『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
何故、朝から活動しなくてはいけないのだろう、別に昼からでも夜からでも良いではないか。私には解けない永遠の謎である。
「……少し遅いんじゃないか?」
食堂に着いた私達に呆れたような声を掛けるドラコ。
「私悪くないよ?ダフネちゃんのお着替えとか手伝ってたんだよ?」
パンジーはドラコが確保していたらしい朝食(芋料理の山)を受け取りながら反論した。
「そう、パンジーが全てしてくれたから」
着替えは普段、妹にしてもらっていたけれど、やってみようとすると思いの外上手くいかないモノだった。
まさか自分で服を着るのがあんなに難しいとは。脱ぐのは簡単なのに。
「着替えくらい自分でしろよ……」
「じゃあドラコは自分で出来るの?」
「それが普通だ」
「……そう?」
「本当に朝の準備だけかい?動く階段とかゴーストに邪魔されたのを隠してるんじゃないかな?」
既に食べ終えていたノットがティーカップ片手に、若干の嘲笑を込めて聞いてくる。
「違うよ?道は覚えたし、ゴーストは杖向けたら逃げたよ?」
「じゃあなんでだ?準備以外ないんだろ?」
「うーん、わからないよ?ダフネちゃんの顔洗って、歯磨きして、お耳掃除して、お着替え手伝って、ブラッシングして、髪の毛編み込んだだけだよ?」
「それ以外にないだろ」
「お、おお……」
パンジーがジェスチャー混じりで説明した内容にドラコが呆れている横で、ノットは言葉を失っていた。
「女の子の準備というのは時間がかかるものなのですよ、ドラコ」
「なんでダフネが偉そうなんだ……?」
「変身術を使えば全て一瞬なのに、パンジーがダメだって言うからだけど?」
「ダメだよ?なんでも魔法でやったら頭悪くなるよ?お母様が言ってたよ?」
パンジーに言われても説得力がないし、そう言う問題でもない。
……結果だけを短絡的に得ようとすると、一般的な魔法族のように"立派な思考回路"になりそうだというのは賛成だけれど。
「ふっ、俺はそんな話聞いたことないね」
「ママンがいないから?」
「その通りだよパンジー」
私も聞いたことがない。……忘れているだけかも知れないけれど。
「……僕も頭がどうとかは聞いたことないし知らないが、急に元に戻ったらどうするんだよ」
「勝手に解けたりしない。私が死なない限り」
まあ、私は人よりも早く死ぬから比較的解けやすいとも言うけれど。
と言っても日常的に変身させているのなんて精々自分の内臓と、誰かの眼鏡くらいだ。
「というか、人に変身術を使うのは危ないんだろ」
……ああ、全く。何を言うかと思えば。
「いつも使ってるから大丈夫」
変身術の精度は日に日に増している。髪の毛を整えたりするくらい余裕なのだ。私の変身術を舐めてもらっては困る。
「……いや"専門家"に言うことじゃないのは分かってるさ」
言葉とは裏腹に不服そうなドラコ。一体何が不満なのやら。やはり少年の気持ちは淑女には分からない。
「なぁダフネ。僕らの最初の授業は変身術だ」
そういえばそうだった。死の危険を探すのに夢中で時間割のことをすっかり忘れていた。
変身術の講義自体にあまり価値を感じていなかったのもある。まさか一年生の内容が私の死因に繋がるようなこともないだろうし。
「さて、グリーングラス博士に一年生の授業が必要なのかい?」
「一緒なら楽しいよ?」
楽しさ……まあ、死のうと思えばすぐに死ねるのに、のうのうと生きているのはそれが理由だし。
「マクゴナガル教授は表立って誰かを贔屓はしない上に厳しいって話だからな。自分に変身術使ってるってバレたらどうなると思う?」
「……褒められる?」
変身術の教授くらいなら私の技術の価値が分かるだろう。
「いいや、スリザリンが減点される」
ドラコは真剣な表情で否定した。
「なんで?」
私の高等技術なのに?
