『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
頑張ります!
「アストリア、貴女はなぜ赤子が生まれてすぐに泣くかわかる?彼らは生まれてきたくなかったから、後悔の涙を流しているの」
「お姉様……?」
妹は色素の薄い整った顔に怪訝な表情を乗せて私を見る。
戸惑いに揺れる"赤い瞳"も、ふわふわとした"真っ白"な髪も、今日も変わらず可愛らしい。あぁ、可愛すぎる。(どうせ死ぬのに)
「誰も好きで生まれたわけじゃないし、生きているわけじゃないの。分かる?だから杖を下ろしなさい」
「だめです!」
妹は私に向けた杖を下ろそうとしなかった。見かけによらず強情なところも良い。(どうせ死ぬけど)
「どうしても姉の言うことが聞けないの?」
「お姉様は私が止めます」
ぬるい風が吹く。
どうにも譲る気はないらしい。
「……仕方ない」
「そう、これは仕方のないことです」
「──姉を宙吊りにすることが?」
早朝の一室、私は魔法で逆さ吊りにされていた。
聖28一族のグリーングラス本家の長女に対し、何と言う不敬だろう、到底許せるものじゃない。でも大事な妹なので許す。
窓からは忌々しい日光が差し込んで、屋敷の中庭では小鳥達が好き勝手に囀っている。
平穏そのもの。そして私もいつも通り──体のいたるところに軽い痛みと眩暈、多少の吐き気。口の中に鉄のような味。
つまり最高の気分だ。
しかし私の許可もなく勝手に朝になるとは。天気というのはなんて自分勝手なのだろうか。
「お姉様が悪いんです!」
しかし、妹はこの調子である。
何度死のうとしても妹が何処からかやってきて、必ず救出されてしまう。
信じられないことに、私の自殺は一度として成功したことがないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はこれまで何度も自殺に失敗してきた。
気が付けば縄や紐の類は入手出来なくなり、尖った刃物は家から姿を消し、薬品も戸棚から消えて専属の"癒者"が管理するようになり、屋敷の壁や床、中庭の地面は魔法でやたらと弾力のあるモノに変えられた。(壁や床に頭を叩きつけたい者達からは抗議や苦情が殺到した)
家で働いている"ハウスエルフ"達も、長女の私を差し置いてアストリアの命令で私を保護している。魔法使いに奉仕することだけが存在意義の生き物の癖に。
多分、死なれると奉仕できないからだろう。なんて傲慢な生き物!
お陰で私は魔法学校に入学する前から、物体を別の物に作り変える、"変身術"という魔法を勉強する羽目になった。首吊り用の縄を作るために。
最初は教科書を探して母の書斎を調べたけれど、あるのは研究資料ばかりだった。
資料の内容は概ね古代魔法で、例えば対象が自分と同じ時に死に瀕している場合に相手の命を守るとか、〈心の痛みを取り除く魔法〉だとかで、勉強には役に立たなかった。
まあ、ハウスエルフ達も勉強のためと言えば本や雑誌くらいは用意してくれる。まるで牢獄のような快適さである。
そして、マグルの"ガールスカウト"の教科書を読んで丈夫な結び方まで覚えたのだ。
本には子供が荒野でも生きていけるようにすると書かれていた。きっと、人口の多いマグルは養い切れない子供を町や村から追い出すのだろう。
ともかく、自殺するのにうってつけの縄が完成したし、結び方も完璧だった。涙ぐましい努力の結晶だ。
天井への取り付けも問題なく出来たし、首の締まり具合も丁度良く死ねそうだった。
しかし、いざ意識が遠のき始めた頃、妹の〈レビコーパス〉で宙に浮かべられ救出されてしまった。
人を浮かせる呪文なんて聞いたこともなかったけれど、私のために見つけてきたらしい。流石は我が妹。
他にも様々な抜け道を模索した結果、最終的に私は杖すら没収されてしまった。
魔法使いは杖がなければ魔法を使えない──というわけでもないけれど、難易度が高くて出来ても普通よりも効力が劣る。
杖なしでの変身術になると英国魔法界では、ほぼ使い手がいないと言われているくらいだ。
私の自殺対策としてはこれ以上の策はないかも知れないくらい的確だろう。考えたのはやっぱりアストリアだった。妹が賢くて私は誇らしい。
だけど、私はそこで諦めなかった。
何故なら私は信じている!
純血が半純血やマグル生まれ達よりも優秀と言う言葉を!
私は選ばれし純血、グリーングラスの子なのだ!杖がなければ杖を使わなければいい!
