『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
もうちょっと?ええ、あと残り6000文字ですね!
これで長い話は終わりまして、次で本編に戻ります!
お待ちの方は申し訳ありません!!
4.不自然
蛇からドラゴンへ至った原因を考察して来たが、動物の特徴を与えたとて、ドラゴンの姿が形作られるとは限らないという指摘もあるだろう。鳥の翼を与えたのであれば、ドラゴンの翼は皮膜のような物ではなく、羽毛に覆われていなければならない、と言ったように。
それもその通りで、残されている動物誌や博物誌の記録では、初期のドラゴンの翼は鳥類のような羽毛が描かれており、蝙蝠のような翼を得たのは中華文明との交流を経てからの変化である。
しかし、この場合に一つの不自然がある。
それは、ドラゴンは蛇から徐々にドラゴンとして成立していった、それが自然への征服の象徴を現していた──仮にそう考えたとしても。
根源的な恐怖を象徴し、人類による自然の克服をその身で現した空想と、魔法界に存在している"ドラゴン"の姿が一致していることだ。
この問題は避けて通ることが出来ない。
空想と実在の奇妙な一致。ここで漸く、存在するドラゴンについて語るための条件は揃った。
結論から言えば、ドラゴンは"作られた"存在の可能性が高いと考える。
突飛な言説に思えるかもしれないが、魔法生物の中には人工的に作られ、野生化して繁殖している生物は少なくない。
また、実験的飼育禁止令は1965年に成立したイギリス魔法省の法律であり、飼育や管理のできない魔法生物を作り出すことを禁じたものだ。
それを制定しなければならない程、魔法生物というものは容易に作り出せてしまうということを逆説的に知らしめている。
この法律が施行される前に作り出された生物の例を上げよう。
・吸魂鬼。
魂を主食とする不死の怪物である。彼らは遥か昔"エクリジス"という魔法使いにより創造され、魔法省に発見されるまで北海の孤島で自然繁殖していた。現在、その島はアズカバンと呼ばれる監獄となり、吸魂鬼達は看守として日々囚人を絶望させている。
・アクロマンチュラ。
巨大な蜘蛛。高い知能を持ち、人語すら理解し、意思疎通が可能。かつて住居や宝物を守るために魔法使いに作りだされたとされるが、決して友好的とは言えず、人間を獲物としか見ていない。現在では野生化し繁殖している。
・バジリスク。
視線だけでその対象を殺傷する巨大な蛇。別命、蛇の王。これもまた、"腐ったハーポ"という魔法使いによって創造されたもの。ただしバジリスクに関しては再現性があるため、"生み出す方法を発見した"という言い方が正確であろう。
ヒキガエルの下でニワトリの卵を孵化させるという容易な手順でバジリスクは生み出される。お手軽な闇の生物である。
ドラゴンは翼を持ち、空を自由に行動できる上に巨大な生物であるにも関わらず、殆どが魔法界でしか目撃されていない。
何かしらの生物から進化したならマグルの世界でも似たような生物が発見されているはずだが、類似した種は存在しない。
また、蛇への根源的な恐怖のように進化の過程でドラゴンを外敵として捉えていたのであれば、ドラゴンやそういったトカゲのような形状にも本能的な恐怖があるはずだが、実験ではそういった結果は出ていない。
また恐竜よりも後の時代の存在であるにも関わらず、マグル側にドラゴンの骨が出土したという記録は存在しない。つまりドラゴンは人類が猿から進化していく過程にもその後一定の期間にも存在しなかったと考えて良い。
そして、現代のようにそれぞれの土地の魔法省のような管理者がマグル達からドラゴンを隠し続けていたと考えるのも無理がある。
作られた、或いは突然現れたという以外、このような奇妙な成立があり得るのだろうか。
ならば一体誰がドラゴンを作ったというのだろうか。少なくともそういった類の偉業ならば記録に残っているはずだが、"ドラゴンを創造した偉人"はいない。魔法生物として作り上げるだけならば、可能であるにも関わらず。
よって私はこう考える。
ドラゴンは特定の個人が創造したものではなく、偶発的に生み出されたのだと。
意図せず魔法使いが生物を生み出すことがあり得るのか、その問いにはすでに回答が存在している。
オブスキュラス。抑圧された魔法使いが生み出す闇の魔法生物。
幼い魔法使いに対し、魔法を否定し、強いストレスを与える続けることで産まれる──暴走する魔力の霧のような存在だ。
興味があれば、魔力に目覚めたての子供に対して魔法の一切の使用を禁じ、虐待してみると簡単に生み出せるだろう。(そして暴走したオブスキュラスに粉微塵にされるだろう!)
