『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』 作:銀杏鹿
授業が終わるまでにマッチ棒を変身させることができたのは、ドラコ、ノット、パンジー、そしてむんの四人だった。
一年生にしては優秀な生徒達だ。……私が教えたパンジー以外は。
ドラコが作ったのは言われた通りの銀色の針。
「素晴らしい。初回でここまで出来る生徒はあまりいません。スリザリンに1点」
「ありがとうございます、先生」
教授に微笑まれたドラコは満足気だった。このままの様子だとスリザリンの子供達の脳内から、教授の厳格なイメージがなくなりそうだ。
ノットは何故か時計の長針ようなものを。
「確かに変身させられてますが……これでは加点は出来ませんね」
「ふっ……ここでは評価されない項目さ、仕方ないね」
教授は少し残念そうだったけれど、ノットは不敵に笑っていて、まるで気にしていないように見えた。恐らく失敗を誤魔化しているだけだ。
パンジーは針というか鉄の棒になっていた。
「何故、ミス・グリーングラスの指導を受けてこうなるのですか?」
教授の表情が一気に険しくなった。
「……でも変身したよ?」
「パンジーは何回やっても巨大化してしまうので長所を活かしました」
我ながら言い訳にしても苦しい言葉だ。猿に算数を教えるのは可能かも知れないが、犬に魔法を教えることは不可能に近い。
「分かりました。ミス・パーキンソンは私かミス・グリーングラスがいなければ変身術を使わないで下さい」
「えぇ〜〜!?危なくないよ!?」
「それを判断するのは私です」
まあ、無闇にモノを巨大化させられたら間違いなく校舎が壊れるだろうし、無理もない。
面白いから是非やってほしいけれど。
「……ミス・ムーン?それは?」
むんのはどう見てもヘアピンで──鍵が掛けられているらしい箱をガチャガチャとピッキングしていた。
「開けるする、これ、必要のものです」
「……そのヘアピンを貸して頂けますか?」
「承知するです」
「術自体は、精巧な出来のようですが」
教授はなんとも言えない表情で受け取ったヘアピンを眺める。
「教授。パンジーのように暴走しているわけでもありませんし、変身術自体は問題ありません」
「……次は言われた通りに作るように」
「わかるする、です」
ヘアピンを返却された彼女が何を考えているのか、私には全く読み取れなかった。
そもそも講義中に熱中するほどのものが入っているのだろうか、そういえば教科書もペンも机の上に出ていないし──
「ところでミス・ムーン。教科書とノートはどこに?」
「この中のことです」
──と、考えていると子供達の中から僅かに嗤うような声が漏れ聞こえた。声からして男子ではなさそうだ。
愉快なことを誰かが勝手に始めたのだろう……恐らくは。
「借りますよ、むんさん」
「む?」
戸惑う彼女から箱を取り上げ、変身術で錠の形状を変えて解錠する。
「どうぞ」
「助かるです」
中身はやはり筆記用具と教科書で──得体の知れない液体やゴミに塗れていた。
「……使えるない」
彼女の表情は変わらない。
「──」
教授の表情はさらに険しくなった。あと少しで発火して誰か生徒を追い出すのだろうか。
一方、私は衝撃を受けていた。
頭が硬かったことを認めざるを得ない。
私は講義を学問の場であると認識していたからこそ、現状では既知の内容でしかないことに退屈を感じていた。
また、自分の生死には関わりもしない相手に対して積極的に関わることも、ましてや報復のリスクの高い行動をする発想も思い浮かばなかった。
しかし、講義を"遊ぶための空間"に、学友を"玩具"にしてしまえるのだ。
スリザリンだけでなく、合同の講義なら他の寮生も。教師でさえも。
つまらないなら面白くするしかない、"誰か"はそれを示したのだ。
内容の是非はともかくとして、私は新しい視座を得た。
──講義は自由に受けていいのだ、と。
「むんさん」
「グラッドウィン、言うする、です。"やったらやりかえされる"」
当然のことのように語る彼女の目には感情は込められていない。
それは声にも、仕草にも。
どう言う意味で言っているのか私には分からないし、グラッドウィンが誰かも知らない。
彼女自身に報復の意図がないと言う意味なのだろうか。
「皆さん、授業の初めに言ったことを覚えていますか?」
マクゴナガル教授が静かに口を開いた。
