『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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投稿準備している間にどんどん評価やお気に入りが増えていて凄いです!
皆様ありがとうございます!


〔少年の日の思い出〕3

 

 

 

 

「ドラコ様っ!見てください!新しい道具を作りました!」

 

 物怖じしていたアストリアは様変わりして、やたら僕に構ってくるようになった。

 

「あ、あぁ」

 

「これは〈灯消しライター〉です!周囲の明かりを吸い取って消したり、逆に灯したりできます!」

 

 マグルが火をつけるのに使う道具を元に作ったらしい。彼女は屋敷の廊下にあるランプをつけたり消したりして、その性能を僕に見せた。

 

「どうですか?」

 

「あ、ああ、凄いと思う」

 

 ……僕よりも年下の子供の筈なのに。

 

「ありがとうございます!あっ、それじゃあまた後で!」

 

 何かを思い出したのか、慌ただしく何処かへ駆けて行った。

 

 まるで嵐が去っていったような。

 

「……すっかり仲良しですね?」

「うわっ!?」

 

 背後に姉の方が立っていた。いつのまにか。

 

「女性の顔を見て出す声ではありませんね」

 

 相変わらず見下したように笑う。

 

「何の用だ、グリーングラス」

 

「アストリアには優しくするのに、私には優しくしてくれないのですね。流石は英国紳士。二枚舌はお得意のものと見ました」

 

「……あの子は……」

 

「可哀想だから、冷たく出来ないのでしょう?」

 

「──っ」

 

 何だこいつは、心でも読めるのか?

 

「読めませんよ?貴方がそう言う顔をしているだけです」

 

「……悪いか」

 

「いいえ。何も。貴方の苦渋を眺めるのは良い暇つぶしにはなりますから」

 

「っ、本当にいい性格してるよな!」

 

「──お忘れかもしれませんが、貴方が勝負に勝てば、私達は二度とこの屋敷には来なくなります」

 

「な、」

 

 何を言ってるんだこいつは……!?

 

「貴方が始めたことです。純血なら約束は守らないと行けません」

 

「誰も得しないじゃないか!」

 

「貴方は邪魔者が消せるでしょう?」

 

「……そんなことしたら」

 

「妹は悲しむでしょうね」

 

 肉親の、それも妹のことなのに、姉の方は酷く愉快そうに笑う。

 

「選んでください。勝負に負けてこの家に入る事を許すか。勝って私達を追い出し、またあの子を泣かせるか」

 

「どうしてそんな事が言えるんだ……?」

 

「最初から自分の得意なことで勝負を仕掛けた貴方が、卑怯だと言うのですか?」

 

「だとしても、そんな悲しいこと出来るか」

 

「私は悲しくありませんし」

 

 何をおかしな事を、とでも言いたげな顔だった。

 

 理解できない。こいつは、本当に理解ができない。アストリアの涙を見て、こいつらが正しくなければ、まだ許せた気がしていた。

 

 でも、これは酷すぎやしないか?

 あの時僕を追いかけさせたのは、妹を泣かせたことに、少しでも腹を立てたからじゃないのか?

 なのに、何故──いや。

 

「……僕に、勝つためか?」

 

「ええ。貴方が勝つ前提で話すので思わず笑ってしまいました。あの子を泣かせたり、孤独にさせたくないのなら、負ければいいのです。貴方が唯一、私よりも優れている分野で。それも、貴方の両親の前で」

 

「……言ったんだな」

 

 ……父上も、母上もそれでいいのか。

 

「ええ。観戦してくれるとお答え頂きました。私に勝てば、きっと一番の息子になれますよ。争う相手もいなくなりますから」

 

「……つまりそう出来ないって言ってるんだろ」

 

「選ぶのは貴方です。さぁ、箒の練習をしましょうか?」

 

 そいつは悪魔みたいに笑って、僕の手を引く。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 姉の方はちっとも上達しなかった。

 

「上がれ!」

 

 彼女の呼びかけは中庭に虚しく響く。

 

 箒は自分が飛べる事を忘れているようですらあった。

 

「わざとやってるのか?」

 

「他の呪文で飛ばせというのなら、いくらでも出来ますが?」

 

「それじゃ箒に乗ってることにならないだろうが!」

 

「なんで上がらないんでしょうか、全く。私が乗ったら事故でも起きると思っているんじゃありませんか?この箒は」

 

「お前の方が飛ぶのを怖がってるって方がまだ分かりやすいな」

 

「怖がるわけありませんが?」

 

 ほんの少しだけ様子が変わったような気がするが、それが具体的になんなのかはよく分からなかった。

 だが、これは……

 

「なら僕が運転するからお前は後ろに乗ってみろ。一度飛ぶ感覚を掴めばいい」

 

「……お断りしたいところですが、指導なら仕方ありませんね。指導なら」

 

 物凄く嫌そうな顔をして、如何にも不本意そうに言う。

 

「上がれ……ほら、来いよ」

 

 浮かべた箒に跨り、手を差し出す。

 

