『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
「これは失礼した、ハリー・ポッター。僕はドラコ・マルフォイ。聖28一族のマルフォイ家だ。名前くらいは知ってるだろう?」
「え、あー」
ドラコの差し出した手を握り、気まずそうな顔で私を見る。
「ハリーはマグルに軟禁されて育ったから、魔法界のことは何も知らないの」
「……てっきりお前が全部教えてるもんだと思ってたよ」
「そんなに私、親切だと思った?」
席を立ってドラコの──
「気安く近寄るな。学校は社交界と一緒だ」
毅然と押し退けられた。なんと立派なんだろうか。
「家なら文句、言わないのに」
「ここは僕の家でもお前の家でもない。……はぁ」
私達の様子を見て、ロナルドが何か笑いを堪えているようだった。以前の彼を知っているからだろう。
「ウィーズリーくらい貧乏だと娯楽に飢えてるんだな。人が話してるだけでそんなに面白いらしい」
ロナルドが苛立ちを口に出す前に、ドラコはハリーに向き直った。
「ポッター君。ダフネは君がお気に入りのようだから、特別に僕のコンパートメントへ招待してもいい」
魔法界の英雄に興味があるのに、単にお友達になりましょう、とは言えないのでしょう。彼のプライドに懸けて。
しかも私がハリーに関心を持っているとあらば、立場も示してマウントを取っておかないと不安で仕方ないと。なんとも可愛らしい生き物だ。
「ドラコ、素直に言ったら?」
「余計な口を挟むな。……ともかく、ウィーズリーと一緒にいると君の評判まで下がりかねない。その点、僕は純血の中でもかなりの地位にいる。たとえ君が魔法界のことを知らないが故に何か粗相をしたとしても、融通を利かせられるだろう」
「コウモリのマルフォイがよく言えたもんだ」
ついにロナルドが悪態を吐き始めた。少なめの脳細胞の割にかなり良い着眼点をしている。
その一言だけで、"服従の呪文を使われて闇の帝王に協力していました"、なんて便利な言葉を信じている魔法使いがどれくらい存在しているのかよく分かる。
ルシウス氏のイメージ戦略も子供達にはあまり結果を出していないらしい。
「……可哀想に。君の親は時勢を読まずに、自分の子供に不自由な思いをさせるのが正しいと思ってるんだろう?だから君はいつもお下がりの服を着てる。そしてまずい物を食べて、肩身の狭い思いをしてるんだ。もし本当に子供のことを思うのなら、自分たちの主張なんて置いて、子供のために大勢に従えば良いじゃないか。心底哀れだと思うよ。親に自分たちが正しいって思い込まされてる子供を見るとさ」
果たして思い込まされているのはウィーズリーだけだろうか──と私は思うけれど、彼が得意げに話しているのが愉快なので何も言わない。
「自分達の得のために闇の魔法使いになってた癖に……!」
ロナルドは何処で拾ったのか分からない憎しみを口から吐き出していた。
両親共に五体満足。そして彼が生まれて直ぐに戦争が終わった以上、死喰い人や闇の帝王から直接的な被害など受けたはずもない。
母方のプルウェット家の人間がどれほど殺されたとしても彼に実感があるとは思えない。
ただ、自分達の得というのもあながち外れてもいないだろう。ルシウス氏が完全に家族の為に闇の帝王に恭順していたのかと聞かれれば、疑問が残ってしまうからだ。
特に……黒い日記帳が後生大事に仕舞われていた点から考えれば。
「……哀れな子供と一緒にいると、自分まで哀れに思えてくるな」
「……言い過ぎじゃないかな」
ハリーが口を挟んだ。
「君もウィーズリーに教育されたのか?」
「ダメだと思うよ。特に……戦争だったなら」
流石は魔法界の英雄なだけのことはある。戦争には人一倍詳しいらしい。
「……確かに失言かも知れないな。孤児である君の前じゃ」
「良かった。握手したことを後悔せずに済んだみたいで」
「──でも勘違いするなよ。僕の家はコウモリじゃない。ウィーズリーのような、お気楽な連中には分からないだろうけどな」
そう信じ込んでいるのは自分自身だとは思いたくない、という意思が透けて見える。彼らの主張を認めればルシウス氏は恥知らずのコウモリそのものだ。
数多の犠牲の上に自分の裕福な生活があることを認めざるを得なくなる。哀れんでいる相手のお陰だと。
全く、貧民の犠牲に感謝して贅沢に暮らすのが貴族の権利だと言うのに。
堂々とするべきだ。嘆かわしい。
「ダフネ、戻るぞ。ポッター君まで連れて行くのは"可哀想"だからな」
「私も?」
「お前の荷物を僕に全部運ばせるつもりか?」
「ダメ?」
しゃがみ込み、上目遣いで聞いてみる。
「我儘を言うな。行くぞ」
ダメだったらしい。私の手を遠慮なく掴むので、大人しく連行される。
「残念。それじゃあ、また後で会いましょう?」
なるべく何とも思っていないように、素っ気なく見えるように。
分かりやすいよう、話し方の違いや態度で、ドラコとの親密さを見せつける。
宛先は、ハリー・ポッター少年だ。
「…また学校で」
「お菓子は返さないからな!」
「ええ」
どことなく名残惜しそうなハリーとお菓子を抱えたロナルドに手を振って、私は扉を閉める。
期待通りの反応を見せてくれて私は大変満足した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねぇドラコ。私、ウィーズリーのお母様の作ったサンドイッチなんて食べてしまったの」
「不味かったんだろ、どうせ」
通路を歩くドラコはいつもより早足で、声はとても冷たかった。
「そう!パンは焼いてもいないし、コンビーフだって玉ねぎがとっても辛くて」
「……じゃあ何でそんなに楽しそうなんだよ」
「未知との遭遇だから?あ、それと、ハリーは『指輪物語』、読んだことないって。誰でも読んでいるものかと思ってたけど」
「……こっちはそんなに退屈だったか?」
「いいえ。でも、ドラコとはいつでも話せるでしょう?」
記念すべき最初の登校ではあるし、そこに私がいないのは寂しかろう。
まあ、"だからこそ"一緒にいなかったのだ。より印象に残すために。
「家じゃないんだ……暫くは寮で……」
「寮でも一緒でしょう?」
まるで違う寮にでも……ああ、なるほど。
「……そうだ。僕はスリザリン以外にあり得ない」
ほんの一瞬、間が空いた。
私と一緒の寮に入れるか──自分がスリザリンに選ばれるのか。
きっとそんなところだろう。
それか、私が別の寮に選ばれるとでも?