「"いい加減な態度で授業を受ける生徒は退席を命じますし、二度と講義には入れません"と、そう私は言いました。勿論、下らない"悪戯"で生徒の学習を阻害するような行為も含まれます」
教授は教室を歩きながら生徒達の顔を見つめ、淡々と告げる。生徒が自由に受けていいなら、教員も当然自由に振る舞う、それだけのことなのだろう。
それなら──
「教授──」
──と、私が〈逆詰め呪文〉でも使おうかと聞こうとした瞬間。
「マクゴナガル教授、悪い言い方かも知れませんが、先生の匙加減で気に食わない生徒を排除するという意味にもなりませんか?」
ドラコが割り込むように手を挙げて質問した。確かに"いい加減"という判断を下すのは教授でしかない。
「ええ、その通りです。私はスネイプ教授のように優しくはありませんので、それを理解できない生徒をいつまでも教室に置くことはありません」
……あの闇の魔法使いが優しい?そんな馬鹿な。私のことを全く気遣わないような男なのに?あり得ない。教授は騙されている。
「また、こう言った不愉快な行動が今後も見られるようであれば、今後、スリザリンに対して加点は行いません。減点は行いますが」
「横暴だ……!こんなすぐバレるような間抜けなことをスリザリンの誰かがやるわけがない!グリフィンドールの誰かだ!」
ドラコの言葉に、何人かの顔が青くなるのが見えた。
「なあマルフォイ、別に今日の点数以上減点されなきゃいいんじゃないかい?」
「ノット、他の寮の寮監に目を付けられて、減点されないで済むと思ってるか?」
「あー、無理そうだね。ああ、これは困ったことだなぁー」
「……全員よく聞け。マクゴナガル教授の横暴に関しては無論、父上に報告しておく。遠くない内に別の教授に変わるだろう。犯人はどうせグリフィンドールの連中だろうが、似たような馬鹿を"身内に"すればスリザリンの全体が迷惑すると言うのを覚えておいてくれ」
まあ、確かにドラコの対応は実にスリザリン的だ。ノットの演技が酷過ぎて茶番にも程があるけれど。
……私が以前読んだマグルの本曰く、閉鎖空間の集団ではむんに行われたような、"事象"はしばしば見られることらしい。
その原因は集団の中で権威がない存在が集団内での不安を解消する為に幾つかの行動をとるからだと言う。
彼ら、彼女らの次のような行動を取る。
権威的な存在に服従するか、何かしらを攻撃するか、あるいは逃避するかである。
その内の攻撃は同格以下の弱者へ向けられるわけだ。
勿論、これはその個人が精神的に未熟かつ、明確な優劣を感じ取れないような環境でしか起こらない。もし、そうでないという主張があるなら、それはその主張を行う当事者本人に自覚がないか、その環境に身を置いたことがないと言うだけだ。
……そう言った"程度の低い攻撃"を制御するには別の敵を与えれば良い。
ドラコが与えた敵は、グリフィンドールとマクゴナガル教授だ。
"敵対している寮"そして、"横暴で生徒を排除する存在"、"だから攻撃しても良い"。
意識的に思考しているか分からないけれど、きっと、そうなるだろう。
……まあ、なんでこんなことを知っているかと言えば、コカトリスを多頭飼いした時にどうなるのかと考えて、ニワトリの習性について調べたからだ。
コカトリスの研究記録は殆どなく、魔法族の研究者は普通の生物をあまり調べたりはしていないので、ニワトリについてマグルの本を読むしか無かった。
……その中で、あまり頭の良くない生物は概ね似た行動をするとして例を挙げられていた。
つまり、鶏小屋に入るべき家禽がホグワーツに来てしまったのだ。なんて可哀想なのだろう。全く、組分け帽子も酷い間違いをする。
私達が人間で本当に良かった。もし私達がニワトリだったのなら、死ぬまで嘴で突かれていたかも知れない!でも私たちは人間だからそんな真似はしないのだ。
……そしてマクゴナガル教授は。
「では話もまとまったようですし、講義は以上となります。次回までに、本日進めた教科書の内容に関してのレポートを書いておくように」
何事もなかったように話を終わらせる。
やはり最初から自分を子供達の敵にするための言動をしていたのだろう。まあ、完全に思惑通りには行かなかったらしいけれど、スリザリンとグリフィンドールとの関係が悪化するのは既定路線ということか。
「ミス・グリーングラス。ミスター・マルフォイ。ミス・ムーン。貴方達は本日の授業が全て終わった後、私の研究室へ来るように。以上です」
そうして、ホグワーツ最初の授業は様々な教えを子供達に授けて幕を閉じた。