さて、では仮に抑圧がドラゴンを無意識に生み出したとして、魔法使い達がいつ虐げられたというのか。
それは既に述べたように、遥か昔、人類が樹上の猿でしかなかった頃だ。
蛇から受ける恐怖に抑圧され続け、遺伝子にすら恐怖が刻まれた魔法使い達は、呪文や魔法を手にし、自然を征服する力を得ていく。
しかし、ある時期までは制御が出来ておらず、常に危険が付き纏った。
それが一変するのが、安定した杖の発明である。
もう一度歴史の話へ戻ろう。
紀元前380年代まで、多くの魔法使いは杖とは言えない棒切れを振り回し、しばしば魔法を暴発させて死んだり、殺されたりしていた。
オリバンダー家はその頃、"ローマ"という集団が侵攻するのと同じくしてこのブリテンへ移り、安定した杖の発明によって魔法族を"爆発して死ぬ杖"から救ったという。
この安定した杖の発明が決定的な転換点だと考えられる。
また、杖自体は"ヨーロッパ"発祥の道具である。他の地域では杖自体を使わず魔法を使うのが当たり前だった。つまり、ドラゴンに対する一神教の影響範囲とも一致している。
杖を手にしたことにより、魔法使い達は自然を征服し得る対象として認識し、遺伝子に刻まれた抑圧が、打倒できる蛇を創造した。
マグルにおける一神教、そして魔法使いにとっての杖が、ドラゴンを成立させたのだ。
一神教がマグルの発展、自然を征服していく過程に及ぼした影響に関して、それが全面的に寄与したのかという点に関しては議論の余地があるという指摘もあるだろう。例えば自然を自己から切り離した"対象"として捉える発想が分析や科学を肯定したという一面もあるが、一方ではある時期まで自然科学は"自然哲学"として神学の補助的な学問として扱われていた事実もある。
当時の自然哲学の内容はギリシャ人のアリストテレスが提唱したものを──アリストテレス自体は一神教とはなんら関わりがない──ただ読み込んで議論するようなお粗末な代物であったという。実にマグルらしい。つまり自然を対象としてそこに含まれる諸原理を解き明かすような学問ではなかった。
だが、ここで重要なのは一神教が学問に齎した効果ではない。
"自然は人間のために征服されるべくしてある"という思想そのものだ。
ここまでの内容で、ドラゴンが魔法使いに創造された妥当性に関しては一定の理解を得られるだろうが、先ほどのマグルにとってのドラゴンの成立から考えれば、中華文明との関わりが無ければ蝙蝠のような翼膜を持つことは考え難いということになるだろう──マグルと魔法使いが完全に分断されているのであれば。
信じ難いことではあるが、マグルの中からも魔法使いは産まれる。魔法使いの中からも魔法の使えないスクイブが生まれるように。
つまり、ドラゴンの形態はマグル生まれを経由することにより、完全な一致を遂げたと考えられる。以上により、実在するドラゴンとの奇妙な一致は説明可能だ。
また、ドラゴンが最初から存在していて、マグル生まれがマグルに対して情報を広めたというのなら、マグルの伝承における蛇からドラゴンの変遷というものは発生せず、最初からドラゴンとして描かれるだろう。
ただし、マグルの中から生まれている魔法使いの影響だけで、ドラゴンのイメージは統合し得るのだろうかという疑問点から鑑みると、またもう一つの懸念が生まれる。
それは、マグルもまたドラゴンを生み出した間接的な要因なのではないか、というものだ。
魔法力が全く存在しないモノから魔法使いが生まれるとは考え難い。進化論的に考えるのであれば隔世遺伝、つまり魔法使いであることを明かしていない先祖が交雑しているというのが妥当であろう。
また、全く逆の可能性も考えられる。
"マグルは意図して魔法を使用することは出来ないが、潜在的にその機能を持っているのではないか"、ということだ。
その発露として出現したのがドラゴンであるとすれば、マグルの伝承と魔法界に実在する他の魔法生物の一致すら説明し得るのではないだろうか。しかしこれはあくまで余談に過ぎない。まさかマグルは全てスクイブで──実際には同種の生物だったなど主張すれば純血学会から永久に追放されるだろう。
重要なのは、ドラゴンが創造され得る環境、可能性は十分に存在し、そして人類の動向がそれを裏付けており、マグルの伝承と実在のドラゴンの不自然な一致が魔法使いの意図しない創造と、マグル生まれによって起こった事象であると考えられることである。
5.幻想
歴史、伝承、宗教、進化論、魔法生物の成立、杖の発明、これらの側面から考察し、ドラゴンが創造された存在であると述べてきた。
現状、マグルの世界ではドラゴンは物語や御伽噺の、それこそ"親しみ"のある怪物の一種としか見られていない。
しかし現実に遭遇すれば、個人はなす術もなく捕食されるか逃走する他ない。
これは魔法界の住人においてもなんら変わらず、杖を持っていたとしても殆どの魔法は通用しない。
私の理論が正しいのであれば、ドラゴンは打倒されなければならないはずだ。
確かに、大人数の熟練の魔法使いであれば撃退や拘束が可能だと、魔法界では言われている。これは人類が集団的な狩りによって大物を捕らえていた過去が反映された結果であろう。
