『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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この先、隠し道があるぞ



25『忠実な羊飼い』

 

 

 

「トロールと戦わずに組分けを受けましょう」

 

「戦わずに組分けなんて……いや。分かったぞダフネ、そう言うことか」

 

「ドラコ、気がついた?」

 

 気が付いてしまったか。流石に闇の魔法使いの罠を経験しただけのことはある。

 

「え?なになに?どうしたの?どゆことノット?」

「ふっ……全然分からないね」

「分かんないのに偉そう!」

 

 流石は聖28一族。分からない程度で動じてはならないのだ。

 

「組分けの試験はもう始まってるということだ」

 

「……俺も実はそう思ってたところさ」

 

 ノットにはドラコの一言で十分だった。汲み取れなかったあたり、謀略的な思考はドラコの方が上手らしい。

 

「私は分かんないよ?説明して?」

 

 分かりやすく説明できないこちらがまるで悪いような顔だ。奉仕される側の存在だということがその一言だけで分かる。

 

「ドラコ、お願い」

 

 さて、私の言葉で一体どんな勘違いをしてくれたのだろうか。

 

「簡単だ。戦うだけでしか判断できないなら、グリフィンドールかそれ以外になるだろ」

 

 グリフィンドール寮の創始者、ゴドリック・グリフィンドール。

 

 彼は小鬼の王から巻き上げた最強の剣を振り回し、戦乱の時代を生きた天下無双の魔法戦士。

 彼はあらゆるものを剣でねじ伏せた。

 マグルも。剣の返却を求める小鬼も。親友だったサラザール・スリザリンですら。

 所謂、"決闘裁判"が当然の暴力的な時代だったとは言え、彼の逸話は腕力が全てを解決することを後世に伝えている。

 グリフィンドール寮に組分けされると言うことは、つまり"そう言う"ことである。

 

 暴力こそが全て。力こそ正義だ。

 

「でも私、強いよ?」

 

 グリフィンドール!

 

「なぁ、強さがスリザリンの象徴か?」

 

「私、スリザリンに入るし、トロールも倒すよ?」

「聞いたかいマルフォイ。今後のスリザリンは腕力が支配するのさ……」

 

 その場合、四つのうち二つが暴力を司る寮になるのだろう。もはやダンブルドアの私兵を育成していると言っても過言ではない。

 

「黙れノット。……組み分けをするならそれぞれの気質を確かめるはずだ。レイヴンクローの望む頭の良さが戦闘だけで測れるか?スリザリンの求める狡猾や純血は?」

 

「ハッフルパフ抜けてるよ?」

 

「考えるな、時間の無駄だ」

 

 ドラコの言う通りだ。"誠実"とは言うけれど各寮が求めるものの中では曖昧過ぎる。

 トロールと戦ってどう誠実さを測るのかなんて言われなくても無理難題だ。

 戦う前にお辞儀でもするのかな?馬鹿馬鹿しい。

 

 まあ、強いて言うなら対話や魔法生物として保護でも試みたりする子供だろうか。

 専門家でもなければ愚かな行為だ。ただ、魔法生物学の権威であるニュートン・スキャマンダー氏がハッフルパフ出身なことを考えると、そうしたのかも知れない。

 

 まあ、彼は退学になっているけれども。

 

「……つまりだ。あの間抜けそうな大男に馬鹿正直に従って、命の危機に瀕するやつ奴が本当に狡猾だと思うか?」

 

「なんか頭悪そうだね!」

 

「お前がそう思うくらいだ。スリザリンがそんな間抜けを選ぶわけがない」

 

「そっか!だからもう試験なんだ!」

 

「……と言うことだろ?ダフネ」

 

 ドラコは子犬を躾けて自慢げだ。微笑ましい。

 

「……そう。その通り。流石は純血の盟主を継ぐ者」

 

 適当に言ったことでここまでそれっぽい回答が来るとは。彼の想像力には脱帽である。

 

「この程度、当然だ」

 

 煽てられて調子に乗ってしまったようだ。

 

 まあ──そもそも、トロールと戦うなんて真っ赤な嘘なんですけどね。

 

 上級生が新入生を騙すのは昔からの慣習だ。

 親兄弟は皆、空気を読んで真実を伝えないのである。

 

 訳知り顔で説明したことが後で大外れだと分かったら、羞恥で見事な顔になることだろう。

 これだから揶揄うのはやめられない。

 

