『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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嘘つきをご照覧あれ


27『子供達を責めないで』

 

 

 

 

 

 

 薄暗い森を呪文の光が照らしたのは、ほんの僅かな間だった。

 

 ドラコも、ノットも、パンジーも。

 

「くっ……!」

「……だから俺は苦手だと言ったのさ」

「動けないよ!?何で!?何で!?」

 

 呪文を唱える間も無く、〈武装解除〉の赤い閃光を浴びて杖を奪われ、彼らは空中に逆さ吊りにされてしまった。

 杖を構えていなかった私だけがまだ立っている。

 

 浮いているのは恐らく、アストリアが私の拘束に使っていた〈レビコーパス〉だろう。なら。

 

「〈リベラ──」

 

 私は人差しを三人に向け、反対呪文を──

 

「〈ラングロック 舌縛り〉」

 

 男の呪文で私は声が出なくなり、詠唱は阻害された。

 

「ダフネ!!」

 

 ドラコが必死な声で呼ぶ。おお、これはいいシチュエーションだ。無力感が相当味わえるだろう。

 

「この程度で慌てふためくとは。少しはルシウス氏の息子であることを自覚したまえ」

 

 どう言う知り合いなのだろうか。

 私が会ったことないということは紹介するまでもない相手だと思われるけれど……

 

「入学前で杖なしとは。〈武装解除〉を見て、杖を使わない判断も悪くはない。"優秀な呪文"も知っている。しかし、その知能があれば抵抗することの無意味さも理解できるだろう」

 

「……」

 

 声が出ないので大袈裟に肩をすくめるジェスチャーで返す。

 

「うぅ、頭に血が昇ってきたよ!」

「君には必要なことさ、頭が良くなる」

「もっと賢くなるってコト!?」

 

 ドラコ以外は随分と余裕そうだ。ちっとも役に立たなかったくせに。

 

 私は声に出さずとも、杖がなくとも多少呪文が使える……けれど、相手は見るからに闇の魔法使いで手練れだ。

 叔父や魔法省の悪そうな老人とは比べ物にならない。

 かと言って今、日記帳を頼りにするのも難しい。何故なら──この男がもし闇の帝王の配下だった場合、私が死ぬ難易度が跳ね上がるからだ。

 

 目の前で日記帳に書き込むような真似をすればすぐに分かるだろう。日記の中の人が都合良く私の頭の中に直接会話してくれれば良いけれど、こちらからは出来ない。むしろ目の前の男に回収されたがるかも知れないし。

 

 ルシウス氏に預けるくらいの品を私が所持していると分かれば、ドラコが勘違いしたように、私が日記に精神を乗っ取られているとか、或いは闇の帝王的な何かが憑依しているとか、少なからず闇の陣営であることを表明することになる。

 そんな闇の計画に重要そうな子供をみすみす死なせる訳がない。善良な私を闇へ巻き込まないでほしい。

 

 ダンブルドア陣営だった場合はさらに最悪だ。先ほどの勘違いに加えて、私が子供たちを騙して森で何かしようとしているようにしか見えないだろう。そして光の陣営が乗っ取られた被害者の子供を殺すとは思えない。末路は全て没収されて保護だ。ついでにマルフォイ家の闇の陣営での権威が失墜する。

 

 ……私の手札は後は杖なしの無言呪文だけだ。それも、変身術……いや、そういえば古代魔術とやらがあったか。どうやって使うのかは全く分からないけども。

 

「無駄だ。"ダフネ・グリーングラス"。君の専攻である変身術はこの場面において何ら役には立たん。それとも無駄な研究発表でもしてみるかね?」

 

 男は無表情のまま、冷たい目でそう告げる。

 

 変身術が役に立たない?何を言っているんだこの男は。この世に存在する物質を自由自在に作り出し、変化させることが出来る魔法が?

 

「ダフネ!無理するな!!相手は教授だ!!」

 

 ドラコが叫ぶ。教授か。きっと偉いのだろう。でも、私が知らない相手なら恐らくは純血ではない。

 純血でもない相手に負ける理由はない。

 

「──」

 

 私は"ある物"を投げ──人差しを向け──

 

「〈フィニート 終われ〉」

 

 即座に男が反対呪文を唱えた。私が投げた物体は何ら変化することなく地に落ちる。

 

「杖なしでの変身術。君が例の雑誌で発表していた内容からすれば、分かりきっていた行動であろう。さて。ホグワーツへ行く準備はもう十分か?」

 

「ダフネ!」

「……終わったね」

「そんなぁ!」

 

 そうなるだろう──だが予想通りの結果だ。

 

「さあ、大人しく──」

 

 男は異変に気が付いた。

 

「──ッ〈フィニート 終われ〉〈フィニート・インカンターテム 呪文よ終われ!〉」

 

 "それ"は、男の呪文を全く受け付けていないように、巨大に変化していく。

 

「何故だ、反対呪文が──ッ」

 

「……」

 

 私は渾身の微笑みを見せて、口の形だけで。

 

 "一体、いつから私が変身術を使ったと錯覚していた?"