「ダフネがいくら有用だと知ってても、他が真似したらどうなる?」
「多分死ぬと思うけど」
実際は死で済めば良いくらいだろう。異形になったまま二度と戻らない可能性もある。
「だからだ。あくまで、スリザリンの点数の為に言ってる。技術を疑ってるわけでもない」
「へぇ。心配はしてくれないんだ?」
「……その必要はないだろ。ともかく、あまり公言しない方が良いことは確かだし、使ってることがマクゴナガル教授に気付かれないとも思えないしな」
「覚えとく」
「そうしてくれ」
まあ、強制的な解除も検知も出来ないだろう。なにせ私の体内だ。
「……マルフォイ、心配してるって正直に言えば良いんじゃないかな?」
ノットは若干馬鹿にしたように言うけれど、そんな単純な話なら心外にも程がある。
「黙れ。全然違う。勘違いするな」
彼もそう言ってることだし。そんなわけない。
「ノット、箒に乗る事を母親みたいに、あれやこれやと心配されたらどう思いますか?」
「ふっ、余計なお世話"だろう"ね」
「そう言う事です」
「ねぇ、みんな仲良くしようよー」
何を思ったのかパンジーがお花畑みたいなことを言い出す。
「私とドラコはこの上なく仲良しだけど?」
「いつも通りだろ」
「おや参ったね、俺はそうじゃないらしい」
「私が仲良くしてあげるよ?」
口にソースが付いたままノットに擦り寄るパンジー。
「近い近い。離れてくれるかな?」
「巫山戯てないで早く食べろよ。授業に遅れたら困るだろ」
「朝はあまり食べないの知ってるでしょう?」
「それで昼頃にフラフラしてるのもな」
「じゃあ私がダフネちゃんの分も食べるよ!」
「君が食べて何の意味があるんだい……?」
「そっか!じゃあ、はい。あーんして?」
「むぐ……」
問答無用で芋料理を口の中へ放り込んで来た。お世話で私を焼き殺すつもりなのだろう。
……変身術の講義は私を退屈させないことを願──
「おはよう諸君」
銀色の血を垂れ流している"血みどろ男爵"が話しかけて来た。
「おはようございます男爵。何か御用でしょうか?」
「私はこの城のゴースト全員の面倒を見ているのだが、今日は嘆きのマートルの姿が何処にもないのだ。誰も昨日から一度も見ていないという。何か知らないか?」
「マートル?誰だ?」
「女子トイレに住んでるゴースト?だよ!」
「なら僕らが知るわけないね」
「天国にでもいらっしゃるのでは?」
「天国?いいや、我々には行く宛などないが故に彷徨っているのだ」
「……男爵はマートルのママンなの?」
首を傾げるパンジーが意味不明な質問をする。彼女の中では誰かを世話をする存在は全員ママンになるのかな?
「……。ああ、ママンだ」
会話が面倒臭いのか、男爵は適当に頷いた。
「私も一緒だよ!ママンだよ!」
「いつから母親になったんだ」
「だってダフネちゃんのお世話してるし、ノットも寝かしつけるよ!」
「君と寝た覚えはないよ」
「ひどい!こんなに優しくしてあげてるのに!」
「"優しくしてあげてる"のはお互い様だろう?」
「えっ…ノットが私のママンだったの……?」
「君のような子を産んだ覚えはないよ」
「貴方の子だよ?早く認知してね?」
「人聞きが悪いことを言わないでくれるかな?」
「……他を当たった方が良さそうだな」
男爵は馬鹿馬鹿しさに呆れているように見えた。全く何を考えているのだろうか、一年生なんてそんなものだろうに。
「男爵さん。お願いするなら、手伝ってあげるよ?」
パンジーの言葉は素晴らしい傲慢さだった。それでこそ純血である。
「結構だ。ゴーストの問題はゴーストが解決する」
男爵はまた別の生徒の方へ飛んで行った。
ゴーストのようにお金も食事も、そして着替えも必要のない存在に、果たしてどんな世話が要るのか分からない。きっと、本当は必要ない筈だ。
姿が変わらず、歳も取らない。不変の存在。
彼らは何者からも独立して存在できる。
私はゴーストと一緒だ。
金銭的な問題もなく大凡の問題は変身術で解決できる。
パンジーは母性本能を発揮しているような素振りで私を依存させようとしてるけど、私には本来世話をされるような必要は何一つとしてない。
それこそ、男爵が言ったように私の問題は私が解決出来る。
では私は何故世話されているのか。簡単だ。
人は何かをしてもらう側よりも、"してあげる"側の方が好感度が上がりやすい。
マグルの心理学では〈認知不協和〉だとか呼ばれているけど、別に勉強しなくても体感できる。
"これだけしてあげているのだから、私はこの人に好感を持っているのだ"と無意識のうちに好感を抱いてしまう。
私に執着心を抱かせる方法は、一つだけではないのだ。ただそれだけのことである。