『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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12『ベルと竜』承

 

 

 

 

「無事か?」

 

「ぐえー死にました」

 

 私は純血なので、移動キーで転移しても尻餅をついたりしないし、ドラコの手を借りて起き上がったりなんてしていない。嘘ではないし、私は嘘をついたことがない。

 

「全く。自分で立てよ」

 

 ドラコは何を言っているのだろう?

 

 私達が飛ばされた先は室内。目の前には背の高い机があり、何かしらの受付のようだ。

 その机に突っ伏して眠りこけているのは、禿げ上がった小鬼。きっと寝る暇もなく働かされているのだろう。

 つまり、ここはグリンゴッツだ。

 可哀想な小鬼が堂々と働けるような場所を、私は他に知らない。

 

「素晴らしい!グリンゴッツまで来る手間を省いてくれるなんて!」

 

 流石は一流の闇の魔法使いだ!

 

「……いや、ないだろ。このまま大人しくドラゴンの卵なんて貰えるわけ」

 

 ドラコはあり得ないと言いたそうだけれど、グリンゴッツの地下には金庫番としてドラゴンが飼われている。卵を守らせていても不思議ではない。

 

「それはどうでしょう──『ゴルヌック、お前の仕事は寝ることか?』」

 

「っ!?」

 

 ゴブリディグック語で、名札に書かれた名を呼ぶと、小鬼は飛び起きて机から降りた。

 

「お、お待ちしておりました、じ、12番金庫でよろしいでしょうか?」

 

 小鬼は低い声の"英語らしき言葉で"私達に問う。

 

「『それ以外に、ここになんの用がある』」

 

 それでも私は小鬼の言葉で返す。私は彼らの文化を尊重しているので、彼らが嫌悪しているヒトの言葉を無理に話させたりはしない。

 "哀れな"彼らを"配慮"するのはこちらだ。"私達に合わせて英語を喋る"など、立場の履き違えも甚だしい。何様のつもりだ。

 

「『し、失礼しました!』」

 

 漸く理解したのか、ゴブリディグック語で反応したゴルヌックは私が差し出す鍵を受け取ると、狭苦しい通路へ私達を通し、地下の金庫へ向かうトロッコ──とは名ばかりの車輪と操舵のついた長椅子を呼び出した。

 

「……本当に乗るのか?」

 

 ドラコは信じられないモノを見るような目で、色々と言いたそうな顔をしていた。

 

「一緒に乗ってくれなかったら、私はもう帰ってこないかも知れないけど、いい?」

 

「お前なぁ……」

 

 心底呆れた様子を見せながらも、私の隣に座る。

 

「『では参ります』」

 

 ゴルヌックが操舵を握ると、トロッコ擬きは凄まじい速度で入り組んだ洞窟を下降し始めた。

 垂れ下がった鍾乳石や石筍が頭を掠めるほど近い。一瞬で景色が消えて行く。風を切る音がする。素晴らしい速度だ、事故が起きれば即死だろう!けれど、何か足りない。

 

「『……〈盗人落としの滝〉は?』」

 

「『平時は起動しておりません』」

 

 いくら、"あらゆる呪文を洗い流せても"使わなければ宝の持ち腐れだろう。

 もし呪文が解けたなら私の服はバラバラになっていたのに!(変身術で作られているから)

 

「っ、お前らは何の話をして──」

 

 ドラコはタダでさえ青い顔から更に血が抜けたような顔色だった。

 

「箒に乗ってる時と変わらないでしょう?」

 

「自分で行きたい方向に飛んでるのとは違う!!こんなの人間の扱いじゃない!!」

 

「『全く、これだからヒトは』」

 

 私の呟きに対して、ゴルヌックは笑いを堪えているようだった。

 

「馬鹿にしてるくらいわかるぞ!」

 

「『間も無く12番金庫に到着します』」

 

 トロッコは開けた空間に入った。洞窟の底まで続くような広大な空洞には、松明に照らされた幾つもの路線、金庫の入り口であろう扉や、地下で蠢く哀れな小鬼達。

 

 しかし、私の目に止まったのは別の線路でトロッコに乗っている老人だった。

 

「……あれは……」

 

 特徴のない老人で、注目にするに値するとは思えない。……なぜ私は、彼を見たのだろうか?何処かで見たような気がするのは確かだけれど──

 

「『到着しました』」

 

 金庫の近くにドラゴンは見当たらないけれど、壁面には爪痕のようなものもあるし、何かを燃やしたように真っ黒な煤が残っていた。

 

 恐らくいる!ドラゴンが!