「……仕方がなっ──」

 

 姉の方の手を掴んで後ろに乗せると、僕は箒を急上昇させた。中庭の低木があっという間に小さくなり、僕らは中空へ躍り出る。

 風を切る音が耳を騒がし、勢いは髪を撫で付ける。

 本当なら風からも保護する呪文を掛けておく方が安全だ。だが、こちらの方が飛んでいる気がして僕は好きだった。

 

「心の準備をする暇も与えないとは」

 

「怖くないんだろ?」

 

「ええ!全く怖くなんてありません!」

 

 そう言いつつも、彼女の腕は僕の腰をしっかりと掴んでいた。

 

 箒は屋敷の遥か上空を飛び、広大な敷地が一望できる位置にたどり着いた。

 

 涼しさを通り越して少し寒いくらいだ。

 

「グリーングラス、見ろ、これが飛ぶってことだ」

 

 普段過ごしている屋敷は玩具のように小さくなり、鬱蒼とした森も手の平で掴めそうなほど。

 僕の邪魔をするものは何一つない自由な場所。それが空だった。

 ここには、誰かの期待も面倒なしがらみも、やらなければいけないこともない。

 

「まあ、向こうの森を越えると危険な魔法生物とかもいるから本当に自由ってわけじゃないけどな」

 

「……魔法生物?なんですか?」

 

「ヒッポグリフとか、トロールとかだよ」

 

「是非見たいです。この間、ヒッポグリフとの関わり方も教えたでしょう?なら問題ない筈です」

 

「……急に饒舌になったな……」

 

「何処にいるのですか?あちらですか──あ!見て下さい!居ますよ!」

 

「……そんな近くにいないだろ」

 

 やたら騒がしくなった姉の方が指さす先、かなり離れた森の上空に、羽ばたいている何かが見えた。でもヒッポグリフかは分からない。

 

「いいえ、あの飛び方とシルエットはヒッポグリフです。間違いありません!折角ですし、魔法生物学の復習をしましょう!ヒッポグリフに出会った時の正しい挨拶はなんでしたっけ?」

 

「……失神呪文か?」

 

「随分なご挨拶ですね、違います。お辞儀をするんです。丁寧に接すれば命の危険はありません。前に教えましたよね?」

 

「忘れた。そんなことしても殺されて終わりじゃないのか?」

 

「全く。御坊ちゃまは礼儀も知らないんですね」

 

 なんなんだよこいつ……

 

「……なぁ、まだ、箒で飛ぶことは下らないか?」

 

「……。貴方は、身一つでここにいることが恐ろしくはないのですか?」

 

 ……やっぱり怖かったのか?

 

「ちゃんと箒に掴まってれば何も」

 

「例えば、私が貴方を押せば簡単に死んでしまうとしても?」

 

「は?」

 

「とても簡単に死んでしまいます。いつ死ぬか分からない。死と隣り合わせにいるのに、貴方は怖くないのですか?」

 

 僕を馬鹿にしている時とは少しだけ声色が違った。どうやら本気で聞いているらしい。

 

「この景色は綺麗でも、簡単に死んでしまう。それが怖いとは思わないのですか?」

 

「僕は怖くない」

 

「どうして?」

 

「気を付けていればそう簡単には死なない」

 

「気を付けていても死ぬかも知れないとして、それでも貴方は飛びますか?」

 

「……飛ぶと思う」

 

「それはどうして?」

 

「気を付けてても危ないなんて当たり前だし……飛ぶのは楽しいだろ。怖がって飛ばないなんてもったいない……と思うけどな、僕は」

 

「楽しい……ですか」

 

「そうだ」

 

「……私、飛ぶものは嫌いです」

 

 じゃあ、ヒッポグリフはなんなんだよ。

 

「僕のことも嫌いってことだな」

 

「ええ、勿論。それに、飛ぶものでも、とくに虫が嫌いです……特に、蝶が一番嫌いです」

 

「蝶?虫でも綺麗な方だろ?」

 

「よく見ると気持ち悪いです。お腹は芋虫と同じです」

 

「虫が怖いなんて可愛げ、あったんだなお前に」

 

「怖いではなく、嫌いです。マグルの実験の本を読んだ時から」

 

「マグルの本なんか読んでるのか」

 

「──その実験は蝶の蛹がどのように成虫に変わるのか観察する為に、"分断した蛹"を管で繋ぐなどして、それぞれの結果を見るものでした」

 

「悪趣味だな」

 

「実験の結果、分かったのは中身が成長するなら、半分になってようと、管で繋がっていようと、成虫になるということです」

 

「……」

 

 いやどんな状態だよ、それ。

 

「腹部だけの蝶でも、雄を誘惑し産卵できるのです、身体の上下を管で繋げられた蛹でさえ翅を得ました。そして、当然のように羽ばたいたと言います」

 

 話し続ける姉の方。

 

「……それでどうなったんだ?」

 

 どうせ止めても聞かないだろうし、好きに話させよう。かなり気味が悪いが。

 

