『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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34 『変身術入門』

 

 

「変身術は魔法の中で最も複雑で危険なものです。いい加減な態度で授業を受ける生徒は退席を命じますし、二度と講義には入れません」

 

 マクゴナガル教授は時間になるとまず最初にそう告げた。私は最後尾の座席で全くもってその通りだと頷いていた。

 一般的な呪文のように、腕や杖を振って言葉を唱えておけば容易に再現性が取れるようなものではないのだ。

 

「また、この講義を受ける上で決して行ってはいけないことを説明します。口に入るものを変身させないこと、これは何故かわかる方はいますか?」

 

 マクゴナガル教授は生徒達を見回す。

 

「手、挙げないの?」

 

 隣のパンジーが小声で聞く。

 

『私が答えたら授業にならないでしょう?』

 

 ノートにそう書いて見せると、パンジーは首を傾げていた。

 

「……では、ミスター・ゴイル。既に口の中に何か隠している貴方に聞きましょう」

 

「モゴ!?」

 

 小トロールのゴイルがトロール語で返事をすると、スリザリンの生徒達からまばらな笑い声が聞こえる。

 

 隣に座っていたドラコは小声で「もう黙ってろ」と言い、代わりに手を挙げた。

 

「教授、今"取り込んでいて"口が利けない友人の代わりに僕が答えてもよろしいでしょうか?」

 

 また生徒達が笑う声が聞こえたが、ドラコがその方向を睨むと静かになった。

 学校が始まって早々に威厳と権威を示していて喜ばしい。それでこそ私の少年である。

 

「ええ。積極的に受講してくれる生徒であれば、歓迎します」

 

「ありがとうございます。答えは危険だからです」

 

 ドラコの堂々とした回答に、生徒達は納得したような顔で頷いているが、マクゴナガル教授の表情に変化はなかった。

 

「ありがとうございます、ミスター・マルフォイ。では、何故危険なのでしょうか?」

 

「体内に入った後に変身が解けるかも知れないからです」

 

 教科書通りの回答をするドラコ。まあ、予習くらいはして当然だ。

 

「では、体内で変身が解けると何故危険と言えるのでしょうか?」

 

「元の姿に戻ろうとした時に……干渉するかも知れないからだと思います」

 

 多少の迷いがある回答だった。無理もないだろう。結果として"どう"なったのかを示す資料はあるが、何故そうなったのかを説明するものは教科書の中には何もない。

 

「結構。予習をしている勤勉さと自ら手を挙げる積極性、友人を助ける姿勢を評価し、スリザリンに1点差し上げましょう」

 

 スリザリンの子供達が拍手し、ドラコは自慢気に応えていた。

 

「それでは解説を始めたいと思いますが……より詳細に回答が可能な方が生徒の中にいるはずです」

 

 へぇ。そんな生徒が私以外にいるとは。

 

「貴女のことですよ、ミス・グリーングラス」

 

 全く。講義としてどうなんだろうか。私が答えてしまっては何の意味もないだろうに。

 

「……では。発言よろしいでしょうか?マクゴナガル教授」

 

「ええ勿論。よろしくお願いします」

 

「死ぬからです」

 

 笑う生徒は誰もいなかった。私としては抱腹絶倒の面白い回答だと思ったのに。

 

「それは何故でしょう」

 

「先にマルフォイ氏が回答したように、変身したモノは必ず元の姿に戻ります。永続的に変身させておくことは出来ません。術者の限界が来たり、術者が命を落とせばそれは解除されます」

 

「その通りです。変身術は永続しない。これはとても重要なことです。続けて下さい」

 

 老魔女は微笑む。

 

「例えば今、私がここにある羽根ペンを空気に変身させるとします。──このように」

 

 〈消失呪文〉で羽根ペンを消す。

 

「今、空気になって見えなくなった羽根ペンは、この部屋の中を漂い……近くの生徒達の口から肺の中へ入り込みます」

 

「──!?」

 

 パンジーの小さな悲鳴と口を塞ぐ子供達。その中で平然としていたのはドラコとノットだけだった。……いや、状況が理解できていないトロール達は口を開けたままだ。

 

