『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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21『蒸気の家』3

 

 

 

 そうこうしているうちに、汽車はロンドンを後にしていて、車窓の先には野原や丘陵の風景が流れていた。

 

「車内販売だよ」

 

〈車内販売の魔女〉の老婆が扉を開けて菓子を売り付けに来た。

 

「では全ての種類を、三人分貰えますか?」

 

 ガリオン金貨3枚を渡す。

 

「多すぎないかい──」

 

 計算もできないのかと言いたげな老婆。

 

「お釣りはいりません。その分、お菓子が買えない子がいたら配ってください」

 

「毎度あり」

 

 老婆はコンパートメントの空いた席に大量のお菓子を置いて去って行った。

 

「……そんなに食べるの?太るよ?」

 

 ロナルドは恨めしそうな目で私を見る。

 

「"お菓子が買えない子供"には差し上げるつもりでしたが、どうやら貴方はお腹いっぱいらしいですね?」

 

「えっ」

 

「ハリー、ロナルドの分まで食べて良いですよ」

 

「貰っていいの!?こんなに沢山!?」

 

「モチのロンのウィーズリーです」

 

「勝手に使わないでくれるかな!?」

 

「では、貴方に何か交換できるものがあるのなら、交換して差し上げますけど?」

 

「ママが作ったサンドイッチならあるけど……」

 

 ほう。ウィーズリー家の家庭料理か。

 

「……ではそれで」

 

「でもパサパサだしコンビーフだよ?」

 

「貴方にはその価値が分からないでしょうね」

 

 ロナルドが見窄らしい包みを差し出す。

 開けば四切れほど、慎ましいサンドイッチが。

 焼いていない薄切りの食パンに、生のコンビーフをそのまま挟んでいるらしい。

 

 ──こんな貧相なもの、生まれてこの方食べたことがない!何という希少価値だ!

 

「では」

 

 ……何と酷い。口に入れてみると確かに生の食パンは乾いている。火の通っていないコンビーフはしっとりとした口当たりで塩辛い。

 そして、シャキシャキとした歯応え。

 ザワークラウト……だけじゃない、生の玉ねぎが混ぜ込まれているのだろう……後から辛味が増してくる。とっても辛くて、子供の食べるモノじゃない。

 確かにそこまで手間も金額もかからない料理だ、少なくとも食べられないことはないし栄養はある。食べ物であることは間違いない。

 目覚ましには良い辛味。きっと寝ぼけるなと言うメッセージなのだろう。

 

「これが愛情の味……?」

 

 愛情とやらの味はあまり美味しくないらしい。良かった。これでとても美味しかったら私の人生がかなり損していることになってしまう。

 

「やめてよ、そんなんじゃないって」

 

 ロナルドは嫌そうにしているけれど、食事なんてハウスエルフに作らせれば良いのに、わざわざ手作りしているのだ。そこに愛情とやらがなければそんな手間をかける必要はない。多分。

 

「これは貴方も食べた方が良いですね」

 

「いらな──むご」

 

 一切れをロナルドの口へ放り込む。

 

「せっかく作って下さったのですから、きちんと食べましょうね?」

 

 私は母の作った料理の味など、もう思い出すことも出来ない。

 それに比べれば、味など関係ないだろう。これは親切心というものだ。

 

「うげぇ……」

 

「そんなに辛いの?」

 

「お口、開けて下さい」

 

 私が一口食べたものを差し出すと、少年は何も気にせずそれを口にした。

 ……彼には情操教育が必要かもしれない。ドラコなら赤面くらいはしてくれただろうに。

 

「そんなに辛くないよ、大袈裟──うっ」

 

 後から来る辛味にも慣れていないのだろう。

 

「愛情はお菓子のように甘いばかりではない、と言うことですね。大変勉強になりました」

 

 お菓子の山からかぼちゃジュースを取り出して飲む。

 

 私の舌には甘すぎるくらいだった。

 

「あげます」

 

「え、ありがとう」

 

 ジュースでサンドイッチを流し込んだハリー少年は無反応だった。どうやら本当に教育が必要らしい。

 彼らが手を付けないので、残ったサンドイッチを全て食べたけれど、まだお腹が空いていた。

 

 甘いお菓子ばかりでは満足出来そうもない。

 

 それでも他にはないから仕方なく蛙チョコレートの包みを手に取ると、ハリーは何か言いたげな顔で私を見ていた。

 

「どうかしました?」

 

「……魔法使いって、蛙なんて食べるの……?」

 

 魔法使いなら食べるんだろうな、とでも思っていそうな顔だった。

 

 残念ながら蛙を食べるのは"フランス"人か"アジア人"くらいだ。そして、概ね魔法使いではない。

 ……勿論(フランス被れな)マルフォイ家では偶に提供される時があるけれど、他の肉類と比較して特別美味しいと思ったことはない。

 

「私は食べたことありますよ」

 

「げえ、グリーングラスってカエルなんて──」

 

「貧しいと食の知識も貧しくなるんですね」

 

「君らみたいに蛇の仲間じゃないからね!」

 

「鵜呑みにするのは貴方の得意技じゃなくて?」

 

「じゃ、じゃあこのチョコも……」

 

 マルフォイ家で食べたカエルはハウスエルフ曰く、パン粉を塗したもも肉を油で揚げるように炒め、ニンニクとパセリで味付けしたバターソースに浸していると言う。

 つまり殆どソースの味である。

 蛙の自体は淡白な味なので鶏肉で良い──と思うのは、私の舌が悪いのだろうか。

 

「まさか!それはただのチョコだよ。あと、カードが入ってる。有名な魔法使いの」

 

 ロナルドが勝手に解説してくれた。

 

