『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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〔少年の日の思い出〕4

 

 

「あっ……」

 

 僕らが中庭に降り立つと、待っていたアストリアは妙に驚いたような顔をしていた。

 

「えっと……お姉様と、な、仲良くなったのですね?」

 

 その声は多分に困惑を含んだものだった。いつかは姉とも仲良くして欲しいと言っていた筈なのに。

 

「なってないから安心して」

 

「わっ、お姉様、ちょっと」

 

 姉の方は僕の後ろからサッと離れると、アストリアをぎゅっと抱きしめて僕を睨んだ。

 

「お姉様……?」

 

「大丈夫、分かってるから」

 

 美しい姉妹愛とやらなのだろう。素晴らしい、僕の家の外でやってくれるならもっと良いだろう。

 

「あ、あの、これ、ナルシッサ様に教えてもらって……クッキーを焼いたんです」

 

 姉の魔の手を逃れて、僕に歩み寄るアストリア。一挙手一投足全てが完璧に可愛らしく見えて、あざとく見えてしまう。

 

「……ああ、ありがとう」

 

 それは小さな包み紙に乗せられていた。焦げたような跡もなく、全くもって綺麗な出来栄えだった。菓子作りですら才能を発揮するらしい。

 

 ──だが、口の中で砕けたそれは、何故かほんのりと苦味がした。

 

「ど、どうですか……?」

 

「……」

 

 おずおずと尋ねる妹に、分かっているんだろうなとでも言いたげに睨む姉。

 

 なんてめんどくさい奴らだ。全く。

 

 本当に気に食わない。

 

「おいしいよ、ありがとう」

 

 こんな奴ら来なければ、僕は何も知らなくて済んだよ、本当にさ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──なんて、童話や児童小説なら、子供達のわだかまりが解けてめでたしめでたしで終わるんだろう。

 

 僕らの人生はそんなに分かりやすく解決できるように作られてはいなかった。

 

「私が勝ちます!貴方は負け犬として惨めにこの家で暮らしなさい!」

 

「馬鹿言え!お前に箒を教えたのは誰だとおもってるんだ!」

 

「自分で覚えました!」

 

「呪文で無理矢理動かしてるくせに!」

 

 箒で速さを競う僕らは、激しくぶつかり合いながら、家の広大な敷地に用意したコース──庭園や森の各所に設置された輪を順番に潜り抜けるもの──を飛び続ける。

 

 姉の方は飛ぶと言うよりも吹き飛んでいた。

 はっきり言って暴力的何かだった。

 気の狂った急加速や限界ギリギリでの進路転換、風を無視した強引なコース取りなど、繊細さとは全く無縁の力技のオンパレードだ。それでなぜ制御を失わずに飛べているのか、答えは簡単だ。

 奴は全部呪文で操作している。結局は呼びかけても上がらなかった箒を〈アクシオ〉で呼び寄せ、浮遊呪文を駆使して飛んでいるように見せかけているのだ。しかも杖もなく、話しながら。

 

 普通に箒で飛ぶよりも、よほど難しいことをしているだろうに。

 

 正直、見ているこっちが死ぬんじゃないかと言うくらい心臓に悪い。

 

 こちらが下手に全力を出すと、それに合わせてさらに無謀な運転を始めるからたまったものじゃない……しかも──

 

「あら?そんなにゆっくり飛ぶなんて、何に怯えていらっしゃるのかしら!」

 

 僕を追い抜き、ニヤニヤと笑う。

 

 ──こいつは明らかに自分の命を人質にしている!!

 

「そんなに死にたいなら他所で死んでくれ!」

 

「まあ、なんて酷い!それがレディに対する──」

 

 突然減速して僕の視界から消え──

 

「──態度、ですかぁ!」

 

「うぉっ!?」

 

 ──真上からタックルしてきた。どこで覚えたんだ本当に!!というか、どうやった!?

 

「淑女がこんなラフプレイするか!」

 

 僕は押されたまま勢いのまま下降して速度を上げ、ある程度で箒の柄を上に向けて上昇、元の進路へと──いや、上がった速度は余裕を持って"淑女"を追い越した。

 

「でも押してくれて助かったよ間抜けぇ!!」

 

「なんて小細工を!」

 

「テクニックだ!」

 

 箒で飛べる同年代の知り合いはいた。だが、彼らは皆、立場と家に紐付いた関係性で、決して僕と本気で争うことはない。

 

 だから僕はこうして、誰かと本気で飛んだことはなかった。

 

 風を切る。木々を抜ける。相手を出し抜く。技術を披露する。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 

 僕は、ただ夢中になっていた。

 

 忌々しい相手だけが、ただ一人、僕と直接相対している。

 

 決して、分かり合えたわけじゃない。

 勝てば、彼女達はこの家を去る。

 

 それでも、僕は勝ちたい。

 

 そうすればきっと、父上がそうしたことじゃなくて、自分の意思で彼女達に手を差し伸べることが出来る。

 

 勝てたならきっと言えるだろう。忌々しい相手が忌々しいまま、僕の家に居ても良いってことを。

 

「また私に背を見せましたねぇ!!」

 

 背を見せたからなんだという。僕の加速について来れるはずも──。

 

「届くんですよねぇ!!それがぁ!!」

 

「はぁ!?」

 

 姉の方は僕の真後ろにつけていた。一体どうやって──いや、真後ろか!

