『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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09『牧歌』

 

「なあ、なんでわざわざここに……」

 

 新しい洋服と布の香りがするマダムマルキンの洋装店で、制服の丈を合わせていると、ドラコは踏み台の上に立つ私に呆れたような目を向けて、今更そう言った。

 

「私に服を買ってくれるんでしょう?」

 

 ピン留めされたローブの袖をドラコに見せるように持ち上げる。

 丈を合わせていた店員の魔女は微笑ましいものを見るような目で私達を眺めていて、すっかり手が止まっている。

 

「そうは言ったが……なんで制服を?他にも良い服なんていくらでも──」

 

「貴方が買った制服を毎日着るの」

 

「制服なんだから当たり前だろ?」

 

 何を言ってるんだとでも言いたげな顔だった。

 

「違う。"貴方が買った服"を私に着せて、私はそれを毎日着て歩くの。制服だから着るんじゃなくて。この違いが分かる?」

 

「……なにかむず痒くなるな」

 

「興奮する?」

 

「するかっ!」

 

「なら……『男性が女性に服を送る意味』を考えて」

 

「どういう意味だ?」

 

「……外で言わせたい?いいけれど……」

 

「いや、いい。やめておく。どうせろくな意味じゃない」

 

「で、いつまで眺めてるの?そろそろ脱いだり着たりすると思うのだけれど」

 

「……勝手に何処かに行くなよ」

 

 それだけ言って店から出て行こうとする。

 

「着替えを手伝ってくれないの?好きなだけ見れるけど?」

 

「遠慮させてもらう」

 

 顔を顰めて去っていった彼の様子を楽しんでいると、店の入り口の方から店主の声が聞こえた。

 

「坊ちゃん、ホグワーツなの?なら、全部ここで揃いますよ……もう一人お若い方が丈を合わせているところよ──お客が来たよ!働きな!」

 

 口元を綻ばせて何かを堪能していた店員は店主のマダム・マルキンにどやされ、慌ただしく客の少年を連れて来ると踏み台に乗せた。

 

「……?」

 

 少年は借りてきたニーズル(ネコ科の魔法生物)のように縮こまっていた。

 服はマグル染みていて、サイズが合っていない上にヨレヨレで、メガネはひび割れ、半透明の何かで補強されている。

 ハウスエルフが着ている枕カバーやボロ布の方がまだ上等に思える見窄らしさだった。妖女シスターズと同じ思想かもしれない。

 

「ごきげんよう。貴方、ワガドゥー?」

 

「…え?僕はハリー・ポッターだよ」

 

 マグル生まれかそれとなく確認するつもりが、全く予想外の相手だと発覚した。

 

 ハリー・ポッター。11歳の少年にして──例のあの人を倒した"生き残った男の子"。

 彼は赤ん坊の頃に例のあの人が放った〈死の呪い〉から家族の中で唯一生還し、更に反撃して"例のあの人"をこの世から消し去ったという。

 もし本当なら正真正銘の化け物だ、間違いなく人に擬態した魔法生物か何かだろう。

 私も殺してくれるかも知れない。

 

「なら服を買いに来たのは正解でしょうね、マグルの浮浪者と間違えられたら記憶を消されかねません」

 

「……う、うん」

 

 自分の服装について言われると、とても恥ずかしそうに俯いて頷いた。好き好んで着てはいないらしい。思想的な服装ではなくて残念だ。

 

「まあ、これまでマグルの中にいたのなら仕方ないかも知れませんが」

 

「え、なんで分かるの?」

 

「"ワガドゥー"は普通、学校のことだと分かりますし、ハリー・ポッターが両親を亡くしているというのは誰でも知っています。つまり魔法界のことを知ることもなく、そんな格好で過ごしていた。答えは簡単でしょう」

 

「……お姉さんは凄いね」

 

「お姉……いえ、申し遅れました。聖28一族、グリーングラス家の長女。ダフネ・グリーングラスと申します」

 

「僕はハリー・ポッター……その…一族じゃないけどポッター家?の長男だよ」

 

