『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
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「──さて、お集まりの諸君」
ルシウス氏が声を魔法で拡大して告げる。
「そろそろ、この無駄に費用の掛けられた広大な空間を有意義に使いたいところだ──」
彼の皮肉に参加者達が沸く。心から笑っている人間は一体何人いるのだろう。
「それ故、お越し頂いた──『
今度は本当に会場が沸き、盛大に拍手が鳴った。
氏の呼び掛けで、会場の床が開き、異様に毛深いむくつけき男達が現れる。彼らの黒いローブは、あちこちが引き裂かれていて一見すると吸魂鬼かレシフォールド(どちらも黒いボロ布のような化け物)の仮装のようにも見える。
「お姉さま、妖女シスターズですよ!」
「なに?『マクベス』の話?」
「バンドです!もう!少しは世の中に興味を持ってください!」
頬を膨らませているアストリアは、毛深い男達のファンらしい。
「……ああ、なるほど」
思わず口元が緩んでしまった。
17世紀の詩人、ウィリアム・シェイクスピアは『マクベス』の中で
"
解釈は幾つかあるけれど、今回の場合、先ず一つは"美醜は感性に過ぎない"──つまり、どれほど着飾り見た目を取り繕うとも、毛深く見苦しい彼らと本質的に変わらない存在である、という皮肉だ。勿論、この会場で誰よりも美しい私達もそれは例外ではない。
二つ目には"穢れている"ことを忌避する純血の魔法使いの前でそれを表現することそのものが皮肉であるということだ。
ルシウス氏が最近の音楽に興味があるわけでないのなら、何も知らずに、ただ人気な彼らを呼んだだけなのだろう。
少なくない金銭を支払っているのに、堂々と中指を立てられているのは実に愉快だし、なにやら満足げにしていて全く気が付いていないのが最高に滑稽だ。
ジョークセンスも金に物を言わせて購入したのだろうか。是非店を教えて欲しいものだ。
「お姉さま?」
「なんでもない。気にしないで」
私が彼らを心の中で賞賛していると、演奏が始まった。
過剰なほど巨大なシャンデリアの群れに煌々と照らされているフロアに、どこか物悲しく静かな曲が反響する。(バグパイプを持ったバンドメンバーの一人は演奏すらせず、所在なさげに待機している)
演奏者達はやはり意図的なのだろう、ただワルツを踊る分にはなんの違和感もない美しい音色だった。
はっきり言って私は運動が壊滅的に苦手だ。気を抜けば何もないところですら転ぶかも知れないし、"箒"に乗ることも止められている。(殺人的とまで言われた。"自殺的"ではなくて)
とは言え踊りは純血の嗜みだ。笑われない程度には立ち回ることができる。
生前の母は何度も転ぶ私に、文字通り手取り足取り教え、純血らしい優雅な所作を叩き込んでから病に倒れ、そして死んだ。まさか死ぬ前に披露する日が訪れるとは。母の先見の明には感謝しておこう。
「──僭越ながら、我が息子がオープニングを務めさせて頂こう。ドラコ、前へ」
ルシウス氏が呼び掛けると、"普段通り"プラチナブロンドの髪を撫でつけた青白い顔の少年──ドラコが歩み出てきた。着ているのはドレスローブでも多少は近代的なものだ。
何となく、この舞踏会擬きの目的が理解できた。盟主の継嗣らしく"立派に"育った自分の息子を自慢したいだけなのだろう。
「さて、オープニングに相応しい相手を選んでもらおうか」
ルシウスの意地の悪い声に、ドラコは緊張した面持ちで周囲をゆっくりと確かめる。
ふと、私と目が合い、微笑みで返してみる。
彼は少し狼狽したように目を逸らす。私は逸らさずに見つめていると、彼は天井を仰ぎ見て──観念したように溜息を吐くと、私の下へ歩み寄り──お辞儀をした。
「……ミス・グリーングラス。僕と踊って頂けますか?」
「謹んでお受け致します」
私は首を少し横に傾けるように頷いて了承し(このようにするのが礼儀と教わった)、彼の手を取って、ホールの中心へ向かった。