 

「僕を風除けにしたな!」

 

 確かに出来なくもないが、複雑に動く僕を的確に追従するなんて余程の技術がなければ出来やしない。

 

「ご明察!精々私の盾になることです!」

 

「情けなく一生後ろに着いてくれば良いさ!お似合いだよ負け犬!!」

 

「あら?何か吠えましたか?犬の言葉は寡聞にして存じ上げませんでして!」

 

「言ってろ!」

 

 相手を前へ押し出すために、僕は蛇行を繰り返す。

 単なる速度勝負なら前に出るだけで良いが、こうなると何をしてくるか常に警戒しなければならない。

 これは相手が乗ってくる前提の策。無視して直進すれば距離を離すことも出来るだろう。

 

「あらあら?真っ直ぐも飛べませんか?」

 

 やはり僕を煽りながら追走して来た。

 

 僕の方が技術的に上だと言うことは分かっているのだろう。単純な速度や技術勝負では敵わない。だから自分の背を見せず、追従して風除けにしたまま、最後に出し抜く、と言ったところか。

 

「これるものならついてこいよ!」

 

 と、口で言い、蛇行を続けるように見せつつ──瞬時に僕は上昇へと切り替える。

 

「なっ」

 

 そして、彼女は僕の真下を通り過ぎる。

 

「お返しだぁ!!」

 

 下降でつけた勢いで弾き飛ばす。

 僕のようにきちんと操縦できなければ、押された姿勢で下降からうまく加速はできな──

 

「とでも──思いましたか?」

 

 信じられないものを見た。

 

 そいつは、まるで空中を蹴るように。

 或いは、泳ぐ時に壁を蹴ってターンするように。

 小さく宙返りをすると、"垂直に切り返し"、殺人的な加速で僕の元へ突撃して来た──!

 

 先ほど、僕の上から繰り出したタックルの正体はこれだったらしい。

 ふざけた軌道だ、箒で許される動きじゃない!!

 

「くぅぅ!!」

 

 無理やり上体を起こし、箒の柄を真上に向けて垂直になり、急減速する。

 

「──チッ」

 

 淑女は舌打ちをしながら通り過ぎた。

 

「当たらなければ──」

 

「なら、当たるまでやりましょう?」

 

 視界の端で、再び空気を蹴って飛んでくるのが見えた。

 明らかに箒の動きじゃない。何か呪文か道具を使っているのは間違いないが、それを咎めるようなルールを定めていない。

 

「堕ちろ坊やぁぁ!!」

 

 冗談とは思えない殺気で繰り出される追撃を、身を捩ってなんとか回避する。

 

 ここで止まれば今度こそ避けられない。だが、僕の箒は上を向いたままで体勢を立て直す暇はない──なら。

 

「悪いなグリーングラス!」

 

 飛ぶことをやめて、そのまま落下すれば良い──!

 

「くっ──!!」

 

 通り過ぎる姉の方が視界の中で小さくなり、離れていく。

 

 そして、距離を離してから落下をやめ、箒の制御を取り戻して箒の柄を下に向ける。

 下に向かって勢いがついてしまっているが、柄を少しずつ水平に向けて、速度で引き離す──!

 

 僕は背を取られたところで技術があるし、それに、接近戦ははっきり言って危険すぎることが分かった。手の内も見切った。もう接近戦には付き合わない。

 

「知らなかったかもしれないが、レースは速さを競うゲームなんだよ」

 

 上空の彼女へ向いて言う。位置的に風除けにも出来ないだろう──この勝負、僕の勝ちだ──。

 

「──っ」

 

 ──前へ向き直ったその瞬間。

 

 僕は彼女だけを警戒していたことを後悔したが、遅かった。

 

 目の前に。

 

 巨大な猛禽──

 

 ワシの頭と嘴、巨大な翼、そして鉤爪に馬の肉体を持つ魔法生物──

 

──ヒッポグリフが迫っていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 気がつくのが遅かった。

 

 僕らはお互いの妨害に夢中になるあまり、屋敷の敷地から離れていたのだ。

 管理されていない領域へと。

 

「──」

 

 異形が嗎く──

 

 衝突は避けられない。

 鋭い鉤爪を此方に向けている。

 明らかに此方を狙っている。

 何もかもがゆっくりに見える。

 この速度であんなものに引き裂かれれば、一溜りもない。

 

 気を抜けば死ぬ?

 気をつけていても変わらない?

 ああ、そうかも知れない。

 でも、こんな、自分の家の敷地のすぐ近くに、しかも空に、こんな化け物が入ってくるなんて思うわけないじゃないか──?

 

 思わず、目を閉じてしまった。

 

 だが、痛みは思ったのと別方向から来て──

 

「え──」

 

 ──切り裂かれたのは僕ではなかった。

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