『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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36『吾輩は猫である』

 

 魔法史、呪文学の授業は酷く退屈だった。

 

 魔法史の教師は決まった内容を延々と話すような典型的なゴーストで、マートル先輩の方が余程現代に順応しているだろう。

 彼の知識は亡くなった時点で止まってるらしく、質問をしても最近の研究については全く対応できない。

 つまり、過去の歴史書の内容と、今の記述を比較する程度の使い道しかない。

 

 当時の時勢を知るには役に立つかもしれないが、そんな暇は残念ながら私にはない。

 特に許せないのは私の名前も間違えていたことだ。

 一体誰のことを呼んでいたのだろうか。全く。

 

 私は理解した。

 

 魔法界が魔法大戦を百年の間に二度もやったのは、歴史や先人から何一つとして学ばなかった烏合の衆だったからだと。

 

 そして、呪文学はもう知っている呪文しかなかった。

 

 加点されたような気もするけれど、"出来て当たり前のこと"を褒められるなんて、馬鹿にされているようにしか感じない。

 

 "呼吸できて偉い"とでも言われた気分だ。

 

 まあ、当たり前のことを褒められたとしても、楽観的に考えればいつ死ぬのか分からないのに頑張って生きてる私は確かに偉いかも知れない。

 

 私は褒められても良い人間だ。

 

 今日も生きてて偉い。生きていることを褒めてくれる人は自分以外にいないので、自分で褒め称えるしかない。

 

 さあ、誰か私を褒めてもいい。私が許そう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 愉快な授業が全て終わった後、ドラコとむん、そして私の三人はマクゴナガル教授の研究室へ訪れた。

 

 ノックしても返事はなく、扉を開けて中に入っても猫が一匹いるだけ。

 研究室の本棚には本が整然と収められていて、埃一つない。不自然だ。まさか、頻繁に掃除しているのだろうか?

 よく見ると変身術の本とは別にクディッチ関連の雑誌や本が並んでいる。……意外な趣味だ。

 

「ダフネの書斎とは大違いだな」

 

 本棚を見上げながら、ドラコが呟く。

 確かに私の書斎とは全く違う風景だ。

 

「あれは手の届く完璧な配置だから」

 

「杖を使えば良いんじゃないか?」

 

「……流石ドラコ。世紀の大発見かも知れない。片付けごときに杖を使うなんて」

 

「お前は杖なし呪文でも片付けないだろ」

 

「そもそも散らかってないし」

 

 私は家の中だと杖を没収されていたから、全てが手の届く範囲にないと面倒だっただけだ。

 断じて散らかっているわけではない。断じて。

 

「……?」

 

 むんは窓枠の上で伸びをしている猫──何故か眼鏡を掛けている──を眺めていた。

 

「……〈ホメナム・レベリオ 現れよ〉」

 

 ──かと思えば、その猫に向かって呪文を唱えた。

 

「ムーン!?先生のペットに何を!?」

 

 ドラコが大袈裟に反応する一方で、猫は欠伸をしていた。

 

「猫、眼鏡いるのもの?」

 

「僕が知るわけないだろ」

 

「……そろそろ良いのではありませんか?マクゴナガル教授」

 

「ダフネ?何を言って──」

 

「流石に見破られてしまいましたね。スリザリンに1点差し上げましょう」

 

「……え?」

 

 困惑するドラコの目の前で、猫はマクゴナガル教授に変身しつつ、窓枠から降り立った。

 

 ……正確には"元に戻りながら"、かも知れないけど。

 

「やはり、グラッドウィン言うする。動物の変身、少し違うのことです」

 

 その通り、如何に巧妙に変身していてもわかる人間には分かるのだ。私のように普段から変身術の為に観察していれば尚更だ。

 

「確かにホグワーツで長年子供達を相手にしていた彼を出し抜ける相手はそう居ないでしょう」

 

 ……?長年?