「……戦いを回避して別の道に行く……ね」

 

 ノットもトロールへの恐怖が強いのか、素直に騙されていて愉快だ。

 人は信じたいものを信じるというが、実際に目にすると実に愚かな姿である。

 

「えー。戦わないの、つまらないよ?」

「……強い奴は戦わなくても勝てるのさ」

「罠に掛けるんだよね!狩りで習ったよ!」

「……賢いね」

「えへへ」

 

「ダフネ。このまま間抜けに着いて行ったら、全員もれなくハッフルパフだ。そんなことになったら父上に合わせる顔がない」

 

「なら、どうすると?」

 

「周囲の状況は分かるか?」

 

「〈レベリオ〉」

 

 薄闇に浮かび上がるのは子供達の行列に追従して歩く獣のシルエット。

 一匹だけで子供達を制御できると考えるとは、私達を羊か何かだと思っているのだろうか?

 

 「良き羊飼いは羊のために命を捨てる」と言うが、半巨人の彼はどうなのだろう。

 是非、群れた羊は思いの外言うことを聞かないものだと思い知らせてやるべきだ。

 

「どうだ?何かいるか?」

 

「犬が一匹」

 

「森番の飼い犬か。他にいないなら──おい、クラッブ、ゴイル」

 

 ドラコは──私達の後ろでずっと無心でお菓子を貪りながら歩いていた──"小型トロール"(二足歩行で、トロールではないものを指す)の二人に声を掛ける。

 

「え、ぁい!」

「む、むご?」

 

「口に物を入れて話すな!食べるか話すかどっちかにしろ!」

 

「……」

「……」

 

 二人とも完全に沈黙し、食事を再開した。

 

「食べるなよ!今は話してるだろ!!」

 

「ぅ、はい」

「な、何ですか?」

 

 得体の知れない物を口から吐き出す少年達。

 

「……いや、お前ら何食べてるんだ?」

 

「え?……わかんない」

「何か……ゴム的な物?」

 

「は……?……は?」

 

 ドラコは言葉を失った。

 彼らは純血でも純血種の豚だったらしい。

 

「あ!変なもの食べちゃダメなんだよ?これあげるからね!」

 

 パンジーが少年トロール達の涎をハンカチで拭い、明らかに犬用の骨ガムを咥えさせた。

 

「お腹痛くなるよ?気をつけてね?」

 

 犬が豚を躾けるなんて。長生きをすると不思議な光景も見れるものだ。

 

「頭が痛くなってきたよ……純血の品位が……」

「大丈夫?なでなでする?」

「そのベタベタした手で俺に触らないでくれるかい……?」

 

「……丁度いい。お前ら、そのガムを餌に半巨人の哀れなペットを引きつけろ。離れたら"トロールに殺される"って叫ぶんだ」

 

 愚かな子供が騒いでいるという認識だけで終わりそうな案だけれど、良いのだろうかそれで。

 

「え、でも……これ、ぼくらが……」

 

 クラッブかゴイルがモゴモゴとトロールの言葉を話した。彼らのような魔法生物の言語が理解できる自分の才能が恐ろしい。純血万歳。

 

「そんな変なもの本気でお前らに食わせると思うのか?」

 

「ぁ、あい!!」

「ふ、ふごご」

 

 小さな間抜け達は列から離れて行く。

 

「……変じゃないよ?美味しいよ?」

 

 どこからか取り出したガムを咥えて不思議そうに首を傾げる。その姿はまさしく犬だった。

 

「君も食べてるのかい……?嘘だろ……?」

「ノットにもあげるよ!」

「いらな……うごぉ」

「おいしい?ねぇ?おいしい?」

 

 自分の口に入っていたものをノットの口に投入する。しかも、なんの悪意もなく。素晴らしい腕前だ。せっかくだし協力してあげよう。

 

「まあ、ノット。レディの口に入っていた物を咥えるなんて……お味は如何?」

「……」

 

 ノットはガムを吐き出し、無言で私を睨んでいる。こっちはダメか。

 

「おいしいのにな……?」

 

「パンジー。では教えてあげましょう」

 

「えっ?」

 

 首を傾げていた子犬の耳が思春期になりそうな内容を吹き込む。犬に思春期なんてあるのかは知らないけれど。

 

 主に唾液の交換がどのような意味を持つのか。

 