 

「少し……待て……勝手に行くなよ……」

 

 フラフラしているドラコの肩を支えて立たせる。初めて知ったけれど、私は男を立てる女だったらしい。

 

「父上に報告する……グリンゴッツは、魔法使いの生命を脅かすと……」

 

「あら、死ぬかも知れないから楽しいのでは?"安全で無害な存在"なんて……心がときめかないでしょう?」

 

 暴力性と魅力は表裏一体なのです。

 

「最高のジョークだ、ダフネ。笑えないってことを除けば」

 

「『どうぞ』」

 

 先にトロッコから降りたゴルヌックが金庫の扉を開いていた。

 

「『ご苦労』」

 

 私達が金庫へ入る──と、何故かゴルヌックはこちらを見ていた。

 

「『まだ用があるのか?』」

 

「ええ。12番金庫に鍵を持つ方を案内した後は──扉を閉めろという指示がありまして」

 

 ゴルヌックは嗤いながら"英語で"、そう説明すると、扉を閉じた。

 先ほどから笑いを堪えていたのはこちらが理由だったらしい。

 

 そして、先ほどの老人から感じた違和感が何だったのか分かった。

 たとえ鍵を持っていても、小鬼以外には金庫の鍵は開けない。だからこそ、人間が一人でトロッコに乗っているなんてあり得なかったのだ。

 

 つまり、私達に、ここから出る手段はない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……最悪だが、一応、一緒に来て幸いだったな」

 

「私と一緒に死ねるから?」

 

「子供だけで出かけるのに、何の対策もしない訳ないだろ」

 

 私とふたりきりで密室だというのに、至って冷静なドラコ。可愛げがない。この分だと、もう少しトロッコが長くても良かったかも知れない。帰りはもっと危険な道を行こう。吊り橋があると尚良い。

 

「父上、緊急事態です、グリンゴッツで閉じ込められました」

 

 懐から取り出した手鏡に向かって話しかける。年頃の子供は鏡と会話したりするものだけれど、彼もそうなのだろうか?

 

「……アストリアが作った〈両面鏡〉だ。二つあって、呼びかけると離れた場所にあるもう片方の鏡と繋がる」

 

 私が見ていると丁寧に説明し始めた。親切だけれど、妹の作ったものを私が知らない訳ない。私のためなら尚更だ。

 

「マグルの電話みたいに?」

 

 けれど、私は男を立てる女。男がわけ知り顔で話している時は、知らないふりをして頷いてあげるのです。私は賢いので。

 

「はっ、それよりも便利だ。顔を見て話せる」

 

「へぇ、すごい」

 

 何の意味があるのかはわからないけど、凄そうだ……!

 

 にしても、自分が作ったものでもないのに得意気で自慢しているのは実に愉快な光景だ。それともアストリアを自慢しているのだろうか。

 だとしたら……すこし面白いのだけれど。

 

「父上……?聞こえていますか?父上?」

 

 反応がないらしい。ドラコには悪いけれど、ルシウス氏は暫くは無視していてくれると助かる。この状況がすぐに終わってしまうのは惜しい。

 

「私が危機に陥ったらアストリアが分かるでしょう?気長に待ちましょう」

 

「お前は妹を何だと思ってるんだ……」

 

「……可愛い妹?」

 

「聞いた僕が馬鹿だった」

 

「さて、密室に男女二人。当然何も起きないはずも」

 

「お前は無駄に──うわっ」

 

 試しに壁に押し付けて迫ってみる。

 