もし断っていたら、どんな顔をしていたのだろうか。愉快過ぎて笑い死に出来ただろうに。
「(……なんで僕がこんなことを)」
ドラコは私の腰に手を回し、もう片方の手で私の手を握りながら、小声で呟く。
「(素直に照れている方が恥ずかしくないと思いますわ、ドラコ御坊ちゃま)」
耳元で囁く。揶揄いを込めて。
「(……その口調はやめろよダフネ。気味が悪い)」
「(レディの体に触れて緊張してしまいますか?)」
「(同い年だろ、お前も子供だ)」
呆れたように呟き、彼は私をリードして踊り始めた。私よりも背が低いのに一生懸命紳士的に振る舞おうとしているのが可愛らしい──と思っているのが私の顔に出ているのか、ドラコは少し不満げに私を睨む。それもまた微笑ましいのだけれど。
音楽に合わせ、左回りのワルツを踊る。
かつて、何度も躓きながら足運びを母に教わったのが、もうずっと昔のように思える。
その日々のことを全ては思い出せなくとも、私の体は覚えてくれていた。
「(大人達が満足そうに見ていますね、手を握ると美しい純血の子が出来るとでも思っているのでしょうか?)」
「(……手を繋ぐだけで子供ができるのか?)」
「(ええ、大変です。今日は何度も握手をしているので何人生まれるか分かりません)」
「(……何人も……!?)」
「(──まあ、だったら大変だけど)」
「(揶揄ったな……!やっぱり手を繋いだくらいじゃ出来たりしないんだな……!)」
「(じゃあ、どうしたら子供が?)」
「(し、知るか!)」
「(やっぱりドラコにはまだ早い、教えない)」
「(何をだよ……!?)」
彼は困惑するばかり。これで頬でも染めてくれればもっと揶揄えるというのに。
もちろん、私は母から薫陶を受けている。使い所は……その前に死んでいるだろうけれど。
「(……お前、また背が伸びたのか?)」
「(ドラコが小さいだけじゃない?)」
……まあ、以前自殺用に飲んだ老け薬の失敗作で何年分か成長が早まっているのもあるけれど。
「(すぐに追い越す。いつまでも子供扱いできると思うなよ)」
「(どうぞ。でも貴方が大人になっても、私は子供だろうけど)」
「(……また訳のわからないことを)」
「(ロザリンドもそう言っていたでしょう?)」
「(どこの誰か知らないが、何て?)」
「(時の流れは、人それぞれによってその速度が違う──と)」
彼が私を追い越して行くことはあっても、私の時間が成長していく彼に追いつくことは決してない。
いつかこの瞬間を思い出して、その時に理解してくれるだろう。
どうか、私と踊ったこのホールが、シャンデリアの煌々とした灯が、少年の日の気恥ずかしい思い出が、けして忘れ得ぬ心の傷となりますように。
私が足運びを忘れていないように、貴方も私を覚えていてくれますように。
そんな
「(何がそんなにおかしい?)」
「(貴方のお顔が)」
「(……そのうちそんな口が聞けなくなる、僕がマルフォイ家の当主になるんだ)」
「(お父上と母上を見てもそう思う?)」
「(……?何で今その話が?)」
「(娶って黙らせるという話でしょう?)」
「(馬鹿なこと言うな。僕は好きに相手を選べるんだ。何が嬉しくてお前なんかと……)」
「(……そう。分かった。そんなに私が嫌いなら、もう……屋敷には来ない)」
「(いや、そんなつもりじゃ……)」
「(まあ嘘だけど)」
「(汚いぞダフネ……!)」
「("そんな口"が聞けるうちに揶揄っておかないといけないでしょう?)」
「(……全く)」
ルシウス氏の号令があるまで、私達は静かに踊り続けた。
tips
・相対性理論
???「熱いストーブの上に手を置くと、1分が1時間に感じられる。でも、きれいな女の子と座っていると、1時間が1分に感じられる。それが、相対性です」
・ロザリンド
シェイクスピアの著書、『お気に召すまま』の登場人物。
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