問題は、杖なし呪文は私達が通う予定の"ホグワーツ魔法学校"では教えていないし、教科書がないということ。(曰く、禁書指定)
そしてハウスエルフ達は杖なしで魔法を使えるのに、アストリアに禁止されていて魔法を教えてはくれなかったことだ。私は妹との約束はちゃんと守る派の姉であるけれど、ハウスエルフの義理堅さは私を超えている。超えなくて良いのに。
そこで幾つかの種類の本を取り寄せた。
小鬼達は一応は"ヒトたるもの"として認められているけれど、魔法使い達からは杖の所持を認められていない。可哀想に。
当然、彼らは杖なしで魔法を使う。
そして、ワガドゥーの生徒は杖を使わない呪文、それも特に変身術に精通している。杖が買えないのだろうかと最初は誤解したものだ。
ゴブリンの本ならゴブリディグック語、ワガドゥーならスワヒリ語の教科書だ。
他の言語ならアストリアにも、ハウスエルフ達にも何の教科書か分からない。
完璧な計画だった──ある問題を除いて。
そう、完璧な発想にも穴があった。ゴブリディグック語は人間の言葉とまるで違うし、スワヒリ語はアラビア文字で書かれている。
それ故、目当ての本がどれなのかすら分からず、入手は困難だった。私も言葉を知らないからだ。でもまあ、他言語は別に苦手ではない。
先ずは辞書を手に入れ、それらしき言葉を調べ、タイトルにそれが書かれている本を取り寄せることにした。
しかし、最初に手に入った教科書の多くは一部判読が困難なくらいボロボロな古本の群れだった。
私は恵まれた裕福な子供なので、それを大変痛ましく思い、新品かつ英語の教科書を小鬼やワガドゥーに寄付しておいた。良いことをすると気分が良い。
そうして、私は分厚い辞書と純血が持つ圧倒的な才能を武器に私は勉強を続けた。
──そして。
ただでさえ初めからボロボロだった教科書が私の書き込みで埋め尽くされ、気が遠くなるような翻訳作業を終えた頃。
私の手元には杖なし呪文の自作教科書が完成していた。
小鬼の言葉は言われているほど難しくは感じなかった。むしろ、アラビア語と英語の単語が混じるスワヒリ語の方が混乱させられたくらいだ。
また杖なし呪文自体の考え方としては、杖の構造を参考にした。現代の杖は木材を基に、魔法生物の素材を芯にして魔法を制御する。ならば自分の腕や手のひらを木材と考えて、骨や血を芯だと考えれば良いだけだった。
純血である私の身体が魔法生物の素材に劣るはずもない。
既に私は杖なしで大体の物は作れるし、何もない場所から動物を呼び出すことも、変身させることもできるようになった。
そして私は純血の力を確信した。
呪われているが故に、血は力を持つのだ。
呪いと引き換えに凶悪な力を持つ道具だってある。
例えば、持ち主は悲惨な死を遂げてしまう代わりに恐ろしい力を持つ杖──ニワトコの杖だとか。
私の呪われた血は早死にする代わりに優れた才能を授けるのだ。純血万歳!
そうして、準備は整った。私はいつでもどこでも、変身させられる物があれば杖がなくとも気軽に自殺できるようになった。
もはや私が死ぬのを妨げる障害は何一つない──はずだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして私は今朝も自殺に失敗した。
「〈ヴァルネラ・サネントゥール!傷よ癒えよ!〉」
アストリアお得意の闇の呪文で、私の怪我が全て消えてなくなった。
「どうして、どうしてお姉さまは、こんなことをするのですか……?」
彼女は鼻水を啜りながら涙に濡れていた。泣いていても可愛らしい。(どうせ死ぬのに)
「太陽が眩しかったから」
私はアストリアの〈インカーセラス〉で現れた縄でベッドに縛り付けられていた。縄を出すだけならその呪文で良かったことを私は知った。しかも勝手に縛ってくれる上位互換。青天の霹靂とはまさにことのことを言う。
「太陽……?」
きっとアストリアには理解できないだろう。
「貴方こそ、どうして分かったの?」
「……お姉さまが……何処にいるのか分かるような時計を作りっ……ひっく……ました。命の危機も……解ります」
妹は腕時計のような道具を見せる。
見たところ針は時間ではなく私の所在を示し、距離や方角も分かるようだ。
私の天才的な発想と才能を全て注ぎこんだ努力と研鑽の日々は彼女の発明により鎧袖一触、木っ端微塵に打ち砕かれた。
妹からも呪われた血の計り知れない力を感じる。純血万歳!
「お姉さま……もうこんなことしないで……」
私に縋り付いて泣きじゃくるアストリア。
最近、私はとてもいけないことが趣味になってしまった。それは人の泣き顔を見ることだ。
私のために必死になって傷ついているのを見ると、何か胸や頭の後ろがぞわぞわする。
私のことで頭が一杯になって、他のことなんて考えられなくなってしまっている……そう思うと……とても嬉しくて。可哀想で。
ああ、私は最低の姉だ。否定しない。
私は、誰かが私が死んで悲しむ顔を見るのが楽しみで仕方ないのだ。(どうやって見るのかは知らない)
私の高尚な趣味はともかく。
私のような欠陥品ではなく、誰かを心配して泣く事ができる優しい妹には相応の未来があって良いだろう。でも呪いはどうにもならない。
なので彼女の為に私が出来ることは、この世界から消えることを通して、彼女を成長させることだけだ!