 

 そして、"それ"の巨影が男を覆った。

 

「そうか、そういうことかグリーングラス!」

 

 男はトリックのタネに気が付いたらしい。

 

「《──ッ!!》」

 

 異形は金切声を上げる。

 それは三つの首を持つ褐色の大蛇。

 

 ──M.O.M分類XXXX、"ルーンスプール"。

 

 実家の"地下室"に住んでいた"お下がりの"ペットだ。

 

 今は声も出ないし蛇語で命令できないけれど、"本人"曰く気が立ってるらしいし、飼い主である私が脅かされているくらいは分かるだろう。

 

 反対呪文が効かない──ように見える変身術の正体は簡単な物だ。

 彼はただ、"カードにされていたルーンスプール"に対して何度も反対呪文を唱え、"解除した"だけなのだから。

 

 私にとってこの程度の変身術は造作もないことだ。

 

「……なるほど。小賢しいことこの上ない。ニュートン・スキャマンダーにでもなったつもりか」

 

 いいや。蛇語が通じる相手なら偉大な彼よりも優れている自信がある。

 それにカードの方が持ち運びも楽だ。(魔法生物の感情を一切考慮しなければ)

 

 ──さぁ!ルーンスプールよ!

 

 打破せ──

 

「〈レジリメンス 開心せよ〉」

 

 ……あ。

 

 男の低い声が全てを終わらせた。

 

 私のルーンスプールが、私の方を向く。明らかに操られているような虚な瞳で。

 開心術で心に侵入されて支配されたようだ。

 

 開心術師か……あー。無理。無理です。終わりました。

 

 私の閉心術はドラコと違って完璧じゃないし、普通に心読む程度じゃ、日記帳の中の人みたいに痛がったりはしないだろう。

 というか、心を読まれた時点で私の計画が全て破綻する。

 子供を迎えに来るようなマトモな教師が、可哀想な私に同情しない訳がない……!!

 そんなの優しくされて死ねないに決まっている!!

 

 私は両手を上げて降参した。完全敗北だ。

 

 認めよう……この男は純血だ。私を負かすなんて絶対に純血だ。私にも知らない純血がいたのだ。自分の無知を認めよう。

 

「……では、先ずこの化け物を元に戻したまえ」

 

 私はルーンスプールの鱗に手を触れて、変身術で縮小していく。

 最近は日記帳のお陰で研究も進んでいるので、かなり早く元のカードへ変身させられた。やはり私は天才だ。

 

「……〈フィニート 終われ〉よろしい。素晴らしい変身術を見せて貰った褒美に、特別に諸君らを我輩の開発した素晴らしい呪文で運んでやろう」

 

 私の〈舌縛り〉も解除された。

 純血の面目も保ってくれるとは。流石は魔法界一の学校なだけはある。

 その教師ともなれば聖28一族の扱いも心得ているのだろう。

 

「〈レビコーパス 身体浮上〉」

 

 ……おや?なぜ私も宙吊りに?

 

「……貴方の開発した呪文で速やかに学校まで運んで頂けるのでは?」

 

「レビコーパスは我輩の作った呪文だ」

 

 男は歩き始めた。私達は宙吊りなまま、空中を滑るように彼の後を牽引されて行く。

 

 ……しかし、彼が作った呪文を何故アストリアが知っていたのだろう?少なくとも本では読んだことがない。

 

「そして、頭を回したつもりの諸君には非常に残念な知らせだが、トロールと戦うというのはデマだ」

 

 振り向かず、淡々と。私が何としても隠したかった事実は暴かれた。

 

「は!?」

「……ふっ、やはりね。俺もそう思ってたところさ」

「嘘!?じゃあなに倒すの!?」

 

「我輩の時も同じ冗談が流布されていた。一体誰が諸君らにそれを教えた?親か?それとも兄弟か?何れにせよ下らん慣習だ」

 

「ダフネ?」

「……グリーングラス、君さぁ」

「どうしたの?なんでダフネを見てるの?」

「……ドラコも悪いでしょう?何か色々言ってた気がするのだけれど」

「……言ってない」

「"ああ、我々の勝ちだ"」

「やめろって!」

「"試験は始まってる"」

「ぁぁぁぁあ!!」

 

「……。ダフネ・グリーングラス。まさか君はそれが冗談だと知った上で煽動したのかね?」

 

 男の声は相変わらず低いけれど、何かしらの感情が込められているような気がした。

 それが何の感情なのかは良く分からないけれど。

 

「ええ──」

「愚かな。ルーンスプールを扱える者ならホグワーツ周辺の危険性は理解しているだろう」

 

 私に詰め寄った男のとても冷たい声と首元に突きつけられた杖。私は状況に理解が追いつかなかった。

 

「ぇ……え?」

 

 私はそもそも死のうとしていたんだし、危険性がある程良い。私の行動の一体何が気に食わないと言うのか。彼の人生には関係ないだろう。

 教師としての監督責任?……ホグワーツみたいな危険だらけの学校の教師が……?