「へぇ」

 

 ハリーが包みを開け──

 

「あっ!!」

 

 蛙チョコレートは飛び跳ねて窓から──

 

「〈アクシオ 来い〉」

 

 杖なし呪文で手元に引き寄せる。

 あ、とても良いことを思いついた。

 

「はい。お口開けて下さい?」

 

「う、うん」

 

 暴れているチョコレートを摘んだまま、指を口の中に差し入れる。

 

「私が押さえていますから、舐めて下さい」

 

「ぇ…ふぉ、ふぉああ?」

 

「ええ。そのまま。暴れるといけませんから」

 

 口の中で蠢いているチョコレートに若干慄いているのか、彼は舐める様子がない。

 

「仕方ありませんね」

 

 私の指でチョコレートを擦り合わせて、細かくして舌に塗り付ける。

 蛙の形もすぐになくなり、唾液と混ざり合ったのか生暖かくなった。

 

「食べやすく、なりましたね?」

 

「う、うん……」

 

 私が指を引き抜くと、少年は顔を赤くしていた。

 

 溶けたチョコレート塗れの指を、彼に見えるように私の口へ。

 

 ……美味しいけれど、やっぱり私の舌には甘すぎる。

 

「うげぇ」

 

 ロナルドは悍ましいものでも見たように身を竦ませていた。

 

「……どうぞ?」

 

「そんなのいらないよ!」

 

「でしょうね。〈スコージファイ〉」

 

 指を綺麗にして、ハリーにチョコのおまけを渡す。

 カードの写真には高い鉤鼻に銀色の髪、顎鬚、口髭。

 

「この人が……」

 

「ガンダルフです」

 

「誰だよ!?」

 

 ロナルドが大袈裟に反応し、写真の中では老爺が苦笑いして首を振っていた。

 

 半月形のメガネがなければ、『指輪物語』のガンダルフとほぼ同じ見た目だ。マグル生まれの生徒はきっと裏でそう呼んでいることだろう。

 勿論、本当は写真の下に「アルバス・ダンブルドア」と書いてある。

 

「ガン……?」

 

「『指輪物語』を読んだことがないのですか?」

 

「本なんて買ってもらえなかったし……」

 

「これは失礼。後で全巻を取り寄せましょう」

 

「ハリー、その人はダンブルドアだよ。僕のは何が……」

 

 かぼちゃパイを口に入れたまま、ロナルドがつまらないことを言って蛙チョコの包みを開いている間、ハリーはカードの裏側にあるダンブルドアの説明を読んでいた。

 

「……最も偉大な魔法使いで、グリンデルバルドを……ニコラス・フラメルと……知らない名前ばっかりだ」

 

「そのうち魔法史で習うでしょう」

 

「そっか……あれ?いなくなったよ!」

 

「マグルの写真と違ってじっとなんてしていませんよ」

 

「そうなんだ──」

 

「また魔女モルガナのカードだ……ハリー、いる?僕はカードを500枚も集めてるから、これはいらないんだ」

 

 ……サンドイッチと交換したとはいえ、私が"買い与えたもの"を容易に人に渡すとは。

 

「え、ありがとう……?」

 

「……そんなゴミが500枚も溜まるお金があれば、杖くらいは新調出来たでしょうね」

 

「え、君が"服に着けてるケース"ってカードケースじゃないの?」

 

 私のローブを指差したロナルドは、自分のケースを取り出して見せる。

 

「ほら、大きさも同じだし」

 

「ああ、これは──」

 

 

 

 コンパートメントの扉をノックする音が聞こえ、誰かが返事をするまでもなく丸顔の少年が扉を開けた。

 

「えっと、僕のペットのヒキガエル、見なかった?」

 

 ハリーとロナルドは首を振る。

 

「蛙でしたらロナルドが食べてしまいました」

「(蛙)チョコレートだよ!」

 

「そ、そんなぁ!」

 

 少年は涙目になってコンパートメントから去って行った。

 

「チョコレートだって言ったのに!」

 

「……ダフネ?」

 

 ハリーの怪訝な声。

 

「冗談って言うところでしたのに」

 

「……はぁ。ヒキガエルなんて、なんでこだわるんだろうなぁ」

 

 ロナルドが不思議そうに呟く。

 

「貴方も何だかんだ言いつつ、薄汚いペットを連れてるでしょう?そういうことです」

 

「カエルよりは全然マシだよ。言うことも……まあ、偶には聞くし」

 

 ロナルドは鞄の中から眠り込んだネズミを引っ張り出した。

 

「本当にネズミだ……」

 

 ハリーの反応を見る限り、マグルの世界ではあまり一般的なペットではないらしい。

 

 私の家の地下室を見たら意識を失いそうだ。

 

「パフスケインと違って僕はずっとこいつと一緒なんだろなぁ……」

 

 ……ネズミの寿命はそんなに長くないことを知らないらしい。

 

「嫌なら呪文で変えてしまえば良いです」

 

「昨日、黄色にしようと思ったけど出来なかったよ」

 

「なら私が変えて差し上げましょう〈ドラコニ──」

 

 ロナルドのネズミをドラゴンに変えてやろうとした瞬間、勢いよく扉が開かれた。

 

「ちょっと、いい?」

 

 制服の黒いローブに身を包んだ女の子。栗色の髪のふわふわとした髪に、少し大きい前歯。

 

 マグル生まれのリストに載っていたけれど、駅では見なかった少女。

 私が出会わなかった──つまり、自らホグワーツへの行き方を調べ、私よりも早く9と3/4番線に辿り着いていた子供だ。

 

 彼女は先ほどの蛙を探していた少年の前に立っていた。

 

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