「そして、変身術が解ければ元に戻ろうとします。生徒達の肺の中から散り散りになったペンが元の形に戻ろうとするのです。そうした時、私達には──"どうなるか分かりません"」

 

 泣きそうな子供達の中で私は続ける。

 

「肺や喉からペンのカケラが突き抜けるのか、それとも破片のまま体組織と干渉して痛みを引き起こすのか……それも、明確には答えられません──ここで実験するわけにはいきませんからね」

 

 〈出現呪文〉で消した羽根ペンを戻す。

 

「液体でも変わりません。水ならすぐに蒸発して空気に交わります。つまり気体や液体、そして食べ物などに変えることは、死の呪文を放つのとそう変わりません。故に──死ぬからしてはいけない。ああ、今本当にペンを空気に変えた訳ではないので、安心して下さい」

 

「素晴らしい。スリザリンに1点差し上げましょう。彼女の回答のように、変身術は厳密さや精密さが必要になります。本来ならもう少し高い点数を差し上げるつもりでしたが……少々脅しが過ぎることを踏まえた減点も含まれています。確かに私が怖い顔をして説明するよりも効果的ではあるかも知れませんが」

 

 教授は満足気に頷いてそう言った。

 納得できる点数ではないけれど……あまり高くても他の生徒に点数を与え難くなるだろうし、妥当な判断だ。

 

 子供達は恐怖の方が勝ったのか、すぐには反応しなかったが、少し悔しそうなドラコが拍手するとそれに続いた。

 

 ……ドラコは同じ点数でも意味が違うとか思っていそうだ。点数は点数だろうに。

 

「先ほど、ミス・グリーングラスが行ったのは、〈出現呪文〉と〈消失呪文〉です。彼女は簡単にやって見せましたが、これは変身術の中でもかなりの高等技術です。素晴らしい魔法に対して、追加で1点差し上げましょう」

 

 あぁ、しまった。ドラコよりも点数を取ってしまった。

 

『よかったね!ダフネちゃんが嬉しいと私も嬉しいよ!』

 

 パンジーがノートにそう書き込んで見せた。

 

『そんなに嬉しそうな顔してる?』

 

『うん、とっても』

 

 ……気のせいだろう。パンジーの言うことなんて宛にならない。この程度で得意気になる訳がない。

 

 それから教授は机を豚に変え、また元の姿に戻し。

 

「この机も〈出現呪文〉で作り出したものなので、このように──〈エバネスコ 消えよ!〉」

 

 さらに机を跡形もなく消し去って見せた。

 

 それから始まった講義は一般的な魔法族の子供達の目には少々複雑な内容に映ったことだろう。

 

 なにせ変身術は魔法の中でも科学に近い"論理的な思考"が求められる。

 ……まあ、マグルの科学者がこんなことを聞けば腹を立てるに違いないだろう。なにせ彼らの言う"元素の振る舞い"など、まるで宇宙が気にしていないように変身術は作用するのだから。

 

「ミス・グリーングラス。貴女はこちらへ」

 

 教授に呼び立てられた私は、マッチ棒を針に変える呪文の指導側になった。

 

「教授、私にも授業を受ける権利はありますよね?」

 

「ええ勿論。次から7年生の講義を受けても構いません」

 

 ……7年生の講義か……教科書はもう読んでるし魔法省の試験対策の内容から何かを発見できるとは思えないな。

 そうするくらいなら教授に直接聞いた方が良さそうだし。

 

「ありがとうございます、機会があれば伺います」

 

「貴女ならいつでも歓迎します」

 

 その後の指導は私が教授に認められているのが気に食わなさそうな子供がちらほらと見受けられたけれど、私が手取り足取り教えてあげると忽ち顔や耳を赤くして黙り込んでしまった。

 

 何故だろう。全く分からない。少し触れただけでなにがそんなに恥ずかしがるようなことがあるのだろうか。全然分からない。

 

 ドラコからは視線を感じたけれど、教えるまでもなく成功していたから、私にしてあげられることはなかった。ああ、とても残念だ。

 

 まあ、彼の家で何度も教えてるんだから、今教えなくたっていいだろう。まさか他の子供に教えて彼に何か不利益があるわけもないし。

 

 いや、あるかも知れないけれど、私には分からないなぁ。

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