 ポッター家は暫く前までは聖28一族だったが、マグルに友好的過ぎて除名された。

 彼の扱いを見るに、ポッター家のマグルへの好意は一方通行だったらしい。現実は残酷でマグルは非道である。これだからマグルは。

 

「……君もホグワーツ?」

 

「はい。今からワガドゥーに行く気にならなければ」

 

「…ワガドゥーってどんなところ?」

 

「可哀想なお友達が行くところです」

 

「……そうなんだ」

 

 奥から戻ってきた店員が慌てた様子で彼に採寸用のローブを着せた。

 

「まあ、貴方も可哀想な部類でしょうけど」

 

「え……?」

 

「安心して下さい、私も両親が居ませんが、よくあることです」

 

「……えっと……その、お気の毒に」

 

 困ったような顔でそんなことを口に出すのだから、きっと彼は私の不幸を悲しんでくれているのだろう。

 他人を慮って悲しめるなんて……素晴らしい!彼はもう十分不幸なのに!こう言う感性が優しさというものか!

 代わりに何か施しを与えてあげないとならない。貧者に何か貰ったら必ず返すのが富める者の義務だ。(それが憐れみでも!)

 

「……貴方の制服は私が買ってあげましょう。遠慮は入りません」

 

「えっ?どうして?」

 

「私、裕福な子供なので」

 

「えっと、僕、そんなに困ってないよ」

 

 なんと弁えているのだろう。貧乏人はモノがなくても暮らしていけると言うのは本当だった。可哀想に。彼はマグルの劣悪な環境で我慢をするのが当たり前になってしまったのだ。

 子供に我慢をさせることより残酷な仕打ちはこの世に存在しない!

 

「困ってます。いいんです。正直に言っても」

 

 あまりの哀れさに庇護欲を刺激され、気がつくと私は彼を抱擁していた。可哀想なモノは大好きだ。勿論、この世で一番可哀想なのは私だけど。

 丈を合わせていた店員はまた私達を眺めて手が止まっている。

 

「でも──」

 

「分かってます。大丈夫です。一人で辛かったことでしょう。本当なら教材も全部買ってあげたいところですが──先程からこちらを見ている方が居ますので」

 

「……?」

 

 彼が振り返ると、トロールのみたいな毛むくじゃらの大男が店の外に居た。笑っているつもりなのか歯を見せて、手に持った二本のアイスクリームを指差している。

 きっと彼はこれから二本とも食べる気つもりなのだろう。貧乏な少年の目の前で!なんて酷い!これだから巨人は!

 

「あ、ハグリッド!」

 

 ハリー少年は何やら嬉しそうだが、私はもっと重要なものを見逃さなかった。

 

 大男の後ろで、ドラコが二つ握っていたアイスクリームの片方を落とす瞬間を。

 きっと私のために買って来たのだろう。彼の分が無くなって残念だ。

 

「……っ!?」

 

 口についたアイスを拭くことすら忘れ、彼は恋人が目の前で死んだような顔で呆然としていた。

 私は微笑んでヒラヒラと手を振る。すると勘違いした手前の半巨人がよく分からなさそうな顔のまま笑って手を振り返した。

 まるで道化だ。演目は魔法界の英雄を惨めな格好で歩かせるという見せ物だろうか。なんて趣味が良い。マーリン二等勲章を授与したい。

 

「ああ、そうだ」

 

 彼のメガネを変身術で修復しておく。よく見えないと困るだろう。

 

「え……すごい!治ったよ!?」

 

「それでは私はお迎えが来ましたので」

 

 呑気している店員に服を着替えさせてもらい──

 

「彼の分もこれで。お釣りは彼にあげて下さい」

 

 ガリオン金貨と私の採寸表を渡す。

 

 ハリー少年は赤面して顔を背けていた。

 まるで、これまでの人生で異性の肌を見たことが一度もないような表情だった。

 私が直したメガネはよく見えることだろう。

 

 ……おかしい。ドラコでなくてもこういう反応されると何だかゾクゾクと心が躍ってしまう。

 これは……いけない。とてもいけない。これも恋なのだろうか?問題ない?よし、問題なし。私は恋多き乙女……美しさは罪。人生という刑罰をもう受けているから間違いない。

 