「〜〜〜っ!?!?」

 

 お顔が真っ赤になってしまった。なんと可愛らしいのだろうか、もっと虐めたくなる。

 

「あ、あっ、違……私、え…っ……じゃない……よ?」

 

 他人の唾液を飲んだ時、美味しく感じたとすれば、それは脳の錯覚である。

 その錯覚が生まれる原因は、遺伝的要因以外にもう一つある。端的に言えば"興奮度合い"だ。

 

 さて、自分の唾液が美味しいか尋ねると言うことが、どう言う意味なのか。もう彼女にも理解できたことだろう。

 

「話が進まない!ハッフルパフになっても良いのか!」

 

「私はどこでも生きていけるし」

「俺はレイブンクローでもいい」

「私はスリザリンだよ?」

 

「とにかく──」

 

「うわぁぁぁぁ!!!殺されるぅぅ!!」

「トロールと戦わされて死ぬぅぅ!!」

 

 迫真の叫び声が夜道に木霊した。

 

「ドラコ、トロールが人の言葉を……!」

「クラッブとゴイルだろ」

「え?トロールでしょう?」

 

 列の進行が止まり、子供達が俄かに騒ぎ始めた。動揺が広がっているらしい。

 

「トロール?何処!?倒すよ!」

 

 パンジーはローブから棍棒のような杖を取り出す。

 

「ダフネ、変身術で何か騒ぎを起こせるか?」

 

「いいの?」

 

「程々にな」

 

「〈サーペンソーティア 蛇よ〉」

 

 子供達の足元に蛇を呼び出すと、そこかしこで悲鳴が上がった。

 暗闇の中では何が現れたのか分からないだろう。

 

「……グリーングラス、俺の声を大きくしてくれるかい?」

 

「〈ソノーラス 響け〉」

 

「っ──お、俺は嫌だ!トロールと戦うなんて……!こんな所に入れるか……!俺は一人でも学校に行くからな……!」

 

 ノットの迫真の演技が増幅される。

 

「……!?」

「ど、どうしよう」

「ほ、本当……?」

 

 子供達はそれを聞き取ったのか、混乱はさらに広がっていく。

 

 彼はその影響を確かめた後、私の顔を見て自分の喉を指さした。

 

「〈クワイエタス〉」

 

「……こんなものか?」

 

「上出来だノット。臆病者の演技では誰にも負けないな」

 

「君とグリーングラスの声は他の純血が知り過ぎているからね。俺の役目だよ」

 

「私は?私も何かするよ!」

 

「なんでも良い、好きにやってみろ」

 

「分かったよ!〈ボンバーダ 壊れろ!〉」

 

 大きな音と振動がどこからか伝わって来た。

 

 私達はそれが爆発音だと知っているけれど、子供達にはどうだろうか、まるでトロールが立てた音に聞こえているかも知れない。

 

「……に、逃げなきゃ!」

「本当にトロールがいるんだ!」

「わっ……ぁっ……!」

 

 列の何処からかそんな声が聞こえる。

 

 子供達の動揺は頂点に達していることだろう。

 後はほんの少しのきっかけさえあれば──

 

「み、みんな落ち着け!トロールは悪い奴らじゃねぇ!あいつらはちっとばかし気難しい性格をしちょるだけで──」

 

 半巨人の大声。

 

 なぜ化け物の擁護から入ってしまったのだろう。自分も"そう"だからだろうか?

 

 まさか彼が私達の作戦を助けてくれるとは。

 彼には名誉スリザリン生の称号を与えよう。

 

「や、やっぱり死ぬんだぁぁ!!」

 

 小型トロールのクラッブかゴイルが叫びながら暗闇へ走り去る。

 彼らも本気で信じてしまったのだろうか。

 それ見た子供達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らしたようにバラバラに狂乱し始めた。

 

 何とか冷静に振る舞おうとする子、混乱を鎮めようと奔走する子、泣きながら逃げ惑う子。

 

 それぞれに状況に対応しようとしている姿がありありと観察できた。

 

 そして。

 

「凄いね!めちゃくちゃになったよ!」

「……ふっ、ハッフルパフが豊作みたいだね」

「行きましょうか」

 

 俯瞰する我々こそ、スリザリンだ。

 

「ああ。この組分け、僕達の勝ちだ」

 

 ドラコは何と戦っているのだろう。

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