『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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おそらく犬


24『ライカ』

 

 

「イッチ年生っ、イッチ年生っ」

 

 毛むくじゃらの半巨人は、同じ言葉を唱え続けながら私達を先導する。それしか言葉を知らないのかも知れない。

 その手に持ったランプが揺れ、後に従って歩く子供達の行く先を、朧げに照らしている。

 

 上級生達はホグズミード駅からすぐに馬車に乗って学校へ向かって行ったのに、新入生は何故か薄暗い小道を歩かされていた。

 

 体力のない私に夜道を歩かせるとは、やはりホグワーツの半巨人は人を苦しめて見せ物にするのが得意らしい。

 

「……これからトロールと戦うのか」

 

 前を歩いていた少し背の高い茶髪の少年──セオドール・ノットがそんなことを呟いた。

 

 組分けのやり方を誰かに聞かされているのだろう。全く、純血ならトロールの一匹や二匹くらい倒せて当然だろうに。

 

「へぇ。ノット家ともあろう貴方が、トロール如きを恐れるなんて」

 

「死が恐ろしくないのかい?流石はグリーングラス家だ……」

 

 どこか兎を思わせる可愛げのある色白の顔から、挨拶代わりに素晴らしい皮肉がお返しされた。

 

「生きることは緩やかに死に続けることでしょう。生きることを怖がる人がどこにいるの?」

 

「……誰だって死にたくはないさ」

 

「はっ、ならダームストラングにでも転校したらどうだ?」

 

 私の隣を歩いていたドラコは鼻で笑った。

 その意気だ。トロールに負ける純血など存在してはならない。

 

「マルフォイ……君一人で倒せるかい?」

 

「僕は勝ってスリザリンに入るだけだ」

 

「……実に君らしいね」

 

「ふん、当然だ」

 

 ノットの発言は皮肉だろうけれど、ドラコは全く相手にしなかった。

 もしかすると気が付いていないのかも知れない。愉快だ。

 

「俺はあの妙な馬の馬車で行きたかったよ、上級生と一緒なら幾らかはマシだろうさ」

 

 ノットが妙なことを呟いた。

 

「馬なんていなかったよ?大丈夫?」

 

 黒髪でボブカットの女の子が会話に割り込み、まるで本当に心配しているようにノットを見る。

 

「……申し訳ないが、君は誰だい?」

 

「パンジーだよ?忘れた?」

 

 パンジー・パーキンソン。いつも見るたびに違う顔(比喩ではない)の純血。

 一番最初に会った時は潰れたパグ犬のような顔だった。今はまるで──

 

「その顔って、マグルの──」

 

「な、何のこと、知らないよ?」

 

 私の発言を慌てて遮るパンジー。

 

 最近公開されていた、とあるマグルの映画に出演している子役を思わせる、確か……

 

「ほら街の暗殺者と子供が」

 

「そ、そんな映画知らないよ?」

 

「私は映画なんて一言も言ってないけれど?」

 

「あっ──!」

 

 語るに落ちた。彼女は本当に純血なのだろうか。そもそもパンジー本人かも不明だけれど。

 

「マグルの顔を真似るなんて純血の誇りはないのか?」

 

 ドラコの目は汚物を見るような目だった。

 

「ち、違うよ?えっと……純血がマグルの映画に出てたの!」

 

「なら……同じ顔がここに二人いることになるね」

 

 ノットが冷静に分析したようなことを言った。

 

「え……?」

 

 何も理解していないパンジーは固まった。

 

「君と同い年の純血なら……この列に居るだろうさ」

 

 ノットは声色にほんの少し嘲るような響きを忍ばせていた。

 

「……えっと……その……」

 

 完全に答えに窮してしまっている。別にノットもそこまで正鵠を射ている訳ではないのに。

 

 ノットは小動物を虐めるのが好きなのだろうか。(私も好きだけど)

 しかし、いくら相手がパグ犬と殆ど変わらないか、それ以下でも言い過ぎるのはよろしくない。

 

「もしかして、パンジーが出演していたとか。まあ、冗談──」

 

「そう!それ?だよ!」

 

 一瞬でパンジーの顔は明るくなり、私の発言に便乗して来た。

 私には高速で振られている尻尾の幻が見えていた。

 

「内緒だったからさっきみたいに言ったんだよ!」

 

「お前が……?いや、ともかくそう言うことはあまり口にするな。分かったな?」

 

 ドラコは若干の興味を覗かせていたけれど、純血の体裁の方が勝ったようだった。

 

「う、うん。分かったよ……?」

 

 分かってなさそう。

 

「(助かったよ、ありがとうダフネ)」

 

 寄ってきたパンジーは私にそっと耳打ちする。

 

「さぁ。何のことでしょう」

 

 そもそも彼女のためではない。

 

 "玩具"で遊ぶには程々にしなくてはならないからだ。あまり詰問して頭の悪いことを言わなくなったら揶揄えなくなる。

 「父親に言いつける」と、ドラコがあまり言わなくなってしまったように。

 

「……相変わらずいい性格だよ、君は」

 

 ノットは私の意図に気が付いているらしい。

 

「いつだって良い子ですから」

 

「何の話?」

 

「パンジーが可愛いって、ノットが」

 