「管で繋がっただけなので、千切れて、墜落して、死にました。お腹だけの蝶も、食事が出来ずに死にました」

 

「……マグルって最低だな」

 

「最低なのは、蝶です」

 

「なんでだ?」

 

「産む機能さえ残ってれば繁殖できるなんて、その為だけに存在しているみたいですし、飛べば死んでしまうのに、飛ぶことが当たり前みたいに成長するのも、気持ち悪いです」

 

「そうしたのはマグルだろ」

 

「蛹を両断しなくても、最初から、そういう仕組みになっているんです。だから嫌いです。どうせ死ぬ不具なら、潔く死んで仕舞えば良いのに」

 

「……」

 

 淡々と語る彼女が、どんな顔をしているのかは僕には想像するしかなかった。

 

「その実験は"死への羽ばたき"と呼ばれています。"死の飛翔(ヴォルデモート)"ではなく、死"への"飛翔です。……どちらとも飛翔できると思い込んで、"墜落"して死にましたけど」

 

「……繁殖するために生きてるなんて、虫なら普通じゃないのか?」

 

「そうですね」

 

「僕の後ろに座って、お前のどこかが千切れたりしたか?」

 

「してません」

 

「じゃあ、飛ぶのはもう怖くないな?」

 

「嫌いです」

 

「……なんでだよ」

 

「嫌いなものは、嫌いです」

 

 姉の方は僕の腰をぎゅっと掴んで、それから黙って僕に体重を預けた。

 

 僕には何がそこまで恐ろしいのかは分からなかった。

 飛んだらバラバラになると思っていたのだろうか?

 

 まあ、これで少しでも飛ぶことに慣れれば箒だってきっと乗れるように……いや、乗れるようになってどうするんだ?

 

 そうなったら、競争しないといけないんじゃないのか?

 

 僕は何がしたいんだ……?自分でもよく分からない。

 

「……でも、無意味だと言ったことは、撤回します」

 

 箒が僕達を運び、緩やかに風が吹く中、彼女は消え入りそうな声でそう呟いた。

 

「……ほんの少し、自由になれますね」

 

 言われてようやく何がしたかったのか分かった。僕は自分の領分が馬鹿にされていることが我慢ならなかったのだと。

 だから、あんな勝負の提案に乗ってしまった。愚かだった。

 

 自分の思いをわかって欲しいなら、ただ同じように体験してもらえば良いだけのことだったのに。

 

「……やめにしないか?」

 

「やめません」

 

「僕はお前らをどうこうしようとは思わない」

 

「何かしようとお思いでした?」

 

「身の程をわからせてやろうと。……お前も同じだろ」

 

「一緒にはされたくありません」

 

「何がそんなに気に食わないんだ」

 

「妹は貴方のものじゃありません。私のです」

 

「なんだよそれ」

 

 僕は笑いそうになった。まるで自分と同じような下らない対抗心だったからだ。

 

「親を取られたくない貴方が私を笑いますか?」

 

「僕はお前の妹を取ったりしない」

 

「私も貴方の両親を奪ったりしませんが」

 

 おかしな会話だった。妹の方とはまた違った奇妙な会話だった。

 

「そのつもりがなくても、二人の関心は殆どお前らに取られたよ」

 

「……分からないのですか?」

 

「何がだよ」

 

「全く同じことが貴方にも言えるのです」

 

 僕にそのつもりがなくても、妹の関心は既に奪ってしまったとでも言いたげな声だった。

 ……事実としてそうなのかも知れない。最近の懐きようからすれば、否定できるわけじゃない。だけど。

 

「こっちは最近の話だろうが、最初から掻っ攫っていったお前らが──」

 

「貴方も、ずっと前からです」

 

「は?」

 

「だから、気に食わなかったのです」

 

「……笑えるな、本当に」

 

 馬鹿馬鹿しいこと極まりなかった。

 

 何もかも正しい妹の方より、嫉妬心の塊に共感してしまうなんて。

 憎み合ってる相手の方が、理解できてしまうなんて。

 

「貴方より、私の方が優れていて、ずっと一緒にいて、私の方がずっとあの子を知っています。なのに、妹は私よりもずっと劣った貴方の話ばかり」

 

「僕の両親も君らの話ばかりしてるよ」

 

「親は取れませんが、妹は取れるでしょう」

 

「……僕は自分の相手は自分で選べる。そう言う立場だ」

 

「良いご身分ですね。私達は親を選べませんでしたから」

 

「笑えないのはジョークとは言わないんだ、覚えておいた方がいい」

 

「嘆かれるよりはマシでしょう?」

 

「……そうだな」

 

「どうして、貴方なんでしょうね」

 

「僕が聞きたいよ」

 

「……本当に気に食わないです」

 

「奇遇だな、僕も同意見だよ」

 

 お互いを許せたわけでもない。

 

 僕らは嫌いあったままだ。

 

 分かり合えた訳でもない。

 

 なのに、緩やかに流れる風は、思いの外悪い気分はしなかった。










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