 

「もしかして、むんさんのご家族はホグワーツの教員だったのですか?」

 

「違うです。管理人」

 

「管理人……?あの管理人か?」

 

 ドラコが怪訝な表情を浮かべる。スリザリンの中にそう言う出自が混ざっているとは夢にも思わなかったのだろう。

 残念なことに、今やマグル生まれが入れるくらいなのだ。どんな背景の生徒が居てもおかしくはない。

 

「管理人は四六時中、悪戯の標的にされながらホグワーツを管理する仕事ですから、並大抵の精神ではこなせない仕事ですよ」

 

「……ゾッとする仕事だ」

「そう?楽しそうだけど」

「グラッドウィン、性格悪いの人向いてるって」

「だとさ、ダフネ」

「ドラコ、向いてるね」

「お前ほどじゃないさ」

 

「コホン。さて、貴方達を呼んだのは特別講義として、〈動物もどき〉の内容を受けても良いということを知らせるためです」

 

 ……寧ろ、それ以外の要件で呼ばれるとは思ってなかった。

 

「ではお二人の為に、動物もどきとは何かを説明してもらいましょう。ミス・グリーングラス」

 

「分かりました。動物もどき──たった今、教授が見せたように、一種類の動物にいつでも変身できる魔法を習得した魔法使いをそう呼びます」

 

「正解です。では動物もどきの利点はなんでしょうか?変身なら普通の呪文でも出来ますよね?」

 

 マクゴナガル教授はわざとらしい質問をする。ドラコがその質問に頷いているのを見るに、彼の代わりに言っているのだろう。

 

「通常の変身術で動物に変わると意識を保てず、自力では戻れません。対して動物もどきは意識を保持したまま変身できます」

 

「……ダフネ。流石にどういう存在なのかは知ってるが、それがなんの役に立つんだ?」

 

「学問は即座に役に立つことが分かっているから研究するわけではないでしょう?」

 

「……。いや、利点の話してるんだぞ?」

 

 ああ、惜しいな。一瞬、納得しそうだったのに。

 

「むん分かるする!」

 

「ではミス・ムーン。答えてもらえますか?」

 

「鳥は飛ぶする、獣は走る、虫は隠れる、人より凄いのこと、です」

 

むんは胸を張って得意げに答える。

 

「ええ、そうですね。変身した生物の能力を十全に扱えることも利点です」

 

「……先生、速く動くのも、空を移動するのも、隠れたり逃げたりするのも、動物になってまでやる必要があるんですか?」

 

 ドラコはどこかで聞いたような疑問を教授に投げかける。

 

「……使えるかはともかく、〈姿現わし〉を使って移動すれば良いんじゃないですか?」

 

 確かに学問という前提がある以上、箒で飛ぶように"それが楽しいから"、という理由だけでは説明不足だろう。

 

「それに大人が決闘する時には、〈姿現わし〉で移動して呪文を避けながら戦うと聞きました」

 

「ミスター・マルフォイ。魔法は戦う為だけにあるわけではありません」

 

「……そうですね」

 

 マクゴナガル教授の言うことは正しいのだろうけど、ドラコが欲しているのは恐らく戦うための力だ。……私の狙い通り、これまでの出来事が彼に無力感を与えているらしい。

 

 それにしても、動物もどきの利点が他にあるのだろうか?

 

「教授。変身に杖を必要としないからでしょうか?」

 

 杖の有無以外にあるかと言われると……すぐには思いつきそうにない……ただ、教授のような言い方をするなら……

 

「はい。それもまた正しいですね」

 

「それも……ですか」

 

 ……予想通り、まだ私が知らないようなことがあるらしい。

 

「では一例を。皆さん、狼人間は知っていますね?」

 

「はい」

 

「満月の夜に凶暴な狼へ変化した狼人間は、人間には暴力性を発揮し、襲う相手がいなければ自傷しますが、それ以外の動物には友好的に交流することができます」

 

 ……そういうこと?