「何も起きないはずもない、でしょう?」

 

「ふざけてる場合──」

 

「私はいつだって真面目──えっ?」

 

 突然壁が消え、支えを失った私達はその先に転がり込んだ。

 

 その円形の広間は天井が高く、中央には水盆。床は鏡面のように、広間の全てを反射している。

 

「……何かしたのか?」

 

 手を借りて起き上がる。

 

「さぁ?強いて言うなら、壁が何か光っていたような」

 

「あのなぁ……いや」

 

 広間を見回したドラコ。

 

「お前にしか見えない光が関係してるなら、最初から誘導されてたんだろう。それも、お前が目的で」

 

「なら……次はあそこの水盆が〈憂いの篩〉で、それを使って誰かしらの記憶を見ろとかでしょうね」

 

 露骨なくらい分かりやすく設置されているし。

 

「……僕はお前みたいに物知りな訳じゃない。その憂いの篩ってやつも知らない」

 

 素直に知らないことを明かすなんて。どうしたのだろう。プライドをトロッコに置き忘れてきてしまったのかな。あとで探してあげないと。

 

「体験したことをもう一度見るために使うもの。主に老人が」

 

 でも恥を覚悟で素直に聞かれれば、実は私も素直に答える。私は素直で実直な人間であるし、純血の矜持を尊重している。

 

「他人の記憶も見れるのか?」

 

「勿論」

 

「……例えば、僕が覚えていることなら当時の状況を見せることが出来る、ということでいいんだな?」

 

「あくまで貴方の視点で、貴方が記憶している内容で」

 

「……改竄されていればその限りではない、ということか?」

 

「その通り。記憶というのは所詮頭の中にある物で、ヒトは何もかも覚えてられるほど賢くはない。時が経てば変質してしまう。そのために記憶を保存する魔法と、この道具はある。でも、すでに変質した記憶は戻せない」

 

「なら、意図的に改竄出来るし、あの水盆が真実を教えてくれるとは限らないわけだ。ダフネ、お前ならどうする?」

 

「適当な嘘を吹き込んで人を誘導する」

 

「わかった。ならアレを使うのは無しだ。もう既に不意打ちは何度も喰らってる」

 

「見なきゃ先に進めなさそうだけれど」

 

「僕はお前のお守りで来てるんだ。これ以上危険に晒す訳──」

 

『全く、賢くなるのは老いてからでいいと言うのに』

 

 その声は壁から聞こえた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 広間の壁面に、店で見た肖像画の青年が現れた。どうやら壁一面が巨大な肖像画だったらしい。

 

『やあ、また──』

「黙れ。何を狙っているか知らないがもう思惑には」

 

『いや、もう達成されたよ。古代魔法の才能が無ければここには来れないし、別にここに来たからって何か変わる訳じゃない』

 

「……古代魔法?」

 

『呪いを拡張して死の呪文を拡散させたり、あらゆる物を投擲したり、他人から感情を抜き出して力に変えたり出来る魔法さ』

 

「感情を抜き出す……?呪いの拡散……?そんなの聞いたことないぞ……!」

 

 ドラコが大袈裟に驚いているけれど、そこまで難しそうには思えない。

 母の研究資料にあった内容とそれ程変わらないからだ。

 それに、私の血の呪いだって、広い意味で呪いを子孫に拡散させていると言えばそうだろうし。

 

『そう。知らないだろう?だから、うっかり人から心を抜き出したり、死の呪文をばら撒いたら困るだろう?』

 

「私にそれを教えて何の得が?」

 

『僕は絵だよ?得はないさ』

 

「いいえ。貴方に命令した魔法使いの」

 

『さぁ。あの店に来なくなってから何十年と経つし、まだ生きているとも思えないし。ホグズミードの店には何か残ってるかも知れないけれどね』

 

 白々しく肩をすくめる青年。私の質問には何も答えていない。

 

「ちなみに、あの水盆には誰の記憶が?」

 

『かなり前の古代魔法の継承者がどうやって死んだのか分かるよ。まあ、見るのはお勧めしないけど』

 