「そう?私、可愛い?」

 

 子犬のようにノットに擦り寄るパンジー。先ほどの彼からの扱いを忘れたのだろう。

 

「寄るな……君の馬鹿が感染る」

「感染らないよ!?」

 

 駄犬をおしのけた少年は、さりげなくハンカチで手を拭いていた。本当に感染する病気だと考えているようだ。

 一般的な魔法族にしては病に対して先進的な発想をしているらしい。

 

「……馬鹿は否定しないのかい?」

 

「え、あ!何もないのに何かいたなんて言う方が馬鹿だよ?」

 

「……いいや、見た。馬とドラゴンの中間の……不気味な奴だよ」

 

「ノット、悪いが僕も見てない。あの馬車は勝手に動いていた。パンジーがパンジーなのはともかく、お前もどうかしてるんじゃないか?」

 

「私が私って……?私じゃない私……?……え、私ってなに……?」

 

 パンジーはドラコの発言で思想の宇宙へ旅立ってしまった。たった今、幼年期の終わりを迎えたのかも知れない。

 

「俺は正気さ……この中で一番ね」

 

 不機嫌そうに言うノットの言葉には賛成できないけれど、彼の言うことが一部正しいと言うことを私は保証するし、それを主張することもまた正しい。

 

 何故なら"それ"は確かに私にも見えていたからだ。

 

「ノットが見たのはセストラルでしょうね」

 

「馬鹿にするなよダフネ。セストラルくらい本で読んだぞ」

 

 ドラコは意外にも魔法生物学を多少は予習して来たらしい。ホグワーツみたいな魔境へ来るのには、そのくらいはして当然だ。ましてや私達は街でドラゴンに遭遇している。何が現れても不思議ではない。

 

「ならドラコ、説明してみて?」

 

「……死を見た者にしか見えない天馬だ」

 

「──」

 

 私以外の空気が凍った。ただでさえ周りが薄暗いのにこれ以上暗くなってどうするのだろう。それにパンジーが空気を読むなんて──

 

「──?」

 

 いや、何も分かってなさそうな顔だった。

 ……まだ思索の宇宙から帰還していないのかも知れない。

 ソビエトの宇宙船スプートニク2号に乗った犬も宇宙からは帰ってこれなかった。

 エリート犬ですら帰って来れないのに、そこら辺にいる犬の帰巣本能が役に立つはずもない。

 

「なら分かるでしょう?ノットも私も嘘なんて言ってないって」

 

「……僕に見えない訳ないだろ」

 

 悔しさのような感情を滲ませるドラコ。……何故、そう言えるのだろう。

 

「え、誰か死ぬとき見たの?」

 

 不躾な質問をするパンジー。

 

 もし質問がどう言う意味を持つのかまで思考できたのなら、きっと人間だったろうに。

 

「……だから見えない筈がないと言ってる」

 

 ……まあ、誰の死を見たかは兎も角、見えていないのだから彼の"初めて"は奪われていない。

 

「ドラコ。セストラルを見るにはまだ条件があるのは知ってる?」

 

「嘘じゃないだろうな?ダフネが言うことは──」

 

「セストラルが見えるのは、"死を見て、それを受け入れた者"だけ。これが本当の条件」

 

「……僕が受け入れてない?そんなわけが」

「私も見えないよ?一緒だよ!」

「は?お前と一緒にしないでくれるか?」

「なんで怒るの?慰めたよ?」

 

 なんと図々しい慰めだろうか。純血の誇りに満ちていなければ不可能な発言だ。

 

「僕はそのうち見えるようになるからだ!」

 ……そんな予定が?

 

「じゃあ、ドラコ。それが本当なら、いつか、セストラルの群れを一緒に見ましょう?」

 

「あぁ!いくらでも見てやる!」

 

「じゃ、禁じられた森の奥に生息してるから、一緒に行きましょうね?」

 

「は……?禁じられた森?」

 

「禁じられた森って何?」

「死ぬ気かマルフォイ……」

 

「ドラコ?純血が約束を違えることなんて有りませんよね?」

 

「分かったよ!約束だ!」

 

「……約束ね」

 

 問題はどうやって彼に死を受け入れさせるかだけれど、私が死ぬのは見てもらう予定だし、他の誰かの死で"初めて"を奪われるのは癪に障る。

 

「ねぇ、禁じられた森って?」

「……馬鹿が死ぬところさ」

「じゃあ私は大丈夫だよ!」

「……すごいね君は」

「ありがと!」

 

 ノットが子犬と戯れてるけどそれどころじゃない。

 

 ……一年なんて悠長な計画、私は何を考えていたのだろう。

 

 今すぐ、森に飛び込んで凶悪な魔法生物に遭遇しないと間に合わない……!

 思い出作りは大事だけれどドラコに最初の傷を刻むのはこの私なのだから……!

 

「ノット。戦闘に自身はありますか?」

 

「得意だったら泣き言は言わないね」

 

「なるほど。では──違う道を行きましょうか」

 

 子供達が全員、大人しく半巨人に着いて行くと思うだろうか。

 きっと、気まぐれに帰還不可能な冒険をして消息が分からなくなる子供達だっている筈だ。

 

 ソビエトのエリート犬のように!

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