『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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間話 【蒸気の家】4.5

「全然いないわ!」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは激怒した。

 

 ダフネ・グリーングラスの言葉を信じたのは間違いだったのだと悟ったからだ。

 

「やっぱり食べちゃったんじゃ……」

 

 気弱なネビルがおずおずと的外れなことを口に出す。

 

「言ったじゃない。変身術で食べ物なんか作って、それが解けたら大変なことになるって!そんなことあり得ないわ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「……いいわ、別に。それよりもあのグリーングラスって子よ!本当に性格が悪いわ!やっと話が通じる相手かと思ったのに!」

 

「……話なんて通じる訳ないよ」

 

「どう言うこと?」

 

「だって、グリーングラスって言ったら『変身現代』で記事になってる子だよ……?いつもおばあちゃんとか、叔父さんとか叔母さんがこのくらい頑張りなさいって言ってくるんだ。……絶対無理なのに」

 

「『変身現代』……グリーングラス……」

 

「変身術の……えっと、論文……?だっけ。そう言うのが載ってる雑誌だよ」

 

「あ……!」

 

 教科書を全て暗記したハーマイオニーも流石に学術誌までは完全に暗記出来ていなかった。

 入手はしていた。ある程度は読んだ。しかし、まだ理解は出来なかった。

 その中にグリーングラスの名前があったことを、たった今思い出したのだ。

 それが何よりも彼女のプライドを傷つけた。

 

 ついでに、少し前の会話すら忘れる間抜けそうなネビルが覚えていて、賢いと思っている自分が覚えていないという状況も拍車を掛けていた。

 

「だから、グリーングラスなら食べられるように変身術を使えてもおかしくないと思って……」

 

「あの子、あんなこと言って……!」

 

 ネビルは、ハーマイオニーのふわふわした髪が炎のように燃え上がっているように錯覚した。

 

「お、怒らないで……」

 

「だって……!」

 

 彼女は特に変身術に興味があった。

 何かを他の物体に変えるという魔法は、これまで教わってきたマグルの教育からすれば、間違いなく"宇宙の原理"に反しているからだ。

 

 また、事前にできなかった魔法でもある。

 単純な技量の問題ではない。

 

 仮に魔法界では問題なく物体を作り変えられるとしても、マグルの世界ではそうとは限らない。

 例えば魔法界全体に変身術を安全に行使できるような原理や魔法が掛かっているやも知れない。

 そうでなければ、物体を作り変える──即ち物体を構成する原子に得体の知れない力を加えて作り変えると言うのに、核反応が起きない理由が説明できない。

 一般的な原子力発電の例で例えよう。

 重水素と三重水素の核融合ならば、たった1グラムでも8トン分の石油と同じだけのエネルギー。

 ウラン235の核分裂反応ならば石油2トン分である。

 いずれも、1グラムで生み出せるエネルギーだ。

 

 それがどのくらいのエネルギーか説明するのは同じウラン235を搭載していた爆弾が分かりやすいだろう。

 第二次世界大戦においてアメリカ軍が日本の広島市に投下したガンバレル型ウラニウム活性実弾──通称、リトルボーイだ。

 

 積載されたウラン63.5kgのうち2%にも満たない876.3 gが核分裂反応を起こしたと言われている。

 投下された結果、4.5平方キロ圏内の温度は摂氏4000度を超え、住民の半数が死亡。生存者の半数も被曝により後に死去。

 爆心地から10平方キロの圏内は壊滅し、市内の3分の2は瓦礫となった。

 

 それが、たった約880gの核分裂で。

 

 もし、変身術に安全装置があったとしたら。

 マグルの世界にそれがなかったら。

 

 変身術の初歩で行われる針をマッチに変えるような魔法を使った瞬間、魔法使い見習いは消し飛ぶだろう。

 また、面倒なことに魔法史によると安定した杖を手に入れるまで、魔法使いは爆発して死んでいたらしいのだ。

 まるで関連性があるように見えるではないか。

 

 歯科医の娘として、ある程度高度なマグル教育を受けていたハーマイオニーが、そのような危険性に気付かないはずもない。

 それ故、勉強して知識を得ることは出来ても、練習することが出来ていなかったのだ。

 

 そして揶揄われた相手は、まず間違いなく自分とまともに会話ができる相手であり──圧倒的に知識の量では上にいる存在だった。

 

 いくらでも話すことが出来た筈だった。

 

 しかし、実際は学術誌に寄稿するような相手に偉そうに講釈してしまった挙句、それを揶揄われたのだ。

 

「ぅ……ぅぅ!!」

 

「ど、どうしたの?お腹痛いの……?」

 

 羞恥。馬鹿にされた怒り。敗北感。ついでにネビルに記憶力で負けたような気分。

 

 彼女は初めて、"拙い自分の論文"を読み返した時の気持ちを味わっていた。

 

 ……ダフネ・グリーングラスがそうなって欲しいと願ったように。

 

「絶対に許さないわ……!」

 

 浅はかだった自分を。そして、知ったような顔をした純血主義者を。

 たとえ、変身術において正しかったとしても、"人間の生まれによる違い"の専門家であるわけではない。

 少なくとも先程の会話で、"人種の違い"という"誤り"を口に出していた以上、相手は完全無欠な賢者ではない──ように思えた。

 戦争を文章の中でしか経験していない彼女は、ダフネの発言が時勢の話だとは考えられなかったのだ。

 

 相手にも知らないことがあるならば、まだ負けたわけではない。知識は時間さえあればいくらでも身につけられる。

 

「絶対に……!」

 

 ──と、彼女は復讐に燃えていた。

 

「あの、えっと……」

 

 結局、列車の中ではネビルのヒキガエルは見つからなかった。

 

 ところで、ダフネ・グリーングラスは一体何を根拠に前の車両にいると言ったのだろうか。

 本当に、ネビルのヒキガエルがレベリオで見えていたのだろうか。

 

 真相は彼女しか知らない。

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