しかし、そもそも通常の手段では打倒できないだろうという指摘も考えられる。その疑問に容易に回答が可能だ。それは個人が"英雄"ではないからだ。英雄とは物語や神話の主人公であり、ドラゴンや怪物を打倒する役目を担う──人間の力、知恵、技術の象徴である。
例え個人が多少の力を持とうとも、総体の象徴たる英雄には程遠い。
魔法使い達の深層心理が無意識下に物語へ反映され、ドラゴンを形成しているという前提であれば、打倒しうるのは当然英雄のみとなる。
さて、繰り返しになるが私が何を言いたいのかは明白だろう。
ドラゴンは打倒し得る蛇として創造されたが、それは英雄──即ち集団や獲得した能力の象徴──にとっての可能性であって、単なる個人には不可能なのである。
その文脈に則れば、通常は打倒できないからと言って、打倒しうる蛇として創造されたわけではないと言う否定は成立しない。
また、どのような考察を重ねたところで未熟な子供二人がドラゴンを倒したりは出来ない。
場合によってはオブスキュラスでも生み出せば助かるかも知れないが、死ぬ時期が多少後にズレるだけで、私達はドラゴンに虐待されたわけでも、魔法を否定されたわけでもない。
子供が恐ろしい怪物と出会って、それを倒すなどというのは、結局のところは幻想に過ぎないのだ。
6.結論
さて、ここまで長々と語り続けた内容を要約しよう。
人間は本能的に蛇を恐れており、それは実験によって証明されている。猿にも認められることから、原因としては樹上で暮らす猿だった頃の天敵であったことが考えられる。
次にマグルにとってのドラゴンは元は蛇の象徴から文化の交流によって現在の姿となった。その一例として、ローマ軍の"ドラコ"からブリアニアの赤い竜と白い竜の変遷を取り上げた。
その上でドラゴンは打倒可能な蛇を創造するために、猿から進化した後、集団的な狩りで獲物としてきた動物の特徴を与えたものだと私は主張する。
アニミズム的な自然の解釈によって河川が畏怖すべき巨大な蛇として認識されたことを示し、その自然を征服対象と見做す一神教の精神を取り上げ、蛇が打倒可能な存在へと変化させられたことを示した。
また、魔法界に実在するドラゴンは魔法使い達が無意識に創造した存在であることを、マグルの伝承との一致と作られた魔法生物、オブスキュラスの存在、そしてマグルの一神教と魔法使いにおける杖の発明の地域的な一致によって示した。
これらの考察によって、打倒しうる蛇として創造されたが、その可能性を持っているのはあくまで英雄的な存在か或いは集団であることを結論付け、またそもそもドラゴンは通常倒せないという理由が私の理論を否定し得ないことを示した。
さて、ここで問題を出そう。
私の言説で最も重要な観点は一体なんだったのだろうか?
私が何を語ろうとしているのかは恐らく容易に推測できるだろう。それらを必要十分な論考によって、全くもって正当なものであると証明するのが、この考察の意義である。
では、私達に何があったのか話そう。
少なくともそれだけの準備は出来ている筈だ。
それがどんな結末であれ。
参考文献
1.Newton Artemis Fido Scamander Fantastic Beasts and Where to Find Them
2.Bathilda Bagshot A History of Magic
3.Kawai, N. & He, H Breaking snake camouflage: Humans detect snakes more accurately than other animals under less discernible visual conditions.
4.David E. Jones An Instinct for Dragons
5.Adrienne Mayor Flying Snakes and Griffin Claws: And Other Classical Myths, Historical Oddities, and Scientific Curiosities
6.Geoffrey of Monmouth Historia Regum Britanniae
7.Chen Chi - sung St. George and the Chinese Dragon ─Visual Construction of China in the 19th Century Western Pictorials
8.Sir Edward Burnett Tylor Primitive Culture
9.Jurgis, Baltrusaitis Le Moyen Âge fantastique : antiquités et exotismes dans l'art gothique
10.Joseph Campbell The Hero with a Thousand Faces
この"考察"はフィクションであり、表記的問題、論理的矛盾や論拠・註釈の不足、構成の不備に関しては考察を行っている作中の人物の誤謬です。
また、実在の人物・団体・論文・研究とは一切関係がないことを明記致します。
ここまでお疲れ様でした。
貴重な時間を割いて頂いてありがとうございます!
次から本編に戻るのでご安心下さい!!