──私が母を失って自分が世界の中心ではないことを知ったように!
ああ、私はなんて素晴らしい姉なのだろうか。
妹の鼻水が私のウールのセーターへ染み込んでいくのを見て、考えた。
私が死ぬには家出でもするしか手段は残されていないけれど、屋敷は逃亡対策が張り巡らされ、文字通り手も足も出ない。
それに、お呼ばれした他の純血の家で自殺すればその家に不名誉な風聞を与えかねない。
純血の恩を仇で返すような真似はしないのが誇りある純血である。
よって最後の希望は、ホグワーツ魔法学校だけだった。
かの学校はスコットランドの辺境にある城に英国魔法界の子供を集め、全寮制で教育しているという。
有難いことに、入学するための試験や検査はなくて、魔法使いの子供が11歳になると招待状が送られてくるだけだ。この間、私宛にも届いていた。(何故かワガドゥーからも使者が来た)
つまり、一つ年下の愛すべき妹が入学してくるまでの一年間、私は自由に死ぬことが出来る。
しかも私が上手く死ねるか心配する必要は何もない。
ホグワーツには禁じられた森と言って、危険な魔法生物がウヨウヨしている森もあれば、それを狙って無謀な密猟者も森に侵入しているし、凶暴な水魔が潜む広大な湖もある。
学校の中で子供が怪我をするなんて日常茶飯事で、最近は『呪われた部屋』が開かれて生徒が氷漬けになったり、教師に扮した闇の魔法使いに生徒が殺害されたとか。
他には学校の創始者が残した恐ろしい仕掛けや化け物が未だに生きていると言う噂もある。
そんな、幅広い死因から好きに選べる自殺の名所──それがホグワーツ魔法学校である。
そこならば、自然に、無意識に死ねることだろう。死んでいることにすら気が付かないゴーストが彷徨い歩いているくらいだ。
死のうとしていない他の生徒も次々に死んでいくに違いない。一年後に同級生は何人残っているのだろうか?魔法界の人口が少ないのと、ホグワーツが攻撃的な環境であることが全く無関係とは思えない。
「アストリア、私は暫く大人しくしようと思う」
「ほんと……ですか?」
「本当。家で死のうとするのはやめるから」
「よかった……よかったぁぁ……」
また泣き始めてしまった。なんと可愛らしいのだろう(どうせ死ぬのに)。
私は嘘をつかない。家では自殺しないだけだ。これがぬか喜びだったと後から知った時は、きっと今よりもっと美しい表情になることだろう。早くそれが見たい。
今はまだ安心した顔の妹から垂れ流される汁を浴びながら、私はめくるめく薔薇色の日々に思いを馳せた。
tips
・ハウスエルフ
魔法界における奉仕種族。主に家事や雑用をこなす。
大きな耳と目、小柄かつ細身でみすぼらしい容姿に、甲高い声で話す。
その見た目に似合わず、杖なしで強力な魔法を扱う。
薄汚い枕カバーやキッチンタオルを衣服代わりに身に付けており、主人から衣服を与えられる事は彼らにとって解雇される事を意味する。
自分を罰するために壁や床に頭を叩きつけたりする。
※日本語訳では"屋敷しもべ妖精"だが、どこから"しもべ"が来たのかは不明。
・ワガドゥー
ウガンダの「月の山脈」に位置する魔法学校である。変身術、天文学、錬金術の分野に秀でている。
入学通知は夢の中に使者が現れて知らされる。
※決して可哀想な学校ではない。
・ウールのセーター
アストリアの鼻水でびしょびしょ
・小鬼
小柄なヒト型。長い指と足が特徴の種族。
ゴブリディグック(語)と呼ばれる独自の言語を用い、銀の加工技術で有名。魔法界の貨幣も鋳造している。
魔法界の経済を制御しており"グリンゴッツ魔法銀行"も運営している。
法律で杖の所持を認められていない。
魔法使いの一部は彼らを劣った存在と見做しているが、彼らは杖なしで魔法を使うことができる。
※魔法界で"ヒトたる種族"として生きているが、人間の法律を尊重する意思は基本的にない。多くの小鬼は魔法使い達を見下していて、歴史上では度々反乱を起こしては魔法使いと敵対している。
しかし、何故か魔法使い達は魔法界の経済を委ねている。魔法界では経済の役割が薄いのだろうか。
少しでも面白かったらブックマーク、感想、評価をしていただけると嬉しいです!
既にしていただいた方はありがとうございます!