくて仕方ない。

 

「分かりました。後で服買ってくれるのなら」

 

「……採寸してよろしいかな?」

 

 大型の爬虫類のように、なんとも言えない表情で黙って私達を見ていたオリバンダー老人が口を開いた。

 

「いいえ。その代わりこれを」

 

 羊皮紙のメモを差し出す。

 

「こちらは……ああ、では少々お待ちを」

 

 オリバンダー老人は部屋の奥へ向かう。

 

「……何を渡したんだ?」

 

「私の採寸表?」

 

「……お前……また揶揄ったんだな……!」

 

 愉快過ぎて、私は暫く口元が緩んだままだった。








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