「じゃあ、一緒でしょう」
私は言い切る。下手に不安を煽るよりも、その方が……きっと苦しい。
ここで揶揄ったりしたら、緊張が和らいでしまうかも知れない。
貴方にはその時が来るまで悩んでいて欲しい。もっと苦しめ。
「なら、もう少しらしく振る舞うんだな」
「下々に慈愛を持って接するのは、純血の務めですから」
「勘違いしてつけ上がらせるなよ。僕らとは生きる世界が違うんだ」
「嫉妬した?」
「してない」
「私が他のところに行って、ちっとも嫌じゃないんだ。へぇ。そう。」
「大袈裟な」
言葉ではそう言いつつも、相変わらず早足だし、機嫌は悪そうだ。
「仕方ないなぁ、ドラコ君は」
後ろから抱き寄せる。
「っ、やめろって!」
「ほら、早くコンパートメントに行かないと」
体重を掛けたまま、彼の頭の上に顎を乗せる。
細い金髪が肌に心地良い。少しくすぐったい。
「……全く」
呆れたように呟く。あまり抵抗はしてこない。
「……目の届くところにいろ。お前の世話を頼まれてるんだ」
本当に嫌がってるつもりなら、ちゃんと拒否しないとダメなのだよ少年。
そうしないと、本当はどう思ってるのかなんて筒抜けだ。私は賢いのだから。
すれ違ったグレンジャーさんに怪訝な目をされたりしながら前方の車両まで歩く。
そしてコンパートメントに入った時、肝心なことを思い出した。
「あ、そうだ。ドラコ。私、着替える」
「あっちに居てどうするつもりだったんだよ」
「変身術?」
「学校に呪文を解くような何かがあったら恥ずかしいことになるだろ」
「私の身体、恥ずかしい?」
しゅるりと、ローブを、ちらりと。
「っ!脱ぎ出すな!クラッブ!ゴイル!見るんじゃない!覗かれないように外で見張ってろ!」
慌てるドラコに押し出されていく小トロール達。
「見たかったら──」
「馬鹿!」
青白い顔を赤くしたドラコが怒りながら出て行く。
……素晴らしい。情操教育の甲斐があると言うものだ。
《あと五分で到着します。荷物は学校に届けますので、車内に置いていってください》
車内に呪文で拡大された声が響く。
窓の外には暗い湖と仄かな灯り。いつの間にか夜になっていたようだ。
「……ドラコが運ぶまでもなかったかな」
ホグワーツの制服に着替え、コンパートメントの扉を開く。
「どうかした?」
ドラコは私を見たまま、硬直していた。
「……早すぎないか?何秒で着替えたんだよ」
「だって制服に掛けてた変身術を解除するだけだし」
早着替えの裏技である。着たり脱いだりするよりも早い。
「……また揶揄ったんだな……!」
「勿論、ドラコが買った制服だから」
目線を合わ──
「っ……」
顔を逸らされてしまった。何故だろう?まさか私が見苦しいわけもあるまいし。
「感想、ないの?」
「……似合ってる。……これでいいか?」
「ちゃんと見て?」
頬を両手で挟んで、正面を向かせる。顔がみるみる赤くなる。
「ドラコが買った服を着て私が暮らすの。色んな人が私を見るの。ね、分かる?」
「わかるか……そんなこと」
目を逸らす。
「私が制服を着たのを見たのは、ドラコが最初、分かる?」
私の制服自体は何か特別な物ではない。他の生徒達が着るものと同じだ。
違うのは、私のために彼が買ったという事実。私に制服を買うためのお金がないわけでもないのに、彼が買い与えているのだ。
お陰で、私は"彼が買ってくれた服"をいつでも、そして誰にも気が付かれることなく。
いや、"ドラコにだけ分かるように"着続けることが出来る。断じて"制服だから着る"のではない。
「買ってくれてありがとう」
「……どういたしまして」
「ドラコ達も早く着替えないと。……それとも手伝って欲しい?」
「そのくらい自分で出来る!クラッブ!ゴイル!さっと済ませるぞ!」
私と入れ替わりで子分二人とコンパートメントに入っていく。
通路に出ると、車内は慌てて降りる準備をする子供達で溢れていた。
後少しで死に場所に辿り着く。
そう思うだけで、楽しみで仕方なかった。