『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
カエル、カタツムリ、仔犬の尻尾
首尾よく列から抜け出した私達は暗い森の中を進んでいた。
月明かりに獣の遠吠え、風が木々を鳴らす。
見慣れない植物や茸の類が足元で青白く発光している。
都合良く恐ろしげな雰囲気で、静かに死の気配が漂っているように感じる。
「あの半巨人は森番より見せ物小屋のほうが向いているだろうな」
ドラコはせせら笑う。混乱する子供達を前に狼狽えるだけだった巨漢の無様を思い出したのだろう。
「本当にこっちなのかい……?」
「私のレベリオを信じていれば大丈夫」
「ノット、ダフネの言うことはあまり本気にするな」
「え、私が他の男の子と話して嫉妬した?」
「してない。会話も方向音痴なのか?」
「すまないね……愛しの彼女と会話してしまって本当にすまない……」
「馬鹿にしてるだろノット!」
「ぅぅ……暗いよー!怖いよー!」
「はぁ。ルーモスくらい使えるだろ?」
ドラコは袖に縋り付いたパンジーを引き剥がしながら、彼女の大き過ぎる杖を指差す。
「そっか!〈ルーモス・マキシマ もっと光れぇ!〉」
パンジーの呪文で、"棍棒"の先が過剰な程に照らされる。白く塗りつぶしたようにすら見える殺人的な光量だ。
私のレベリオで透過された視界には、目を焼かれた獣や魔法生物達が悲鳴を上げて逃げ去って行くのが見えた。可哀想に。これだから明るい奴は。照らすことが正義だと思ってるから困る。勝手に照らすな。
「とっても明るくなったよ!」
明る過ぎる。私はもう少し暗い森の雰囲気を楽しみたい。吊り橋的な効果も期待できなくなってしまう。
「いいの?その素晴らしい光にとても恐ろしい何かが寄せられてくるかも知れないけれど……」
「え!?そうなの!?ど、どうしよ!?」
「……〈ノックス 闇よ〉」
ノットがぼそりと呟いた呪文で、パンジーの灯りを消した。彼にお似合いの陰気な呪文だ。陰気なのは嫌いじゃない。
「消す呪文なんてあるんだ!」
「なら今までどうしてたんだい……?」
「なんか勝手に消えるよ?」
困惑するノットよりもパンジーの方が不思議そうに答えた。
「パンジー、貴女の杖は何で出来てるの?」
「えっとね!トウヒ?と、不死鳥の羽根!」
「……凄い杖だね」
ノットの感想も尤もだ。
トウヒは確か忠誠心が高く、華やかな魔法を好み……自分でどの魔法を使うか判断する。
さらに不死鳥の羽根も時々自身の意思で動く……ということは、彼女の杖はほぼ自立して動くと言っても過言ではない。
勝手に灯りを消してくれるのも杖がそうしているのだろう。
しかし、杖の忠誠を得るにはかなりの自立心がなければならないように感じるけれど……一体彼女のどこに……?
「ダフネの杖は!?ねぇ!何で出来てるの?」
「乙女の秘密」
「乙女の秘密で出来てるんだ……!」
その発想はなかった。天才かも知れない。
「オリバンダーが乙女の秘密を持ってる訳ないだろ!どこから持ってきたんだ!」
「彼は乙女なのさ、きっとね……」
ノットが首を振りながらドラコの肩に手を乗せた。
「爺さんが乙女なわけないだろ!」
「乙女は女の子だけの特権じゃないかも知れませんよ?いずれそう言う時代が……」
「いつまでも特権であってくれ!」
私はドラコの中にも乙女を見出せるかも知れない。なんせユニコーンの毛が杖の芯なのだ。
処女しか乗せない馬が選ぶ相手が乙女でないのなら何なのか。いや、乙女だ。
「ねぇ、じゃあ芯は何で出来てるの?」
「お砂糖、スパイス、すてきなものいっぱい」
「そうなんだ……?でもそれ、なんか聞いたことあるよ?」
「……
ドラコの答えからすると、どうやら私のオリジナルではないらしい。頭に浮かんで来ただけの言葉だったのに。
自分の考えるような言葉は、大体先人が考え尽くしているのだとよく分かる。
「あ!それ!私寝る時、母様に歌ってもらったよ!ドラコも?」
「っ、どこの子供もそうだろ?」
恥じらって顔を背けるドラコ。……この駄犬……私が攻撃する前に無意識に先制するとは……!
どこの子供も……か。
私はどうだったのだろうか。でも歌として思い出せなくとも、口に出てくるくらいだ。きっと、母は歌っていたのだろう。
「ふっ。マルフォイ、まさかまだママンと寝てるのかい?俺はもう卒業したよ?」
心底馬鹿にした顔でノットが煽る。
「卒業もなにもお前、母親居ないだろうが」
「くく、そうだったね」
恐れ入った。この歳で身内の生き死を冗談に出来るとは。セストラルが見えるのも納得。
「ノット……ママンがいなくて寂しいの?」
「ああ、寂しくて朝も眠れないくらいだ」
「可哀想……!ぎゅってする?」
深刻そうな顔で擦り寄るパンジーを、ノットは無言で押し除ける。
「いや夜には寝れてるだろ」
「いいえドラコ、きっと可哀想なノットは朝に眠る習慣なのでしょう」
「……俺の父がそんな生活を許すと思うかい?」
「あっ、そっか!怒られちゃうね!」
「……?怒られる?何故?」
私には何の事か全く分からなかった。
「え?ダフネは夜更かししたり、ダラダラしてたら何か言われないの?」
「私がルールだから」
文章を書いていて、気がついたら朝なんて良くあることでは?
