『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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〔少年の日の思い出〕2

 

 

 

 

 僕は誰でも努力すれば箒くらいは乗れるようになるものだと思っていた。

 時間はかかったが僕も習得できたし、知り合いの子供も、既に教わっている奴らは大体乗れるようになっていた。

 だから、教えることが難しいとはちっとも思わなかった、なのに。

 

「上がれ」

 

 姉の方が箒に呼びかけるが、箒はちっとも反応しない。彼女は壊滅的に才能がなかった。

 

「上がれ」

 

 箒はうんともすんとも言わない。

 

「上がれ!」

 

 苛立ちが目に見えるようだった。綺麗な顔は顰めっ面に歪み、いつものすました態度は何処にも見当たらない。ざまぁ見ろ。

 

「こうだ。上がれ」

 

 僕の声に反応した箒が手元に飛んでくる。

 

「お上手です、ドラコ様」

 

 アストリアが伏目がちにお世辞を言った。

 

「褒められるようなことか?この程度で?」

 

「それは、その……すみません」

 

「謝るなら言うな。それにしてもグリーングラス 、お前はこんな簡単なこともできないのか?アストリアはすぐに覚えたぞ?姉として恥ずかしくないのか?」

 

「……教えるのが下手なのでは?」

 

「はぁ?」

 

「私達が貴方に教えた呪文で、何か一つでも出来なかったものはありますか?」

 

「僕は優秀だからな」

 

「そうですか。ならその優秀さを教師としても発揮して頂けることを期待します」

 

「はっ、才能がないやつは何をやっても無駄だ」

 

「貴方が一つ呪文を覚えるのに何日かかったと?」

 

「何が言いたい」

 

「アストリアは教えるまでもなく習得しますし、私は一日もかからない。ですが貴方は?」

 

「な、なら教師が悪かったんだ!」

 

「あら、不思議ですね。私と同じ意見とは」

 

「あ──!」

 

「別に私達は教えるのが下手だと言われても仕方ありません。"才能のない方"の気持ちは分かりませんから」

 

「そ、それが、人にモノを教わる時の態度か?」

 

「ええ。"貴方の様子を見て"それを学んだのですが……間違っていたのなら謝罪いたします。純血に相応しくない態度であったと」

 

「お、お姉様、言い過ぎです!ドラコ様は」

 

「やめろ、僕を擁護するな!」

 

「え……」

 

「余計惨めになるのが分からないか?」

 

「あ、あの、私」

 

「黙れって言ってるんだ!」

 

「……ご、ごめんなさいっ」

 

 アストリアは涙目になって中庭から逃げて行った。

 

「……追いかけないのですか?」

 

「元はと言えば──」

 

「追 い か け な い の で す か?」

 

 初めて、母上以外の女が怖いと思った。見たことはないが、バジリスクに睨まれるとこんな気持ちなのかも知れない。

 

「……お前は一人で練習してろ」

 

「ええ、言われなくてもそうします」

 

 何なんだこいつらは……本当に気に食わない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「うっ、ひっく」

 

 アストリアは姉妹に与えられた部屋のテラスに隠れて泣いていた。

 

「……おい」

 

「え……あっ、も、申し訳、ありません……でした……差し出がましい……真似を……」

 

 整った顔が、ぐしゃぐしゃに濡れていた。

 僕よりもずっと優秀な奴が普通の子供みたいに泣いていた。

 

「何で……何でお前が泣くんだよ……!泣きたいのはこっちだ……!お前らは何でも出来る癖に……!」

 

「え……?」

 

「お前らは何でも出来て……所作も立派で……綺麗で……父上も、母上も、お祖父様でさえお前らがお気に入りで……お前らが来なければ僕は……こんな惨めな思いをしなくて済んだ……!お前に庇われる度に、僕がどんな気持ちになるか分かるか……!?」

 

 苛立ちをそのまま口に出してしまった。

 相手は泣いているのに。

 

「ご、ごめんなさい……私達は、私はそんなつもりじゃなくて……ただ……家族が……」

 

「……家族が何だよ」

 

「……私の屋敷には大人はいません。叔父は忙しく……彼は遠方に住んでいる従姉妹の面倒も見なくてはなりません……ですから……つい、楽しくて、褒めてくれるのが嬉しくて……浮かれてしまって……本当の親みたいで……貴方がどう思うかも考えずに……ごめんなさい……ごめんなさい」

 

「──っ」

 

 ……僕が本当に悪者みたいだった。

 大人がいない。──親がいないと言う意味を、彼女の涙は言葉よりも雄弁に語った。

 

「じゃあ、なんで、いつも僕を庇うんだよ……?」

 

「それは……その……」

 

 アストリアは白い顔を耳まで真っ赤にして、俯いた。

 

「……仲良く、なりたかったから……です」

 

「は……?」

 

「私達は……友達が……多いわけでは……ありません……他の純血は敬遠して……関わろうともしません……ですが、貴方は……違いました……たとえ私達を厭っていたとしても……ですから、私は……仲良くなれれば、きっと良いお友達に……」

 

「……僕を馬鹿にしてつまらないお世辞を言っていたんじゃ……なかったのか?」

 

「そ、そんなことしませんっ……私はただ、嫌われたくなくて、お姉様のことも嫌って欲しくなくて……」

 

「なんだよ……何なんだよそれは」

 

 何でも出来て、でも親もいない可哀想な奴らで、僕と仲良くなりたかっただけ?