 

「……狼人間に関わるなんて危険では?」

 

 ドラコが尤もな疑問を口にする。

 

「否定はしません。確かに彼らに噛まれてしまえば、狼人間になるか命を落とすしかありません。ですが、動物との交流が彼らの苦しみを取り除く方法でもあるのです。高価な〈脱狼薬〉を使う以外の方法では唯一の」

 

「……では、教授は狼人間の介護が出来ることが利点だとおっしゃるのでしょうか?自分が半身半獣になる危険まで負って?」

 

「は!?そんな危険があるのか……!?」

 

「ええ。ミス・グリーングラスの言う通り、〈動物もどき〉には危険かつ複雑な手順を踏まなければ成れませんし、魔法省への登録も必要ですから、割に合わないように思えるでしょう」

 

「動物なるしても、自分のことは、すごいのことです」

 

「ミス・ムーン。それは何故でしょうか?」

 

 教授は優しく促すように言う。

 

「見えるないもの、聞こるしないもの、沢山あるのこと。ヒトは分かるしない、です」

 

「素晴らしい。それが私の求めていた答えです」

 

「マルフォイ、むんの勝ち、です」

「いつから競ってたんだよ」

「人生は戦いです、グラッドウィン言うする」

 

「教授、能力の話なら少し前の回答と同じように思えるのですが、何故正解なのかご説明頂けますか?」

 

「勿論。先ほどのミス・ムーンの回答を換言しましょう。それは"他者の視点の獲得"です」

 

「……他者?」

 

「魔法使いであったとしても、人は自分以外の何者かになることは出来ません。〈動物もどき〉はそれを可逆的に唯一可能とします」

 

「……可逆的……」

 

「ドラコ、元に戻れるってこと」

 

「し、知ってる!僕は言葉の意味が分からなかったわけじゃない!」

 

「先生、猫の気持ち、分かるする?」

 

「ええ。ほんの気持ち程度には」

 

「すごい!むんも猫なるです!猫の喧嘩です!」

 

「何になるかは成功するまで分かりませんが、なれると良いですね」

 

「……教授、他の生き物になっても自分は自分ではありませんか?異なる視点が生まれるとは思えません」

 

「ミス・グリーングラス、なってみなければ分かりませんよ。学問は実験と実証でしょう。まさか貴女ともあろう生徒が〈動物もどき〉"程度"の魔法を習得できないと考えているわけではありませんよね?」

 

 ……全く。

 

「……私は出来ます、絶対に」

 

 教授の言ったことは詭弁だ。前と後で言っていることに論理的な繋がりはないし、学問に関しての前提を言い切る根拠がない。授業でのドラコへの誘導といい、この言葉といい、教師としての年月は伊達ではないのだろう。私には決して手に入らない類の能力で大変羨ましい。ああ、私は短命でなんて哀れなのだろうか。

 

 そして私は彼女の言葉が詭弁だと分かった上で、それに乗って返答をしている。断じて安い挑発に乗っているわけではないのだ。断じて。

 

「さて、お二人はやる気のようですが、どうしますか?ミスター・マルフォイ?」

 

「……スリザリンに加点はして貰えるんですよね?」

 

 ドラコが慎重に尋ねた言葉は、私には浮かばない考えだった。新しい視点を得た。私はもう、動物もどきになってしまったのかも知れない。

 

「ええ。〈動物もどき〉の特別講義を受けられる生徒には全員加点はしますとも」

 

「……であれば、やらない理由はありません」

 

 私の方をチラリと見てからドラコはそう言った。まあ、ドラコが私から離れるわけがないので当然だ。

 

「それでは、来週から他の講義が終わりましたら私の部屋へ来るように。くれぐれも許可があるからと言って勝手に試してはいけませんよ」

 

「はい」

「わかるするです」

 

 やはりマクゴナガル教授はよく分かっている。力を求め過ぎてドラコが勝手にやり始めるかも知れないし。

 

「貴女にも言っているのですよ、ミス・グリーングラス」

 

 教授の声は諭すような言い方だった。

 

「はい。勿論。先人の言葉に従わず、失敗するのは愚か者だけですから」

 

 ドラコが私を非難するような目で見ている気がしたけれど、きっと勘違いだろう。

 

 私は良い子なので、物語に出てくるような愚かなマネはしないのだ。

 

 既にしてしまっている事柄を除けば。













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