「……?すごいね!」
私が反射的に返した言葉に、パンジーは取り敢えず頷くことにしたらしい。
家のルール……親が子供に課すモノなのだろう。……叔父のギャレスは私達に何かを言いつけたことは一度もない。
母が普段何を言っていたのかも朧げだ。私達は"良い子"だったから、怒られるようなことも──
──いや、本当にそうなのだろうか。他の大人は気の毒で何も言わなかったとも言えるだろうし……それに、大人になれない私達相手に、子供の時期に課すような我慢を強いるとも考え難い。
私達に自分で何かを選べるような時が来る保証はないのだ。"子供時代"には損しか無い。
「……別に、お前の家じゃなくても、僕の家に来てる時は寝る時間も食事の時間も決められてるだろ」
ドラコが真面目なトーンでよく分からないことを言った。
なんだろう。"ダフネは僕の家に出入りしてるんだぞ"──と、遠回しにアピールしてるのだろうか。
ノットへの嫉妬かな……?可愛いな。全く、会話が迷子なのは一体どっちだ。
「招待された場所のコードに従うのは当然でしょう?それに、何度そちらにお伺いしても、ドラコと違って失態は一度もないし」
これで"頻繁"に彼の家に行ってますと言う意味はノットにも伝わるはずだ。
きっとドラコも喜んでくれる……
「っ、ああそうだよな!お前は前からそう言う奴だ!」
……何で?私に何を言って欲しかったんだろうか。少年の気持ちは時として私のような淑女には理解できない。永遠の謎である。
「仲良しだね!」
パンジーが何をどう捉えたのか分からないけれど、その解釈で正解。
「ええ、勿論。私とドラコは──」
「──歓談中のところ失礼する」
低い大人の声が闇の中から私達の談笑を打ち切った。
「……諸君らはホグワーツに入学予定の子供で間違いないだろうか」
そう問いかける男は、森の枯葉を鳴らさずに歩き、会話しながら詠唱もなく杖に光を灯して私達を照らす。
少し長い黒髪に真っ黒な冷たい目、それと同じくらい暗い色のローブ。
陰気が服を着て歩いているみたいだ。いつも黒い服ばかり着てそう。
しかし、何か妙に既視感があるのは気の所為なのだろうか。以前会ったような覚えはないけれど……
「我輩は、あの
恐らく無言呪文を使っていて、足音も何かしらの呪文で消している。
私達を殺しに来た、と言う方が自然に感じるくらいに剣呑な雰囲気だけれど……恐らく彼が──
「貴方が試験官というわけか」
ドラコは杖を構えて応答した。まあ、彼の思考ではそうなるだろう。迎えに来たというにはあまりにも闇の魔法使いだから。
「……ドラコ。君がここまで愚かな行いをするとはな。速やかにあの間抜けの元へ戻り、組分けを受けることだ」
どうやら知り合いらしい。社交界に出てこない人間は流石に把握できない。
純血の大人で知らない顔はあまりない筈なのだけれど…まさかマグル生まれがこんな雰囲気で教師をやっているわけがないし。
「それで、大人しく禁じられた森に連れてかれて、トロールと戦えと言うのですか?」
ドラコの声には若干の焦りが。
「トロール?何を言っている……?」
「組分けの話です、先生」
「……まだやっているのか、下らん」
眉を顰める男。慣例は彼が学生だった頃にも行われていたらしい。彼も痛い目を見たのだろう。
「ええ、ですから、僕らはスリザリンらしく。狡猾さを見せることにしました」
「……狡猾?夜中に森を彷徨い歩き、管轄外の教員の手を煩わせ──」
あ、ダメだ、こいつは。このままだとネタバラシをされて学校に連行されてしまう。私の死が間に合わなくなる。
「ドラコ。耳を貸してはダメ。闇の魔法使いに出会ったら」
「〈ボンバーダ 壊れろ!〉」
暗い森に爆音が鳴り、土煙が立ち込めた。
パンジーが誰の指示でもなく男を派手に爆破したらしい。
「……や、やったか……?」
ノットはパンジーの後ろにしゃがみ、盾にしながら呟く。
「先手必勝だよ!」
ああ、言葉というのは口にすれば嘘になってしまうということを知らないのだろうか。
勿論、私はそのことを深く心得ているので一番大事なことは決して口には出さないのだ。
そして、この後どうなるのかも知っている。
「──残念ながら指導が必要らしい。だが、喜ぶといい。まだ寮の点数は減点されずに済むのだからな」
土煙が何かの呪文で霧散し、青白い防壁──盾の呪文に守られて傷一つない男が姿を見せた。