 

 なんでお前らは……そんなに"正しい"んだ。

 

 そうだ、僕は嫉妬している。両親の関心を得ている彼女達に。誰よりも正しくて、非の打ち所がない彼女たちに。

 

 ほんの少しでも悪い奴らだったらまだ良かった。

 でもこんなの、馬鹿でも仕方ないって分かるじゃないか。

 何が箒だ。そんなモノで少し優れてたところでどうなる?

 必死になって弱いやつらを打ち倒して、それで純血の誇りを証明できるか?

 

 ……でもそれで、僕の気持ちはどうなるんだ。何に怒ったら良いんだ?

 僕はずっとこの家で惨めに生きてなきゃ行けないのかよ……?

 

「ズルいよ……お前らは。何でも知ってて、呪文もすぐ覚えて、勉強も出来て。父上とも普通に話せて……それで悪気もなくて、僕と仲良くしたいだけ?ただの良いやつじゃないか……!僕なんか足元にも及ばない……!」

 

「そんなことありません……ドラコ様だって私達の持ってないものを沢山持っています……」

 

「……僕が何を持ってるって言うんだよ」

 

「……健康な体も、箒の才能も、何日もかけて呪文を覚える我慢強さも、それに、素敵なご家族だって。……ドラコ様がよくお叱りを受けるのは、ご両親が貴方のことをよく見ているからです!私達を……私達がたとえ何をしようと、叱ってくれる大人なんていません!何をしても……何が出来なくても……!」

 

 叱られることが羨ましい、そう言ったアストリアの表情はそれがどんなに寂しいことなのか、僕に想像させた。

 父上や母上が僕に無関心で何も言ってくれないと思うと、ぞっとした。

 広い屋敷の中でずっと一人でいるなんて、考えるだけでも恐ろしい。

 

「そ、それに容姿だって!」

 

「……整い過ぎなお前らの顔でそんなこと言うのか?」

 

「わ、私の髪を見てください、髪も真っ白ですよ?こんなの……病人だって、言ってるようなものじゃないですか……でも、色を変えたらどんな悪影響があるか……」

 

「は?変える必要ないだろ、十分綺麗だ」

 

「ぇ……」

 

「持ってないみたいな事を言うなよ。お前らは恵まれてるんだよ」

 

「それを言うならドラコ様だって!」

 

「うるさい、お前らの方が凄いくせに!」

 

 普通の子供みたいなことを言わないでくれ、頼むから。

 

「……?」

 

 僕がムキになって答えているのに、アストリアはいつの間にか泣き止んでいて、不思議そうな顔をしていた。

 

「……ドラコ様は、私達が凄いとお思いなのですか?」

 

「だからタチが悪い」

 

「……っ、ふふ」

 

「何がおかしい」

 

「だって、先ほどから、ドラコ様は褒め言葉しか言ってません。私もです。それがおかしくって」

 

「何なんだよ……急に泣いたり、笑ったり……」

 

 彼女達も僕を羨ましいと思ってて、彼女達が持っていないものが僕にはある。

 それにお互いを悪くなんて、ちっとも思ってなかったし、敵じゃなかった。

 たったそれだけのことが、僕の敵意という毒気を抜いてしまった。

 

 ……でも、何も解決なんてしてない。

 

 ただ、僕が間違ってるってことがはっきりわかっただけじゃないか。

 

「あの……ドラコ様……私と……いえ、私達とお友達になっては頂けませんか?」

 

 泣いてスッキリしたみたいな顔で、アストリアは手を差し出す。何も解決してないのに。

 

 悪いのは僕なのに、なんでお前がそう言える。なんで勝手に許せるんだ。

 彼女は心の内を曝け出して、分かり合えた気でいるんだろうか。

 違う。何を思っているか分かれば、分かり合えるなんて、それで手を取れるなんて、嘘だ。

 絵本や物語みたいに、笑い合ってなあなあになんてならない。

 

 分かってしまえば、僕は何も言えなくなる。

 

 彼女達に対して冷たくしたり、この屋敷から追い出すことがどれだけ残酷なのか、僕は知ってしまった。

 僕と同じように、泣いたり笑ったりする子供でしかないんだと。

 

 こんなこと、知らなければ良かった。

 姉のように悲しさをまるで感じさせない方が、勝ち目のない何かの方がずっと良かった。それなら敵でいられた。

 

 卑怯だ。なんて悪徳だ。純粋無垢の顔をしていることが、ここまで狡猾な手段になるなんて思いもしなかった。

 強者として僕を苦しめながら、同時に弱者であることを利用する──それを卑怯と言わずに何と言う?

 

「……これは……仕方ないからだ」

 

 それでも、なんとか僕は手を握り返した。

 それが敗北を認めることだとしても、もうこれ以上、僕は無様にはなれなかった。

 

 でも、分かり合えたわけでも、本当に友達になれたわけでもない。

 僕は彼女達の実情を分かった上で、彼女の言う"他人とは違う態度"と同じようにしないといけないし、嫉妬すら許されない。

 それは……とても一方的で、対等じゃない。

 

 対等に思えない相手のことを──友達とは呼ばない。

 

 そんな当たり前のことすら、彼女達の"正しさ"の前には何の意味も持たなかった。

 

「……よろしくお願いします……ドラコ様……」

 

 赤面する彼女に、僕は何も言える気がしなかった。










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