『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
立ち上がったダンブルドア校長はまるでシリアスな話でもするような表情で私達を眺めた。
今度は"メリー・クリスマス"とでも言うのだろうか。
"サンディ・クローズ"にはお似合いのセリフだけれど。
まあ、もう何を言われたところで私は無害の演出を信じたりしない。今日はハロウィンではないのだ。
「さて、大体はいつも伝えていることは変わらぬので、新入生は上級生に確認しておくように。本題は"今学期の死の危険性"についてじゃ」
……死の危険?そう言うのを待ってた。
「上級生は皆知っておるじゃろうが、ホグワーツの中には命に関わるような危険がいくつかある。スリザリンの秘密の部屋だとか、呪われた部屋じゃ。無論、それだけではない」
「……なんでそんなのが学校にあるんだよ。父上に相談すべきか……?」
ドラコが呆れたように呟く、けれど私がホグワーツに期待しているのは"そんなの"である。
ここは魔法界。"安全に整備されたテーマパーク"など求めてはいない。
「先ずは構内の森じゃ。密猟者が増え、アクロマンチュラ達が殺気立っておる。調査に入ったケトルバーン先生も重傷を負ったので、森に入ると恐らく死ぬ。注意するように」
「……密猟者……?アクロマンチュラ……?何を言ってるんだ……?また冗談なのか?」
「ふっ……本気なわけないさ……き、きっと」
「密猟者も倒すよ!」
どの寮もざわざわとして落ち着いていない。深刻そうな顔をしている上級生の様子を見るに、冗談ではなさそうだ。
「湖底に封印されておったイカ大王が解放されて水中人達と揉めておるので、湖で泳ぐと大変危険じゃ。仲裁に入ったケトルバーン先生は骨折した。生徒は恐らく死ぬじゃろう」
「……なあスリザリンの寮って地下で、湖の中にあるんじゃなかったか……?」
「イカ大王と仲良くなれるね!」
「俺は前向きな君が羨ましいよ」
……イカ大王って何?そんな魔法生物聞いたこともないのだけれど。ホグワーツ固有種……?なら是非とも見に行かなければ。
イカの触手にある吸盤は歯があって噛みつく仕組みなのでタコと違って少し痛いのだ。
大きければきっと凄く痛いに違いない……血が沢山出そう……血塗れの私を見たらドラコはどんな顔をするんだろうか。楽しみ。
「最後に、4階右側の廊下と5階の階段の先にある呪われた部屋はとても痛い死に方をするので向かわないように」
恐らくではなく、"痛い死に方をする"。
キラキラした目で、しかも笑顔でそんなことを言う魔法界最強。きっと、子供が怯える姿が何よりも好きな魔法生物なのだろう。
やはり"サンディ・クローズ"は"ハロウィン・タウン"の住人だったのだ。
彼の断言に声を上げて笑ったのはハリー・ポッターくらいのもので、他は教師含め食堂の人々は真剣な表情だった。
しかしこれが英雄のジョークか。片や魔法界最強、片や死の呪文を浴びて生き残った少年。彼らにとっては死は冗談でしかないのだろう。
是非、私の死でも声を上げて笑ってほしいものだ。
「ドラコ?」
「……勝手に側を離れるなよ、いいな」
ドラコが私の袖を握った。今、彼にできる最大限の接触だと思うと愉快過ぎて心が躍ってしまう。ああ、なんて素晴らしい日だろう。今日がクリスマスでいい。ありがとうサンディ。
「じゃあ一緒に寝るの?」
「な、何言ってるんだ!無理に決まってるだろ!」
……
「……そんなに嫌?」
「あ、いや──」
まあ……このくらいの年齢ならそんなものか。仕方ない。仕方ないことだ。
「じゃあ、約束出来ない」
「ぁぁ、くそ、パンジー!寝る時はこいつがどっか行かないように見張ってろ!いいな!」
「いいよ!……あれ?でも一緒の部屋になるかわからないよ?」
「ふっ、俺らはスリザリンで、聖28一族じゃないか。簡単なことだよ」
「そっか!お話すれば良いもんね!」
"お話"とは。なんとも素晴らしい傲慢さだ。相手からすれば命令と変わらないだろうに。
まあ私達は支配階級なのだからそれで良い。純血の自覚が足りていて何よりだ。
「あ、そうだ!マルフォイも同じ部屋にしてってお話すれば良いよ!賢いね!」
「凄いね、天才だよパンジー。俺には思いつかなかった」
「ありがとう!」
「ノットは褒めてないぞ」
「えぇ!?そうなの!?」
「──では寝る前に校歌を。皆好きなメロディーとリズムで歌うのじゃ!それ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょい!」
ダンブルドアが張り上げた奇妙な掛け声に従い、子供達が出鱈目な雑音を響かせて、入学式は終わった。やたらと長々歌っていたウィーズリーの双子のせいですぐには終わらなかったけれど。
その後、小さい先輩に従ってスリザリンの新入生は地下の寮へ向かい、ジメジメした廊下に隠された扉と合言葉を教わった。勿論、内容も場所も秘密だ。
陰気な入り口とは違い、寮の内装はスリザリンらしく緑と銀を基調とした上品なものだった。調度品はどれも高級品で手入れが行き届いている。
ホグワーツ自体にそこまで資金があるとは思えないし、恐らく卒業生からの寄付だろう。
私とパンジーは同じ部屋になり、他のルームメイトはブルストロード家のミリセント ・ブルストロード、マグル生まれのトレイシー・デイビス、出自が一切不明のリリー・ムーン。
四人部屋に五人。何故だろうか、不思議でならない。
ベッドが足りないからパンジーは私と一緒に寝るとか言い出した。
だけど私には〈検知不可拡大呪文〉を使ったトランクケースがある。
その中の空間には書斎や寝室もあるから私はそもそも寮の部屋などいらないのだ。
ドラコの部屋に私のトランクを置いておけば、彼の希望通り同じ部屋で暮らすことも出来ただろう。
ベッドをパンジーに明け渡し、ルームメイトとの談笑もそこそこに、私はトランクの中へと入った。
私には大事な準備がある。
死の危険の調査だ。
入学初日の夜に出歩く生徒はほぼいないだろう。また、ホグワーツまでの旅まで疲れている子供達もそこまで夜更かし出来ない筈だ。
大人達もきっとそう考えるし、トロール騒ぎと子供達の捜索で疲れているだろう。
ダンブルドアの身の凍るような注意喚起を大多数が真に受けていたのは、食堂の様子からしても間違いない。
よって、今夜が最も自由に行動できる。
私に"明日"などない。いつだって今日しかないのだ。
寝る間を惜しもう、最高の死を演出するために。