「他の人には内緒ですよ?」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

 礼を言う彼は少し惚けたように私を見ていた。

 

「ノブレスオブリージュです。その制服を着た貴方と学校で会うのを楽しみにしています」

 

 そして、ドラコの反応を見て思いついた"とても良いこと"を実行に移した。

 

 ハリー少年に手を振って、店の外──青い顔のドラコの元へ向かう。

 事情を何一つ理解していなさそうな大男に会釈をして横切ると、マルフォイ家の次期当主に相応しい威厳ある表情の彼が待っていた。(本当に威厳のある表情だ)

 

「……誰だ、あいつ」

 

 その声はいつもの"不機嫌ですよ"というモノではなくて、心の底から機嫌が悪そうだった。

 

「ハリー・ポッター?」

 

「はぁ!?あれが!?」

 

「アイス、くれるのでしょう?」

 

「……お前の分は地面に食われた」

 

「そう?一口くらいは食べれそうだけど」

 

「おい、やめろよ、卑しいマネは──」

 

 ドラコの頬についたアイスクリームを指で拭う。

 

「──っ!?」

 

 そのまま指を舐めた。バニラのフレーバーがほんの少しだけ感じられた。

 

「ご馳走様」

 

 何か拭き取るものは──

 

 ドラコは何か言いたそうに私を見ていた。

 

「……どうぞ?」

 

 唾液で濡れた指を、彼の口元に差し出す。

 

「舐めるか!」

 

「え、私、そんなこと言った?」

 

「……お前は何も聞かなかった、いいな」

 

「じゃあ、どうするの?未成年が勝手に魔法なんて使わないでしょう──?」

 

 彼の唇に指を押し付──

 

「……〈スコージファイ! 清めよ〉」

 

 無言で振り払われた指も、そして汚れた地面も彼の呪文で綺麗になった。

 

 早速サンザシの杖を使い熟していて何よりだ。

 今頃、魔法省ではマルフォイ家の御曹司が突然魔法を使ったと検知され騒然としていることだろう。

 

 "人の指を綺麗にした?"

 "なんと破廉恥な!"

 "未成年者がしていいことではないぞ!"

 

 などと、役人が真剣に話し合っている風景が思い浮かんだ。でも誰かの鶴の一声で、どうせ無罪になるのだろう。ああ、我らが父よ、彼の罪深さを許したまえ。

 

「まあ、私の為に罪を犯すなんて」

 

「人聞きの悪いこというな、行くぞ」

 

「はーい」

 

 彼は苛立ちを隠さずに先を歩いて行く、私はそれに構わず店の方を振り返った。

 呆然と丈合わせをされているハリー少年は、私の視線に気が付き、ぎこちなく手を振った。

 本当に……本当によく見えることだろう。メガネを修理した甲斐があると言うものだ。

 しかし、彼は何かを失ったような顔をしていた。(私がメガネも直し、制服を買ってあげたというのに!)

 

 だから──自分が最も魅力的に見える角度で微笑み、小さく手を振った。

 葬送の参列者が一人増えてくれるよう願って(呪って)

 

 

 

 


 

 

 

 

 

tips

 

 

・マダムマルキンの洋装店

本来、ハリー・ポッターが初めてドラコ・マルフォイに出会い、採寸をされながら魔法界の偏見やホグワーツの話を聞かされた店。

原作には登場するが『賢者の石』の映画ではカットされている。二次創作では描写されていることが何故か多く、この作品でも登場してしまった。映画に出演できなかったマダムマルキンの呪いだろうか。

 

・アイスクリーム

フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーのアイス。

店主は実は重要な設定を持っているが、本編では全く生かされることがなかった。

 

・ノブレス・オブリージュ

貴顕たる務めのこと。下々に施しを与えたり、身分に相応しい振る舞いを行うこと。ここでは、ダフネのただの趣味である。

 

・『女性に男性が服を贈る意味』

言葉で語るのは無粋

 









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