 

「このような巫山戯た真似を続けるようなら、純血と言えど退学処分を覚悟するといい」

 

「……その」

 

「理解できないのなら、先ほどのルーンスプールのように開心術を使う。以上だ」

 

 言うだけ言うと、男はまたこちらを見ないで足早に歩き始めた。理不尽だ。私の話を一切聞かないなんて。

 

 それに、大人の男性にあんなに詰められたのは初めてだ。

 言われなくても、もう一度入学するような機会も、来年誰かを騙すような時も絶対に来ないのに。

 

「く、くく、ダフネが叱られるなんてな」

 

 ドラコが腹を抱えて笑う。

 

「……私が?叱られた……?」

 

「大丈夫?」

 

 パンジーが私の頭を撫でながら聞く。

 

「……ふっ、やはり馬鹿は感染るのさ」

 

 ノットが冷笑している。

 

「……?」

 

 叱られる。そんなの初めてだった。私に落ち度があることなんて、生まれてこの方何もなかった。訳が分からなかった。

 これが子供にとっては当たり前なんだろうか。

 

 私は、母親にだって叱られたことないのに。

 

「ダフネ?どうかしたのか?」

 

「いいえ、別に」

 

 理解した。私はまだ、勘違いしていたらしい。この世全ての人間は、素晴らしい私のことを好きになるのだと思い込んでいた。でも違ったらしい。

 きっと前を歩いてる男は、私のことが嫌いなのだ。私のような優秀で、若く、美しく、家柄も良い人間が気に食わないのだろう。

 でなければ可哀想な私を叱ったり出来ない筈だ。彼は冷酷で思い遣りのカケラもない闇の魔法使いだ、そうに違いない。

 

「あ!湖だよ!」

 

 森を抜け、視界には真っ黒な夜の湖。

 

 その先に聳え立ち、煌々とした灯りが窓から溢れている大きな城。

 

 もう見えてしまったか。残念ながら、ホグワーツへの道のりに私が介入することはもう出来ない。

 

 今回は失敗してしまったけれど、ドラコの初めてが奪われる前に何としてでも、私は死ななくては。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

tips

 

・M.O.M分類

(Ministry of Magic Classification)

 

魔法省による生物の危険度を5段階分類によって表しているもの。

 

XXXXX:魔法使い殺し。飼いならせない。

例:アクロマンチュラ、ドラゴン、レシフォールド等

 

XXXX:危険。専門知識が必要。

例:ルーンスプール、セストラル、トロール等

 

XXX:有能な魔法使いのみ対処すべし。

例:ヒッポグリフ、アッシュワインダー

 

XX:無害。飼いならすことができる。

例:パフスケイン

 

X:つまらない。

例:レタス食い虫

 

 

・ダフネのカード

 

実家の地下室に住んでいたペットを変身術でカードにしたもの。変身術を解除すると元に戻る。魔法への抵抗が強い魔法生物はカードに出来ない。

『ハリー・ポッター 魔法の覚醒』に登場するカードとは異なる。

 

・ルーンスプール

 

赤みがかったオレンジ色の鱗を持つ、三叉の蛇。

かつて闇の魔法使いたちのペットとして好まれていた。また、卵の殻は頭の回転を早くする魔法薬の製造に使われる。

本来は二メートル前後が平均的な大きさだが、グリーングラス家の地下で飼われていた個体は異様に大きい。カードにされるのは嫌いだが、ダフネは好きなので仕方なく従っている。

 

・〈レビコーパス 身体浮上〉

 

とあるホグワーツ教授がまだ生徒だった頃に開発した、人を空中で逆さ吊りにする呪文。

魅力的な効果と手軽さ故に、当時のホグワーツで大流行した結果、開発者の彼自身にも使われ、屈辱を味わったという。哀れ。

人間を直接浮かべられるだけでもそれなりの発明のはずだが、何故か悪戯程度にしか考えられていなかった上に、時の中で忘れ去られた。つくづく哀れな奴である。

何故か映画では逆さ吊りではなく、普通に人を浮かべる呪文として使われていた。

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