「……あまり面白くはなさそうだな」

 

『そうだね、ちっとも面白くはない。"大いなる力には大いなる責任が伴う"だとか、そういう話は聞き飽きただろう?危険な力を封印しておく理由を延々と説明されても、肝心の封印はとっくに解かれてるし、何も残ってない。ここにあるのはただの〈レガシー〉に過ぎないのさ』

 

「それが分かってても貴方は私達をここに案内するしかないのですね。可哀想に」

 

『道具が役割を果たすことを哀れだと思うかい?生きる意義を"創造"しなければならないヒトの方が余程哀れだと思うけどね』

 

「道具だから役割や意義がないと生きていけないと思っているのでしょう?人間の一生に意味なんてありませんし、理由も目的もなくて良いんですよ。残念ながら、私達人間は有用性や価値を認められ無ければ存在できない哀れなモノとは違うので」

 

『使命や役割などないと言うのかい?』

 

「ええ。そんなものは幻想かと」

 

『……素晴らしい。君も古代魔法を"託してはいけない部類"の人間か』

 

「お前は何言ってるんだ……?」

 

『僕は"自分のために"力を使える使い手を待っていたんだ。是非、思うがまま力を振り翳し、その先を見せてくれ──記憶を見ずに、ここから出られるのならね』

 

 そう言って、絵画から青年は消えた。彼の仮面の隙間から辛うじて見えた瞳には、ある種の愉快さが映っていたように思えた。

 

 毎朝鏡で見る誰かに似たような目だった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

tips

 

 

・グリンゴッツ魔法銀行

 

魔法界における銀行で、現金以外の貴重品の保管も行う。

盗人落としの滝という防犯設備が存在しており、あらゆる魔法を解除できる水をトロッコの経路に滝として流しているが、何故か常に起動している訳ではない。

 

小鬼が中心となって運営しており、魔法族の大半はここに財産を預けて金庫の鍵を自分で管理する。

 

※イギリスの通貨であるポンドと、魔法界の通貨であるガリオンの交換レートは原作の開始時から"呪いの子"に至るまで変動していない。

つまり固定相場制に当たる。為替の相場変動がないということは金融政策の裁量が低いことを示し、グリンゴッツが実際に果たしている役割の薄さ、そして魔法界が貿易による利益を重視していないことが理解できる。

 

さらに、換金されたポンドは小鬼の手によってイギリスの流通に戻される。

金である金貨とニッケル黄銅合金で作られたポンド硬貨が本質的に同一価値である筈もない以上、明らかに制度として破綻している。

 

また、紙幣が存在しないことから実在する金属以上の貨幣を市場に供給することもしていない、つまり市場における通貨の価値を調整していない可能性が高い。

 

・固定相場制

・紙幣が存在しない

・金貨とポンドの不適正レート

 

以上の3点から魔法界におけるグリンゴッツの経済的な役割は単なる"預かり所"で、小鬼の仕事は金勘定や帳簿をつける程度であると推測できる。

 

それでもマグルによって大量の金銀を吸い上げられたり経済が崩壊していないのは、

 

・魔法使いは計算を殆どせず、魔法任せであること。

・経済的な知識を得る前にマグル生まれの子供を魔法界へ染めること。

・経済を銀行制度に関して知識のないゴブリンに牛耳らせることで、利益を上げようとする者の参与を排除している。

 

 といった要因により、魔法界経済の脆弱性を突いて荒稼ぎしようと発想する魔法使いが現れないためであろう。

 

 また、こう言った状況を逆手に取っていたのがマルフォイ家だと考えられる。

 

 "かつてマグルの通貨や資産に手を出して魔法界一の資産家になった"という記述があり、明らかに魔法界の不適正な為替レートを利用していたことが分かる。

 さらに純血主義を推し進めることによって、魔法界の資産家がマグルへ近づくことすら防いでいることを考えると、当初のマルフォイ家の純血主義は民族主義的なものより経済的な戦略であったと考えた方が自然である。







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